5-5 過去、現れた魔王について

 月の女神ナディア様は、真っ直ぐに俺を見て問う。


『汝は勇者として魔王と戦う覚悟はあるのか?』


 即答出来ない。

 だが、ノーではない。


 最近では、何となくだけれど、最後は俺が魔王と戦う事になるのかなとボンヤリと思い始めている。

 誰かがやらなきゃならないのは、わかっているし、だから仲間を集めて『教団地獄の火』に対抗しようとしている。


 しかし、女神様にはっきりイエスと言えるほど覚悟が決まっているかと言われると……。

 正直、そこまではね……。


 俺が答えに迷っていると月の女神ナディア様は、俺の額に自分の額を押しあてた。

 ヒンヤリとした冷たさに続いて、沢山の情報が頭の中に押し寄せて来る!

 なんだこれ!


「汝は異界から来た者ゆえ、情報が足りておりまい。目をつぶれ。そして、見るが良い。これが魔王だ!」


 言われた通りに、目をつぶる。

 夢の中にいるような感覚が俺を襲い、映像が見えて来た。


 そこは、北の森だった。

 押し寄せる魔物の軍勢に抵抗する獣人たち。

 エルフやティターン族が獣人に加勢をするが、圧倒的な数の暴力の前には死者が増えるばかりだ。

 獣人たちは勇敢に戦ったが、ついに海岸沿いに追い詰められてしまう。


 その時、突然海が割れ、甲冑を着た騎士たち十数人が現れた。


(アリーに聞いたエルフの伝承の通りだ……。すると、あれが勇者か?)


 美しく光る銀色の甲冑を着た騎士たちは、次々の魔物を倒して行く。

 特に先頭に立つ騎士の強さは群を抜いている。

 剣を振るえば地面が割れ、風が舞い、雷が落ちる。


(凄い! あれは間違いなく勇者だ!)


 やがて海岸から魔物は完全に駆逐され、銀の甲冑姿の勇者とエルフの王が握手をした。


 逆襲に出る獣人とエルフたち。

 甲冑姿の勇者とお供の騎士たちを先頭に押し立てて、北の森を北上する。

 北の森から魔物を追い出すと魔王が姿を現す。


 魔王の姿に恐れおののく獣人やエルフたち。

 俺には禍々しい黒く大きな影に見える。


 獣人やエルフがひるむが、勇者は迷いなく魔王に突撃した。

 そして一刀で魔王を斬り伏せた。


(圧倒的だな! 勇者が強すぎる!)


 映像が止まり、切り替わった。

 今度は……日差しが強い南国……。


(南大陸?)


 恐らく南大陸だろう。

 人々の服装が北大陸と違う。


 ターバンのように布を頭に巻き、布を体に巻き付け、ゆったりとした民族衣装。

 肌の色は濃く、話している言葉も違う。


 だが、幸せな暮らしである事はわかる。

 市場には食べ物が溢れ、美味しそうなマンゴーやメロンが山積みになっている。


 南大陸のどこかの王国だろう。

 のんびりとした雰囲気が漂う。


 そこに閃光と爆発!


 黒い巨大な影が現れ、市場を吹き飛ばした。

 魔王だ。

 魔王は魔法攻撃で容赦なく街を破壊し、人々を殺戮した。


 魔王は街から街へと移動し、破壊を続けた。

 街や城はもちろん、森も川も破壊する。


 人々は逃げ惑うだけで、魔王と戦おうとする人はいない。

 魔物たちも容赦なく殺された。


 やがて南大陸は、全土にわたって破壊し尽くされた。

 それでも魔王は満足をせず北大陸に移動した。


 北大陸でも破壊が始まったが、すぐに純白のローブを着た一団が魔王の前に立ちふさがる。


(神官? いや、魔法使いと神官の混成部隊か)


 純白のローブを着た五十人が一斉に魔法を行使し、魔王は倒され霧のように消えた。


 そこで映像が途切れる。


「目を開くが良い」


 目を開くと月の女神ナディア様の美しい顔があった。

 俺は深く息を吐きだす。


「ふう……」


「かつて現れた魔王を見て、どうであったか?」


 気になる事は、かなりあった。

 最初に見た北の森に魔王が現れた時は、魔物を引き連れていたが、次に見た南大陸に現れた時は、魔物を殺していた。

 魔王は剣で倒された時もあったし、魔法で倒された時もあった。


「そうですね……。何かバラバラと言うか……。規則性が無いと言うか……」


「ふむ。汝の言う通りだ。魔王は、どこに現れるかわからぬ。南大陸に現れた時は、我ら神の打つ手が遅かったので、南大陸は灰燼に帰した」


「打つ手……。勇者の投入ですか?」


「うむ。我ら神は下界に極力干渉しない主義だ。故に勇者を使わし、魔王を倒させるのだが……。勇者は、ポンポンと気軽に作れるものではない」


 勇者を作ると言うのは、気になる表現だが、とりあえず月の女神ナデイア様の話を聞こう。

 俺は気になった事を質問してみる。


「なるほど。魔王が魔物を引き連れていた時と、魔物を倒していた時がありましたが、あれは?」


「魔王も知恵を使っていると言う事よ。南大陸に現れた時は、魔王一人で暴れておったが、北の森に現れた時は、周りにいる魔物を操りだしおった」


「自分の軍を持つようになったと言う事ですか……」


「そうだな。故に、汝のように頭を使う者が、勇者となってくれれば心強い。仲間を増やし『教団地獄の火』を追い詰める手法はなかなか良い」


「ありがとうございます」


「さて、長々と問答をするのも飽きた。どうだ? 汝、勇者にならぬか?」


 月の女神ナディア様は、『うちでバイトしない?』くらいの軽さで、俺を勇者にと誘う。

 なんだかなあ。

 そんな軽くて良いのかよ。


「あの……私が断った場合は、どうなりますか?」


「勇者の投入が遅れ、魔王による犠牲者が増える」


 沢山の人が死ぬって事か……。

 それも寝覚めが悪そうだな。


 見せられた映像では、勇者は圧倒的に強かった。

 あれなら、俺でも大丈夫なんじゃないか?


「まあ、やっても良いですけど、ただ――」


 ただ、魔王を倒したら、何か成功報酬、ご褒美が欲しい。

 俺は月の女神ナディア様に、成功報酬の交渉をしようとした。


 だが、ナディア様は俺の言葉を途中でぶった切り、俺に告げた。


「よろしい! 勇者を志す者よ。更なる試練を受けるが良い!」


「えっ!? 更なる試練ですか!?」

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