3-24 迷宮の闇短剣

「ニャー。死ぬかと思ったニャ……」


 ネコ獣人カレンが、立ち上がりながらぼやいた。

 本当にそうだよ!


 姫様アリーの、全力! 容赦なし! 無慈悲! 魔法攻撃で俺たちまで木端微塵になるかと思った。

 当のアリーは、魔力切れを起こしフラフラで長身のレイアにもたれ掛かっている。


「済まぬが後は任せたのじゃ……」


「うおっと! あー。また、意識を失っちまったぜ……。しゃあねえなあ。俺が背負ってくよ」


 レイアは口が悪いけれど面倒見が良くて、優しい奴だ。

 アリーの事はレイアに任せた。


 さてと、こちらは……。

 うわ……。


 黒ローブ三人は見るに堪えない姿になっている。

 直撃だったからな……。もう、原形を留めていない。


 一応、マジックバッグに収納して、地上へ運ぼう。

 一応、証拠になる訳だし。

 調べる人によっては、何かわかるかもしれない。


「ニャ! エルフのお姉さんは、無事だニャ!」


 カレンがとっさに飛び込んで、庇ったのもあって縄で縛られたエルフのお姉さんは無事だった。

 だが、こちらも意識がない。


「カレン。そっちは任せた」


「ニャ! 了解ニャ!」


 残こりは貴族のオルロフ子爵だが……。

 ああ、生きているよ。


「悪運が強いですね。オルロフ子爵」


「貴様! この平民め! 良くも邪魔をしてくれたな!」


「威勢が良いのは結構ですけれど、ご自分の立場とか、周りの状況を見た方が良いですよ?」


「何を……うう……」


 オルロフ子爵は周りを見てやっと状況を理解してくれたようだ。

 自分の護衛三人は倒されてしまい、ムキムキマッチョ強面揃いのラリットさんたちに四方を固められている。


 この状況でさっきの威勢が続けば、むしろ尊敬するよ。


「とりあえず、武器は渡してもらいますよ。その短剣も預かります」


「クッ! どうするつもりだ?」


「我々は帝都ピョートルブルグ冒険者ギルド所属の冒険者です。ダンジョン内の揉め事は、冒険者ギルドに報告義務があります。相手が貴族とは言え、ダンジョン内でエルフにナイフを突き立てていたのですから、ご同行願いますよ」


「平民風情が! 亜人共にたぶらかされおって!」


 このセリフをラリットさんが聞き逃さなかった。


「オイ! お嬢ちゃんたちの悪口は、俺が許さんぞ! そもそもオマエら教団地獄の火が、亜人差別だの、魔王復活だの変な事ばかりするから、ややこしくなるんだろうが!」


「黙れ! 我らには崇高な大義があるのだ!」


「俺たち平民は、亜人だろうが、何だろうが、上手くやってんだよ!」


「平民風情が黙っておれ!」


 オルロフ子爵が騒ぎ立てるのを無視して、俺はオルロフ子爵から取り上げた短剣を観察する。

 戦闘前にオルロフ子爵が、エルフのお姉さんに突き立てていた短剣だ。


 刀身は銀色に輝き、柄は金属製で鈍い金色をしている。

 柄に親指大の黒い石が埋め込まれていて、ギラギラと光を放っている。


(鑑定……)


 見ただけじゃわからないので、スキル『鑑定』を発動してみた。



 -------------------


 ◆アイテムステータス◆


 名前:迷宮の闇短剣

 種別:マジックアイテム

 効果:刺した対象の魔力を吸い取る。刺した対象に魔力を与える。


 -------------------



「これ……! 魔力を吸い取る短剣かよ! エルフのお姉さんから魔力を吸い取っていたのか!?」


 鑑定結果を見て、思わず大声を上げてしまう。

 いや、非人道的すぎるだろう。


 ラリットさんが俺の言葉を引き継ぐ。


「ナオトの兄ちゃん。その短剣を見せてみろ。ふむ……。こいつは迷宮の闇短剣だな……」


「ラリットさん。その短剣を知ってますか?」


「ああ。黒のダンジョンで宝箱から出て来るアイテムだ。ダンジョン探索じゃ、使い所が限られるアイテムだから、イマイチ不人気。買い取り価格は、5万ラルク。実売価格は10万ラルクってとこだな」


 黒のダンジョンは、ここ帝都ピョートルブルグにある別のダンジョンだ。

 初心者向けの赤のダンジョンを卒業すると潜るダンジョンだが、難易度はそれ程高くないらしい。


「5万ラルク……。それほど珍しいアイテムじゃないですよね?」


「そうだな。割と出回っているよ。その柄の部分は真鍮だからな。金ならもっと値段が付くが……。刀身も一部がミスリルってだけで、あまり価値はない」


 真鍮なのか。

 なるほどねえ。

 貴金属としての価値も無いと。


「へえ。そんな価値の無い物を、わざわざ子爵様がお持ちとは変な話ですよねえ……」


「ああ、全くだぜ! 何でだろうなあ……」


 俺たちの視線が一斉にオルロフ子爵に向く。

 特にラリットさんたち『力こそ愛』のメンバーから、無言の圧が強烈にかかる。

 だが、オルロフ子爵は一向にひるまない。


「ふん! そなたら平民が知るべき事ではない!」


 ふうん。

 非協力的な態度だな。


「当ててみましょうか?」


「まあ、無理だろうな。平民じゃ」


「この短剣は、刺した対象から魔力を抜き取ります。あなたは、そこのエルフのお姉さんに短剣を刺して、エルフから魔力を抜き取っていた。ここまでは間違いない?」


「……ふん!」


「そして、抜き取った魔力をどうするか? 答えを言いましょう。ダンジョンの床に短剣を刺して、抜き取った魔力をダンジョンに流していましたよね?」


「……」


 無言を貫くオルロフ子爵。

 でも、眉がピクリと動いたのは見逃さなかったよ!


「魔王が現れる時は、魔力がダンジョンに流れ込むそうですね?」


「……むっ」


「あなたたち教団地獄の火は、あちこちのダンジョンでここと同じように魔力を流し込んでいる。そうすれば、魔王がどのダンジョンに現れるか誰にもわからなくなる。違いますか?」


「知らん!」


 オルロフ子爵は頑なに回答を避けた。

 その事が俺たちに確信を持たせるとわかっていないな。

 俺はオルロフ子爵に恭しく礼を取りながら、ゆっくりと告げた。


「あなたの態度がイエスと言っていますよ。お答えありがとうございました」


「……クッ!」


 つまりエルフのお姉さんは、乾電池代わりだったって事だ。

 エルフは魔力量が多いと聞く。

 エルフの魔力を迷宮の闇短剣で吸い取り、ダンジョンに流し込む。


 エルフのお姉さんの魔力が回復したら、また短剣を刺し魔力を吸い取る。

 その繰り返し……。


 なんとも非人道的だが、こいつら教団地獄の火は、エルフを含む亜人は差別対象だ。


 要はエルフを人間とは思っていない訳でしょう?


 だったら何でも出来るよね……。

 まったく酷い話だ。


 俺たちはオルロフ子爵との問答を切り上げて、地上を目指す事にした。

 オルロフ子爵に帰還石を持っていないか聞いたが、持っていなかった。

 初心者向けのダンジョンだから、不要だと判断したそうだ。


 これから十階層のボス部屋に行く。

 赤のダンジョンは全十階層。

 つまり、この赤のダンジョンのダンジョンボスなのだ。


 通常であれば、Gランクの犬型の魔物ブラッドハウンドが出る。

 ブラッドハウンドであれば、余裕で倒して地上へ戻れるが……。


 しかし!


 このオッサン!

 オルロフ子爵がダンジョンに魔力を過剰供給してしまった。

 通常より強いボス魔物が出て来るだろう。


「よーし! 入るぞ! 俺たちが前衛だ! 力こそ愛だ! 前へ出ろ!」


 レイアはアリーを背負い、カレンはエルフのお姉さんを背負っている。

 前衛はラリットさんにお任せして、俺たちは全員後衛だ。


 部屋の中央に煙が集まり、魔物が姿を現した。

 大型の黒い犬型の魔物だ。

 ドーベルマンをガッチリしたような体形で、凶悪な牙と血を濁らしたような真っ赤な目。

 サイズは、牛より一回り大きい。


 ラリットさんの知っている魔物だったらしく、ラリットさんが的確に指示を飛ばす。


「ぬっ……ヘルハウンドだな……。Bランク……。こいつは物理攻撃で行ける! 俺たちが前でガンガン叩くから、ナオトの兄ちゃんたちは下がって――オイ! 待て! 危ねえぞ!」


「えっ!?」


「ハハハハッ! 見ろ! この禍々しくも、美しい魔物を!」


 歓喜の叫びをあげながら、オルロフ子爵が魔物に向かって走って行く。

 俺たちは魔物に集中してしまい、オルロフ子爵から一瞬目を離していた。貴族だから縄で縛る事を避け、拘束をしなかったのが裏目に出た。


 オルロフ子爵は魔物の足下にたどり着くと、こちらを向き、胸を反らした。

 俺たちは必死に呼びかける。


「オルロフ子爵! 危ないです! 戻って!」

「戻れ! 死ぬぞ!」

「そこに立たれたら攻撃出来ないだろう!」

「何やってんだ!」


 だが、オルロフ子爵に俺たちの言葉は届かなかった。

 オルロフ子爵はヘルハウンドの前足をポンポンと叩きながら得意げに話し始める。


「愚か者どもめ! さあ、魔王の使いよ! 汚らわしい亜人共を食いちぎれ!」


 得意満面のオルロフ子爵。

 このヘルハウンドが魔物の僕か何かで、魔王を信奉する自分の言う事を聞くと勘違いしたのだろうか?


 そんな事が、ある訳がない。


 前足を触られた事で、気を悪くしたヘルハウンドは、オルロフ子爵に頭から噛みついた。

 俺たちが何かする間もなく、オルロフ子爵はヘルハウンドに一瞬でかみ殺されてしまった。


 後には貴族だった人間の無残な遺体だけが残った。

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