第一の仲間②
「あー……キツイ、もう限界だー。レイン、少し待ってくれよ」
目的地に向かう途中の森の中で、俺は既に体力が尽きかけていた。
高い木々が並び、先まで見渡せない暗い道。その上空を鳥が飛び、足元には虫が歩いている。
日本にある雑木林とほとんど変わらない、ごく普通の森だが、俺への負担は大きい。
有り得ないくらい体が重い。
俺は元来運動はあまりしない性質なんだ。いきなりこんなところに連れてこられて、意気揚々と歩けるわけもない。
先を歩いていたレインが立ち止まって俺を見る。心底呆れたような目だ。
「ステータスが低いからモンスター討伐に行かないんだろうなーとは思ってたけど、ザクロの場合だと初期ステータスが一般人以下だと思うわ。いくら何でもスタミナ無さ過ぎでしょ」
辛辣だが事実なので否定できない。
平均的な努力すらしてこなかった俺は、当然ステータスも平均以下である。
更に俺にはレベルが上がることで取得できるスキルや魔法すら、レベルが低いため全く所持していない。むしろ何があるの? 俺って。
今持っている物も、稼いだ金で買ったサバイバルナイフ一本と魔鉱石数個のみだ。ジャージにも防御力は無いため、俺はほぼ丸腰で歩いていることになる。
はっきり言って無理ゲーだ、体が追いついていない。
今まで体と心を含め、全く鍛えてこなかった自分を呪いつつ、俺は再び森を歩く。
どれくらい歩いたのか、レインがふと足を止めた。俺もそれに合わせて足を止める。
「どうした? お前も疲れたのか?」
「あんたと一緒にしないで。目的地がここら辺のはずだから地図を確認するだけ」
レインはそう言うと地図に目を落とす。真剣な表情をしているため、俺は邪魔になるだろうと話しかけないでおいた。これが気遣い、ジャパニーズ大和魂である。
ジャパニーズが英語なのは気にするな。
しばらくしてレインが地図から目を上げた。
「場所を把握したわ。私について来て」
再び歩き出したレインに、俺はとりあえず命令通りについて行く。
しばらく歩き続けると木々が生い茂る森を抜けて、草原が広がっている場所に出る。
そこで俺は映った光景に目を見張った。
「何だあれは?」
俺が見たのは、とてつもない量と数の水色のジェル状の生き物たち。
俗に言うスライムだった。
RPGの王道モンスターの筆頭であるスライムはモンスターとしても下級に属していて、弱い。だがそれ故に種を存続させるために繁殖能力が高い事も聞いていた。
だが、これは……
「ちょっと多すぎやしませんかね?」
多いとか、そういうレベルじゃない。予想以上の遥か上ぐらいの数がいるスライムに俺は心からの嘆息をした。
スライムは単体、多くても三体同時か三体のタワー型がせいぜいだと思っていた。
だが、その量は草原を埋め尽くさんばかりだ。一面に海が広がっているんじゃないかと錯覚をするぐらいいる。あの量は正直ドン引きだ。
とりあえず隣にいるレインに小声で話しかける。
「おい、ここからどうするんだ? 言っとくが俺はモンスター討伐したことないどころか、この世界のモンスターをリアルで見るのも初めてだぞ?」
「モンスターを初めて見た、ってあんたはどれだけニートで暮らしてきたのよ? 普通の人ならスライムくらいなら、少し街の外に出ればいくらでも見れるわよ」
ニートって言うな、今はもう職に就いてるんだ。
あと俺の世界では普通の人でもモンスターは見たことないはずだ。ていうか、スライムってそんな野良猫感覚でいるのか?
しかもあのスライムたち、もしかしたら転生者のスライムかもしれない。そしたら滅茶苦茶強い可能性がある。粘糸とか大賢者とか使われたら詰むぞ。
そんなことを考えていると、突然レインが立ち上がった。
「じゃあ、最初に私が特攻するから、足手まといのあんたは後ろから援護して!」
足手まとい。そんな失礼で的確なことを言ってから草むらから飛び出し、目にもとまらぬスピードでスライムたちに突っ込んで行った。
「待てよ! 援護って言っても何するんだ⁉」
俺の静止も聞かずレインは。
「おりゃああああああああ! ゼリーどもは大人しく私の経験値になりなさいッ!」
スライム相手に無双していた。
斬って、斬って、斬りまくる。
そんなゲームのキャッチフレーズのような行為を体現するかの如く、そこにいる哀れな青いゼリーたちを片っ端から切り刻んでいた。
レインという不穏分子以上の何かの襲撃に危険を察知したスライムたちは、分散してレインの周りを圧倒的質量で取り囲む。
弱いが以外と知能は低くないようだ。さっきまで有利と思われていたレインは周りのスライムに逃げ道を塞がれ身動きが取れない。大丈夫なのか……?
「くっ、多いわね……でもそんなことで私を止められると思わないことね!」
再び戦闘を始めるレイン。ノリノリで戦場を飛び回っている。
華麗な動きでスライムの壁に突撃し、一瞬空いたその隙間からスライムの群れを抜け出す。
あれは生半可な冒険者じゃできない芸当だろう、知らないけど。
偉そうなだけあって実力はまともにあるらしい。
すごいなーと感心して、完全に傍観者と化してその場を見ていた俺は。
すぐ近くから俺の顔目掛けて飛んでくるスライムに気付かなかった。
「ブフッ」
顔面のど真ん中にアタックをかまされた俺はそのまま体勢を崩し、後ろに倒される。衝撃でグラついた頭に追い打ちをかける様にスライムが乗ってきた。
熱が出た時におでこに貼るアレを彷彿とさせる感触が、どっしりと覆いかぶさる。
「ゴボボボボボ!(てめえ、俺の顔の上から降りろ!)」
そんなことを言ってもスライムに通じるはずもなく、ましてや降りてくれる訳はなかった。
スライムはまるで水のような物の為、顔だけ水の中にいるような状態になり俺は言葉が上手く発せなくなる。
しかも流動体の体だ。掴んで引き剥がすこともできない。持っていたサバイバルナイフで試しに刺したり切ったりしてみるが効果は薄そうだ、ビクともしない。
「ゴボ、ゴボボボボ‼(本当にまずい! 窒息する!)」
窒息死してこの世界に来たのにまた窒息させられる!
動きたい俺の思いとは裏腹に、体は動かなくなり意識がだんだん遠のいていく。
このまま死ぬのか? スライムで? こんな序盤の敵で?
ああ駄目だ。この……ま……まじゃ……
その瞬間、俺の脳裏に一人の影が浮かぶ。
「そんなところで死ぬのかい? そしたら、長ったらしい復活の呪文を覚えることになるけど。君は記憶力に自信はあるかい?」
白い髪に白い服。
間違いない。神様だ。
「情けない、情けない」と、この期に及んでそう小馬鹿にしてくる神様。そして俺を憐れむように見る。
「ああ、これは死んだね。おお勇者ザクロ。しんでしまうとはなさけn」
言わせるかよ!
あいつの思う通りにはなりたくない。死に場所ぐらい、自分で選ばせろッ!
神様への反発から意識を取り戻した俺の体に力が戻ってくる。
しかし不利なこの状況は変わらない。
これを打破する道があるとするなら、これだ!
死ぬ前の最後の希望を持って俺は懐から取り出した魔鉱石をスライムに叩き付け、こう唱えた。
「グボボボ‼(フリーズ‼)」
その俺の詠唱に応えるように青色に色を変えた魔鉱石は、急速に周りの温度を下げ、その冷却能力を圧縮して放たれる冷気によってスライムはみるみるうちに凍り付き、やがてただの氷の塊になった。
それを振り払い俺は起き上がる。
「た、助かった」
本来であれば魔法というのは魔法使い系統の職業に就いている人や、レベルを上げて魔法を取得している人しか使えない物だ。
しかし、こうやって魔力を固めて結晶化した石である魔鉱石を媒介することで下級の魔法のみに限って、俺のような低レベル冒険者でも魔法を使うことができる(市場の売人さん談)。
スライムが水っぽかったからという理由から凍らせられるかと思って、思い付きと賭けでフリーズを使ったが、俺の予想は正しく上手くいったようだ。
俺が初めてまともにモンスターを倒した感慨に浸っていたその時。
「ザクロさーん! ザクロさーん! ちょっとピンチなの、助けてー‼」
戦っていたはずのレインが俺を呼ぶ声がした。
俺、今さっきまで生死を彷徨ってたんだから、ゆっくりさせて欲しいんだけど。
倒れた時に打って痛い頭を押さえながらなんとか立ち上がると、草原の方を見に行ってみる。
「お前、何してんの?」
そこにはスライムの粘液だらけになってうずくまった状態でスライムたちに囲まれるレインの姿があった。
さっきまでの戦国無双状態から俺がスライム一匹と対峙している短時間のうちにどうなったらこの状況になるのかは分からないが、ピンチなことだけは伝わった。
「数が多すぎて、全方位から攻撃されるせいで勝ち目がないわ!」
特殊なプレイをした後みたいに、全身がヌルヌルになったレインが叫ぶ。
それは俺のことを足手まとい扱いして、一人で特攻したお前の自業自得だろと言いたかったが、そうも言ってられなさそうなので俺がどうにかしよう。
あのスライムたちを倒すためにあそこに特攻しても、レインの二の舞だ。
戦闘経験のない俺が出来ることは……そうだ!
「レイン! そこでじっとしてろ!」
かなりもったいないし、うまくいくとは限らない。だがやるしかない。
俺は、持っていた全ての魔鉱石をレインとスライムたちのいる上空に向かって思い切り大振りで放り投げる。
空中に舞う半透明の石が、太陽の光を浴びてキラリと輝く。
そして手を天に大きく掲げて、大声で叫んだ。
「フリーズ‼」
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