ブラッドウルフ討伐戦
「ほら、やっぱり案の定じゃん」
木々が高々と生え揃い太陽光が届かない薄暗い森林。
俺はそんな森の中を全速力で走りながら、隣を同じく疾走しているレインに言った。
レインは半泣きで俺の方を向く。
「だってだって、あんなところに石があるなんて思わないじゃない!」
「そんなことで争ってる場合じゃないですよ。もっと早く逃げないと!」
レインとは反対側の俺の隣にいるミカエラが焦った様子でそう訴えてくる。
そう、俺たちは今逃げているのだ。
何から逃げているのか。その質問は愚問だ。
何故なら逃げている時点で、捕まったら命の危機が迫っているという時に、そんなことを考える暇などないからだ。
「俺だって、あれから逃げ切れるぐらいの足の速さがあれば、お前らなんて追い抜いて速攻で逃げてるんだよ!」
「あんただけ逃がすわけないでしょ! 死ぬときは皆一緒よ。パーティでしょ?」
そんなパーティ要らねえよ。今すぐ抜けさせろ!
「まずいです、だいぶ距離を詰められてきました!」
知ってる。
というか後ろから既に木々がなぎ倒されるバキバキという嫌な音がしている。
それどころか、さっきまでと比べてその音がどんどん大きくなっているのだ。
俺は必死に逃げながらも、自分たちを追ってくる巨大な存在を一瞥する。
暗闇の中で輝く二つの眼光。向こうも走っている為上下に揺れるその光が、俺には自分の身に迫る絶望にすら思えた。
まずこの話は、俺たちがブラッドウルフの群れを退治するクエストを受けたところから始まる。
ブラッドウルフ。名前からしてヤバそうな雰囲気しかしないこのモンスターのクエストをあの二人は嬉々として受けて俺に報告してきた。
ギルドで確認済みのモンスターは、あらゆる場所から集められた情報をもとに有効な属性や、使ってくる攻撃手段などの詳細が事細かに確認できるようになっている。
そのためギルドにあったブラッドウルフの写真を見たのだが。
明らかに強そうだった。
赤黒い体毛に開かれた口から覗く鋭い歯。
獰猛そうに歪んだ顔は、まさに鬼の形相という奴だ。
情報によれば体長は二メートルを超すらしい。
俺はそこで「こんなの倒せなくね?」と一応言ってみたが、二人がそんな俺の言葉に耳を貸すはずもなく。
「大丈夫よ! 三人になった私たちの力を見せてあげるの!」
「いざとなったら、私が魔法で支援します!」
すごく意気込んでそう言っていた。いや、だからお前の大丈夫は大丈夫じゃないんだって。
そして嫌々ながらも、ブラッドウルフを討伐するために森へ向かった俺たち。
時には陽樹に日光への道を阻まれ成長しきれていない陰樹の低木をかき分けながら、時には無駄に巨大な虫型のモンスターに邪魔をされ、変な粘液を吹きかけられたレインが泣きわめいてそれをぶった切っているのを見たりしながらも前へ前へと進んでいた。
しばらく進んだ頃だろうか。
先頭を歩いていたレインが急にその場でしゃがみ込んだ。
「どうしたお前、遠足の途中でトイレに行きたくなった小学生か?」
「ショウガクセイ? 何言ってるのか分からないわ。ていうかトイレなんて行きたくなってないわよ、あれを見て」
そう言ってレインが指さした先にはブラッドウルフが、恐ろしい見た目をした巨大な狼が、群れというだけあってなかなかの数で歩き回っていた。
一度草原を埋め尽くす程の大量のスライムを見た経験がある俺にはそこまで多くは見えないが、このモンスターは弱小モンスター代表のスライムさんとは強さの格が桁違いなのだ。数の差は関係なく強いだろう。
「体を低くして。出来るだけ近づいて一気に倒すわよ」
そう支持を飛ばしてきたレイン。
「お前、今回は調子に乗ってヘマやらかしたりするなよ?」
前例があるので一応釘を刺しておく。
「私も馬鹿じゃないわ、学習するのよ。これからは用心して行動しようって心に決めたの。心配しなくても上手くやるわ」
そう言って不敵に笑うレイン。心配だなぁ。
「私はここから攻撃魔法でモンスターを狙うので待機しますね」
ミカエラは腰に携帯していた、某有名魔法学校映画を連想させる小型の杖を構えて近場の木の陰に隠れる。
こちらから姿が見えなくなってから少し経って、木の裏からサムズアップした手が覗く。どうやら準備OKらしい。
近接戦闘をする俺たちは、出来るだけ体を屈めてゆっくりと群れまで近づいていく。
ブラッドウルフは元々強いモンスターであり、かなりの危険を伴うことから冒険者たちには敬遠されがちだ。
それに加え、奴らは基本的には群れで行動する。
強いモンスターの群れなんて誰も戦いたがるはずがない。
ブラッドウルフの討伐クエストが張り出されても、クリアどころかまず受けてくれる人さえほとんどいないらしい。
だがそのせいか、ブラッドウルフたちは俺とレインがかなり近くまで来ているにも関わらず、少しも気づく気配がない。
この森の中にはこいつらより強いモンスターがいないのかもしれない。
息を潜めてそろそろ戦おうかと思ったその時だ。
パキッ
そんな乾いた音がした。
音の発信源は俺の前にいたレインの足元。
「お前何やってんの?」
俺は小声で聞いてみる。
レインはこちらを振り向くとニッコリ笑い、舌を出して、テヘペロ! みたいな顔をする。
「木を踏んじゃった!」
馬鹿野郎が!
その瞬間に、今まで完全に警戒心ゼロで思い思いの行動をとっていたブラッドウルフたちが全員顔を上げる。
その鋭い視線の先は。
「ねえザクロ、なんか私たち見られてない?」
「原因は全てお前だぞ」
そこまで言うと俺たちは顔を見合わせて互いに頷く。
唸りを上げる赤黒い狼たち。
今更逃げることなどできない。
残された道は、戦うことだけ。
そうして覚悟を決めると、立ち上がってブラッドウルフたちと戦闘を開始した!
そう、そこまでは良かったんだ。
レインが鮮やかに駆け回りながら注意を引き、得意の剣術でブラッドウルフを切り伏せる。
流石にあの怖そうな奴らに近づきたくない俺が、安価で仕入れた大量の魔鉱石を使って発動させた魔法で中距離からチマチマ攻撃する。
更にミカエラが遠距離から魔法を唱え、氷の魔法を飛ばす。
俺の弱っちいフリーズとは比べ物にならない程の巨大な氷の塊がブラッドウルフを降りそそいでいく。
これほどまでに上手くいったことがあっただろうかと疑問に思うぐらいに順調に敵を倒していく。
しばらく戦ううちに生命活動を続けているブラッドウルフの数が徐々に少なくなり、残った奴らも形勢不利を察したのか距離をとったと思うと、即座に森の奥に駆けていった。
深追いはせずに、その光景を見送る。
これでクエストは達成できただろう。
退治が目的だったので、少しぐらい残っていても障害にはならないはずだ。
その場に座り一息つく。
「なんとか倒せたな」
「よ、余裕よ」
レインがそう言っているが、座り込んでいるし、息荒いし。とてもそうは見えない。
「我が魔法道に一片の悔いなし」
おいおい死ぬな死ぬな。
倒れこむミカエラを引っ張り起こす。
かなりの強敵を倒しただけあって俺には、今まで感じたことのない達成感というものが芽生えていた。
ガサッ
後ろから草が揺れる音がした。
だが、疲れ切った俺はそちらに目を向ける気力も体力もない。
ガサガサッ
更に大きな音がする。
それに加えて、心なしか逃げるように飛び立つ鳥たちの羽ばたく音や鳴き声が聞こえる。
座っていたレインが顔を上げ、俺を見る。
だが、その視線が段々と上の方に動いていく。正確には俺の方向の背後を見ていたようだ。
すると、疲労に満ちていた顔がみるみるうちに驚愕の表情になる。
「どうした?」
「ザクロ、後ろを見ちゃ駄目よ。見たら一生のトラウマになるわ」
は? 何言ってんのこいつ。
真顔で変なことを言い出したレイン。
だが、かなり真剣な表情で言っているのでふざけているわけではなさそうだ。
しかし人間というのは、するなと言われるととしたくなる、見るなと言われれば見たくなる生き物。
俺は迷わず後ろを振り向いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます