3-20 エルフの生贄? なのか?

 赤のダンジョン最終階層の十階層を進む。

 俺たち『ガントチャート』とラリットさんたち『力こそ愛』の臨時2パーティー編成なので、非常に安定している。


 十階層の魔物はキラードッグ、犬型の魔物だ。

 真っ黒でドーベルマンに似ている。

 魔物のランクはHで、攻撃手段は噛みつきのみ。


 五、六匹の集団で出て来るが、前衛のラリットさんたちが突撃し、残りを俺たちが仕留める。


 十階層に入って、三時間くらいかかっただろうか?

 今の時間はたぶん夕方だ。

 このままボス魔物を撃破できれば、今日中に地上へ出られる。


 ラリットさんと打ち合わせながらダンジョンの通路を進む。


「よし! もうすぐボス部屋だな!」


「ラリットさん。ボス戦の前に休憩を入れましょう」


「おっ! そうだな。ここに来て焦っても仕方ねえ。しっかり休んでからボス戦にしよう!」


 通常なら十階層のボスは、ブラッドハウンド。

 ヘルハウンドを大きくした犬型の魔物で、魔物ランクはG。

 俺たちなら問題なく片付けられる。


 しかし、これまでのパターンだと、ボス部屋はイレギュラーボスとでも言うか……。

 通常よりも強い魔物が出現している。

 十階層も強い魔物が出ると思った方が良い。


 俺は不思議に思った事をラリットさんに聞いてみた。


「しかし、なんでボス部屋だけ強い魔物が出るんですかね……」


「あー。そりゃアレだ。ボス部屋っつーのは、ダンジョンの中でも魔力が集中する場所らしい。それでじゃねえかな?」


「へえ。ボス部屋に魔力が……。じゃあ、例の教団地獄の火がダンジョンに魔力を流しているとしたら……」


「その流した魔力がボス部屋に流れ込みやすい。だから強い魔物が出て来るって事じゃねえかな? ほれ。ボス部屋でボス魔物が湧いて出て来るだろう? あれはダンジョン内の魔力が集まって、魔物の形を作っているからだ」


「なるほどね」


 ありそうな話だ。

 何にしろボス戦の前に休んで体調を万全にした方が良い。


 通路の進行方向右側の壁が薄い茶色になっているのに気が付いた。

 あそこは隠し部屋。安全地帯だ。


「そこ壁の色が明るいですね。安全地帯の隠し部屋じゃないですか? そこで休みましょう」


「おう! オメーら休憩だ!」


 ネコ獣人カレンが通路の壁に触れると壁がクルリと回転し、隠し部屋に入れる。

 まず、カレンが隠し部屋に入った。


「ニャ! 何だニャ! オマエら何してるニャ!」


 隠し部屋の中から、カレンの怒鳴り声が聞こえて来た。

 俺たちも急いで隠し部屋に突入する。


「カレン!」


「前衛前へ出ろ! ネコの嬢ちゃんを守れ!」


「「「「「おう!」」」」」


 部屋の中に入ると様子のおかしい五人の男と一人の女性がいた。

 一人は貴族服を着た中年の男性。神経質そうな細身の男だ。

 他四人の男は黒いローブを頭からすっぽりとかぶっていて、顔も良く見えない。

 得体が知れない。


 女性は美しく細身で耳が長い。

 恐らくはエルフ。


 異様なのは、エルフは縄で縛りあげられ、腹に短剣が刺されている事だ。


 短剣の持ち手には黒光りする石が埋め込まれていて、怪しく明滅を繰り返している。

 黒い石が明滅するごとにエルフの女性は苦悶の声を漏らす。


 俺たちは目の前の光景が理解出来ずにいた。

 彼らは何をしているのか?


 エルフを殺害しようとしている?

 いや、それにしては、腹に刺さった短剣を動かそうともしていない。


 それに彼らの格好もダンジョンには不似合い。

 革鎧に剣装備の冒険者スタイルじゃない。


 彼らは『良からぬ事』をしている。

 それだけは、わかった。


 雰囲気に流されずラリットさんが名乗りを上げる。


「俺たちは『力こそ愛』と『ガントチャート』だ! 俺はリーダーのラリット。こいつは、ナオトだ。あんたらここで何をしている?」


「下郎が……。控えよ!」


 貴族服を着た男が、ぴしゃりと命令をした。

 だが、ラリットさんは気にするでもなく、言葉を返す。


「オイ、オイ。ダンジョンの中では貴族も平民もねえ。冒険者として扱って良いってルールを知らんのか? 」


「口を閉じよ!」


「断る! 見た所、エルフ女性を殺害しようとしている? いや、それとも拷問しているのか? どっちにしろダンジョンでは、ご法度だぜ!」


「ふん! 下賤な平民風情が汚らしい舌を回すな! それに……おお! なんと不潔な! 獣人とエルフとは! 亜人連れとは……。空気が穢れる! 嘆かわしい!」


 貴族らしき男は、ネコ獣人のカレンとエルフの姫様アリーに悪態をついた。

 カレンは腰を落とし、腰の短剣を抜いて構える。

 アリーは杖をかざし、魔法を放つ準備を始める。


 そして、ティターン族の長身レイアがズイッと前へ出た。


「オウ! おっさん! 俺はティターン族のレイア様だ! 亜人がどうとか、ご挨拶じゃねえか? ああ! ミンチにするぞ! こらあ!」


「ティターン? ああ、巨人族か。ふん! 亜人風情が高貴なる貴族、選ばれし貴族たる私に口を聞くなど許されぬ無礼だ!」


「テンメエ――」


「レイア、そこまで! カレンも、アリーも待って!」


 俺はさらに前へ出て三人を抑える。

 膝をつき貴族に対する礼をとる。


「ご無礼を大変失礼いたしました。私はエルンスト男爵の三男フォルト様にお仕えするナオトと申します」


 名乗りに本当の事とウソを混ぜた。

 俺はかつてエルンスト男爵の三男フォルト様の奴隷だった。

 だが、フォルト様はダンジョンで亡くなり、俺は奴隷から解放された。

 当然ながら、今はフォルト様にお仕えしていないし、エルンスト男爵家にも仕えていない。


 目の前の彼らとは敵対し、戦う事になる……かもしれない。

 戦うにしろ、ここから立ち去るにしろ、情報が欲しい。

 話しを引き延ばして少しでも情報を引き出したい。


「むっ……エルンスト男爵殿の手の者であるか……」


 貴族服の男がのって来た。

 何を話して良いかわからないが、とにかく何か話すんだ!


「左様でございます。私は主の命により、ここ帝都ピョートルブルグで活動をしております。失礼ですが、主とご面識は?」


「無論ある。エルンスト男爵とは懇意にしている。フォルト殿とは一度お会いした事があるが、ご健勝か?」


「残念ながら……。先日、エルンスト男爵領内のダンジョンでお亡くなりになりました……。私は何とか助けようとフォルト様を連れて地上に戻りましたが、間に合わずに……」


「おお! なんと嘆かわしい! するとそなたは……今はエルンスト男爵に仕えておるのか?」


「左様でございます。フォルト様のご遺言を執行しておるのでございます」


「遺言?」


「わかるでしょう?」


 俺はアリーの方へちらりと目を向けた。

 正直な話し、こいつらが何をやっているのかわからない。


 ただ、亜人差別発言をする貴族だから教団地獄の火のメンバーじゃないか?

 と単純に考えている。


 ならば、俺も教団地獄の火のメンバーだと勘違いさせでやろうと思う。

 あの短剣の刺さっているエルフは、生贄じゃないかと。

 この貴族と思われる男が、アリーを生贄と勘違いしてくれれば、俺を仲間と勘違いしてくれないかな?


 アリーには悪いけれど……。


 俺が内心ドキドキしながら、膝をつき頭を下げた姿勢で言葉を待った。

 貴族服の男はひっかかった。


「ほう。そうであったか……。しかし、ここはもう、見ての通り手筈は整い数日前から実行しているのだ。お前らは不要だぞ」


 ふうん。

 数日前からこの状態なのね。

 そして何かを実行していると……。


 ちらりとラリットさんを見ると、俺の方を見て右手を閉じたり開いたりしている。

 もうちょっと話を引き延ばせって事か?

 了解した。


「はて? おかしいですね? 主からは、このダンジョンの担当はフォルト様だったと聞いておりますが……」


「なに!? そんな事はあるまい! ここの担当は私だ!」


「おかしいですね……。わざわざピョートルブルグまで来たのですが……。恐れ入りますが、お名前をお教えいただけますでしょうか? 帰って主に報告いたしますので……」


 俺が貴族服の男の名を乞うと、男は胸を反らして名乗り出した。


「ふむ。よかろう。私はオルロフ伯爵家のアレクセイ・オルロフ子爵。階位は助祭――」


「お待ちを!」


 階位は助祭――と子爵が言った所で、隣に立っていた黒いローブの男からストップが掛かった。

 情報を抜き取ろうとしていたのが、バレたか?

 俺は下を向いたまま、顔に汗が噴き出るのを感じた。


 だが、こいつがオルロフ伯爵家のアレクセイ・オルロフ子爵である事はわかった。

 階位が助祭と言うのが良く分からないが……。


 黒いローブの男が低い声で俺に詰問して来た。


「ナオトと申されたが、エルンスト男爵にお仕えしていると?」


「左様です。正確には、エルンスト男爵の三男フォルト様にお仕えしておりました。フォルト様がお亡くなりになられたので、そのままエルンスト男爵家にお仕えしています」


 俺は信憑性を持たせるために、ワザと細かく訂正して見せた。

 黒いローブの男は信じてくれるか?


 チラリと見あげてみたが、ローブを深くかぶっていて目元が暗くて見えない。

 男の質問は続く。


「それは先ほど事情を聞いた。このダンジョンの担当と申されたが、間違いないか?」


「はい。詳しい事情は存じ上げませんが、エルンスト男爵からフォルト様の担当がこのダンジョンであったと聞いております」


「むう……そこがおかしい。貴殿は……つまり……その……教団の活動にも奉仕をしていると考えてよろしいのか?」


 教団の活動に奉仕?

 何の事やら……、もうそろそろバレるか?


 引き延ばし、情報を抜き取るのも限界かな……。

 ラリットさんたちをチラリと見ると、広がって攻撃態勢を整えていた。


 ベテランは頼もしいな。

 いざ戦闘になってもちゃんと対応出来るようにしてくれている。


 ラリットさんたちが荒事に対応出来る態勢を取ったので、俺はバレるのを承知でウソを付き通す事を決断する。


「教団地獄の火の教義には賛同しております。主の命で教団の活動に奉仕をさせて頂くのを喜びとしております」


 あえて教団地獄の火と、はっきりと名前を出した。

 違えば男は否定するだろう。


 だが、男は否定しなかった。

 こいつら教団地獄の火でアタリか!


 と言う事は、ここで魔力をダンジョンに流し込んでいるのか?

 このエルフに短剣を刺す行為が?

 その辺りはどうも良く分からない。

 こいつらを捕まえて尋問するか、あの剣の刺さったエルフを助け出して事情を聞くしかない。


 しばらく男は黙っていた。

 そして、予想外な事を口にした。


「ほう。左様か……。それでは合言葉を聞かせてくれ」


 えっ!?

 合言葉があるの!?


 やばい!

 そんなの知らない。


 男は俺を急かす。


「どうした! 合言葉を!」


「存じ上げません。私は主に言われて手伝っているだけですので、合言葉は知りません」


「ほう……知らぬと申すか……曲者だ! こやつらを排除するぞ!」


 黒いローブ姿の男たち四人が一斉に襲い掛かって来た。

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