第一の仲間①

次の日も俺は、出来る依頼はないかとリストをチェックしていた。

レベルが低くアイテムも殆ど無いようなステータスの低い俺が出来ることって言っても限られているので、欲しい時にいつも仕事があるわけではない。というか仕事なんて本当は欲しくない。

依頼はギルドの中にある掲示板にも張り出されているから、それを見て数少ない中から出来そうな依頼をいくつか取ってテーブルに腰を掛ける。

と、その時だ。


「ちょっと良い?」


誰かを呼ぶ少女の声がする。

他人の会話に特に興味はないので、構わず俺は依頼をどの順番で受けるかを考える作業を始める。順番って意外と重要だからな。楽な奴から片づけていくのがコツだ。

「ねえ、聞いてるの?」

声が無駄に通るせいでうるさくて気が散るから誰でもいいから反応してやれよ。

ふと気になって俺はそちらの方に、自他共に認める死んだ魚の目を向ける。

するとすぐそばに立っていた少女と目が合った。どうやらこっちを見ていたようだ。

「やっと気付いたわね」

てかこの声、さっきの誰かを呼んでた声じゃねえか。

「なんだ、誰を呼んでるのかと思えば俺に言ってたのか。何の用だ?」

そう俺が聞くと、少女は俺のテーブルの向かい側に、了承もしていないのに座ってきた。

短めに切られた燃えるような赤い髪に透き通った湖の水面を連想させる青色の瞳。

凛とした表情をして俺をまじまじと見ている、シャツとスカートの上に鎧という、ジャージの俺より断然良い装備を身に付けた少女を見返して、俺はこう思った。

 な、なんかヒロインっぽいの来た……

 美少女要素の塊みたいな、キャラがインフレ整備されまくったみたいな雰囲気だ。

 簡単に言えば、存在感がすごい。キャラが立ちすぎていてあまり関わりたくない。

 ギルドの中にいた、普段なら自分の利益しか考えていないであろう他の冒険者たちも、少女のことが気になるのかこちらの席をチラチラ見て様子をうかがっている。

別にこの少女が注目されるのは良いとして、そのせいで俺にも注目が集まるのは本当に迷惑なのでやめて欲しい。

「あんた、最近ここら辺で噂になってる冒険者よね?」

 少女は俺にそう尋ねてきた。


噂? 何それ?


「いや、噂になるようなことをした覚えはないが。人違いだろ」

 少女の問いを俺は否定する。

出来るだけ目立たないように立ち回ってきた俺が噂になるわけないだろ。

俺が噂になるようなことをしたかと聞かれれば、断じてしてないと言い切れる。

でもまあ俺ぐらいの人間になると、抑え切れない大物オーラが周りに伝わってしまうかも……

「最近、簡単な依頼ばかり受けて報酬を受け取ったり、よく分からない巨大な卵を世話したりしてる変わり者の冒険者がいるって…… あれ? なんで不機嫌そうな顔をしてるの?」

「何でもない。でも、確かにそれは俺のことだ。で、結局何が言いたいんだ?」

 言っとくが俺は不機嫌じゃない。断じて不機嫌じゃない……‼

「そこが重要なの! 私に言わせればそんな簡単な依頼ばかり受けるようなのは冒険者とは呼べないわ!」

 俺の顔の近くまで前のめりになりながら熱弁してくる少女。

依頼を受ける傾向なんて人それぞれなんだからこいつにとやかく言われる筋合いはないし、冒険者と認めてもらう必要もないと思うんだが。

「うんうん、俺が冒険者崩れだとでも言いたいの? それで?」

 若干自分のやっていることを否定されたのに苛立ちつつも、それを隠して用件をもう一度聞きなおす。

その瞬間少女は机をバンッ! と叩いて立ち上がる。

べ、別に、その音にビビってなんかいないんだからねっ! 

「そうよ、冒険者崩れのあんたに本当に冒険者の資格があるか、私がチェックしてあげるわ! モンスター討伐に行くわよ!」

 ビシッと俺を指さしながら、そんなことを言ってきた少女。冒険者崩れ? 崩れてねえよ。まだ崩れるほど高く積みあがってねえよ。

そんなことより、ちょっと待て。

「今モンスター討伐って言ったか? 俺は行かないぞ。楽で安全に稼いで、危険な賭けには出ないって決めたからな!」

 異世界でモンスターと戦うだと?

そんなもの、低スペックの俺に務まるわけがないだろ。

 そう言って反論した俺の首。

 そこにスッと、冷たいものが当たる感触がする。

 目の前でされていることなので見えているし、俺だって馬鹿じゃない。状況はすぐに把握した。

首元に、少女の携えていたはずの剣の切っ先が当たっている。

剣を少しだけ流し見ると、銀色の刃はいつでも俺の首を捕らえる準備が出来ているとばかりに輝いていた。どうやら一瞬で構えたらしい。

少女はドヤ顔を浮かべる。

「私よりステータスが低いくせに拒否権なんて無いわよ?」

おいおいマジかよ。おそろしく速い剣撃、僕は見逃しちゃったね。

俺の頬に、自然と冷や汗が伝う。

 下手をすれば首が飛びかねないので、俺は手を上げて降参の意を示しつつ、その場で動きを止める。

いつのまにか、さっきまでこちらを見ているだけだった周りの冒険者も、少女が剣を抜いたことで流石に警戒したのか、軽く身構える奴らが出始めた。

おい、俺はクエストを受けようとしてただけなのに大惨事なんだが。

少女もギルド内で剣を抜いたのはやり過ぎだったと思ったらしく、すぐに俺の首から剣を離し、刃を下げて鞘に納める。

抜いて構えるのが一瞬だ。当然納めるのも、思わず感心してしまうぐらい素早く鮮やかな動作だった。

剣を納めた少女は、その手をこちらに出すと、半ば無理矢理握手させられる。何そのニコニコ顔? 何故だかすごく怖いんですけど。

「私の名前はレイン。あんたは?」

レインと名乗った少女が脅すように俺に問う。

彼女の背後にスタンドか、ドドドドドド‼ みたいな効果音があるようにすら見えてしまうこの圧迫感と緊張感。

拒否権は……こいつの言う通り無さそうだ。俺も名乗るしかないか。

「……石榴です」

レインは悪魔の笑みを浮かべながら俺を見る。俺も相手の気に触れないよう作り笑いをしておく。

「じゃあこれからよろしくね、ザクロ君」

繋いだ手をブンブン縦に振りながらそう言ってきた。




俺はまた今日もギルドの中にいた。しかし今日は一段と気が重く、元から低いモチベが更に低くなっている。

行きたくもないモンスター討伐に行かされる羽目になったからだ。

現実逃避をするために何も考えずにボーっとする。

こうしているうちは、つらい現実から逃げられる気がするのだ。

しばらくして入口の方からタッタッタという軽快な音が近づいて来る。

そのため、俺は逃げていた現実に強制的に引き戻される。

そしてそちらの方に目を向ける。

「少し遅れちゃったわ。待った?」

レインだ。あの日以来俺が、もういっそ冒険者をやめてしまおうかと思った要因でもある。

 走ってきたのか、少し荒い息を吐きながらそう聞いてきた。

「お前のことなんて微塵も待ってねえよ」

まるでデートの待ち合わせかのように聞いてきたレインに悪態をつく。

言われた本人は気にする素振りもなく、何も言わずに俺のジャージの襟を掴む。

気づいた時には、そのままズルズルと依頼が張り出されている掲示板へ引きずられていた。

暴れるなどの抵抗はしたのだが、圧倒的なステータス差により一切効果は無かった。

何より、暴れていると周りの目が恥ずかしかった。

そんな駄々っ子と母親みたいな状態で掲示板まで来ると。

「いっぱいあるわね! ねえ、どれにする?」

「どれでもいい、というかどれも嫌だ」

ディ〇ニーランドで次に乗るアトラクションを選ぶノリでとても楽しそうに受けるクエストを尋ねてくるレインにそう返す。なんで楽しそうなの? 

「拒否権無いってこの前言ったでしょ? どれでも良いから選びなさいよ」

そう言って俺の頭を掴んで無理矢理依頼書を突きつける。結構痛いから止めてくれ!

しばらくレインと格闘した末、ねじ伏せられて依頼を受けさせられた。受付嬢が気の毒そうな目で見てきて、心が痛くなったが我慢する。

「スライムの討伐の依頼、これで良いか?」

 受け取ってきた依頼書をレインに見せる。

「良いわよ! 早速行きましょ!」

スライムの討伐依頼を受けた俺たちは、その目的地まで向かう準備をする。

待っているのは待ち時間0分の地獄のアトラクションである。

この先何か悪いことが起こる気がする。

不安しかないが、上手くいくと信じて、俺はギルドの門を潜った。


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