第3天界にて③
「異世界転生だ」
は? イセカイテンセイ⁉
「あのー仰っている意味がよく分からないんですが……」
「だ・か・ら異世界転生だ。異世界に飛んで、新しい生活を送るんだ。それで真面目に生きれば条件を達成できるだろ? そのうえで死んだら、君も死者の仲間入りだ。どう? 名案だろ?」
いや、異世界転生については知ってるんだけど。
死者にしてもらうために異世界に転生ってどういうことですか?
俺は少し考える。別の世界に転生か。うーん……
「絶対に嫌だ―――――――――――――――――――――――ッ!!」
異世界なんてありえない。そんなところに行くぐらいなら、いっそ死んだ方がマシだ。
あ、もう死んでた。
さっきまでのちょっと鬱空気だった回想の話はなかったことにしてくれ!
もう既にこの時、俺には堕落した今までの人生に対する贖罪しようという気持ちは、光の速度で消え果ていた。
神様は俺の反応が予想外だったのか驚きの表情を浮かべる。
「な、何で⁉ 君ぐらいの年の男の子は異世界転生と聞けば、特殊能力だのハーレムだのと言って喜んで転生するんじゃないのか?」
「そんなの、まだ現世にやり残したことがある奴か、ラノベの異世界無双物の読み過ぎた奴だけだ! 俺は別にそう言うのどうでも良いから、働きたくないー!」
その考えは前時代的なんだよ! 大体、異世界物のラノベの主人公って何だかんだ言って真面目に生きてんじゃねえか! あれをニートとは言わないぞ。
「それと思ったんだけど、なんで異世界に転生するんだ? 元の世界でも良いだろ」
「良いじゃん、異世界! 絶対楽しいって!」
なんか焦ってないか?
どちらにしても、そんな怪しい店に誘う感じで来たって俺は行かないぞ!
「とにかく俺は異世界で働かされるぐらいなら、ここにずっと居座ってやる。俺は引きニートだったんだぞ、そんな簡単に働くか!」
「そんなこと鼻高々と言う奴は君が初めてだ! しかし、これはルールなんだ。しっかり転生してもらうぞ!」
ルールとか言って神の権限を行使しようとしてくる頭がパーな神様がそう言った時。
プルルルルルと携帯電話の着信のような音が聞こえる。音がしているのは神様の服の腰ポケットあたりだ。
「なんか鳴ってるぞ」
「これはあらゆる神同士を繋ぐ連絡線だ。どうやら誰かから連絡が来たみたいだね」
マジか。完全に携帯じゃん。天界って人間界の連絡システム丸パクリの奴使ってるのか。
神様はポケットから、俺が知っている携帯電話によく似た端末をを取り出して連絡を受けると、俺から遠ざかって声を潜めて何やら話し始めた。
「はい、こちら天界地球支部です。ああ先輩ですか。はい、はい大丈夫です。ちゃんとこちらに居ます」
全然丸聞こえだけど。ってかこちらに居ますって、あれ? 何か俺のこと話してないか? 俺はもう少し話を詳しく聞くために耳を傾けた。
「はい、そちらの世界の人数不足は前から聞いていましたので、こちらの世界から送らせてもらいます。今回送るのは何の変哲もないニートですが、成功すればこれからも送っていきますので。そいつも人数の足しにはなりますので安心してください。はい、失礼します」
そうして話を終えて電話を切り、ホッと安心したように息を吐く神様の肩を俺は後ろからしっかり掴んだ。
「ねーねー神様、今の話ってどういう事かな?」
俺の言葉に神様は一瞬ビクッとしてゆっくり俺の方を向く。そして冷や汗交じりの顔でニッコリと微笑んだ。
「何が?」
「いや、何がじゃなくて」
俺もニッコリ微笑む。肩を持つ手に更に力を込める。
「痛い! 痛い! 何するんだ!」
「何するんだはこっちのセリフだ! お前今の話聞いてる限りだと俺を異世界に送るの、ただあっちの世界に人口不足で送ってほしいって頼まれてるだけだろ! 人の命をそんな簡単に別の世界に送るんじゃねえ!」
「今の話って……き、聞いてたのか! 人の連絡の内容を聞くとか、どういう了見だ!」
「人を自分の都合で異世界に飛ばすとか、そっちがどういう了見だ!」
すると神様はムスッとした顔で叫ぶ。
「だってだって! 先輩に頼まれちゃったら仕方無いだろ! 天界でも人間界と同じで縦社会が厳しいんだ! 断ると私の肩身が狭くなるんだ!」
「知るか!」
こいつ、自分の為に俺のこと別世界に売りやがったよ! とんでもない野郎だ。
だが俺はこの状況ではもう既に、異世界転生しない手は残されていないことを悟っていた。この神様、決めたことは意地でもやりそうだしな。
きっとここでこんなやり取りをしていても、それはただの時間稼ぎに過ぎないだろう。
不真面目に生きたまま死んだ俺の自業自得で、この神様の元に送られてきたのが運の尽きだ。
俺は覚悟を決めて息を吐く。
「どうせ、今更俺が何言ったって異世界に送るんだろ? だったらもう一思いに送ってくれよ」
ここでずっとうだうだ言ってても仕方が無い。
もう俺はそんな風に前向きに考えないと前に進めないことに気付いた。それを聞いた神様はさも嬉しそうに笑う。何笑ってんだ。
「そうそう、最初からそう素直になればいいんだ」
なんか悪の組織のボスみたいなこと言ってるぞこいつ。本当にこいつが地球担当の神で良いのだろうか? 後続の死者たちが先輩として心配になってきたぞ。
そんなことを考えていると、神様が指パッチンをし、シュピーンみたいな効果音と共に俺の後ろに魔法陣のようなもの、まあこの世界なら魔法陣で間違いないであろう光る模様が現れる。これで転送するのか。
「ちょっと待ってよ」
「ん?」
ようやく覚悟を決めて魔法陣に向かおうとした俺を神様が止める。
止められるとまた行きたくなくなっちゃうからやめて欲しいんだけど。
「せっかく異世界に行くんだから、何か特殊能力か伝説級の武器や防具をプレゼントしてあげるよ!」
そんなことを言ってきた。
異世界転生の際に何かの特殊能力を貰う。
まあ定番っちゃ定番か。だが……
「いらない」
俺は普通に断った。
神様はあれ? という顔をして俺を見る。
「いらないって…特殊能力が? この先役立つものばかりだよ?」
そう言ってカタログらしき本を取り出して渡してくる。
中を開くと、特殊能力についての説明がびっしり書いてあった。
一応すべてに目を通す。
魔剣何たらだの、超魔力だの、聖なる加護だの。
派手に大仰に、武器の場合は丁寧に写真まで張られて、沢山記されている。
確かに使えそうな能力が多い。
……全部いらん。
別に俺はあっちの世界で活躍する気など毛頭ない。適当に生きることだけ考えて過ごすつもりだ。
「全部必要ない。さっさと帰ってくるから。これは他の、もっと異世界転生にノリ気な奴に渡してくれ」
「死後の世界にそんな実家感覚でホイホイ帰ってこられても困るんだけど……」
俺は実家に帰るどころか、実家から出たこともないけどな。
そんな俺に神様が「そうだ!」と言って、閃いたとばかりに颯爽とどこかに駆けていく。元気だなー。
しばらくして戻ってきた神様は何やらデカい、卵だと思われるものを持ってきた。
それを俺の目の前に置く。両手で抱えるくらい大きさがある。
「えっと、これは?」
「卵だ!」
いや、そんなことを聞きたいわけじゃない。
「何のだ?」
「ドラゴンだ!」
そう言った神様の目は真面目そのものだった。うん、マジか。
「これを持っていくのか?」
「何も持って行かない訳にはいかないからね、是非持って行ってくれよ!」
そう言って渡された巨大なドラゴンの卵を俺は抱える。重い。
チート能力を貰う代わりにドラゴンの卵を貰う。
色々言いたいことはあるが、言ってもしょうがない気がするので卵を持ったまま魔法陣に向かい、その真ん中に立つ。
「じゃあ、達者でな石榴」
「ああ、じゃあな。少しの間だったが世話になったな。これからも天界で頑張ってくれ」
そうは言うが、実際神様の顔は卵で隠れて見えない。
だから、俺は最後の軽口とばかりにこう言った。
「このドラゴンが生まれてもし異世界で暴れたりしても、全責任はお前にあるからな」
俺の体が段々と霧散していく。転送が始まったみたいだ。
俺が完全に消える直前、神様が若干引きつった顔でこう言った。
「あ……確かに」
……やっぱり馬鹿だろアイツ。
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