第3話破滅に向かう人魚姫。

「・・・ごめんな・・・俺、凪と凪の病気まで、支えてやれる自信ない」

・・・・・・。

やっぱり、たいちもあたしから消えるんだ。

でも、あたしを愛してると言った。

だからね、たいち、貴方はあたしのもの決して離しはしないの。

酷い裏切り・・・でも愛してるならあたしのものだから絶対離したりはしない。

暗い海の底まで貴方を引きずり込むわ。

貴方が入ればあたしの尾びれは動くの。

だから貴方を引きずり込むわ。


「・・・そっか・・・分かった・・・幸せに、ね」

あたしはニッコリして制服を身に付けたいちの家から出た。

夜の八時を過ぎていた。

帰り道あたしは、どうすれば永遠にたいちをものに出来るか考えていた。

そして・・・パチッとひらめいた。

そうだ・・・殺せばいい。

殺して自分の傍におけばいい。

あたしを愛してるって言ったならたいちもそれを望んでいるはずだ。

でも・・・すぐに殺害するのはつまらないし、

まぁたいちに高校生活を味わって欲しいし、あたしも味わいたい。

なら殺害時期は2014年の秋頃・・・かな。

高3の秋にたいちは死ぬ。

そして・・・あたしも一緒に死ぬ。

あたし達は泡に一緒になるんだ。

あたしはその日が楽しみで楽しみで、帰り道鼻歌を歌いながら帰った。


2014年9月20日-。

あたしの腕には厳重に手錠がされていた。

痛くないか、と聞いてくる警察官は親切で、あたしは居心地悪かった。

留置所の中で生ぬるい日々を送る中唯一の楽しみは取り調べだった。

担当刑事は長谷川さんと言って、40代くらいのまだまだ若い人だった。

「・・・凪さん、少しでいいんだ・・・何故川口大智君を君は殺したんだい?君達は随分と親しかったと聞いているよ」

ウザイ。

だからなんなんだ。

殺したいから殺したんだ、永遠にたいちをあたしのものにする為に。

「仲が良かったのは・・・事実です・・・実際あたし達は付き合ってましたから・・・でもある理由で別れました・・・これ以上は言えません」

目の前の長谷川さんを見つめると長谷川さんはハンカチを差し出してくれた。

え・・・・・・?

ポタッ・・・ポタッ・・・と落ちるしょっぱい味。

海の匂いと同じ。

「ごめんな・・・辛いこと聞いてしまって」

その時たいちと長谷川さんがダブった。

その時、あたしの中で何かが壊れた。

「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

あたしは長谷川さんが持っていた書類を全て机から引きずり落とした。

そしてゆっくりとボールペンを拾いあげた。

あぁ・・・たいち・・・貴方だけ泡になって・・・今からあたしも泡になるから。

そしたらまた会えるよ・・・ね・・・。

あたしは涙を流し、ニッコリして、長谷川さんが止めに入る前に、ボールペンを思い切り、首に突き立てた。

じわりとしかも確実にペンの先はあたしの首に入った。

グジュッと音がしたのと同時、あたしはペンを引き抜いた。

こんな小さい傷なのに血は溢れていた。

あぁ・・・たいちもこんな気持ちだったのかな・・・。

あたしは首元を抑えるように取り調べ室の隅にへたりこんだ。

あたしは・・・たいちを離したくなかった。

もう二度と・・・会えない。

「た・・・いち・・・すぐそっちに逝く・・・これであたしも・・・泡だよ・・・」

たいちの笑顔が見えたような気がして、あたしは意識が飛んだ。

長谷川さんがあたしの傷をタオルで止めようとしていたのだけは、かろうじて覚えている。

(・・・・・・さんっ・・・う・・・さんっ・・・)

瞼に明るい光が入りあたしはウッと顔をしかめた。

それに誰かが呼んでる。

でも・・・あたしは泡になりたい。

たいちと同じ所に行きたい。

でも・・・それはあまりにも川口大智に対して残酷じゃないだろうか?

君は川口大智を殺害した。

犯した罪は償わなければいけない。

辛くて、苦しくても、逃げたくても、それでも死ぬ事は許されていないんだよ。

「・・・もうわかっているよね・・・凪ちゃん・・・」

寝たふりを決め込んだあたしに長谷川さんは優しく語りかけた。

涙が頬を伝う。

知ってた。

わかってた。

あたしがしたこと・・・の意味。

あたしは自分のした事から逃げたかっただけだ。

あたしは・・・ゆっくりと目を開けた。

長谷川さんと看護士さん・・・そして、お母さんがいた。

泣き腫らした目をしている。

「・・・・・・な・・・ぎ・・・・・・っ・・・」

「・・・おかーさん・・・・・・」

短い母娘のやり取り。

あたしの手首には手錠はしっかりついているからお母さんには抱き付けない。

それでも、お母さんは初めてあたしを抱き締めてくれた。

「・・・こんな風に・・・凪を抱っこするのは久しぶりね・・・大きくなって・・・」

お母さんの匂い。

香水とお化粧の匂い。

小学生まで大好きだった匂い。

もう・・・随分と忘れてた。

いつか・・・あたしからお母さんを抱きしめる事が出来るだろうか?

いつになるか分からない・・・それでも・・・お母さんを抱きしめる事日は必ず来る、と思った。


2013年12月10日-。

寒い日だった。

たいちと別れてから、1年は過ぎた。

あたしは普段以上に塞ぎ込むフリをした。

授業中泣いたり、授業をサボったりと、荒れている様子をあくまでも演じた。

これも計画のうち。

もし、あたしが捕まった時、うちの高校に報道人は必ず来る。

その時のあたしの様子を、同級生は喜んで話すだろう。

もちろん、あたし達が付き合ってた事も。

その時の材料にでもすればいい。

あたしが演技をしている間、たいちは新しい彼女を作っていた。

1年生の翡翠亜香里と言う子だ。

聞くとこによると、告白したのは、この亜香里と言う子らしい。

まぁ・・・いずれたいちはあたしのものだ。

いちいち気に止める価値もない、とあたしは無視を決め込んだ。

あたしには関係ない。

その頃あたしは小遣い稼ぎにアルバイトに精を出していた。

アパレル販売の仕事で割とオシャレは好きな方だし、将来的には手堅い正社員登用を狙ってもいた。

違う自分になれる・・・。

そう思うとアパレル業界も悪くないと、思えた。

充実した毎日を過ごしていた。

たいちからの裏切りであれ以来誰とも付き合ってはないが、告白は何回かされた。

でも・・・あたしはたいちしか頭にない。

あの、白い首にナイフを突き立てる日が待ち遠しかった。

卒業まであと、1年と半年。

誠真高校生でいられるのもあと1年以上。

長いようで短い高校生活。

あたしらしく過ごしていこう。

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