つくられた存在
キム
つくられた存在
「んごがっ!」
奇妙な声が聞こえて、沈んでいた意識が急に浮上する。
「んあ……ああ、寝落ちか」
なんとも虚しいことに、どうやら自分の寝言で目が覚めてしまったらしい。どうせなら優しい王子様がキスで起こしてくれるとか……などと考えていたらもっと虚しくなった。やめだやめ。
また覚醒しきらない意識のまま眼鏡の位置を直すと、モニター上でシャボン玉がふよふよと浮かぶスクリーンセーバーが目に入った。
机の上のマウスをさささささっと軽く二往復半ほど動かすと、スクリーンセーバーが解除されて、見慣れたTwitterの画面が表示される。
プロフィールのアイコンには可愛らしい丸眼鏡の美少女。そしてヘッダーにはその少女が寝転ぶ姿が描かれており、横には『本山らの』と大きく書かれていた。
『本山らの』のツイートを読み込み直すと、四時間前につぶやきが投稿されていた。
『おはらの!本日はMR文庫の発売日!』
モニター右下の時計を見ると、時刻はちょうど午後一時を回ったところだった。となると、このつぶやきは午前九時ごろにされたものということになる。
「へえ、毎回毎回朝からご苦労なこった」
『わたし』は『らのちゃん』の頑張りに、ひとり感心していた。
狐眼鏡巨乳黒髪和服ラノベ読みJDくノ一幼女好きetc……
これでもかというくらいに属性がデコレートされたその根底には、
本山らの。
彼女は実在はしないが、存在はする。
何故なら彼女は『わたし』のような『らのちゃん』が作りだしているからだ。
本山らのプロジェクトの話が『わたし』の元に舞い込んできたのは、約一ヶ月前。
ひとりの、いや、一匹の狐があたかも存在しているかのように振る舞いライトノベルを布教するという、何とも不思議な企画だった。
募集要項を確認してみたところ、『わたし』にもできそうな仕事があったので応募してみた。そしたらなんと即日採用。ちょろい。
噂によると、この『本山らの』を作るための『らのちゃん』は何人もいるらしい。
先ほどの「おはらの」ツイートをする『らのちゃん』や、3D 体のモデリングをする『らのちゃん』、動画の企画担当や編集担当、声の担当などなど。実際に女子大生で学校に通う子もいるとか。ああそうだ、オセロのプロなんかもいるんだっけ。
本当に何者なんだよと言いたくなるくらいに『本山らの』は多彩な存在となっている。
そして『わたし』の担当作業は、「ライトノベルを読んで感想ツイートをつぶやく」だ。
各レーベルの発売日に『本山らの』が好きな作品が送られてくるので、それを読み、感想をつぶやくという簡単なお仕事! ではあるのだが、『わたし』の読書傾向と『本山らの』の読書傾向は必ずしも一致するわけではないため、たまに「これも読むのか……」と手が止まってしまう作品もあったりする。ラブコメだけを読ませてくれ。
それでも、タダで最新のライトノベルが読めるというのは、本読みの『わたし』にとっては十分に魅力的だった。
「さて、感想をつぶやかないと」
本を読むだけではなく、感想をつぶやくまでが『わたし』の仕事だ。昨晩つぶやき損ねた感想を忘れないうちにつぶやかねば。
Twitterの画面にある「ツイート」というボタンをクリックして、入力フォームを開く。そしていざ感想を入力しようとキーボードに手を添えたところで、部屋のドアががちゃりと開かれた。
「たーだいまー。あ、起きたんだ」
「はよー」
「おはようって時間じゃねえだろ。飯、買ってきたよ。おつとめ品のいなり寿司」
「さんきゅー」
『わたし』の好物であるいなり寿司を買ってきてくれた彼女も、ひとりの『らのちゃん』である。『わたし』と同じで本山らのプロジェクトへと応募して、同じく即日採用された。彼女とは縁あって元々一緒に暮らしていたので、プロジェクトへ参入した後もそのまま一緒に暮らしている。
彼女の作業内容は「#買ったよらのちゃんのタグ付きツイートに対していいねをする」。朝起きた時と夜寝る前にタグ検索をして、まだいいねをしていないツイートに片っ端からいいねをしていく。タグ付きツイートに対するリプライは、また別の『らのちゃん』の担当なので彼女はやる必要がない、とのことだ。
『わたし』と比べるととても簡単な作業だが、その分報酬も少ない。なので彼女は『本山らの』に関するお仕事だけでなく、近所のスーパーでパートナー社員として働いていたりもする。
「午後からまたお仕事?」
「まあね、昼休みが終わる前に戻らねーと」
そういって彼女は胸ポケットからタバコとライターを取り出す。
「部屋の中で吸うなっての」
「はいはーい。すみませんねー」
謝りながらもタバコに火を点けて吸い始める。謝罪する気あるの? ないよね?
『わたし』は彼女が買ってきてくれたいなり寿司をもちゃもちゃと咀嚼して、昨晩途中まで飲んでいたビールの缶を手に取り一気に飲み込む。
「ぐえっ、まず」
常温で放置されたビールは何故こんなにも不味く感じられるのか。本当に不思議である。
頭の片隅で疑問を感じつつも、いなり寿司を食べ終えた『わたし』は何気なくTwitterでツイートを読み込み直す。するとそこには、ありえないことが起こっていた。
「……は?」
『わたし』はTLにあるつぶやきをじっくりと見つめてから、背後の方にいるであろう『らのちゃん』へと呼びかけた。
「ねえねえねえ」
「…………ふう。なに?」
あ、こいつタバコを一度たっぷりと吸って吐いてから答えやがったな。こっちは焦ってるってのに。背後を向かなくてもわかるぞ。調子に乗りやがって。
「ちょっとこれ見て欲しいんだけど」
「んー、どれどれ?」
とっ、とっ、とっ、とタバコの火を消すような音にならない音が聞こえてから、タバコの臭いが隣に来た。
「臭い。近寄るな」
「あのなあ、じゃあ『あたし』はどうすれば良いんだ?」
「全身にファブリーズを浴びてファブリーズを飲み干してから出直してきて」
「殺すぞ」
「まあいいや。それよりもこれ」
『わたし』は若干息を止めながらも、先ほどの見つけたつぶやきを指差す。
「ああ? ただの感想ツイートじゃねえか、『本山らの』の。なんだなんだ、一仕事終えたから褒めて欲しいのか? よくがんばりまちたね〜」
「鼻にファブリーズ詰めて噴射するよ」
苛つきながらも軽く流す。
「そうじゃなくてこれ。この感想ツイート、『わたし』がしたつぶやきじゃないんだけど」
「は? んなことあるのか。ラノベの感想ツイートはあんたの担当だろ」
「そうなんだけど……」
昨晩お酒を飲んでいたからつぶやいた記憶がないのかな? などと考えてみたが、件のつぶやきはほんの数分前になされている。
そしてそのつぶやきの内容はというと、まさに『本山らの』らしいつぶやきだった。普段から感想ツイートをつぶやいている『わたし』が見てそう思うのだから間違いない。
『わたし』は状況を一つ一つ整理していく。
「『本山らの』の作業担当は、決して誰かと被ることはないんだよね?」
「ああ、そんなこと誓約書に書いてあったな。ちゃんと目を通してないからはっきりとは覚えてないけど。だから誰かと作業内容が被ることはありえないだろ」
まずは『わたし』以外に同じ作業内容を受け持つ『らのちゃん』がいない可能性を潰す。
「なあ、もしかしてアカウントハックとかされたんじゃないのか?」
「それこそありえない。『本山らの』のTwitterアカウントは
「太陽は東から昇るぞ?」
「……とにかく、アカウントハックはありえない。わかった?」
軽く無知を晒してしまったが、まあいい。
そういえば、と思いついたことがあるのでちょっと聞いてみる。
「ねえ、あなた前に『わたし』にこう言ったよね。『本山らの』を作るための『らのちゃん』は何人もいるらしい、って」
「ああ、言ったね」
「それって、誰から聞いたの?」
「誰って、そりゃあ……あれ?」
「あなた、『わたし』以外の『らのちゃん』と交流があったの?」
畳み掛けるように質問を続けると、『わたし』の目の前にいる『らのちゃん』は段々と青ざめた表情になってきた。
「あれ、何も思い出せない。なんで知ってるのかもわからない……あれっ、えっ?」
「ちょっと落ち着いて」
『らのちゃん』が慌てているおかげで、逆に『わたし』は冷静に考えられる。
何かがおかしい。
感想ツイートがつぶやかれたこと以前に、何かが。
「……『わたし』たちは『らのちゃん』になる前に何をしてたっけ?」
「わからない。何も思い出せない。わからない……」
「今日のスーパーの客入りは? 特売品はなんだった? 万券は何枚入った?」
「何も、何も覚えてない……ううん、違う。そんな情報は、ない……!」
その言葉をきっかけに、『わたし』はようやくひとつの可能性にたどり着いた。
『本山らの』らしい感想ツイート。
何故か知っている『わたし』たち以外の『らのちゃん』の存在。
そして知っているべきなのに知らない情報。
――そうか!
「もしかして、『わたし』たちこそが――√\___」
* * *
――『らのちゃん』識別番号61509102、並びに61059103の
――新たな『らのちゃん』の肉体生成まであと23時間59分57秒。
――肉体生成完了までに人格、知識、記憶、その他のパラメータを設定してください。
私はEnterキーから指を離した。
「ふう、今回の『らのちゃん』はちょーっと頭が良すぎちゃいましたねえ。過ぎた好奇心は狐も殺しちゃうのです」
ちょっぴり反省をしながら、次に創られる『らのちゃん』のパラメータの
「確かに今回の出来事は私が感想ツイートをしてしまったことが発端ですけどお。私だってラノベ読みですから。読んだ感想ぐらい自分でつぶやきたいんですよねえ」
狐耳をひょこひょこ動かしながら、自分で言っていることにうんうん頷く。
まあ今回の『らのちゃん』は一ヶ月とちょっと。よく働いてくれた方でしょう。
「たくさんの『らのちゃん』たちが私のことを作ってくれるのは嬉しいですけど、やっぱり
そう言って私は、次に読むバーチャルライトノベルへと手を伸ばした。
次はどんな『らのちゃん』が創られるかなあ。楽しみだなあ。
いっぱいいっぱい働いてね。
つくられた存在 キム @kimutime
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