第二の仲間①

「パーティメンバーが足りないと思うの」

「ほう、それで?」

 冒険者ギルドの中で、長テーブルを挟んで向かい側に座っているレインが放ったその一言に、目の前の皿に盛られたスピードバードというモンスターのから揚げを食べていた俺はそう返した。

 なぜ最初からレインに捕まっているのかという質問は受け付けておりませんのでご了承ください。

 パーティメンバーを増やそう。

 さっきまで飲んでいた、何かのジュースらしき飲み物のグラスの持ち手を強く握りしめたかと思えば、俺にそんなことを言っているレイン。

 しかし、突然だな。

 要するにこいつは、急に仲間が欲しいと言い出したわけだ

俺もこいつとの付き合いはそこまで長くないが、俺のイメージでは仲間を必要とせず一人で突っ走る系だと思っていたんだが。簡単に言えばアホだと思っていたのだが。

以外にもそういうところにも気が回るらしい。この前のスライムで学んだか。

レインはなお続ける。

「だから私考えたの! 新しいパーティメンバーを募集すれば良いんだわ!」

「ほう、それで?」

「ねえ、ちゃんと聞いてるの?」

 さっきから同じ反応しかいしていない為か、レインが不機嫌そうに言ってくる。

 もちろん聞いている。

断固反対だと思っている。

 だってまたパーティメンバーが増えるとしたら、モンスター討伐に行く機会も必然的に多くなるだろう。

それは難易度の高いクエスト受けたくない勢の俺からしたら、非常に回避したい案件である。

「パーティ増やしたいなら、俺とは別にパーティ作ればいいだろ? ステータスの低い俺がいても迷惑になる事は目に見えてるし」

 俺がそう言うとレインは首を横に振る。

「逆よ。ザクロの低いステータスを、人数を増やして補おうとしてる私の優しさよ!」

 いやだから、それなら最初から俺要らないぞ。

 既存メンバーの弱さをカバーするために人を増やすって、本末転倒にも程があるだろ。それってつまり、俺がマイナスになってるってことじゃねえか。

「というかお前、この前のスライム討伐クエストで戦犯かましておいてよくそんなこと言えたな。あの時俺はお前が活躍するところ、ほとんど見てないからな」

「だから、メンバー募集の張り紙を街に貼っておいたわ!」

 俺の指摘をサラッと無視してレインはそんなことを……

「そんな話聞いてないぞ」

「だって言ってないもの」

 こいつ本当にろくな事をしないな。

俺とクエストに行かなかった間にそんなことをしていたとは、俺にとって迷惑この上ない。

俺が呆れてギルドの天井を仰いだその時だ。

「あっ、あのっ」

 少し自信のなさげな、小さいながらも振り絞ったような声が俺たちに掛けられる。

「なんだ?」

 俺は天上から目を離すと、腰かけていた椅子を少しずらしてその声の主に向き直った。

 その目線の先にはローブを着た、金髪を高めの位置で二つ結びにする、俗に言うツインテールという奴にしている少女がいた。

「あなたたちは、街にパーティメンバー募集の張り紙を出している人たちですか?」

 エメラルドとかの色合いに近い緑色の目で真剣なまなざしで俺を見ながら、そんなことを聞いてきた。

 もうメンバー候補が来たか。

 まあいつかは来るだろうとは思ってたけど、ここまで早く来られると、隙を見て逃げようとしてた俺の計画がダメになるんだが。

それにしても、またどこかのラノベとかでヒロインを張ってそうな人が募集を見て来てしまった。

しかし、したくなくても対応しないわけにはいかない。募集していたのはこっちなんだからな。

「ああ、そうだ。募集の張り紙に関してはそこの赤髪のポンコツが勝手にやったことだけどな」

 そう言って俺はレインを見た。

「赤髪のポンコツって誰のことかしら? このパーティには麗しい赤髪の剣士、レインさんしかいないはずなんだけど?」

「とりあえずお前は鏡を見ろ」

 視線と視線で火花を散らしている俺たちをよそに、少女は勢い良く頭を下げる。

「お願いします。私をこのパーティに入れてください!」

 そして、声を張り上げてそう頼んできた。

 えっと、どうしようか。

 この少女がかなり本気であることは俺にも分かる。

 しかし募集をしたのは俺じゃないので独断では決められない。

「レイン、お前はどうするんだ?」

 俺はレインに任せることにした。こいつがやった事なんだしそっちの方が都合がいいだろう。

レインはさも嬉しそうに少女の手を取る。

「もちろん大歓迎よ! でも、一応パーティに入れる力があるかだけ知りたいから、職業と覚えている技や魔法については面接させてもらうわ」

 少し真面目な顔をしてそう言ったレイン。

 今のパーティは俺とレインだけ。つまりは基本職の冒険者とその派生先の一つである剣士だけだ。

 だからどの職業の人間が入っても前衛職しかいないこのパーティでなら、普通だったら役に立つと思う。

 だから面接とかする必要ないと思う。

 でも、この赤髪の娘はきっと、「面接ってそれっぽくてカッコいい」みたいな感じでやりたがっているだけなのだろうから、そこら辺については突っ込まないでやろう。

 俺は面接を行える状態にするために自分の席を空けると、レインの席の横に移動する。

 少女は俺に譲られた席におずおずと座った。

「よろしくお願いします……」

 レインが無意識に放つ強者のオーラに明らかに怯えているように見える。というかそれにしか見えない。威圧感だけで言えばヤンキーのそれと変わらんからな。

 どうしてここに入ろうと思ったのだろうか。思っていたイメージと違ったならやめてもらっても、パーティ人数増加の話自体が先送りになるので俺は一向に構わない。

 レインは少女の緊張を解くためか、笑いかける。

「緊張しなくてもすぐ終わるから大丈夫よ」

 お前の大丈夫は大丈夫じゃないからな?

「まずは名前と職業からね」

 楽しそうに面接官を始めるレイン。

 まあ、後は任せておいても勝手に進めるだろう。

下手に絡まれたくないので、俺は口出しはやめておくことにする。

俺はギルドのスタッフの人に声を掛けると、適当に飲み物をミカエラ用に注文する。

「私はミカエラと言います。職業は魔法使いをしています。得意魔法は回復魔法系統です。」

 丁寧。その言葉に尽きるほど礼儀正しく自己紹介をした少女改めミカエラ。

 職業は魔法使い。

そして回復魔法が得意らしい。

 正直言って、俺はパーティに入れても良いと思っている。魔法使いは普通の武器だけで戦う職業とは違う。

その特性を活かせば、俺たちに足りない遠距離支援の面を補うのに一役買ってくれるかもしれない。

しかしレインはミカエラの自己紹介に純粋に疑問符を浮かべる。

「ミカエラは回復魔法が得意ならそれを中心として使うのよね?」

「はい、そのつもりです」

 こいつはなんて初歩的な質問をしているんだ。自分が得意としているものを使うのは当たり前だろ。

「回復や蘇生の支援がしたいのならもっと適した職業があるのに、どうして魔法使いになろうと思ったの?」

 確かに。

 レインにしてはまともな質問をしていた。レインにしては。

 まあそこら辺は仕事をしてくれる分には不透明でも良いんじゃないか? 何か深い事情があるんだろ、汲んでやれよ。

 レインの言葉にミカエラは表情を曇らせる。ほら、今のは触れちゃいけない奴だったんだって。

「確かにそうなんですが……最初は聖職者になろうと思ったんです。でも、ステータスの中で信仰心が足りなくて」

 それで仕方なく諦めたのか。

 悲しいよな、ステータスが足りてない問題は。

 オンラインゲームでも、初めたばかりの初心者が古参の連中に圧倒的なレベル差でボコボコにされる事とかよくある事だが、レベルというシステムがこの世界にある以上は同じように、低レベルの冒険者と高レベルの冒険者の間にあらゆる面で大きな隔たりがあるのは否定できない。

 しかもなんと残酷なことに、この世界は初期のステータス値とレベル上げによるステータスの伸び幅に生まれつきの差がある。

 要は“才能”まで強さに絡んでくるということだ。全員がスタートは同じであるオンラインゲームとの違いはそこだ。

 俺なんて初期ステータスが低すぎて、最弱職の冒険者にしかなれなかったのだ。

ミカエラが悲観するその気持ちはよく分かる。

 密かに心の中だけで同情する俺をよそにレインは問う。

「聖職者を諦めた理由については理解できるわ。けど、それなら回復術士とか別の職業もあるじゃない」

 回復術士。俺はほかの職業どころか自分の職業についてもよく分かっていないので知らないが、そういう職業もあるらしい。

「まあそう思いますよね。私も聖職者の次に目指すなら回復術士が一番近いと思います」

 レインの言うことをあっさり肯定したミカエラ。

 しかしそれに「でも」と付け加える。

「私には回復術士に必要な薬学術の知識が全く無かったんです。……というか、魔法学校で勉強している途中で面倒くさくて辞めてしまいました」

 ああ、それならしょうがな……ん? あれ?

「今、なんて言った?」

「だから、回復術士には薬学術の知識が必要なんですけど、それが全く無かったんです」

「いや、その後」

「え?」

「勉強途中で面倒だから辞めたって」

「……言ってないです」

 言ってただろ。

 俺の内心のツッコミには全く気付かず、ミカエラは話を続ける。

「でも、私は生まれつき魔力のステータスが人より高かったんです。なのでより簡単に目標を達成するには魔法使いが手っ取り早いかと思って」

 彼女は、ミカエラはほかの職業を選ばず、魔法使いを選んだ。だが……

 意外とろくでもない理由だった。

 いや、ろくでもないは言い過ぎかもしれないが、少なくとも最初見た時の謙虚なイメージが打ち砕かれたことは間違いない。

 さっきの重い空気は俺が勝手に感じていたもののようだ。

 結局のところ楽な道に逸れただけの話だったのだ。

 まあしかし、俺にとっては目の前の少女の身の上話などどうでもいいことで。

「じゃあこれから私たちパーティね。ザクロもミカエラにちゃんとよろしくしなさい」

 危険が増えそうなこれからの俺の冒険者生活の先行きの方が心配だった。

「灰離石榴だ。ザクロって呼んでくれ」

 レインが挨拶しろと言ってくるので、自己紹介をして俺はミカエラに手を差し出す。

「はい、ザクロ君。よろしくお願いします」

 ミカエラは最初の控えめな様子が無くなったように笑むと。

 しっかりと俺と握手を交わした。

 これがRPGゲームだったら、【ミカエラが仲間に加わった】と画面下に字幕が表示されていることだろう。

 ちなみにこの時俺の脳内にはRPGゲームのレベルアップ音が流れていた。


 こうして三人になった俺たちのパーティは何かのクエストに行くことになったのだが。

「どれにする? ねえ、どれがいい?」

「私、アンデッドの攻撃パターンや効果的な魔法が知りたいです。ゴースト退治に行きましょう!」

 俺は目の前で、見たくもない女子会トークを繰り広げている二人を遠巻きに見つつ、椅子に座っていた。

 どんな面倒なクエストが来るだろうかとソワソワしていると、レインがこちらの様子に気付いたらしく俺に駆け寄ってくる。

「なんでそんなに落ち着かない顔してるの?」

「お前のせいだ」とはさすがに言えないので。

「冒険者っていうのは、いつでも臨戦態勢なんだよ。だから周りが気になるんだ」

 適当に訳の分からないことを言っておいた。

 レインは怪訝そうな顔をして俺を睨む。

「適当に訳の分からないことを言ってごまかそうとしてるでしょ。ていうかザクロは超低レベルなんだから、冒険者を語るにはまだまだ経験値と強者の雰囲気が足りないわ」

 全て読まれていた。ていうか何だよ強者の雰囲気って。

 複雑な心境の俺にレインは。

「冒険は楽しむものよ。今日も楽しい冒険が待っているわ!」

 満面の笑みを浮かべて、そう声高らかに言い放った。

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