魔獣ガルムの登場

そこにいたのは一頭の狼だ。

 赤黒い体毛からして、俺たちが戦ったブラッドウルフと同じ種類だろう。

 違うのは大きさだ。

 さっき戦ったブラッドウルフたちの大きさは大体二メートル前後。

 だが、俺の後ろから姿を現したそいつは、十メートルぐらいあるのではないかと思う巨躯をした、とんでもない奴だった。

 

 そういえば俺が見たモンスター情報にこんなことが書かれていた。

ブラッドウルフは基本、群れで行動するモンスターだが、その中には他とは明らかに見た目が違う、群れの頭目がいるのだと。

それは通常個体よりはるかに大きい姿をし、赤黒い体毛の中には鮮血を思わせる紅の模様が至る所に付いている。

それだけではない。

ブラッドウルフの頭目の頂点。二つ名を持つモンスター。

そいつには頭目の特徴に加え、額の真ん中から、その強大さを体現したような禍々しい一本の角が生えているらしい。

その名は血塗れのガルム。森の生態系の王となったモンスターだ。

巨大な体。紅の模様。額の一本角。

俺は目の前のモンスターとその特徴を照らし合わせる。

そして、分かったことが一つある。


 全部、当てはまってるじゃねえか!


 多分、さっき逃がした奴らが呼びに行ったのだろう。

 俺はこんなことになった原因を考える。

 うん。どう考えても、全ては木を踏んで音を立て、奇襲作戦を失敗に追いやったレインのせいだ。

 あのアホがしくじらなければこんなことにはならなかったのにッ!

 いや、今は怒っている場合じゃないな。落ち着け、俺。

 あれ? なんか落ち着いて考えたら、これってかなりまずいんじゃ……

 森の王なんて呼ばれるモンスターが、まともな装備もない俺たちの手に負える相手なはずがない。

 ここはともかく一刻も早く逃げなければ。

「こいつは無理だ。早く逃げるぞ!」

俺は、目の前の光景に怖気づいて顔を真っ青にしているミカエラを、手を引っ張り立ち上がらせると、レインを見て……あれ?

レインの姿がない。

さっきまでいたはずの姿は跡形もなく、その場所は空白となっていた。

「じゃあ、あとは任せたわ!」

 そんな声が俺の後ろから掛けられる。

声の方向に視線をずらすと、俺とミカエラから大分離れたところを走っているレインの姿が見えた。本気のダッシュでその場から逃げおおせる姿が。

「お前、マジでふざけんなよ!」




そして今に至るわけである。

何とかミカエラの支援魔法で身体能力を上げて、真っ先に逃げていたレインに追いつき、ここまで走ってきたわけだが。

「あいつ足速くないか? 全然撒けないんだけど」

「撒く以前に距離を離せません! 一定距離を保って追ってきています!」

 俺たちとガルムの距離は遠ざかるどころかむしろ縮んでいた。

 所詮支援魔法は支援が目的。

 根本的な足の速さがこちらと向こうでは違うのだから、支援じゃカバー出来ないこの絶望的状況にも納得です。

 いつでも追いつけそうなものなのに、付かず離れずであまり距離間を変えずにいるのは、舐めプをして狩りを楽しんでいるのだろう。

 つまり、あの追跡者が楽しむのをやめ本気を出し始めたら、いずれ捕らえられる。それまでに何か策を講じなければ、待っているのは死だ。

 逃げ切れもしないのに、このままずっと命がけのチェイスなんて冗談じゃない。

 なら仕方がない!

 俺はポケットから取り出した武器を、ガルムの方に向き直ってから構える。

「ザクロ、何それ?」

 俺が取り出したものが見慣れないものだったのか、俺の手元をのぞき込んでくる。

「パチンコだ」


 パチンコ。武器に憧れる少年なら一度は作ったことのあるとても有名な代物だ。

 Y字型に切り出した木などに幅が広めの輪ゴムを固く巻き付け、そこに球状の小石やビー玉をゴムの力を使って引っ張り、打ち出すという簡単な造りの玩具。

 だが、俺がこの世界で造ったのはそんな生易しい物じゃない。

 まず、普通なら木製のボディ部分を鍛冶屋に頼んで金属で造ってもらう。

 そしてゴムは、嫌だったがアリスの店まで行って、要らないアイテムと共に反発力の高いゴムのようなものを買った。

 金属のボディに強力なゴム。これを合わせて本体を完成させる。

 そうして出来たパチンコで打ち出すのは、細かく砕いてある程度形を整えた魔鉱石。


 ここまで言えば分かるだろう。

 俺は日本では実現し得なかった、最強のパチンコを手に入れたのだ。

 試し打ちもまだしてないし、こんなところで使いたくはなかったが、この際そんなことを言っている暇はない。


 視界の先、目の前から、俺たちを殺そうと走ってくる猛獣にビビらないほど俺は肝が据わった男じゃない。

 学校でクラスの女子に話しかけられただけでビビる、チキンハートの持ち主。

 目の前に押し迫る鋭い殺気に心臓は激しく脈打ち、さっきまであった少しの勇気さえも吹っ飛ばされそうだ。

 だが、俺は引き下がらない。違う、引き下がれない。

 今の俺は冒険者だから。


 俺は魔鉱石をパチンコにセットすると、ゴムを引き絞る。

 段々と近づいて来るガルムを打つタイミングを探る。

 多分、体なんか撃ったところで、ダメージのダの字も与えられない。

 どこだ。弱い俺でもこいつを仕留められる絶好のターゲットは。

 探す。考える。探す。考える。探す。考える。

 

「見つけた」


 激しく巡る思考の明滅の中で、俺は一つの活路を見出す。

 どんな強靭なモンスターでも負傷を免れることが出来ない場所。それは!

 俺はそこに、狙うべき場所に、照準を定める。

「当てられるか?」

 ふと、そんな考えが頭を過ぎる。

 ゴムを引っ張り続けている手は、既に悲鳴を上げている。明日の筋肉痛は確定だろう。

 そもそもあそこまで飛ぶのか? 俺は狙撃なんてしたことないぞ。

「いや、違うな」

 当てられるかじゃない。当てるんだ。飛ばせるかじゃない。飛ばすんだ。

自分の全力を持って、この窮地から脱するために。

止まらない手の震えを極力抑える。

 ニート時代に毎日FPSゲームに明け暮れていた俺のエイム力を舐めるなよ!

「今だ!」

 俺は力の限界まで引いていたゴムを離す。

 するとゴムの力で弾かれた魔鉱石が、とてつもない速さで打ち出される。

 それがガルムに着弾する直前。

「アース!」

 そう唱えると、飛んでいた魔鉱石が空中で、手で握れるぐらいの土の塊に変わる。

 土の塊は速度を落とすことなくそのまま一直線に進み、ガルムの目に直撃……


 スカッ!


 することなくその顔の横を掠り、大した効果を発揮しないままあらぬ方向へ落下した。

 渾身の一球を外した直後、俺はガルムの顔を見上げる。

 ガルムも俺を、「何だこいつ、何がしたかったんだ?」みたいな不思議そうな目で見てくる。

 数秒見つめあった後。

「ごめん。俺、この後用事あるからそろそろ帰るわ」

 やっぱ俺、冒険者向いてないかも。

 さっきまで逃げていた方向を向き、逃走を再開した。

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