5-6 脳筋な武神グラディオス

「うおおおおおおっ!」


 月の女神ナディア様に『更なる試練』を申し渡された瞬間だ。

 俺の体は、どこか遠くへ飛ばされた。


 いや、飛ばされたと言うか、ワープとか、転移とか、そんな状態だと思う。

 俺は今、暗いトンネルの中にいて、上下左右の感覚が無い。


 ただ、『移動している』事だけはわかる。

 さっきから、耳がキーンとしているのだ。


 俺はギュッと目を閉じて、両手を顔の前でガードする。

 時間にしたら数秒だと思うが、座席や安全装置なしでジェットコースターに乗せられたようなもんだ。

 とにかく恐ろしい。


 耳鳴りがおさまって目を開くと、俺は石造りの古城の中庭に立っていた。


「良く来た! 次なる勇者よ!」


 声がする方へ振り向くと黒い甲冑を着て、深紅のマントを纏った騎士がいた。

 兜をかぶっているので、顔は見えない。


「我は武神グラディオス! 次なる勇者を鍛える者である!」


「ナオト・サナダです……」


 状況が良く分からないが……。

 とりあえず俺の目の前にいる黒い甲冑の人は、神様の一員で敵ではない。

 ひとまず安心だが……、『次なる勇者を鍛える者』と言うのが気になるな。


 武神グラディオス様は、腹に響く野太い声で告げた。


「ナオト・サナダよ! ここはお主を鍛える場である! 心行くまで心身を鍛え――」


 やっぱりかー!

 俺、ここで特訓的な事をするの?


 はー……。

 月の女神ナディア様が、『更なる試練』とか言っていたから、嫌な予感がしたのだけれど。

 俺はこの黒甲冑の武神グラディオス様にしごかれるのか……。


 武神グラディオス様は、『戦いとはなんぞや』的な話しを気持ち良さそうにしている。

 これじゃ、いつまでたっても話が終わらないな。


「あのー、武神グラディオス様! すいません!」


「うむ。なんであろう?」


「私の仲間が、銀月の迷宮の外で待っているので、帰りたいのですが。よろしいでしょうか?」


 あの洞窟から、なかなか出て来なかったら、アリーやレイアたちが心配する。

 俺が欲しいのはレアジョブであって、いかつい甲冑おじさんのシゴキではないのだ。


「ならぬ! ここに来た者は、選ばれし者。すなわち、次の勇者になる者である! 我が自ら鍛え上げ、我が『これでよし!』と思えるまでは、帰る事はまかりならん!」


「いや、しかしですね。仲間が――」


「安心いたせ。ここは時空城だ」


「時空城?」


「そうだ。ここは地上とは時間の流れが異なる。ここでの一日は、地上では瞬きするほどの時間だ。ナオト・サナダよ。そなたが自らを素早く鍛え上げれば、何も問題はない。ここに留まっていた時間は、地上では一瞬である」


「左様でございますか……」


 何か目茶苦茶マッチョな考え方をする人だな。

 ここから出るには、武神グラディオス様が納得出来るくらい強くなれって事か。


 ふーん……。


 ……。


 ……。


 ……。


「速射! 連射!」


 俺は後ろに飛びすさりながら、スキルを発動した。

 左手に持った弓から、二連射が放たれる。


 俺はここで武神グラディオス様に戦いを挑み、自分の力を見せる事にした。

 ある程度の力を示せば、武神グラディオス様も『見事!』とか言って、元の場所に帰してくれるんじゃないかなと。


 俺はみんなを待たせているからな。

 武神グラディオス様には悪いが、ここでノンビリと修行するつもりはないよ。


 まずは、挨拶代わりに速射で二連射。

 だが、相手は武神だ。

 こんな攻撃は、屁でもないだろう。


 俺の予想通り、武神グラディオス様は俺の二連射をあっさりかわした。

 正確には、武神グラディオス様の体がブレて見えただけだ。


 恐らくは、高速の横移動。

 戦いを見慣れない奴ならば、俺の矢が武神グラディオス様の体を通過して見えただろう。

 それぐらい物凄い動きだった。

 さすがは武神!


 なら!


「曲射!」


(山なり弾道の矢を一射して――)


 武神グラディオス様の兜が上の方を向いた。

 意識は上だ。


(そして、左に横っ飛びしながらの――)


 俺は、左横に飛び、倒れ込みながら、素早くもう一矢を弓につがえる。

 次はこれだ!


「パワーショット!」


 俺は、横に寝転がった体勢からパワーショットを放った。

 上下からの同時攻撃。


 それも下からは、スキル【パワーショット】をのせた矢が飛ぶ。

 音速突破し、ソニックブームな一撃は、武神でもかわせないだろう!


「ふん!」


 武神グラディオス様は、二刀で俺の攻撃を防いだ。

 右手に持った銀色に輝く長剣でパワーショットの一矢を止め。

 左手に持った黒い長剣で曲射の一矢を止め。


 信じられないのは、剣先でピタリと矢を止めているのだ。

 文字通り剣先に俺の矢がピタリと止まり、甲高い金属音を放っている。


 ふざけんなよ!

 俺のパワーショットは、音速だぞ!

 そのスピードをどうやって殺した!

 どうやったら剣で止められる!


「ふむ。ナオト・サナダよ。なかなか面白い!」


 武神グラディオス様は、嬉しそうな声を出すが、こちらは嫌な汗が背中を伝う。

 この人は、どれだけ強い?

 底が見えない。


「そりゃどうも。それより、その技は、どうやっているのですか?」


「知りたくば、我の下で修業する事だ」


「すいません。女が待っているので、遠慮します!」


 会話を打ち切ると同時に俺は立ち上がり、武神グラディオス様へ向かって突撃した。

 武神グラディオス様に動揺が見える。


「むっ! 弓使いが、間合いを縮めるのか!?」


「あんたは、遠距離から撃っても剣で矢を止めるんだろ? なら! こう言うのはどうよ!」


 俺は低い体勢で武神グラディオス様に近づき、スキルを発動させた。


「パワーショット!」


 遠くから矢を放って止められるなら、近くから放てば良い。

 俺は捨て身の攻撃に賭けたのだ。


 武神グラディオス様の甲冑とマントが、すぐそこに見える。

 ゼロ距離からの【パワーショット】なら、いかに武神でも逃げられないだろう!


 さらにアンタは、今、動揺している。

 普通の弓使いは距離を取ろうとするからな。

 接近戦を挑むバカは、いないだろう。

 俺以外はな!


「ぬおっ!」


「とった!」


 俺は、【パワーショット】をゼロ距離で放った。

 完全に捉えたと思った俺の射撃だったが、武神グラディオス様の体が、音も無く目の前から消えた。


(畜生! 避けやがった! あの距離で放った矢を避けるのかよ!)


 そう思った瞬間、顔面に強い衝撃が走った。

 横っ面に硬い感触。

 恐らく剣の柄でぶっ飛ばされた。

 俺は、みじめに地面を転がされ、そのままぶっ倒れてしまった。


「うーむ。ナオト・サナダよ。面白い! 面白いぞ!」


 朦朧とする意識の中で、ガチャガチャと甲冑を鳴らしながら武神グラディオス様が近づいて来るのがわかった。

 頭がくらくらして、口の中は血の味がする。


「マントに傷をつけられたのは、久しぶりだぞ! 誇るが良い!」


 ちっ!

 俺の矢はマントを傷つけただけかよ。

 残念賞、がんばったで賞は、要らないのだけどな。


 武神グラディオス様は、余程嬉しいのだろう。

 目茶苦茶声が弾んでいるぞ。

 このバトルジャンキー、脳筋野郎め!


「それほど強くは叩いておらぬぞ。どれ、回復させてやろう。見せて――」


 武神グラディオス様が、うつぶせで倒れる俺の体をつかんで仰向けにした。

 怪我をして動けないと油断したのだろう。

 そこに俺はつけ込んだ。


 俺は弓に矢をつがえていたのだ。


 引き絞った弓、冷たく光る矢。

 その先には、武神グラディオス様の兜が黒光りしている。

 兜の隙間から金色の眼が強く光った。

 ざまあ、驚いてやがる。


「くそみそテクニック。死んだフリ」


「なっ!?」


 俺はニヤリと笑ってノースキルで矢を放った。


 カツン!


 力なく放たれた矢は、武神グラディオス様の兜に小さな傷をつけた。

 ゴルゾ傭兵団リーダーのヴェルナさんに習った『騙し』が役に立ったな。


 でも、これで居残り決定だろう。

 しばらく、地上には帰れないかもしれないな。


(ごめん。みんな……。帰りは遅くなりそうだ……」


 武神グラディオス様が何か言っているが、俺の耳はその声をとらえられなくなっていた。

 さっき食らった一撃で、体中死ぬほど痛いのだ。

 俺はゆっくりと目を閉じて、意識を手放した。

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