5-9 特訓2

 結局、ガラスまみれの地面で、足の上げ下ろしをたっぷりとやらされた。

 足が切れては『ヒール』、疲れたら『ヒール』。

 なにこのエンドレスループは!


「さあ、昼ご飯を食べよ! 食べるのも訓練である!」


 お昼になり食堂に行くと、唐揚げ、かつ丼などハイカロリーメニューがテーブルの上に山となっていた。


 厳しい訓練で、正直、あまり食欲もないよ。


 だが、食べない事は許されない。

 使い魔メイドのミオさんが、俺に山盛りご飯をついで寄越した。


 懐かしい和食なのだけれど、ちっとも心がときめかないのは、何故だろうか?

 ゆっくりと、ゆっくりと咀嚼し、なんとか昼食を終わらせた。


「次は持久力向上の訓練である!」


 武神グラディオス様は、無駄に張り切っている。

 俺は普通の訓練で満足なんだがな。


 今度は靴を履いて時空城の外に連れて来られた。

 城の外には大きな牛が沢山いる。

 ひい、ふう、みい……、数えるだけ無駄だ。

 ざっくり百頭の牛がいる。


 牛はスペインの闘牛に出て来そうな牛で、がっつりした体格、いや牛格に、鋭い角を生やしている。

 角の先端がキラリと光って見えた。


 嫌な予感がするな……。


「今度の訓練は非常にシンプルだ! 城の周りを走る! 行けい!」


「わかりました……」


 俺が走り出すと牛の集団が後からついて来る。

 嫌な感じだ。


 俺は走るスピードを上げた。

 すると牛の集団もスピードを上げる。


「ちょっ!? グラディオス様! この牛は?」


「この牛は、見張りである! お主を後ろから監視している。少しでも走る速度が緩むと……」


「ブモー!」

「モー!」


「痛い! 痛い!」


 牛が後ろから俺の尻を角で突きやがった!

 やばいよ!

 スペインの牛追い祭りになっている!


「牛の角に強く突かれると命を落とす故に、走る速度を落としてはならんぞ」


「命がけかよ! そんな物騒な訓練あるかよ!」


「我は命がけの訓練を続けて武神となったが?」


 武神グラディオス様は、俺と並走し平然とした顔をしている。

 ぐ……、師匠も一緒に走るのか……。

 これじゃあサボれない。


「ブモー!」

「モー!」


「痛い! 痛い! 痛い! 痛い!」


 お尻から血が出ている。

 すると空から使い魔メイドのミオさんの声が聞こえた。


「ヒール!」


 空を見上げるとミオさんが、空を飛んでいた。

 残念ながらスカートの中は、見えそうで見えない。


「ほう! ミオの下着を覗こうとするとは余裕があるではないか! では、スピードアップだ!」


「えっ!? ちょっと待って!」


 武神グラディオス様が、走る速度を上げた。

 牛たちも速度を上げ、後ろから俺の尻を角で突く。


「ブモー!」

「モー!」


「痛いよ! やめろ! 痛い! 痛い!」


「ヒール!」


 また、このパターンだ!

 俺が怪我をしようが、疲れようがミオさんがヒールで強制的に回復させてしまう。

 怪我は回復しても、体の芯に疲れは残るのだよ。


 こうして俺は必死で走り続けた。

 時空城を何周したかわからない。

 日が暮れるまで走らされ続けた。

 昼食をリバースしなかった事を褒めてあげたい。


 ただ一つ確信した事は、やはり武神グラディオス様は脳筋野郎だ。

 俺を嬉々としてシゴキやがる。


「では、一日のシメを行う!」


「……」


 時空城の地下に連れて来られた。

 もう、俺はクタクタで、ロクに返事も出来ない。

 今度は何をやらされるのやら。


 石造りの地下は、蝋燭が灯り何とも不気味な雰囲気だ。

 ダンジョンの通路っぽいな。

 暗くて先の方は見えない。


 使い魔メイドのミオさんが魔法を唱える。


「ライト!」


 通路の奥が光に照らされた。


「なっ!? これは!? ゴーレム!?」


 通路の両側にゴツイ石造りのゴーレムが並んでいる。

 そして両手両足を動かし、パンチ、キックを放っている。


「では、手本を見せよう」


 武神グラディオス様は、ゴーレムが並ぶ通路に足を踏み入れた。


 ゴーレムは感情を持たないロボットと同じだ。

 相手がこの時空城の主、武神グラディオス様であっても容赦ない。

 間断なくパンチとキックを浴びせて来る。


「ハッ! ホッ! ハッハッ!」


 武神グラディオス様はゴーレムのパンチやキックを、時にかわし、時に防御し、通路を進んで行く。

 そして、およそ五十メートル先の通路の奥にたどり着いた。

 通路の奥には月の女神ナディア様を模した白い石像が立っている。


 武神グラディオス様が月の女神ナディア様の石像にタッチするとゴーレムの動きが止まった。


「このように! 通路の奥までたどり着き石像を触れば、今日の訓練は終わりである!」


「ええ……」


「では、始め!」


 通路の両側に並ぶゴーレムが再び動き出した。

 武神グラディオス様が通路の奥で待っている。

 行かないと。


 ガッコン!

 ガッコン!

 ガッコン!

 ガッコン!


 ゴーレムがパンチを繰り出す度に不気味な音が響く。

 俺は思い切って通路に足を踏み入れた。


 まずは右側のゴーレムから、俺の顔面にパンチが飛んで来た。

 パンチは重そうだ。

 腕でガードしたら、腕が折れてしまいそうだ。


(これをかわす!)


 重いパンチはかわすしかない。

 ボクシングのダッキングの要領で、ゴーレムのパンチをかがんでかわした。

 すると左のゴーレムがローキックを放って来た。

 かがんだ状態の俺は、かわすことも防御する事も出来ずローキックをもろに受けた。


「ぐあ!」


「休んでいるヒマはないぞ! 次が来るぞ!」


 武神グラディオス様から檄が飛ぶ。

 通路の入り口にミオさんがいるので、チラリと見たがミオさんに動きはない。

 どうやらヒールはかけてくれないらしい。

 この通路は自力で突破しろと言う事か。


 右のゴーレムからボディアッパー。

 横っ腹にクリーンヒットして、息が止まる。


 左のゴーレムから顔面にフック。

 両手でガードするが、腕が折れそうになる。


「一か所に止まっていては、良い的になるぞ! 早く奥へ来い!」


「ぐおおお!」


 これは……、もう、強引に前へ出て、殴られながらでも通路を突破するしかない!

 俺は覚悟を決めてゴーレムパンチの嵐の中へ進んだ。


 両手でガードをして頭部を守る。

 するとゴーレムは容赦なくボディを集中して攻撃する。


 堪らずガードを下げると今度は顔面にパンチが飛ぶ。

 通路にうずくまると、ストンピングが待っていた。


 何とか通路の奥にたどり着き、月の女神ナディア様の石像にタッチしてゴーレムの動きを止めた。


「よし! 本日の訓練はこれにて終了!」


 俺は、もう、ボロボロだ。

 使い魔メイドのミオさんに担いでもらって、食堂に放り込まれた。


 待っていたのは、山盛りの夕食だった。

 正直、食欲がない。


「夕飯は、すき焼きである! 食べる事も訓練である! 遠慮なく食すが良い!」


「……」


 涙目でミオさんを見ると、山盛りのご飯を差し出された。


「さあ、がんばって食べましょう!」


 俺の地獄は続く。

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