第五章 銀月の迷宮

5-1 銀月の迷宮

「ここがカプアの街か……」


 ヴェネタの街から馬車で五日、試練の洞窟があるカプアの街にやって来た。

 カプアの街は、ノンビリとした田園地帯が広がるちょっと大きな農村だ。


 幌馬車から身を乗り出し、街の様子を観察する。

 道をノンビリと歩く人は、地元の農民しかいない。

 道沿いの家は白い壁にちょっとボロな板葺きの屋根で、ローカル感が満載だな。


 俺たちはカプアの街の中心にある広場で馬車を降りた。

 姫様アリーが周りを見てポツリと漏らす。


「何と言うか……。田舎じゃのう……」


「そうだね。凄くノンビリした感じだね」


「まさか傭兵隊長の地元が、こんなノンビリした街だとは思わなんだ」


 そうなのだ。

 意外な事に『ゴルゾ傭兵団』リーダーのヴェルナさんの出身地が、ここカプアの街なのだ。

 ヴェルナさんの場合、都会のスラム出身と言われた方が何となくしっくりくる。


 こんなノンビリした田舎の出身なのに、対人戦専門の傭兵団を率いるようになるなんて、ヴェルナさんはどんな人生を歩んで来たのだか。


 長身のレイアが鋼鉄の槍を抱えながらあくびをした。


「ふあーあ。で、この街に『試練の洞窟』があるのか?」


「ああ、そうだ。あまり有名じゃないらしいけどね」


「ふーん」


 冒険者ギルドで調べて貰ったが、試練の洞窟がカプアにあると言う事以外は詳しい情報は無かった。

 ヴェルナさん曰く――。


『試練の洞窟は、『銀月の迷宮』ってのが正式な名前だ。まっ、詳しくはカプアに着いたら宿屋にでも聞いてみろよ』


 ――との事だ。


 俺たちは広場の前の小さな宿屋に入った。

 宿屋って言うより、農家兼業の民泊だね。

 部屋を三つとり、でっぷりと肥えたおかみさんに話を聞く事にした。


「試練の洞窟? ああ、銀月の迷宮だね! あそこに行くのかい?」


「ええ。それが目的で、この街に来ました」


「そうかい。そうかい。女神さまから祝福があると良いね!」


「はあ。あのその辺りを詳しく教えてください」


 おかみさんは、身振り手振りを交えながら銀月の迷宮について話し出した。


 ・銀月の迷宮には、月の女神が住んでいると言い伝えられている。

 ・言い伝えに寄れば、銀月の迷宮に選ばれし者が足を踏み入れると、女神が試練を課す。

 ・女神の試練を乗り越えると、月の女神から褒美としてジョブが与えられる。


「――まっ、言い伝えだけどね。月の女神から褒美をもらった人が出たのは、何千年も前の話しらしいよ」


「へえ……」


 正直、かなりがっかりした。

 それってギリシア神話の海神ネプチューンとかさ。

 そう言うレベルの話しであって、現実的な話じゃないな……。


 ここに来ればレアジョブが得られるかと思ったけれど、空振りっぽいな。


 俺はやる気が限りなくゼロに近づいたが、エルフの二人は顎に手を当て真剣に考えている。

 姫様アリーとセシーリア姉さんだ。

 二人は信心深いと言うのかな、勇者伝説を真面目に信じていたからな。

 こう言う伝承の類も信じるのだろう。


 アリーがおかみさんに質問をする。


「ふむ。月の女神が試練を与えるから、試練の洞窟と呼ばれるようになったのじゃな?」


「そうそう。銀月の迷宮がちゃんとした名前だよ」


「迷宮と言うからには、深いのであろうか? 何階層なのじゃ?」


「階層? そんなに複雑な物じゃないよ」


 おかみさんは、そう言うと宿帳の裏に迷宮の地図を書き始めた。

 しかし……、これが地図?



 入り口

 |

 祭 壇



 入り口から祭壇まで一本通路があるだけだ。

 ふうむ……。

 これは確かに迷宮と言うよりは洞窟だな。


 アリーも首をひねる。


「……これが、銀月の迷宮じゃと?」


「そうよ。入り口に石板があって、石板にこの地図が書いてあるのよ」


「むっ……そうなのか?」


「ええそうよ。石板には他に文章が書いてあってね」


「文章? それはどのような文章じゃ?」


「えーとね、『選ばれし者のみ、この銀月の迷宮に足を踏み入れよ。それ以外は去れ』だったわよ」

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