道具屋にて

広がり交わる街道、店が立ち並び賑わう商店街、そしてその中で生活する人々、始まりの街スタートは今日も平和そのものである。

 しかし、その町の情景は俺の前の住処であった日本に重なるので、あまり得意とは言えない。

 日光が照らす街中は、俺を殺しに来ているとしか思えない程に熱を発していて汗が止まらなくなる。

 蜃気楼で道が揺らぐ。

否、俺の視界が歪んでいるのだ。

 日光を反射して光を出す道や窓にも気を付けなければいけないし、黒という一番光を吸収しやすい色の俺の愛用ジャージは、着ているだけで意識が朦朧とする。

 暑さとは引きこもりにとっての敵、忌むべき存在である。

 そんな一般人よりもさらにハンデを負った俺は、街中を文字通りフラフラしていた。

 最初に行くところは一応決まっている。

 俺は商店街から少し離れたところにある市場に向かう。

 この巨大な市場には、他の街から取引されて運ばれてきた食品、道具、武器など、スタートでは本来売っていないものを買うことができる。

 しかもスタートが駆け出しの街であることから、商人たちがかなり良心的な値段で商品を売ってくれる為、運が良ければレアなものも安価で手に入れられるかもしれないという魅惑の場所だ。

 まさにRPGといった雰囲気のこの場所に、俺も心を惹かれないと言えば嘘になる。

 悟空張りにワクワクしながら市場を歩く。

 俺がふと足を止めたのは雑多な雰囲気の市場の中にポツンとある小さな店。

 独特の雰囲気を纏った外装に、店外に置かれた何だかよく分からない道具にオブジェ。

 何の動物だか分からない像まである。あれ? あの像こっち向いてない? 気のせい?

 外見だけでほかの店との差別化がされている。

 ここには何かがある。俺のフラグレーダーが反応して頭の上からアンテナが立ちそうだ。

 雰囲気というのは非常に重要である。

 いつもだったら絶対に買わないような要らないものも、夏祭りの夜店とかだとなぜか欲しくなる。

 原理で言えばそれと同じだ。

くっ、入りたい。こういう怪しい店には惹かれちゃうっ! だって男の子だもん。

 散々悩んだ挙句、結局本能には逆らえずに店に入ることにした。

 扉を開けて店内に入る。

 店の中は縦長な形になっていて、壁には俺には理解不能な書類や道具、何の動物だか分からない像がある。やっぱあの像こっち見てない?

「いらっしゃい」

 店の一番奥の方に設けられたカウンターに座っている、白い長髪に怪しげな笑いを浮かべた女性が俺に気づいて挨拶をしてくる。恐らくこの店の主人だろう。

 気味が悪いし、ちょっと怖いので出来るだけ目を合わせずに、店の中の商品を物色することにした。

とりあえず目の前にある、緑色の液体が入った小瓶を手に取る。

当たり前だが、実質この世界生まれではない俺にはこういう変な色の液体は缶に爪跡のマークがあるエナジードリンク以外では見慣れないもので、何なのかなんてことは見当もつかない。

いろいろな角度から見たり、光をかざしてみる。やっぱり分からない。

「それは俊敏のポーションだねぇ」

「うわっ⁉」

唐突に後ろに来て話しかけてきた店主。

息がかかるほど近くにある白い肌の顔。長いまつ毛の奥にある金色の瞳がこちらを向いたため、目が合う。

元々女性と関わる機会が少なかった俺だ。距離感の近さに驚き、飛び退いた。

「そんなに嫌がることないじゃないか……」

 少し落ち込んだ顔をする店主。急に美人が後ろから声かけてきたらビックリしますよ、そりゃあ。思わず美しさを解説しちゃったよ。

「ああ、すまん。そんなつもりじゃなかったんだ。そうか、これは俊敏のポーションか」

 効果は大体予想がつく。足が速くなり、それで相手を翻弄できるというものだろう。

 この緑色の液体にそんな効果があるとは日本人の俺には到底思えないが、確かにこの世界であれば『翼を授ける』っていうキャッチコピーの飲み物があったとしたら、飲んだら実際に翼が生えてきてもおかしくない。

「そうなんだよ、足が速くなったら何かと便利だよねー」

 「ねー」と言いながらポーションを俺の眼前に近づけてくる。グイグイ来すぎですよ。

「そうだな。俺も一つ買っておくか」

レインが追いかけてきたときに逃げるのにでも使えそ……

「でも、足の速さを自分でコントロールすることは出来ないし、筋肉への負荷はそのままだから……あれ、どうしたの?」

 俺は何も言わずに俊敏のポーションなる不良品を商品棚に戻す。

 危ない危ない。使えないアイテムを買うとこだったぜ。

 速度のコントロールが効かなくて、筋肉への負荷そのままって、俺みたいな貧弱な奴は一度使ったらもう終わりだよ。効果が切れる前に体の方が耐えられなくなるよ。

 負荷に耐えられず俺の全身の筋肉が破裂する図は容易に想像できたので、これを使うことは出来ないな。

「じゃあこれは何だ?」

 俊敏のポーションのことは一旦置いておいて、俺は近くにあった、一見ダルマみたいに見える顔が描かれた丸い形をした置物を手に取る。

「それはデコイ人形。特別な匂いを発生させてモンスターの注意を引き付けてくれるんだ」

 何の変哲もないただのダルマ型人形。

「デメリットは?」

この商品の欠点を、一抹の不安を抱えて聞いてみる。

「デコイっていうのは、厳密に言えばモンスターを興奮状態にして引き付けるという仕組みだからモンスターのステータス、主に攻撃力が上がるね。あと、効果時間が短い」

 俺はデコイ人形を戻す。何も言うことはない。

「じゃあ、店主さんのオススメはなんだ?」

 思い切って店主に任せてみることにした。

「店主さんなんて堅苦しいから、アリスで良いよ。お客様」

「それなら俺もザクロでいい、なんか良い物があるなら教えてくれ」

 「オススメか~それなら~」と言いながらアリスが店の中をウロウロする。

俺には何かを探しているというより店の中の物把握してなくて迷っているように見えるんだけど、アンタ店主のはずだろ。

アリスはしばらく店内の棚を見て回った後、一つの棚に目をつけそこから何かを取り出す。

「これなんてどうかな?」

「なんだ、ただの魔鉱石じゃないか」

アリスが持ち出してきたのは、俺が魔法を発動させるのによく使っている魔鉱石だ。

確かに便利だが、それだけなら大体の道具屋に行けば売っているのでわざわざここで買う必要もない。

「違うんだなーザクロは魔鉱石のこと、全然分かってないようだね」

 ドヤ顔で俺のことを小馬鹿にしてくるアリス。

 いや、実際に俺は魔鉱石の目利きとかスペシャリストじゃないし、魔鉱石はただの光る魔法を使える石程度にしか思ってないぞ。

「これは最近製造方法が確立されてきて、一般の人でも買えるようになった、高純度の魔鉱石だよ」

 ああ、なるほど高純度の魔鉱石ね……

 俺が使えるのは一番純度の低い魔鉱石だ。魔鉱石は純度が増し、保有魔力が大きくなる程要求される冒険者としてのレベルが高くなる。

 つまりレベルの低い俺は、これを買ったところで魔力が足りなくて魔法は使えないから、これはただの綺麗な石になるんだけど、それの何が俺にとってメリットになるのかな?

 この時点で誰もが察するかもしれないが、俺も察した。


 ……この店ダメだ。


 確かにRPGの世界には良い効果に加え悪い効果もつくという、諸刃の剣的な道具や装備がある。

 だが、この店の道具はデメリットが大きすぎる。

 なんならデメリットがメリットを越えてるまである。諸刃の剣というか柄のところにも刃がついていて、持っているだけでダメージを受けるような代物である。最後に関しては、諸刃とか関係なしに俺には使えないので論外だ。

 この商品たちが一般の、俺より高レベルでステータスの高い冒険者が使った場合に役に立つかどうかは知らないが、俺には使いこなすことは出来ない。

この先どの商品の説明を求めたとしても、それを聞いた瞬間にノータイムで買わずに棚に戻すことになるだろう。

 そんな残念な商品が見える限りの全方位を埋め尽くすほど陳列してると思うと、この店の経営が本当に大丈夫なのかと心配になる。

 アリス本人は俺がそんなことを考えているとはつゆも思っていない様子でニコニコと営業スマイルをしながら俺の横に立ち、次の商品の説明を求められるのを待っている。距離が近いからもう少し離れて下さいね、緊張するからね。

「あー……今回は 買うのはやめておこうかな」

 これらを買って今後役に立つとは思えない。

 俺にはそんな金銭的余裕は無いのだ。すまないと、心の中で謝る。

 そして俺は回れ右をして店の出口の方を向くと、早くここから出る為にその場から逃げるようにして歩き出す。

 しかし、途中で足が止まる。

否、正しくは止められたのだ。自分の意志ではない。

 俺が歩き出して五歩目まで歩き、六歩目を踏み出そうとしていたその時の出来事だ。

 次に踏み出そうとしていた足が空中で止まったまま、床に付けることが出来ない。

「あの、アリスさん? 肩を掴まれると身動きできないんですが?」

 俺は、俺の肩を後ろからガッチリと掴んで離さず、進ませるどころかむしろ後退させて自らの元に引き戻そうとしてくるアリスに問いかけた。

「……」

 対するアリスは何も言わない……っていうかなんか言ってよ。なんで何も言わないの?ねえ! 何も言ってくれないんですけど⁉

 手にこもった力はそのままに、問いかけに全く応えてくれないアリスの方を恐る恐る見てみる。

身長が同じくらいだから振り返った時にちょうど再び目が合った。

 俺の目に映ったその姿。第一印象の美しさはそのままだが、その美貌の一端を担っている瞳の金色は全く光を反射せずハイライトを失い、大きく見開かれたまま瞬きをしない。

 まあ要するに超怖いってことだ。

「ねえ、どこ行くつもりなの?」

「ひえぇ⁉」

 恐ろしい声音で放たれたその言葉に、最初に話しかけられたとき以上にビックリして思わず変な声が出た。

 さっきまでの柔らかい雰囲気とは似ても似つかないオーラと鋭い視線に、俺は蛇に睨まれた蛙かのごとく動けなくなる。

 アリスは怯える俺に向かって、この状況じゃなきゃ惚れるかもしれないくらいの満面の笑みを浮かべると、さっき俺が買うのを拒んだ商品たちを突き出す。

「もちろん買ってくれるんだよね、ザクロ?」

 そう言って上目遣いで俺を見る目は、

「あ、悪魔……」

「なんか言った?」

「いえ、何も! 喜んで買わせていただきます!」

 俺には拒否権の概念が存在しないのだろうか。

大人しく頷くしかない自分のことを客観的に見てそう思った。


「毎度ありー。また来てね!」

 アリスの機嫌の良さそうな声が店の出口を目指す俺の背中に向かって掛けられた。

 俺は魔道具店から出ると、すぐさまその場を後にした。

 やられた。完全にやられた。

 俺は自分が持っている俊敏のポーション、デコイ人形、高純度の魔鉱石を見て本気でそう思う。

 まさか異世界に来てまで押し売り紛いのことをされるとは思わなかった。強制的にアイテムを交わされるイベントなんて聞いてないぞ。

 市場の一角に店が設けられてるだけあって値段こそそこまで高くはなかったが、元々俺の財布にはほとんど金が無いのだ。またもや金が底を尽きてしまった。

 俺のワクワク感を返して欲しい。売ってるものはファンタジーなのに、商人の無理矢理買わせる感じがリアルすぎるだろ。それにしてもだ。

 これ、本当にどうしよう……

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