3-13 異変! 八階層ボス部屋
八階層の探索は順調に進んでいる。
もうすぐボス部屋と言う所で、ネコ獣人カレンが何かに反応した。
「カレン。どうした?」
「ちょっと先の方だけど戦闘しているニャ……」
「他の冒険者パーティーか?」
「たぶん、そうだニャ……先行して来るニャ!」
「頼む」
カレンは軽い足取りでダンジョンの通路を駆けて行った。
赤のダンジョンは初心者向けのダンジョンだから、探索をしている冒険者パーティーは少ない。
潜っているのは初心者冒険者パーティーがほとんどだ。
赤のダンジョンは十階層で、十階層のボスを倒しドロップ品を冒険者ギルドへ持ち帰れば、他のダンジョンに入る許可が下りる。
他のダンジョンのドロップ品の方が、買い取り価格が良い。
だから、赤のダンジョンは初心者冒険者の訓練ダンジョンとしての色合いが強い。
この先で戦闘しているのは俺たちと同じ初心者冒険者パーティーだとは思うが、念の為警戒が必要だ。
先日もめたチンピラ冒険者たちのような奴らもいるからな。
ネコ獣人カレンが、偵察を終えてすぐに帰って来た。
「ニャ! 知っている人だったニャ!」
「知っている人? 誰?」
「名前は知らないニャ! ナオトと初めて会った面接会があったニャ。あの時、隣に座っていたおじさんニャ」
「ラリットさんか!」
「そこを右に曲がればいるニャ」
木製ダンジョンの角を右に曲がると、体格の良い戦士ラリットさんがいた。
プロレスラーのスタン・ハンセンに、少し似ている。
ラリットさんのパーティーは、戦士と剣士だけで構成されている『力で押しまくる編成』だ。
パーティー名は『力こそ愛』だ。
「ラリットさん!」
俺は親しみを込めてラリットさんを呼んだ。
ダンジョンの中で知り合いに会うのは初めてだ。
なんか、嬉しいね!
ラリットさんのパーティーは丁度戦闘が終わった所で、あちこちにブラッディビーツのドロップ品赤カブが散乱していた。
どうやら、相当数打ち倒したらしい。
いや、ラリットさんたちの場合は、殴り倒したか。
「おう! ナオトの兄ちゃんじゃねえか!」
ラリットさんは振り向くとニカッ! と笑った。
俺からラリットさんに近づいて握手をかわす。
ゴツゴツと節くれだった頼もしい手が、力強く握り返して来た。
「ラリットさんの所は、新人さんのトレーニングですか?」
「おうよ! ここは弱い魔物が次々に沸くからな。新人にフォーメーションを叩き込むにはうってつけだ」
ラリットさんのパーティーは、新人が二人入った。
一人は斧を持った戦士、もう一人はゴツイ長剣を持った剣士だ。
ラリットさんを含めて戦士四人のパーティーだったから、戦士五人と剣士一人の編成になった訳だ。
その新人剣士もあの長剣のゴツさからすると、剣で叩き切るタイプのパワー剣士だな。
理屈よりも力だ。
「ナオトの兄ちゃんの所は上手くいっているのか?」
「はい、順調です! コンビネーションが良くなってきました!」
「ガハハ! そいつは良かったじゃねえか!」
ちびっ子魔法使いエマが、ドロップ品の赤カブを拾い集めてラリットさんに差し出す。
「おじちゃん! ボルシチの材料なんだよ!」
「お……、拾ってくれたのか? いや、折角だけど、マジックバックが一杯でな。ドロップ品は放置してる」
「もったいないんだよ! 私のマジックバッグに仕舞っておいてあげるんだよ!」
「おっ! そうか、じゃあお嬢ちゃん頼むわ!」
エマとネコ獣人のカレンがドロップ品を拾い集めエマのマジックバッグに回収した。
ラリットさんのパーティー『力こそ愛』と一緒にダンジョンの通路を歩く。
すぐにボス部屋の入り口、木製のアーチが見えた。
「どうするよ?」
「ラリットさんの方が先行していましたから、お先にどうぞ」
「そうか。じゃあ、先にやらせて貰うわ」
ラリットさんたち六人がボス部屋に足を踏み入れた。
俺たちは部屋の外から見学だ。
長身のカレンはラリットさんたちが、気になるらしい。
「なあ。あのオッサンたち、すげえ重量級揃いだな」
「うん。ラリットさんの所は、『全員が前衛』ってコンセプトのパーティーだからね。前三人が疲れたら、後ろ三人と交代して休む。その繰り返し」
「すげえな! 俺はそう言うの好きだぜ! おい、八階層のボスはどんな魔物なんだ?」
「八階層のボスは、ビッグビーツだね。野菜型の魔物で――」
言いかけた所で、レイアが俺の言葉を途中で遮った。
「あれがか?」
レイアが指さした先は、ボス部屋の中央。
煙が集まりボス魔物が姿を現したのだが……。
「ナオトよ。野菜型の魔物では、ないようじゃぞ」
「ニャ? 熊に見えるニャ」
「ふおお。熊さんなんだよ!」
あれ? ビッグビーツじゃない!
また、情報と違う魔物が出たのか!
ラリットさんたちも戸惑っている。
「オイ! 気を付けろ! こいつはビッグビーツじゃねえ。コイツは――」
「ラリットさん! 関係ねえよ!」
「先手必勝じゃい!」
「待て! オマエら!」
ラリットさんが止めたが、新人二人が熊型のボス魔物に突っ込んだ。
敵の情報が分からないのに無謀だ!
熊型の魔物は全身真っ赤な毛で覆われていて、四つん這い状態だ。
それでも体高はレイアと変わらなく見える。
つまり、四つん這い状態で体高が2メートル……。
デカイ……。
「オラッ!」
「剣のサビにしてやるんじゃい!」
新人二人が間合いを詰めた所で熊型の魔物が立ち上がった。
二本足で立つとさらにデカイな……、四メートルを超えている。
家が動いているようだ。
立ち上がった熊型の魔物が新人二人に右手を振り上げた。
振り上げた右手を無造作に振り抜く。
それだけで新人二人は血まみれで吹っ飛ばされた。
「グボッ!」
「ゲフッ!」
新人二人は壁に激突し血を吐き出し失神した。
二人の革鎧がバックリと割れて、血が噴き出している。
あれは、まずいぞ。
(鑑定!)
一体、あの魔物は何だ?
俺はスキル『鑑定』を発動して熊型の魔物を鑑定した。
-------------------
◆魔物ステータス◆
名前:ファイヤーグリズリー
属性:火
ランク:B
-------------------
鑑定結果に戦慄する。
ランクB?
赤のダンジョンは初心者向けと言われるだけに弱い魔物しか出て来ないはずだ。
ダンジョンを徘徊する魔物は最低のランクH。
ボス魔物はランクEのはず。
五階層のボス戦で突然変異的に出て来たキングペンですら、ランクFだぞ。
それが、八階層のボス戦でランクBだと!
俺は大声でラリットさんに呼び掛けた。
「ラリットさん! そいつはランクBの――」
「ああ! 知っている! ファイヤーグリズリーだ! ちと、厄介だな……」
ラリットさんのパーティーは、一人が新人二人の元へ走り、ラリットさんたち三人が大斧を持ってファイヤーグリズリーを取り囲んだ。
三人じゃ攻撃の手が足りないだろう……。
「ラリットさん! 加勢しますか?」
「頼む!」
俺はパーティーメンバーに指示を出す。
「俺はラリットさんたちの後ろから攻撃する。カレンはいつも通り遊撃。エマがバインドで足を止めて、その隙にアリーは中級風魔法を撃ち込め。レイアはエマとアリーを守れ!」
「「「「了解!」」」」
「よし! 入るぞ!」
ボス部屋の中央にファイヤーグリズリーが仁王立ちをしている。
部屋の左の壁近くに新人二人がぐったりと倒れていて、一人が回復薬『ポーション』を振りかけている。
その前にラリットさんたち三人が壁を作っている。
俺は部屋の左、ラリットさんたちの後ろに滑り込む。
ファイヤーグリズリーはデカイ。
一撃であのゴツイ新人二人を戦闘不能にした。
Bランクだし非常に危険な魔物だ。
だが、デカイと言う事は的もデカイと言う事だ。
弓士の俺にはおあつらえ向きの標的だ。
「パワーショット!」
ラリットさんの後ろからパワーショットを放つ。
空気を切り裂き飛んだ矢は、ファイヤーグリズリーの胴体に吸い込まれた。
「GAAAOOOO!」
ファイヤーグリズリーが、苦悶の唸りを上げる。
「良いぞ! ナオトの兄ちゃん! 続けろ!」
「前は頼みましたよ!」
「あいよ!」
「パワーショット!」
再びのパワーショット。
スキルで強化された射撃がファイヤーグリズリーに着弾する。
ファイヤーグリズリーの赤い目がギロリと俺をにらむ。
恐ろしい。
体がすくみ、腕の動きが固くなる。
ファイヤーグリズリーが四つん這い状態になり、こちらに駆け出して来た。
俺に体当たりするつもりか!
「集中! パワーショット!」
恐ろしさで的を外してしまいそうだ。
スキル『集中』で正確な射撃を担保する。
指先が震えていたが、スキルのお陰で矢は真っ直ぐにファイヤーグリズリーに飛び左足の付け根に着弾した。
だが、ファイヤーグリズリーの突進は止まらない。
「うおおおお! 任せろ!」
「止まれ!」
「行かせるかよ!」
ラリットさんたち三人が雄叫びをあげ、大斧を盾代わりにして突進するファイヤーグリズリーの前に立ちふさがった。
激突する三人と一匹。
自動車事故のような衝突音が響いて、ボス部屋の中に火花が舞い散った。
それだけ三人の斧とファイヤーグリズリーの衝突が凄まじかった証拠だ。
三人がかりでファイヤーグリズリーを止めた!
「兄ちゃん! 撃ち続けろ!」
三人の力業に俺は見とれてしまった。
ラリットさんの檄にハッと我に返り矢をつがえる。
「集中! パワーショット!」
狙いはファイヤーグリズリーの左目だ。
力強い前衛が三人いる。
Bランク魔物の突進を止められる前衛だ。
こっちは落ち着いて矢を射られる。
まずはファイヤーグリズリーの視界を奪ってやる。
俺が放った矢は吸い込まれるようにファイヤーグリズリーの左目に着弾した。
「GAAAOOOO!」
首を激しく振って痛がるファイヤーグリズリー。
次は右目を――。
ゴウッ!
ファイヤーグリズリーが全身から炎を放った。
炎はファイヤーグリズリーの体の周りを覆い、炎の鎧をまとったようだ。
「うお!」
「あちち!」
「床を転がれ! 転がって火を消すんだ!」
前衛が崩れた。
ラリットさんたち三人が、ボス部屋の床を転がって服に着いた火を消そうと躍起になっている。
「くそっ! パワーショット!」
ヤケクソで放った矢はファイヤーグリズリーに着弾したが、強烈な炎の鎧に燃やされてしまった。
着弾する事は着弾したが、あれではダメージが通っていないだろう。
(まずい……)
ファイヤーグリズリーの目が俺を捕らえた。
間違いなくロックオンされている。
俺を守る前衛はいない。
俺は後ずさりする。
俺が一歩引くと、ファイヤーグリズリーが一歩進む。
俺がまた一歩下がると、ファイヤーグリズリーがまた一歩進む。
だが、俺の視界の端に合図をするアリーたちが見えた。
アリーたちは俺と逆側、部屋の右側に飛び込んだ。
レイアが前衛で守り、アリーとエマが後ろで魔法を撃つ布陣だ。
合図が来たと言う事は、中級風魔法の詠唱が終わったのだ。
アリーがエマの肩を叩くとエマが闇魔法を発動した。
「地に巣食う闇の住人よ! 我が敵の動きを封じよ! バインド!」
エマはスキル『必中』持ち。
ゆえにエマの闇魔法は100%発動する。
ダンジョンの床から無数の手が伸びて、ファイヤーグリズリーの巨体を抑えつけた。
ファイヤーグリズリーはもがくが、巨体を縛り付けている手は実体のない闇魔法だ。力で振り払う事は出来ない。
俺は大声で怒鳴る。
「魔法来ます! 伏せて!」
ラリットさんたちは火を消し終わり立ち上がろうとしていた。
俺の声で慌てて床に伏せる。
「疾風よ! 我が敵を貫け! シュトルムティーガー!」
続いてアリーの中級風魔法が発動した。
アリーの杖から強烈な風が渦を巻き、波動とともにファイヤーグリズリーに襲い掛かる。
しかし――。
「なっ! マジか!」
ファイヤーグリズリーは、アリーの風魔法を受けても倒れなかった。
炎の鎧も健在……。
いや、ノーダメージって事はないだろうが……。
中級魔法だぞ!
魔法を放ったアリーやエマ、レイアも驚いた顔をしている。
今までは、この中級風魔法『シュトルムティーガー』で勝負は決まっていたからだ。
俺たちが呆然としている横面を、ラリットさんの大声が張り飛ばした。
「兄ちゃん! ファイヤーグリズリーは、火属性だ! 風魔法は効かねえ! やるなら水属性だ!」
「そうか……! アリー! 水魔法だ!」
「承知じゃ!」
魔法には四属性、火、風、土、水がある。
火は風に強く。水に弱い。
火属性の魔物に風魔法で攻撃しても、あまりダメージは通らない。
火属性の弱点水魔法で攻撃だ。
「ウォーターボール!」
アリーが直ぐに水魔法に切り替え、バレーボール大の青い水球がファイヤーグリズリーに着弾した。
「GAAAOOOO!」
ファイヤーグリズリーが苦しそうに唸る。
「アリー! 効いてるぞ!」
「承知じゃ! ウォーターボール!」
二発目のウォーターボールもファイヤーグリズリーに着弾した。
アリーはウォーターボールを連発し、青い水球が着弾するたびにファイヤーグリズリーは苦しそうに叫んだ。
闇魔法バインドの拘束が解けたファイヤーグリズリーが向きを変えて、アリーたちに突進する。
だが、アリーの前にはレイアが立ちふさがる。
「ようやく俺の出番かよ! 来な! 熊公!」
レイアは鉄槍を真横に構え、正面からファイヤーグリズリーの突進を受け止めた。
ファイヤーグリズリーのまとう炎がレイアの肌を焼き煙が上がる。
「へっ! 効かねえな!」
「GAO!?」
ファイヤーグリズリーに初めて動揺が見えた。
ティターン族のレイアは、スキル『再生』を持っている。
火傷くらいは、すぐに再生されてしまう。
炎によるダメージはゼロだ。
ラリットさんの指示が飛んで来た。
「そのままファイヤーグリズリーを止めておけ! いいか! あと数秒で炎が止まる! そうしたら全員で一斉に攻撃する!」
「炎が止まる?」
「そうだ! ファイヤーグリズリーの炎の鎧は、十五秒間だけだ。その後一分間、炎の鎧は使えねえ! その隙に倒す!」
なるほど。
あの炎の鎧は、有効時間と再使用のインターバルがあるのか。
炎がなければ、俺の攻撃も有効だし、ラリットさんたちも近づける。
「わかりました!」
俺が返事をして、すぐにファイヤーグリズリーの炎の鎧が消えた。
「今だ! 全員突撃!」
ラリットさんの掛け声で、大斧を持った三人がファイヤーグリズリーに突撃した。
俺は三人に当たらないように弓を射る。
「速射! 連射!」
「ウォーターボール!」
「ポイズン!」
アリーとエマも魔法で攻撃をする。
前からはアリーの水魔法。
後ろからラリットさんたちの大斧での攻撃。
ファイヤーグリズリーは目に見えて弱って来た。
ファイヤーグリズリーの圧が弱まった所で、レイアがファイヤーグリズリーを後ろにはね飛ばした。
レイアは迷わず追撃する。
「熊公! 覚悟しな! パワースラッシュ!」
レイアの鉄槍が真上から振り下ろされた。
ファイヤーグリズリーがよろける。
「止めニャ!」
そこへジャンプして回転を加えたネコ獣人カレンの短剣が、ファイヤーグリズリーの後頭部に突き刺さった。
「GAAAOOOO!」
ファイヤーグリズリーは、断末魔を上げて、ドサリとダンジョンの床に倒れた。
煙になって消えたファイヤーグリズリーは、ドロップ品の毛皮を残した。
ラリットさんが深々と息を吐きだす。
「ふう……。まさか、Bランクの魔物が現れるとはな……。ナオトの兄ちゃん、助かったぜ! そのファイヤーグリズリーの毛皮は、そっちで貰ってくれ」
「良いのですか?」
「ああ、ウチだけじゃBランク魔物討伐は無理だった。助太刀の礼だ」
ここで断るのも野暮だろう。
ラリットさんの気持ちは、ありがたく受け取っておこう。
「ありがとうございます。では、ありがたく」
「おう! しっかし、参ったな。こりゃ異常事態ってヤツだな。九階層へ降りてから、地上へ戻ろう」
「そうですね。ギルドへ報告しましょう」
怪我をしたラリットさんのところの新人二人は回復薬『ポーション』で無事回復し、俺たちとラリットさんは、ボス部屋奥の階段から九階層へ降りた。
九階層階段横の木の洞から地上へ戻ろうとラリットさんが木の洞に入ろうとする。
「あれっ?」
ラリットさんの様子がおかしい。
何度も木の洞に、正確には木の洞の中にある黒い空間に体当たりをしている。
「どうしました?」
「入れねえ……」
「えっ!?」
俺も慌てて木の洞に近づき手を伸ばした。
普段なら木の洞に入る事が出来る。そこから地上へ戻るのだ。
だが、木の洞にはガラスが貼られているような感じで、俺が手を伸ばしても何か目に見えない物に弾き返されてしまう。
「入れませんね……」
「だろ!」
その後、一人一人試してみたが、誰も木の洞に入る事が出来なかった。
つまり……。
「俺たちは、ダンジョンに閉じ込められたって事か……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます