3-22 教団地獄の火との戦い 中編

「ぐ……うあ……たす……けて……」


 痙攣する体……息が出来ない……。


 俺は薄れ行く意識の中で、日本で死んだ事を思い出していた。

 これがフラッシュバックと言うやつだろうか?


「ナオトの兄ちゃん! しっかりしろ! 今、薬を出す!」


「ラ……ラリ……」


 ラリットさんの声が、頭に響く。

 薬……。早く!


「おい! ちびっこい嬢ちゃん! この毒消し薬を、兄ちゃんに飲ませろ!」


「わかったんだよ! ナオト! これなんだよ! あー!」


 な、なんだ?

 エマが薬を手渡してくれたような……。

 薬を飲みたいけど、体が言う事をきかないんだ!


「しょ! しょうがないんだよ! ぶちゅー!」


 あ……。

 何か柔らかい物が唇に触れて……。

 冷たくて気持ち良い物が口の中に入って来た……。

 あ……体が楽になる……。

 俺は夢中で唇に当たっている何かを吸った。


「ん……むぐ……う……」


 これが薬だろうか?

 おそらくそうだろう。

 だんだん体が楽になり、意識がクリアになって来た。


 合わなかった視点が……。

 はっきりとして……。


 ん?


 んん!?


 んんん!?


「えっ!? エマ!?」


「そんなに激しく吸ったら恥ずかしいんだよ……」


 俺の視界一杯に顔を赤らめたエマが……。

 えっ!? これは……。


 どうやら、エマに抱かれながら口移しで毒消し薬を飲まされたらしい。

 こんな幼い感じの女の子と、なんと背徳的な……。

 ああ! 思い切り吸っちゃたよ!


「ナオト! 何やってんだ! 戦闘中だぞ、テメーは!」


 レイアから怒りのこもった檄が飛んで来た。

 まずい! まずい!


「ああ! もう大丈夫! エマ、ありがとう! 速射! 連射! 速射! 連射! 速射! 連射!」


 俺は何かから逃げるように、盗賊系の黒ローブに向けてスキルに任せて矢を放った。

 長身レイアとネコ獣人カレンが戦闘しているが、二人がかりで、どうにか五分の状態だ。


 ステータスの差よりも、恐らくは対人戦闘経験の差なのだろう。

 盗賊系の黒ローブは、ワザと隙を見せている。

 レイアとカレンが、そこへ打ち込むと狙いすましたカウンター攻撃が待っている。


 そこへ俺が素早い連続射撃で割って入った。

 タイミング良く黒ローブがワザと隙を作ろうとした瞬間に、俺の矢の雨が降り注いだ。


「おおっ! この! この!」


 黒ローブは慌てて後退し俺の矢を短剣で弾く。

 コイツ! 物凄い腕前だ!


 矢が飛翔するスピードは、野球のボールよりも早い。

 飛んで来る矢を短剣で弾き返すなんて、ハンパじゃない!


 俺の攻撃は不発に終わった。

 だが、黒ローブの意表を突いた事で、隙が出来た。


 黒ローブは真っ直ぐ後ろに下がっていたのだ。

 直線的な動きなら経験が少ない人間でも捉えられる。


 そう、レイアとカレンが、その隙を見逃すはずがない。


「ニャ! 後ろをとったニャ!」


「オラー! パワースラッシュ!」


 前からはレイアが鉄槍をスキル『パワースラッシュ』で打ち下ろし、後ろからはカレンが短剣を振るう。


 俺の矢の雨が止んだ直後に、この連携だ。

 黒ローブは一瞬左にかわそうと動きを見せたが、接近しながらスキル『パワースラッシュ』を発動させていたレイアの鉄槍の方が早かった。


 レイアの鉄槍が着弾する。


 骨が折れる鈍い音が、ダンジョンの隠し部屋に響いた。

 続いてカレンの短剣が肉を切り裂き、黒ローブの呪うような苦悶する声が聞こえた。


「俺がティターン族のレイア様だ! 地獄で魔王に報告しな! 大嫌いな亜人に負けました! 殺されましたってな!」


 レイアは、もう一度鉄槍を振りかぶると力任せに叩きつけた。

 それっきり黒ローブは動かなくなった。


「よっし! レイア! カレン! 良くやった!」


「さすがなんだよ!」


「へっ! ちょっとスッキリしたぜ!」


「ニャ! 因果応報ニャ!」


 まずは一人!

 これで敵にアタッカーは、いなくなった。

 俺たちが、グッと有利だ!


 教団地獄の火の連中は、風の盾の中で悔しがっている。


「おおっ!」

「貴様ら! 亜人風情が良くも!」

「おのれ……」


「ニャニャニャ! 悔しいニャ? ベロベロバー!」


 黒ローブは残り三人。

 カレンが子供のような挑発をしているが、風の盾からは出てこようとしない。

 やはり、攻撃手段が限られたパーティーなのだろう。


 それより俺が気になったのは、貴族服を着たオルロフ子爵の行動だ。

 風の盾の中で黙々と何か作業……を……している?


「ぎゃああ! 痛い! 苦しい!」


 縄で縛られたエルフが悲鳴を上げた。


 俺は、オルロフ子爵の行動を一部始終見ていた。


 オルロフ子爵はエルフの腹に刺さっていた短剣を引き抜き、そのままダンジョンの床に刺したのだ。

 そのままジッと短剣の柄を見ていた。

 短剣の柄を見ていたのは、ほんの数秒だ。

 そして短剣をダンジョンの床から抜き、またエルフの腹に刺したのだ。


 一体何の意味があるんだ?


「なんとか救えないかな……」


 あのエルフを救いだせば、何か事情が聞けるかもしれない。

 オルロフ子爵の奇妙な行動の理由がわかれば、教団地獄の火が何をやっているのか具体的にわかる。


「ナオトよ。わらわの魔法であの風の盾を吹き飛ばすのじゃ」


「えっ!?」


 振り返ると無表情の姫様アリーがいた。

 やばい……。

 これ、怒っている時の顔だ。

 アリーは王族で自制心が強い。

 だから、負の感情が溢れた時は、表情をオフにして自分の感情を隠すのだ。


「アリー。あれを吹き飛ばせるの?」


「魔力を多く注ぎ込めば可能じゃろう。わらわの同族に対して許しがたい暴行。エルフ族の怒りを示さねばのう」


「……わかった。なるたけ縛られているエルフ女性と貴族は殺さないで」


「承知じゃ」


 アリーが魔法の詠唱を開始した。

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