5-4 月の女神ナディア

 月の女神ナディア様は、銀髪の震えが来るほどの美人なのだが、もの凄く威厳がある。

 立ち姿は神々しく、金色の目は見る者を射抜くようだ。


 俺は姿勢を正してから、丁寧な口調で月の女神ナディア様に質問した。


「ナディア様が、私をこの世界に呼んだのでしょうか?」


 日本で死んだ俺を神様がこの異世界に転生させた。

 だが、俺は神様の姿を見た事もないし、長い時間話した事もない。


 夢に神様が出て来て話そうとしても、言葉が途切れ途切れでうまく会話が出来ない。

 言うなれば電波が弱い状態である事の方が多いのだ。


 月の女神ナディアは、首をかしげて少し考えると、俺の目の前まで歩いて来た。

 美しいほっそりとした白い指を俺の額に当てた。


「あの……何をなさっているのですが……」


「しばし、待て……。汝の記憶を見ておる……。ふむ……なるほど……。父上が異界から呼び寄せし者か……」


「父上!? 私を転生させたのは、女神様の御父上ですか!?」


「そうだ、我が父上ジュピタエルが汝を呼び寄せた……」


 あの神様の名前はジュピタエルと言うのか!


「ジュピタエル様は、ここにいるのでしょうか? お会い出来ますか?」


「父上は天空を司る神ゆえ、ここにはおらぬ。それに、ここ五万年ほど力が不安定でな。実体を保てずにおる」


「……? 実体を保てないとは?」


「こうして下々の前に姿を現す事は出来ぬ。汝にわかる言葉にすると……。エネルギー体になり、世界を漂っていると言った所だ」


 なるほど……。

 それで、あんな風に電波の良い時と悪い時みたいに、夢の中の会話が安定しないのか。


 月の女神ナディア様は、俺の額に指をあてて俺の記憶を読み続けている。

 なんだが、ムズムズする。


「ふむ……『教団地獄の火』じゃと……。下界には、そのようなけしからぬ者たちがおるのか……魔王の復活を早めるなどよくも……」


 どうやら月の女神ナディア様は、俺の記憶を順番に見ているらしい。

 かなり最近の事まで見終わったみたいだな。

 教団地獄の火にはお怒りだ。


 魔王について聞いてみるか。


「ナディア様。魔王と言うのは、何なのでしょうか? 魔物とは違うのでしょうか?」


「魔王は、我らとは別系統の神だ。汝らのわかる言葉にすると……、破壊神と言えばわかるかな。魔物とは違う」


「破壊神ですか、それも別系統の」


「そうだ。魔王が望むのは破壊、生ある者を殺し尽くす事だ。魔王を倒しても数千年で復活をする。まあ、質の悪い虫のような存在だ」


 月の女神ナディア様は、いまいましそうに言葉を吐き出した。

 魔王と神様の関係についてわかった。

 しかし、まだわからない事がある。


「魔王が虫ですか……。しかし、殺し尽くす事に何の意味が? 魔王が生者のエネルギーを吸っているとか?」


「いや、そのような事は無い。生ある者を殺し尽くし、この世界を破壊し尽くし、自分の思うような世界に作り替えたいのよ」


「世界の作り替え? それが魔王の望みか!」


「そうだ。まあ、世界を作り替えるなど、出来ぬ事だがな。だが、別系統とは言え魔王も神。それなりの力は持っておる故、何かせずにはいられぬのであろう」


「はあ。迷惑な話ですね」


 別系統の神様なら、この世界の神様ジュピタエル様や月の女神ナディア様の仲間になれば良いのに。

 あっ、それが出来ないから、魔王として世界を破壊しようとしているの?

 今の神様たちに頭を下げるのが嫌的な?


「そうだ。その通りだ。魔王は我らの下風につくのは、嫌なのだよ」


 あら。

 俺の思考も読まれた。

 この額に指をあてるの早く終わってくれないかな。

 俺の額は、USBじゃないぞ。


「ほう。汝、試練には、随分苦労したようだな。百三十五回の試練をくぐったか」


「あの旨そうな料理が出て来たりするのは、やっぱり女神様の試練ですか」


「そうだ。銀月の迷宮は、選ばれし者が持つ煩悩、欲望、恐怖を心に写すのだ。しかし、汝は多すぎだな」


「多すぎ?」


「煩悩が多すぎだ。欲望の塊だな。汝のわかる言葉にすると、スケベーと言う事だな」


「……それは申し訳ございません」


 ぐっ……。

 何も言い返せない。

 俺くらいの欲望は、誰でも持っていると思うのだが。


 まさか、女神様にあって『スケベー』と変なアクセントで罵倒されるとは思わなかったよ。


 月の女神ナディア様は、ようやく俺の額から指を離した。

 俺の記憶を読み終わったらしい。

 プライバシーとか、個人情報保護とかは、神の前では無意味なのだ。


「ふむ。良かろう。汝は、父ジュピタエルに選ばれし者である。汝の記憶を覗き見たが、思想、行動に問題は無い。褒美を与えても良いが、その前に汝に問う」


「なんでございましょう」


「汝は勇者として魔王と戦う覚悟はあるのか?」

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