第3章 神の使命と追跡者

3-1 ボルシチで顔を洗って出直してくるニャ!

『お……う……』


 何だよ……うるさいな……。

 まだ寝ていたいよ……。


『ま……お……』


 うーん……。

 何だ? 何か聞いた事がある声だな。


『ま……お……う……』


 あ!

 神様の声だ!


『神様! 神様!』


『ま……お……う……さが……せ……』


『神様! 聞こえますか?』


『ま……お……う……が……』


 神様の声は途切れ途切れだ。

 チューニングの合わないラジオのように、ノイズも混ざり何を言っているのか良く分からない。


『神様! 魔王ですか? 魔王が何ですか?』


『ま……お……う……』


『神様! 神様!』


『……』


 目が覚めた!


「はー……夢か……」


 また、神様が夢に出たのか。

 神様とのコミュニケーションは夢の中だが、少しずつ少しずつ神様の言葉が聞こえづらくなっている。


 神様は俺に何を伝えたかったのか?

 魔王か?

 早く魔王を倒せよ! 的な?


 催促、督促の類ですかね……。

 せっかちな神様だ。


 今すぐ俺が魔王を倒すのは難しい。

 俺はステータスが低くて弱い。


 魔王がどれくらい強いのか知らないが、『王』なんて呼ばれているのだからメチャクチャ強いだろう。

 俺が魔王に会ったら秒殺されてしまうよ。


 それに魔王がどこにいて、何をしているのかもわからない。

 いや……そもそも魔王ってこの世界でどんな存在だ?


 魔物の王様?

 それとも悪魔の王様?


「まずはその辺りから調べてみるか……」


 魔王がどこにいるのか?

 魔王とはどんな存在なのか?


 まずは、そこから調べて神様の期待に応えよう。


 幸い『神のルーレット』のお陰で活動資金は潤沢にある。

 パーティーも結成して、連携も良くなった。


 そろそろ神様の依頼を進めよう。


「じゃあ、その為にもやりますか。朝一の……ルーレット! カーム! ヒア!」


 俺は神のルーレットを呼び出した。

 目の前が光り、ルーレット台が姿を現す。


 いつもは『銀貨』が貰える『黒の22番』にベットしている。

 だが……、今日、俺がベットするのは『経験値倍増』になる『赤の9番』だ。


 昨日、初心者向けの『赤のダンジョン』五階層で、フロアボスを撃破した。

 だが、俺のレベルアップはなかった。

 出現したフロアボスは、ワンランク上の強さのキングペン。

 それなのにレベルアップしない。


 これはゲームで言うところの『適正レベルの階層ではない』と言う事だ。

 さっさと階層攻略を進めた方が良い。

 ひょっとしたら初心者向けの『赤のダンジョン』は卒業しても良いかもしれない。


 だが、他のパーティーメンバーは、そこまで強くなっていない。

 俺のレベルは28だけれど、他のパーティーメンバーはレベル7だ。

 もう少しパーティーメンバーが育つのを待たなければいけない。


 なら俺は『経験値倍増』で、少ない経験値でもレベルアップしやすいようにしようと言う訳だ。

 レベルアップ痛が出ても、仲間がいるからフォローして貰えるだろう。


「では、赤の9番!」


 俺はルーレットの赤の9番に白銀に輝くコイン三枚をのせた。

 ルーレットが自動で動き出し、白い球がルーレットの縁を回る。

 白い球が落ちる寸前、俺は白い球を拾い上げ『赤9』のポケットに入れる。

 今日もイカサマである。


 ルーレットが消えて空中に文字が表示された。



《赤の9:経験値倍増 倍率:36倍×36倍×36倍 経験値46656倍》



 今朝も目茶苦茶な倍率だな。

 俺は手を合わせて感謝の気持ちを表す。


「神様ありがとう!」


 さあ、今日は六階層だ!

 宿で朝食を済ませて、注文しておいた昼食をマジックバッグに詰め込む。

 赤のダンジョンがある広場へ向かう。


 街は動き出したばかりだ。

 日本で言うと朝五時か六時くらいだろう。

 この異世界の朝は早い。陽が昇るとみんな働き始める。


 宿から坂道を下ると、大通りへぶつかる。

 大通りの方からティターン族で長身のレイアとネコ獣人カレンが歩いて来た。


「おーす!」


「ニャア!」


「おはよう!」


 俺、長身のレイア、ネコ獣人カレンと横に並んで話しながら歩く。


「昨日は二人ともお疲れ様」


「おう! あの鳥野郎手強かったな!」


「ニャニャ! とにかくタフだったにゃあ」


 話しは自然と昨日のボス戦『キングペン』になる。


「二人とも凄かったよね。レイアはキングペンの体当たりをガッチリ受け止めていたし、カレンは何度も背後を取って攻撃したよね」


「おっ! わかってんじゃねーか! 俺様の活躍をよ!」


「ニャ!」


 三人で話が盛り上がっていると、俺の隣に豪華な箱馬車が停まった。

 窓から姫様アリーが顔を出した。


「なんじゃ? 歩いて行くのかえ? 三人とも馬車には乗らぬのか?」


「……アリー。庶民は、馬車に、乗らない」


「そうだぜ……」


「にゃあ……」


 俺たち三人の生暖かい視線を受けて、アリーは慌てて馬車から降りた。


「そ! そうであったか! ならば歩くとするかのう」


 姫様アリーが合流して、四人で広場へ向かう。

 昨日のボス戦でアリーはMP切れを起こして失神した。

 心配していたが顔色はすっかり良くなっている。


「アリー、MP切れは大丈夫?」


「うむ。一晩寝たらすっかり回復したぞ。心配無用じゃ」


「アリーの最後の魔法は凄かったぜ! なあ、カレン!」


「そうニャ! ドカーンと大きな穴が開いたニャ!」


 ワイワイと話していたら、もう広場だ。

 広場に面した『シャルロッタ魔道具店』の裏口をノックする。

 ここが、ちびっ子魔法使いエマの実家だ。


「おはようございます! ナオトです! エマさんは、いますか?」


 ノックをして外から呼びかけると、中でドタドタと賑やかな音がした。

 ドアが開いてちびっ子魔法使いのエマが飛び出してくる。


「おっはよー! なんだよ! 行って来まーす! なんだよ!」


 家の中からエマの家族が総出で見送っていた。


「エマ! がんばりなさい!」

「まあ、まあ、みなさんエマをよろしくお願いしますね!」

「エマ! 気を付けてね!」

「エマがんばる! なんだよ!」

「なんだよ!」

「なんだよ!」

「なんだよ!」


 お父さん、お母さん、おばあちゃん、お姉さん、総出でお見送りだ。

 大家族って良いな。


 広場で簡単にミーティングを行い、すぐに『赤のダンジョン』に入る。

 今日から六階層だ。


 六階層の魔物はホワイトシープ。

 羊型の魔物でHランク。攻撃は体当たりだけの弱い魔物だ。

 ただし、二匹で現れてすぐに仲間を呼ぶ。


 さっさと片付けないと延々と仲間を呼ばれてしまい戦闘が終わらない。

 会敵、即戦闘、即撃滅が対処法だ。


「こっちだニャ」


 ネコ獣人カレンが地図を見ながらダンジョン内を先行する。

 濃い茶色の木材で出来た床と壁、歩くとギシギシと音がする。

 五分程進んだ所でネコ獣人カレンの耳がピクピクと動いた。


「そこの角を曲がった所に、魔物がいるニャ……」


 カレンが小声で状況を伝える。

 俺は即座に指示を出す。


「よし! さっきの打ち合わせ通りに、レイアが先頭で突っ込め! カレンは後方注意!」


「任せろ!」


「わかったニャ!」


 長身のレイアを先頭にした六階層用のフォーメーションに変更する。


  レ

 ア エ 俺

  カ


 戦士で鉄槍を持ったレイアが先頭だ。

 その後ろを左から魔法使いのアリー。

 中央に闇魔法使いのエマ。

 右に弓士の俺。

 盗賊で索敵・遊撃役のカレンは最後尾で後方を警戒する。


「よっしゃ! 行くぜ!」


 通路の角を曲がると長身のレイアが一気にダッシュした。

 俺たちもレイアに続く。


 二十メートル先に羊型の魔物ホワイトシープが二匹見えた。

 普通の羊と見た目は変わらないが、目つきが異様に悪い。


 この距離なら弓が届く!

 俺はエマに指示を出す。


「エマ! 魔法で拘束しろ!」


「地に巣食う闇の住人よ! 我が敵の動きを封じよ! バインド!」


 エマはスキル『必中』と『先制』を持つ。

 絶対に外れず、魔法を敵に先制して放てる。


 闇魔法バインドが、向かって右側のホワイトシープに発動した。

 ダンジョンの床から無数の黒い手が伸びホワイトシープの動きを封じた。


 よし! 俺の番だ!

 床に片膝をつき安定した姿勢で弓を構え、つがえた矢にスキル『パワーショット』をのせ威力をアップする。


「パワーショット!」


 俺の放った矢は真っ直ぐに右側のホワイトシープへ飛んだ。

 エマの闇魔法バインドで拘束されたホワイトシープは、俺の矢を避けられない。


「メエー!」


 矢が当たる寸前、ホワイトシープは一声鳴いた。

 パワーショットが胴体に着弾し、煙になり消えた。


 仲間を呼んだか?


「オラ! くたばりやがれ!」


 カレンは走りながら鉄槍を振りかぶった。

 そのままの勢いで左のホワイトシープへ鉄槍を振り下ろし一撃で倒した。


 二匹を倒したと思った瞬間、後方からカレンが声を上げた。


「ニャー! 仲間が来たニャ!」


 俺たちの後ろからホワイトシープが二匹現れた。

 チッ! やはりさっきの鳴き声は、仲間を呼ぶ声か。


 俺は少し焦ったが、姫様アリーが落ち着いて行動した。


「任せよ! 火よ! 我が敵を撃て! ファイヤーボール!」


 姫様アリーが右手で杖を振ると火球が勢いよく飛び出した。

 後方から走り迫る一匹のホワイトシープに着弾した。

 ホワイトシープは炎に包まれ、すぐに煙になり消えた。


「残りはいただくニャ!」


 ジャンプ一番、ネコ獣人カレンが両手で短剣持ちながら回転し、最後のホワイトシープを斬り付けた。

 回転を利用し体重を乗せた一撃がホワイトシープの背中に決まった。


 ホワイトシープは煙になって消え、ネコ獣人カレンは華麗に着地すると同時に吠えた。


「ボルシチで顔を洗って出直してくるニャ!」


 そいつは目にしみそうだな。

 戦闘は終了した。

 六階層でも問題はなさそうだ。


「よしっ! この調子で……グウ……」


 来たレベルアップ痛だ!

 俺は必死に痛みをこらえる。

 ダンジョンの壁に寄りかかり、倒れないようにしながら周囲を警戒する。


 だが……、レベルアップ痛に苦しんでいたのは、俺だけじゃない。

 パーティーメンバー全員がレベルアップ痛に苦しんでいた。


 なんでだ!?

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