3-23 教団地獄の火に栄光あれ!

「風の大精霊よ……我の求めに……応えよ……」


 魔法使いアリーの詠唱が始まった。

 うっ……。いつもよりタメが……。


 同族のエルフが傷つけられアリーは激怒している。

 恐る恐る振り返ると、アリーは目を細めこれまでにない程集中していた。


 アリーが掲げた杖の先から緑色の光がちらちらと漏れ出し、俺は戦闘中である事をしばし忘れ、その光に見とれる。


 美しい……。

 子供の頃、祖父の家で見たホタルのようだ。


「疾風よ……我が敵を貫け!」


 アリーがカッと目を開いた。

 深碧の瞳の中に、炎が渦巻く!


 俺はハッとして、慌ててエマをひっつかんで右へ走りながら怒鳴る。


「射線を開けろ! 逃げろ! 魔法が来る!」


「「「「「「「「うあああ!」」」」」」」」


 アリーの前からみんなが逃げ出す。

 黒ローブが展開する風の盾とアリーの間が……空いた!


 リーダー格の黒ローブとアリーの目が合う。


「ちょ! 待っ……」


 黒ローブが悲鳴交じりの声を上げるが、もう遅い!

 アリーは止まらない!

 無慈悲に詠唱を完成させ最後の言葉を告げる。


「シュトルム! ティーガー!」


 アリーが杖をグッと握り、詠唱が完成した一瞬。

 杖の先端がまばゆく緑に光り、疾風が放たれた。


 疾風は巨大なドリルのように激しく錐もみ回転をしながら、真っ直ぐに駆け抜けて行く。

 そして黒ローブが展開する風の盾と衝突した。


 金属と金属が強く叩きつけられたような音が響く。


「があっ!」

「うおっ!」

「耳が!」

「きゃあ!」


 仲間たちから悲鳴があがる。

 俺はエマに覆いかぶさるようにして耳をふさぐ。


 隠し部屋内の気圧が急激に変化している。

 耳が痛い。

 キーンとする。

 唾をのみ込み耳抜きする。


 アリーのヤツ!

 魔力を全部注ぎ込みやがった!

 中級魔法だぞ!

 俺たちまで巻き添えで死にかねん!


 吹き荒れる魔力の嵐の中でアリーが決然と黒ローブに別れを告げた。


「わらわが同族を傷つけし、罪をあがなえ! あの世で魔王とやらに伝えよ! 二千年前と同じく、勇者が汝を葬り去るとな!」


「あああああ……きょ……教団地獄の火に栄光あれ! 魔王は復活する! あ……亜人に死を! 亜人に死を! 亜人に……」


「死ぬのは貴様じゃ!」


 アリーの放った中級風魔法シュトルムティガーが、黒ローブが展開する風の盾を討ち破りガラスの破砕音と共に霧散させた。


「ニャー!」


 ネコ獣人カレンが飛び込み縛られたエルフの上に覆いかぶさった。

 その上を疾風が突き抜けて行く。


「ヒイイイ!」


 男の甲高い悲鳴が聞こえた。

 オルロフ子爵だろうか。

 その声もすぐに風の音にかき消された。


 圧倒的なエルフの魔力を、たった一回の中級魔法にこれでもかと注ぎ込んだのだ。

 風魔法の通過した後は、一体どうなっている事やら……。


 魔力の嵐が止んだ。


 ただ、静寂が。

 静寂だけが、そこにあった。


 俺は注意して顔を上げる。


 ダンジョンの床に一本の剣が突き刺さっている。

 黒ローブが風の盾を展開していたマジックアイテムの剣だ。


 砂糖細工が崩れるように、床に立っていた剣が崩れ去っていった。


(終わったな……)


 俺は戦闘の終わりを確信した。

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