第1.4話 『桐の箱』

子供の頃の話だから、もう30年近く前の事だ


近所の山に石階段があって、そこだけは誰も入るなって言われてた

理由は教えて貰えなくて「とにかく、入るな」しか言われなかったんだ

噂じゃお化けが出るだの、妖怪が出るだの、色々言われてた

でも本当の事を知ってるのは大人だけで、子供達は誰も知らなかった


俺と、あと二人。田中と加藤ってのが居て、この三人が、まぁ悪ガキで

「ダメだと言われた事を、やらない訳が無い」って連中だった

だから、三人で石階段の上まで登ってやろうって話になった


もう一人、仲良かった金持ちの息子の荒元ってのが居たんだけど

こいつが物資調達の達人でな。別に使いっ走りにしてた訳じゃない

どっちかって言うと、影のリーダーだった


でも、今回の件については、絶対に石階段に近寄らないって聞かなかった

本当は、暗くなってから登るつもりだったんだけど

物資調達班の不参加で灯りが手に入らないとなると

雰囲気が台無しだが昼間に登るしかなくなった


それは結果的には正解だった。想像していたよりもずっと階段が長かったからだ

入口こそ石階段に見えたが、奥に行くほど古くてボロボロになっており

下手すれば江戸時代とかに作られたんじゃないかって古さだった

作られた時には綺麗な石段だったのだろうから、その石が砂になるほどの年月だ

江戸時代ってのも、決して大袈裟じゃないと思う


変な所で曲がって、平らな道が続いたかと思ったら、急な階段って感じで

山肌をうねうねと蛇行しながら、わざわざ遠回りしてるんじゃないかって思うような

長い長い山道を、三人でヒーヒー言いながら登って行った


「これ、単純に道になってないから入るなってことじゃないか?」

「そんな気がしてきた」

「とにかく、戻る道だけは忘れんなよ」


などと話ながら、登り切った時には空は真っ赤になっていた

登り切った先は、少し開けた場所があって石階段から真っ直ぐに石畳が続いていた

そして、石畳の先には瓦礫の山があった

腐りきった鳥居もあったし、廃寺なんだとすぐにわかった


その時の俺らは、石階段を登り切った達成感と

石階段に近づいてはいけない理由は、単純に道が朽ち果てているからだ

という推測に満足していた。と言うか納得していたから、気味悪さを感じなかった

ボロボロの道の先にボロボロの寺があった。ただそれだけって感じだった


だから、加藤が「秘密基地にしようぜ」と言い出した時、満場一致で賛成だった

俺達は、すぐに瓦礫をひっくり返して使えそうな材料を探し始めた

材料探ししてると、田中が両手で抱えきれないくらいの大きさの岩を見つけた

瓦礫の中心にあった岩を何に使うつもりか知らないけど

木の棒をテコにしてグイグイずらしてたんだ


それ見た俺と加藤も、なんとなく手伝って三人がかりで岩をずらした

そしたら、意外と簡単に岩が動いて、下の地面にくぼみがあるのが分かった

「誰かが隠した宝じゃないか?」って言い合って、興奮してくぼみの中を探ったんだ


真っ先に手を突っ込んだ田中が、中から綺麗な木の箱を引っ張り出した

高級な食べ物が入ってるような、桐の箱だ。荒元の家で見たことがある

いよいよ、これはお宝に違いないと思って

田中に「開けろ」「開けろ」とはやし立てた


でも、蓋が固いらしくてなかなか開かない。田中は必至の形相で怖いくらいだった

爪に力が入って真っ白になってたのを覚えてる

で、蓋がギッ、とかギョッ、とか言う嫌な音を立てて少しずれた


その瞬間に、箱の隙間から黒いモヤみたいな物がスーッと田中の指に巻き付いた

田中もそれに気がついて、俺が声を出すより先に箱を放り投げたんだ

箱が地面に落ちて、完全に開いた


一気に吐き気に襲われて、咳き込んだ。加藤も田中もそんな感じだったらしく

誰も何も言ってないのに、石畳を引き返して逃げ出した

皆、ここに居たらやばいってことだけは確信してたんだと思う


来た時と同じ山道を下って、石階段までたどり着いたとき

まだ、夕暮れのままなのに気がついた。あり得ない

と言うか、登り切った時に、夕暮れだったって事がもうおかしかったんだ


俺たちは昼飯食ってから集合したんだ

だから、登り切って夕方なら、3~4時間登ってたことになる

確かに長時間登ったが、そんな時間歩いてたとは思えないし

そこから同じ道を下ったなら、いくら速く駆け下りたとしても

さすがに辺りは真っ暗になってるはずだ

時間の感覚がおかしくなってたんだ


それに気がついたと同時に

あの場所自体がおかしい存在だったんだと確信した

俺は恐怖に震えながら言った


「なぁ、追っかけて来てないよな?」

「あれ、地面に潜ってった。だから、きっと山から出れば大丈夫」


加藤が意外なほど冷静に答えた

あの状況でよく周りを見てたもんだって、その時は感心した

よく考えれば「山から出れば大丈夫」な理由になってないんだけどな

それでも皆、納得してた

で「もう石階段に近寄らない」って決めて、その日は家に帰った


それで石階段を登った事は誰にもバレなかった

ちょっと怖い思いをして終わり。寝る頃にはすっかり楽しい思い出になってた

まぁ、それで終われば良かったんだけど、そうならなかった


次の日、田中が居なくなったんだ

家に帰ったあと、夜の内に居なくなったらしいんだ

大人が何人も、俺たちに「何か知らないか」って聞いてきた

俺は、石階段や廃寺のことは何も言わなかった

隠してたってより、聞かれた時点じゃ関係あると思ってなかったんだ


後で加藤から聞いたんだけど

田中の寝床に大量の髪の毛と、子供の小指だけが残ってたらしい

加藤の奴、質問して来る大人相手に上手いこと聞いて回ったらしいんだ

抜け目ない奴だよ


で、その時ようやく、桐の箱の中身がモヤじゃなくて

髪の毛だったんじゃないかって、思いついて

田中の事と廃寺の事が結びついた


もう一度石階段を登って調べに行くのは怖くて無理だったんで

とにかく大人に相談しようって結論になった

ゲンコツ食らうだろうけど、それどころじゃないって思ってた


石階段の件を話してみると怒られる所か、みんなやけに優しくなって

「よく話してくれた」なんて言うもんだから、肩透かしを食らった

加藤と二人でポカンとしてた


でもその後、田中が見つかることは無かったし

加藤も同じように消えた

そして、俺も同じように消えた

大量の髪の毛と小指を残してね


じゃあ、これは誰が書いてるんだよって話になるだろ?

1人、階段を登ってない奴が居たじゃないか。金持ちの家の荒元。あれが私だ

全部、“俺”から聞いた話なんだ。少しだけ想像や脚色が入ってるけどな


今まで話に出てきた“俺”ってのは、久保田って名前だった

久保田、田中、加藤が、石階段を登って廃寺で何か見つけて居なくなった

久保田が消える前に、私が聞き出したのがこの話なんだ


一番怖かったのは、この話を父に話した時の事だよ

その時には田中だけじゃなくて、加藤も消えてたし

大人もおかしいって分かってたはずなんだ


私も必死に泣きついた

「友達が危ないんだ!何とかできないの!」ってね

それを聞いた父は、何て言ったと思う?


「諦めろ」


たったそれだけ

悲しそうだったけど、本当に「どうしようもない」ってことを

分かりたくなくても、分からされる。そんな言い方だったよ


そんな訳で、私は石階段どころか山にも近づかないようにしてる

あんな場所、無くなればいいんだよ

今、市長になった私は、あの土地の再開発を進めている



終わり

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