家無し金無し俺名無し
〇
「で、なんでここにいるんですかあなたは?」
「さっき招き入れてくれたんじゃないか。」
「違います!街を歩いているとあなたが誤解されるようなことを言いながら私を追いかけてくるからでしょ!」
「そんなこと言ってたかなぁ」
「捨てないでぇとか偽善でいいからぁ、とか傍から見たら私があなたを振ったみたいじゃないですか。部屋の前でもうだうだ言ってるから隣の部屋の人に変な目で見られちゃったし。もうっ!」
「いやぁ実に優しい御仁だ。ここで俺を引き取ってくれるというのかい?」
「私は何も言ってません!でもね、私ここに来るまでに考えてたんです。助けるってことはそのあとの責任も負う覚悟はしておかなきゃいけなかったって。
「なるほど。」
「だからですね。あなたみたいな人を一瞬でも卑しんで、偽善で手を差し伸べてしまったのは私の責任だと思うわけです。はい。もうここまで来たら意地ですよ!救ってやりますよ!どんとこいですよ!」
「マジでありがとう。最高に感謝。とりあえず、この世界や君についていろいろ質問があるからそれに答えてほしい。」
「あなたは単なる記憶喪失なだけなので、この世界がーとか大きなスケールで話しているのを見るとなんだか恥ずかしくなりますが…質問に答えるんですね、分かりました。」
〇
「なるほど。じゃあこれまでの話をまとめると、君は大学生のゆうちゃんで、独り暮らしをしている。そしてここは地球という星で、その中には日本という国があって、俺たちがいるのはその中の静岡という場所なのか。なるほど。」
「そうです。いきなり『ちゃん』付けなのは気になりますが、それはこの際置いておきましよう。じゃあ次にあなたが生きていくために必要なことを教えますね。まず、お金。お金を使って物を買ったり売ったりします。」
「それは知ってる。」
「あなたがどこまで忘れてるか分からないから親切に教えてあげてるんです!話を戻しますけど、そのお金は働かないと貰えないんです。だからこれから一人の人間としてこの国で生きていきたいならまず働き口を見つけて自分が最低限生きていくに必要なお金を稼がなきゃいけないんです。分かりますか?」
「あいわかった。」
「よろしい。そこで質問なんですが、自分の名前って分かりますか?」
「分からなんだ。」
「そうすると難しいことになります。戸籍は分かります?」
「言葉は今分かった。」
「簡単に言えば、あなたという人がどういう人なのかを知ることができる代物です。基本、日本の社会で国民としてサポートを受けていくには必要なものになってきます。働くに際しても同様です。」
「待てよ。俺は俺が誰だか知らない。仕事できない。生きていけないってことなのか?」
「端的に言うとそういうことになりますね。」
「え、どうすればいいの?」
「戸籍を入手することはできると思います、多分。最終手段ですが、家庭裁判所に申し立てすればどうにかなるかもしれません。でもとりあえずは市役所に行って手掛かりを見つけることが先決ですかね。この街で私が見つけたということはここに住んでいたっていうこともあり得るわけですから。」
「そうか。赤の他人にこんなことをしてくれてありがとう。感謝してる。」
「なんかなぁ、あなたの感謝の仕方苦手なんですよね。ま、とりあえずは戸籍をゲットして私から離れられるようになったらその言葉をまたください。今度は上っ面だけじゃないやつでお願いします。」
「いやぁ真摯にしてるつもりなんだがなぁ。」
「私はそういうの分かっちゃいますからね?おっと、もう日が暮れてきましたね。もう夕方ですから行動は明日からにしましょう。さて…じゃあここで宣言しておきましょう。私はもう振り切れたのであなたをこの部屋に一か月は泊めてやってもいいです。但し、何かあると怖いので、私のベストフレンド、鷹ちゃんに来てもらうことにします。」
「鷹ちゃんとは…?」
二時間後
「こんばんは、ゆうちゃんのベストフレンド鷹です。よろしくね♡」
「鷹ちゃんはゲイの方なんです。大学入学したときから友達なんです。私を襲うなら、鷹ちゃんに襲われる覚悟をしておいてくださいね。」
「そんなことしねぇよ…。」
鷹ちゃんは満面の笑みを俺に向けてくる。覚悟しとけよ、って意味なのか、楽しみで堪らない、って意味の笑顔なのか、考え物だ。
「すごく単純な疑問なんだが、その…俺が仕事を探すまで、最長で一か月。鷹ちゃんさんはそんな長い間家を空けていて大丈夫なのか?」
「あら、あなた初対面のオネェの心配してくれるなんてなかなか紳士的じゃない?」
「こっちはもう大家さんの許可とかその他もろもろ大丈夫だけど、そっちは大丈夫なんだよね?鷹ちゃん?」
「あたしはさ、今働いてるバーに寝泊まりさせてもらってるから問題ないのよ。だからこんな急な相談にも対応できるってわけ。それに、いつでもシャワーやトイレを使っていい環境なんて最高じゃない?」
「鷹ちゃんは複雑な事情で家無しなんです。一緒に大学生やっていたのに、急に中退しちゃって…。寂しいな。」
「もうゆうちゃんってばほんっと良い子なんだから。大丈夫よ、一緒に大学で勉強してなくてもこうやって校外で付き合っていけるんだから心配しないで。」
あぁ、女の子同士の抱擁だったら何か新天地を開けると思うんだが。この光景は…なんと言えばいいんだろうか。女の子と、一応、女の子?女性?レディ?いや、男だよなぁ…。
「温かい雰囲気のところ悪いんだが、その複雑な事情ってなんだ?」
「あら、わざとゆうちゃんが濁してくれたのにわざわざ聞く?ま、別に隠す必要はないから言ってもいいわよ。…両親が離婚したのよ。でもどっちにも付いていけないからこうして家無しやってんのよ。」
「好奇心に勝てず図々しい真似をしてすまんかった。今後気を付けるよ。」
「その離婚の原因はあたしが町で拾ってきたゲイ仲間なんだけどね。一緒に○○しない?ってあっちから聞いてきたからすかさずオーケーして実家に連れ込んだわけ。そしたらタイミングミスって行為の最中を親に見られちゃったのよ。もう体からでる汗という汗が出たわね。びっくりしたわ。」
「ねぇその話って本当?いつ聞いても疑いたくなるくらいその話えぐいね。」
「あ、当たり前でしょ?本当よー。」
「なんというか、コメントしずらいな。」
「ま、無理にでも聞いてくれてよかったかもしれないわね。こうして一つの部屋に住んでいればいずれは流れで話さなきゃいけなくなっただろうしね。そんなに気にしないで、ヤングボーイ。」
「分かったよ。鷹ちゃんさん。」
「よしっ!じゃあひと段落したところだし、そうめんでも食べましょう!」
「話聞く限り買い物行ってる暇もなかっただろうし、仕方ないか。明日からは仕事行く前に夕飯だけになっちゃうけど、ちゃんとあたしが作っていってあげるから。」
「ありがてぇ」
「あなたは早く戸籍ゲットして仕事見つけんのよ。」
「はーい。」
「明日は私大学の授業無いから昼間に市役所行きましょうか。」
「分かった。ありがとう。」
取りあえずはこの世界でまず何をするべきなのか大まかに決まった。どこかで飢え死にするかと思ったが、俺は出会いには恵まれているようだ。明日からは忙しくなりそうなので早く寝どこにつくとしよう。
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