クエスト帰還
俺とレインはクエストから帰って来て、街の中を歩いていた。
たかがスライムと思うかもしれないが、俺には帰ってきた街の風景がとても暖かいものに感じた。生きてるって素晴らしい。
「今日ばかりは本気で死ぬと思ったな」
「スライムごときで死にかけるとか、あんた弱すぎ……ぶえっくしょん‼」
俺に助けて貰ったくせに偉そうなレインは無視しておく。
あの後、俺のフリーズを受けたスライムたちは即座に氷像と化した。それで一気に倒すことが出来た。
つまり俺のスライム一掃作戦は成功したのだ。
しかし、スライムの粘液まみれだったレインにもその影響はあったようだ。
「ガタガタ、ねえ、街ってこんなに寒かったかしら? 冬みたいに寒いんだけど?」
「知らねぇ」
その時のフリーズに巻き込まれたレインは凍った粘液のせいで体が冷えたらしく、さっきから縮こまって露骨に震えている。
これに関しては巻き込みを全く考慮していなかった俺の非だし、さすがに可哀想だったので俺のジャージの上を貸してやったが、寒がり具合からしてあんまり意味はないと思う。
だが俺にも言いたいことがある。
「てか、お前を助けるのに持ってた魔鉱石全部使ったせいで、また金無くなったんだが?」
高純度ではなかったにしろ、魔鉱石そのものが庶民の俺には高い買い物。
まさか今日すべて使うことになるとは思わなかった。
レインは申し訳なさそうな顔をする……
「悪かったわね! 明日からもうちょっと作戦をちゃんと考えるわよ!」
かと思いきや逆ギレしてきた。こいつ態度デカすぎるだろ。
とにかくまた依頼を受けて稼がないと財布の中身が……ん? ちょっと待て。
「お前、明日からってどういう意味だ? 今日の一回で終わりじゃないのかよ」
するとレインは首を傾げる。
「当たり前じゃない、私とザクロはパーティでしょ?」
ふっざけんなよおおおお‼
今日の依頼で俺はこの隣のアホのせいで金が再び無くなった。
俺の財布の中身もフリーズ状態だ。
……全然笑えない。
ある日の朝、俺はふと目を覚ました。
久しぶりにまともに寝た気がする。泥のように眠るとはまさにこのことかっていうくらい寝ていた気がする
ベッドの近くにある窓から寝た体勢のまま少し体をずらして外を見上げると、そこから空が見える。
薄暗い空模様からしてまだ朝早そうだ。
ここ最近働き詰めでろくに寝ていなかったためか、意識はあるのに身体が重い。
このまま起き上がりたくないと俺の体が言っているような気がした。
要するに働きたくない。
「そんなことも言ってられないんだよなー」
しかしそれはクエストに行かない理由にはならないし、俺にはそんなことで休む金銭的余裕もない。そろそろ本格的に社畜精神が芽生えてきたか。
冒険者という職業は命がかかっている割に何か手当てがつくわけでもなく、休みも新人にはほとんど無いのでかなりブラックな気がする。
正直ネットやゲームは無くても、あれは長すぎる時間から気を紛らわすためにやっていたことなので生活に支障は全くないのだが、あの時の生活では約束されていた安眠はすごく恋しくなっている今日この頃です、はい。
俺はしばらくベッドの上でゴロゴロしてから、決心をつけて身体をなんとか起こし、顔を洗って、髪を軽く整えてから部屋を出る。
「あっザクロさん、おはようございます」
既に受付嬢は受付にいて、新たな依頼書含む書類の整理やなんやらをしていた。
「受付嬢さん、おはようございます」
俺も同じように挨拶を返す。
「朝早いですね」
俺が起きて部屋から出てギルドに来るより前からここにいるとなると、一体何時ごろに起きて出勤しているのだろうか。
「そんなことないですよ、冒険者さんたちに少しでも頑張ってもらうために私は出来る限りの努力をしたいんです。それなら誰よりも早くここにいないと!」
この人、人として素晴らし過ぎないか? 涙が出そうだ。
「そう言うザクロさんも大分早いですね?」
「まあね……」
関心の目でこちらを見てくる受付嬢と、俺は目を合わせられない。
自分の意志でここに来ている彼女と違って、俺の場合は仕方なくなので全然凄くはない。俺だって懐に余裕があれば、全く働かないでニートをしているはずだ。
「ザクロさんは新人でお金を稼ぐためにはひたすら頑張るしかない。それは分かりますが、無理は禁物ですよ?」
笑顔でそう言ってくれる受付嬢だが、それは俺じゃなくて俺を何の知識のないままにこの世界に送り付けたあの神様に言って欲しい。能力とかよりも先に、もう少し具体的な説明がされても良かったんじゃないか? 俺が最初だったみたいだし。
俺のゼロから始める異世界生活は大分貧相だぞ。
その時、俺はギルドの入り口から人が入ってくる気配を感じた。
「あら、ザクロじゃない! 朝早くから何してるの?」
俺はギルドに響いたその声で自分の死を悟った。
出来るだけ動揺を悟られないように俺はゆっくり後ろを振り向く。
「ああ、レインか。奇遇だな。お前も依頼を受けに来たのか?」
こっちに歩いてきていた、俺がこんなに早起きしてまで依頼を受けなければならない原因にもなったレインは「は?」みたいな顔をしてこう言った。
「あんたもモンスター討伐行くでしょ?」
表情から察するに本気のようだった。
「嫌だああああああああああああ‼」
「あっこら、どこ逃げるつもりよ。こっち来なさい!」
逃げようとする俺の手をレインが掴んで引っ張ってくる。あっちの方が筋力が強いので、全く振り払えないのが非常に悔しい所だ。
「ぐぐぐ、離せー‼」
「レインさん! 合意の無いまま自分の依頼に他の冒険者さんを巻きこもうとしないでください!」
すると、受付嬢が見かねたのかレインを止める。だが、レインは受付嬢を睨んだ。
「何よ? あんたには関係ないでしょ?」
あのーその威圧的な目は怖いんでやめてもらって良いですかね? 視線の先が俺じゃなくても、恐ろしいことこの上ない。
受付嬢さんここは穏便に解決しましょう。そんなこと争っても、ザクロ君は救われませんよ。
「いえ、関係なくありません。ザクロさんは私の担当の冒険者さんですから」
受付嬢さん⁉ 穏やかに返すかと思いきや、こっちも割と臨戦態勢だった!
そんな電気が出ている風に見えるぐらいバチバチしている二人に囲まれ、そもそもの議論の元である俺はどうしていいか分からない。
「そんなこと言ったら、この町の冒険者は全員あんたが担当でしょ!」
「はい、なのでこの町の冒険者さんには『自由に』冒険をして欲しいんです」
やたらと自由にのところを強調したのは気のせいだろうか。
「あんたは受付だけやってれば良いの! そこからは私たち冒険者の領分なの!」
「そんなこと言って、周りに迷惑をかけるようでは、皆さんの士気が下がってしまいます!」
ド正論だな。非常に自分勝手なレインに対しては特に。
「ザクロもなんか言ってよ!」
お前のこと全否定することしか言えないぞ、多分。
レインの言うことをガン無視して、俺はギルドの天井の木の目の数を数えていた。
受付嬢も俺を見て続ける。
「そうですよ! ザクロさんも、自分の意志は自分で伝えないと! 私からでは説得力がありません!」
お母さんに叱られる子供かな? 俺は。
俺に気を遣ってくれているのは嬉しいのだが、別にそんなことをしてほしいわけじゃ断じてない。
今、俺が今一番考えていて望んでいるのはこんな不毛な言い合いから早く脱したいということだけだ。
「とにかくザクロと私はモンスター討伐に行くから」
レインが俺の手を引っ張る。いや行かないよ?
「ダメです。始まりの街スタートの受付嬢としてこの場を見過ごすことはできません!」
もう片方の空いている手を受付嬢が掴んで引っ張る。気持ちは嬉しいけどなんで引っ張るの?
つまり俺は今レインと受付嬢にそれぞれの腕を両側から引っ張られている状態だ。
……俺、もうこの先の展開が読めたんだけど。
「ほら! ザクロ行くわよ!」
グググググ
「ザクロさんは体を休めてください!」
グググググ
「痛い、痛い、痛い‼ そんなこと争ってないで、まずは俺を解放しろ‼」
人生で初めて引き千切れるかと思った。
ギルドの長椅子に座る俺は、その貴重な体験で疲弊して立ち上がれなくなっていた。
さすがに二人も俺が死にかけているのを見て手を離してくれた為、真っ二つになるという、前世よりも悲惨な最期を迎える展開からは逃れたものの、今日働こうと思っていた意欲が完全に削がれてしまった。
ラノベやマンガの主人公をヒロインが取り合って、それぞれの手を引っ張るという、羨まシーンを連想させるが、あれはただの苦行であったか……
とは言え、レインが「今日は諦めるけど、今度は絶対クエストに行くからね!」と言い残してこの場から去ってくれたのは非常にありがたい。いや、今度連れてかれるってことはありがたくないのか? まあそこら辺を考えるのはやめよう。
レインから逃れたので今日の労働は明日に回すとして、街にある店にでも買い物をしに行こう。
重い腰を上げて立ち上がると、俺はギルドを出て街へ繰り出した!
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