5-3 試練? 誘惑?

 そこには、テーブルに山盛りの料理があった!


 真っ暗なはずの洞窟は、どこかの宮殿になり、俺の目の前には美味しそうな料理が湯気を上げている。


 中華料理、ラーメン、かつ丼、牛丼……。

 ああ、お寿司もある!

 転生してから寿司って食べてないよな。

 この異世界には、そもそも魚の生食文化がないからな。


 俺の食べたかった物がここにある!

 日本では気軽に食べられていたが、この異世界にはないメニュー。

 懐かしいな……。


 俺はテーブルに近づこうとした。


(いや……、待てよ!)


 この状況は、どう考えてもおかしい。

 カレンは、洞窟に入ったら十歩で奥にたどり着いた、祭壇以外は何もないと言っていた。

 他のメンバーも洞窟に入ってすぐに出て来たよな。


 こんな山盛りの料理が、洞窟の中にある訳がない!


(これは……幻? いや……これが女神の試練なのか?)


 そうだな。

 これが女神の試練と考えるのが妥当な線だろう。


 誘惑に負けたらダメ!

 みたいな試練じゃないか?


「この料理は無視だ!」


 俺は決意を声に出し、料理が載ったテーブルの上を通り過ぎる。

 すると辺りが暗闇に戻った。


 左手に持ったカンテラで辺りを照らすが何も見えない。


(まだ、試練をクリアって訳じゃなさそうだぞ……。次は何が来る?)


 俺は洞窟の奥へ向けて、一歩踏み出した。

 すると、また風景が一変した!


 今度は……ギリシア? イタリア?

 白い石造りの建物の中だ。

 パルテノン神殿のような、がっしりした柱が見える。

 周りはモヤに包まれている。

 いや、それとも霧か?


 ピチョン!


 水音が聞こえる。

 だんだんモヤが消え辺りの様子がわかった。


 ここは風呂だ!

 モヤじゃなく、湯気か!


 目の前に大理石造りの大きなプールみたいな浴槽があり、沢山の美女が全裸で入浴している。

 思春期の俺には、強烈な刺激だ!


「どうしたのじゃ?」


「アリー!?」


 俺の目の前にアリーが現れた。

 薄く透けるレースのきわどい衣装を身にまとい、俺ににっこりと微笑んでいる。

 アリーのボディライン、胸のふくらみ、そして下腹部も透けて見えている。


「どうしたのじゃ? 遊んで行かぬのか?」


 アリーは俺を誘いながら湯船へ向かう。


「おっ……!」


 アリーの横には、セシーリア姉さん、レイア、カレン、エマ……。

 三人が色違いのレースの衣装で俺を誘う。


 もの凄く強い衝動が俺の体内を駆け巡る。

 だが、ギリギリで耐えた。


(これは……幻だ!)


 俺は誘惑の浴槽を無視して、その横を足早に通り過ぎようとした。


 すると、またも辺りが暗闇に戻った。


「マジかよ……」


 ガリガリと精神が削られる。

 欲望を刺激され、自制し、そして暗闇に戻る。


 これはきっと、試練の洞窟、銀月の迷宮に住む月の女神が仕掛けた試練なり、いたずらなのだろう……。


(仕方がない。続けるしかないか……)


 俺は洞窟の奥へ向かって、また一歩踏み出した。

 それからは、同じ事の繰り返しだ。

 手を変え、品を変え、俺の精神を揺さぶって来る。


 ある時は、恐ろしいモンスターがいた。

 俺は恐怖を感じながらも前へ進んだ。


 また、ある時は、俺の自宅の机の上にゲームと肉まんが置いてあった。

 俺は怠惰に過ごしたいと後ろ髪を引かれつつ、前へ進んだ。


 誘惑や恐怖や嫌悪が、次々に俺の目の前に現れては消えた。


(何回続く?)


 俺は四十回まで数えていたが、四十回から数えるのを止めた。


(これは幻、目の前にはない。VRみたいな物だ……)


 そう言い聞かせて、次々に現れる幻を、欲望や恐怖を振り切って前へ進んだ。


(たぶん、もう、百回は超えたな……)


 そんな風に考えだした時、ようやく終わりが来た。

 暗闇が徐々に溶け落ちて、柔らかい月の光が差し込んで来た。


(ここは……)


 夜の森の中だった。

 目の前にはストーンヘンジのような、円形に石を組んだ祭壇が見える。


 その側に美しい女性がいた。

 スラリと引き締まった体に、銀色の長い髪。

 白いドレスをひるがえして、俺に近づいて来る。


 この人が月の女神だろうか?

 良く響くミドルローの落ち着いた声で、女神らしき女性は話しかけて来た。


「良く来た。歓迎しよう。名を何と申す」


「ナオト・サナダです。あの……あなたは、月の女神様でしょうか?」


「そうだ。私は月の女神ナディア。狩猟と貞節の神である」

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