5-2 選ばれし者

 俺たちはすぐに銀月の迷宮に向かう。


 銀月の迷宮は、カプアの街外れの丘の中腹にあった。

 迷宮の入り口は、おおよそ2m×2mくらいの洞窟で、中は真っ暗だ。


 姫様アリーが、洞窟の脇で何かを見つけた。


「ナオト! ここに石板が埋め込まれておるのじゃ!」


「どれどれ……」


 みんなで石板を覗き込む。

 石板には、まず文章、次に宿屋のおかみさんが言った通り迷宮の略図が刻まれている。

 セシーリア姉さんが、文章を読み始めた。


「えっと……書いてあるのは……、『汝、月の女神の試練を欲するか? 試練を乗り越えし者には、祝福を送ろう。選ばれし者のみ、一人でこの銀月の迷宮に足を踏み入れよ。それ以外は去れ』だって……」


「ええ! こんな真っ暗な一人で入るのは怖いんだよ!」


 ちびっこ魔法使いのエマは怖がっている。

 だが、まあ、こんな暗い洞窟に一人で入るのは不用心だよな。


 だが、ウチの場合は心配無用だ!

 優秀なスカウト、ネコ獣人のカレンがいる。

 カレンが胸をどんと胸を叩いて請け負ってくれた。


「任せるニャ! 私の出番ニャ!」


「カレン! 頼んだ!」


 マジックバッグから、カンテラを取り出してカレンに渡す。

 カレンが洞窟の中へカンテラを向けるが、カンテラの灯が照らす事はなかった。

 普通なら、薄っすらと中の様子が見えるのだが……。


 なるほど……。

 銀月の迷宮は、普通の洞窟ではないようだ。


「怖いよ~なんだよ~!」


「シッ! 静かにするニャ!」


 カレンは、エマを黙らせると洞窟の中に意識を集中している。

 尻尾が小刻みに揺れ、ネコミミがピクピク動く。

 洞窟の中の音を拾っているのだろう。


「魔物はいなさそうニャ……。行って来るニャ……」


 カレンは慎重に洞窟の中へ入って行った。


 ――と思ったら、一分もしないで出て来た。


「どうした!?」


「どうしたも、何もないニャ。普通の洞窟だったニャ」


 カレンは拍子抜けした顔で報告を続ける。


「中は暗いけれど、カンテラがあれば大丈夫ニャ。罠はないニャ。十歩で洞窟の奥に着いたニャ」


「えっ!? そんな短い洞窟なのか?」


「そうニャ。何が銀月の迷宮ニャ。隠し扉も無かったニャ」


「えー!」


 ガッカリだな。

 わざわざカプアの街まで来たけれど、得る物は無いか……。


 俺があきらめ、街へ帰ろうとすると、セシーリア姉さんがカレンに確認をし始めた。


「ねえ、カレンちゃん。中には何もなかったのかしら?」


「石で出来たテーブルがあったニャ」


 カレンは身振りでテーブルの大きさを示した。

 小さなローテーブルくらいのサイズだな。


「祭壇かしらね?」


「たぶん、そうニャ。果物がお供えしてあったニャ」


「地元の人がお供えしたのかしら……。次は、私が行ってみるわ。念の為、順番に全員行ってみましょう!」


「うむ! 賛成じゃ! それが良いじゃろう!」


 セシーリア姉さんが提案して、アリーが賛成する。

 セシーリア姉さんは、カレンからカンテラを受け取ると洞窟の中へ入って行った。


 無駄だと思うが……。

 まあ、でも、それで二人の気がすむなら、やりますか……。


 セシーリア姉さんも、すぐに洞窟から出て来た。


「本当ね……。祭壇がある以外は普通の洞窟だわね……」


 続いてアリーが入って、何もなし。

 レイアが面倒臭そうに入って、すぐに出て来て、何もなし。

 エマが恐々入って、泣きそうな顔で出て来て、何もなし。


 なんか肝試し大会みたいだな。


「ナオトの番じゃぞ」


 アリーが真剣な顔でカンテラを渡して来た。

 物凄く期待に満ちた目をしている。


「あのさ、アリー。そんなに期待されても困るよ」


「ナオトは『選ばれし者』じゃ!」


「あー、うん……」


 アリーは銀月の迷宮伝承を信じているし、俺の事も信じている。

 その期待がちょっと重い。


「ナオトよ! そなたはわらわの希望じゃ! どんな試練でも必ず乗り換えるのじゃ!」


「大袈裟だな。ちょっと入って、すぐに出て来るよ」


 俺はカンテラを持って、洞窟に向かって足を踏み出した。


「わらわは、お主を信じておるぞ! いつまでもお主を待っておるからな! わらわは――」


 アリーの声が後ろから聞えた。

 だが、洞窟に入ると一切音が聞こえなくなった。


 カンテラをかざしてみるが、あたりは暗闇だ。


(洞窟の奥へは、十歩とカレンが言っていたな……)


 俺は一歩前へ進んだ。


「なっ! なにこれ!」


 そこには――!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る