第11話 植山千里への聞き込み

「警察の科学捜査研究所の者ですが、植山千里さんはおられますでしょうか?」


スーパーのサービスカウンターで宮下真奈美が身分証明書を提示する。

店員が内線電話をかけると、すぐに店長らしき男がやって来た。


「店長の山口です。警察の方ですか?ウチの植山が何か?」


「いえ、私どもの捜査しております事件に、植山さんの知人が巻き込まれている可能性がありますので、捜査協力をお願いしたいのです」


「はあ、そうですか・・・君、植山さんを呼んできて」


店長はサービスカウンター内に居た店員に命じる。

間もなくスーパーの制服を着た、痩せた中年女性がやって来た。

平凡な外見だが、やや疲れた表情をしている。


「植山です・・・何か?」


「植山さん、場所を変えてお話できませんか?」


真奈美がそう言うと、店長の山口が植山千里に声を掛けた。


「植山さん、30分ほど休憩を取りなさい。刑事さん、そのくらいの時間でよろしいですか?」


自分たちは刑事ではないのだが、説明するのが面倒なので真奈美は聞き流して答えた。


「はい、そのくらいで十分だと思います」


3人は道路を挟んでスーパーの向かいにある喫茶店に移動する。

ウェイトレスにコーヒーを3人分注文すると、真奈美は話を切り出した。


「お聞きしたいのは、植山さんの元・夫の東心悟さんについてです」


東心悟・・という名前を聞いた瞬間、植山千里の感情が激しく揺れ動いたのを真奈美は感じ取った。

その感情は、愛憎入り混じっていたが・・しかし、憎と恐怖がはるかに勝っているものであった。


「東心とはもう何年も会っておりません。私にご協力できることは何も無いと思います。。」


ここで御影が口を挟んだ。


「おや?東心悟さんが何を・・とか、我々が何を調べているのかとかは疑問じゃないのですか?」


「嫌でも報道で知っています。コスモエナジー救世会の予言についてなんでしょう?」


「ええまあそうなんですけど、このようなオカルトみたいな事件で警察が動くのって、わりと予想外な出来事かと思うのですが」


植山千里は深いため息を漏らした。


「いいえ、いつか警察沙汰になるだろうと思っていました。東心は狂った怪物です。昔はあんな人じゃなかったのですが・・・」


「ご主人・・いえ、東心悟さんが突然おかしくなったということですね。いつ頃からですか?」


真奈美は尋ねた。


「あれは5~6年ほど前だったでしょうか。貯蓄用に購入していた株が突然暴騰して、1億円ほどの利益を上げたのです。東心はそのお金を元手に投資を繰り返し、さらに何倍もに増やしました」


話を聞きながら真奈美は植山千里の心を読んでいた。

植山千里は懸命に記憶を辿りながら話そうとしている。


「そのころから東心の言動がおかしくなったのです。『俺は宇宙の声を聞くことができる。だから投資で失敗することは無いのだ』とか。もともと温厚な性格だったのですが、だんだん粗暴になってきました」


「暴力をふるったりしたのですか?」


「直接的な暴力はありませんでした。しかし罵倒するのです。『俺は選ばれた超人類だ。お前たち愚かな人類を導き指導するのだ』とかそんなことを言って、私が少しでも意見めいたことを言うと『愚かな人類の分際で』と罵るのです」


次に御影が尋ねた。


「東心悟さんは投資の才能の他に、何か不思議な力を見せたことはありませんか?」


植山千里の恐怖の感情が大きく膨れ上がるのを、真奈美は感じ取った。


「東心には何か悪魔のようなものが憑いているとしか思えませんでした。ある日、家族で外出したとき、東心に犬が吠えかかったのです。東心がその犬に『死ね』と言うと、犬は泡を吹いてひっくり返りました。おそらくそのまま死んだのでしょう」


「ふーむ、それは凄い・・他には何か?」


「東心はたいへん怒りっぽくなっていました。ちょっとしたことでカッとなって怒鳴るのですが、そうするとコップや花瓶が割れるのです。窓ガラスが割れたこともあります」


御影と真奈美は顔を見合わせた。


「私はもう耐えられなくなっていました。離婚を申し出たときもどんな目に合わされるかとビクビクしていたのですが、意外にもあっさりと了承してくれました・・ただ、学の親権だけは取られてしまいましたが」


今度は激しい悲しみの感情が真奈美の心に流れ込んできた。

御影はさらに尋ねる。


「東心悟さんの学君への態度はどうだったのですか?」


「学のことはかわいがっていました。たまに叱ることはあっても、暴力的になることはありませんでした。『学は俺の跡を継ぐ者だ。超人類として人類を導く者になるんだ』とか言ってました」


「それは心配ですね」


植山千里は突然顔を上げて、御影と真奈美の顔を交互に見て言った。


「必ず東心悟を捕まえてください!学があの人の元に居るのはとても危険です。どうか・・お願いします」




「東心悟はやはりサイキックですね」


植山千里への聞き取り調査を終えた乗用車の車内で真奈美は言った。


「うん、まず間違いない。しかし超人類か・・子供っぽい発想だな。誇大妄想の気があるんだろうね」


「そうですね。そして学君を跡取りにですか。東心悟は学君に自分と同じサイキックの才能を見たのでしょうか?」


御影は首を横に振った。


「それはまずあり得ない。僕は若いころ世界中を旅して『同類』を捜し歩いたことがある。しかし本物の『同類』はあまりにも少ない。正確な統計は分からないが、せいぜい100万人にひとり居るか、居ないか程度だと思う」


「そんなに少ないのですか?でも、才能が遺伝するということはあり得るのでは?」


「僕の調べた限り、サイキックの才能に遺伝性は無い。だから親子2代でサイキックというのは、ジャンボ宝くじに2度続けて1等当選するより低い確率だと思うよ。まずあり得ない」


「そうですか。しかし、サイキック能力は特別なギフトではなく、人類すべてが本来持っている能力だ・・っていう人も居ますよね」


「おそらくサイキックへの憧れからの願望なんだろうね。僕はサイキックはギフトだと思う。訓練すれば誰でもなれるってものじゃない・・だから」


御影は真奈美の方に顔を向けて言った。


「サイキックは東心悟ひとりだ。学を跡取りにしたいというのは、東心悟の空虚な願望に過ぎない。それだけに学君が東心悟の傍に居るのは、植山千里の言う通り危険だ」


ここで真奈美は、この事件に関わり始めた当初から抱いていた疑問を御影に向けてみた。


「これは法律では裁けない事件です。御影さんはいったいどういう風に解決するおつもりなのですか?」


「それは田村君に考えがあるんじゃないのか?」


「いえ、御影さんはどう解決すべきと考えているかを知りたいのです」


御影は少し思案して言葉を選んでいる様子だった。


「そうだね・・まずは予告されている殺人を食い止めることだが、それだけでは不十分だ。二度と同じことをさせないようにしなければならない」


・・・それは、もしかして。。


「それは、もしかして、東心悟を殺すということですか?」


真奈美は言葉を濁さずに聞いた。


「場合によってはそうなるかもしれない。僕がいちばん気がかりなのは、やはり息子の学君だ。彼は母親の元へ行くべきだろう。そのためには少々強硬な手段を取る場合もあるかもね」


御影の考える事件解決の優先順位はまず、学君らしい。

子供のことを真っ先に考えるのは、御影も人の親だからだろうか?


真奈美はそういえば、御影の家族構成について何も知らないことに気づいた。

普通人ならそういうプライバシーを知ろうと思えばすぐに読めてしまうので、本人に尋ねる習慣が無いのだ。


「御影さん、お子さんは?」


「え、僕のか?娘がひとり居るよ。母親と暮らしている。もう長く会ってないけど、今年17歳になるな」


・・・つまり、別れた妻子がいるということか。。


「そうだよ、ずいぶん前に別れた。僕はあまり家庭には向かないようだ」


「あ!!今もしかして私の心を読みました?」


「いや読んでない、読んでない。ただのコールドリーディングだよ」


御影はあわてて否定したが、真奈美は納得していない。


・・・やはり御影純一の能力は底が知れない。


真奈美は心のファイアーウォールをもっと強化しなければと思った。


「さて宮下君。次は植山千里のいう『怪物』に対面しようじゃないか」

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