2-25 五階層のフロアボス・キングペン戦

 俺たちは、赤のダンジョン五階層で快進撃を続けている。

 戦い方のバリエーションも色々と試してみた。


 魔法使いの姫様アリーとちびっ子魔法使いエマのMPが切れた状態での戦い方。

 俺の矢が尽きた場合の戦い方。

 ダンジョン通路の角を曲がって急に魔物と遭遇した場合の戦い方。


 戦闘前に俺が戦い方を説明して、戦闘後に簡単な反省会をする。

 これを繰り返すうちに俺の目指す形『PDCA』がパーティーメンバーに浸透し、一つのルーティンが出来上がって来た。


 PDCAと言うのは、プラン、ドウ、チェック、アクションの頭文字をとったビジネス用語だ。

 

 P:戦闘計画を立てる。

 D:実際に戦闘を行う。

 C:戦闘を振り返り評価を行う。

 A:戦闘の改善を行う。


 前世日本の職場で上司に教わった知識だが思わぬところで役に立った。


「カレン、距離が近けえぞ。前に出るなら俺の槍が届かない範囲で頼むぜ」


「ニャ! 了解!」


 前衛をワントップで守る長身のレイアと遊撃のネコ獣人カレンが打ち合わせている。

 後衛の俺、姫様アリー、ちびっ子魔法使いエマもドロップ品のコーヒー豆を拾いながらコミュニケーションを取る。


「なあ、ナオト。水魔法も試してみたいが、どうか?」


「ペンは水属性だから水魔法は効きが悪い。アリーの水魔法は、次の階層からにしてくれ」


「もうちょっと遠くてもバインドが使えるんだよ!」


「遠いと俺の矢が届かない。エマがバインドを仕掛けるのは、今の距離で頼む」


「わかったんだよ!」


 こんな感じでパーティー内のコミュニケーションが良くなって来た。

 その効果もあって十四戦全勝だ。

 二時間ほどでボス部屋のすぐ近くまでたどり着いた。


 ダンジョンの壁の色が黄色っぽい明るい木目に変わっている。

 ここは隠し部屋だな。安全地帯だ。

 ボス部屋はすぐそこ、入り口が目視できる。


「この隠し部屋で休憩しよう。お昼ご飯を食べよう」


 隠し部屋に入って食事の支度を始めると、どこからともなくアリーの執事とメイド隊が現れてアリーの世話を始めた。


「あいつら……どこに隠れているんだ?」


「ニャア……私も気が付かなかった……」


 ネコ獣人カレンの索敵をかいくぐるって……。

 隠密系のスキルでも持っているのか?


 食事が終わると執事とメイド隊は、どこかに消えてしまった。

 食後の昼寝をしてから、ボス戦へ向けたミーティングを行う。


「五階層のボスは、ビッグペンだ。ペンギン型の魔物ペンの大型種で、属性は水。水魔法はあまり効かない」


 魔法使いの姫様アリーを見る。

 アリーは顎に手を当てて、考えている。


 俺は魔法の事は勉強不足で良く分からない。

 どの魔法を選択するのかは、アリーにお任せだ。


「ふむ……。あいわかった……」


 アリーから視線をみんなに戻す。


「出現するのはビッグペン一匹だけだが、HPが高い。攻撃パターンは、ペンと同じだ。攻撃力はそれほど高くない」


 ビッグペンはHPが高いので、ソロや二人の新人パーティーではHPが削り切れない。

 ある程度人数を揃えたパーティーで、チームワーク良く戦わないと撤退に追い込まれるそうだ。


 今後このパーティーメンバーで活動を行うのが、良いか悪いか?

 この五階層のフロアボス『ビッグペン戦』が一つの分水嶺になる。


 もし撤退に追い込まれるならメンバー変更を検討するし、戦いぶりが良ければダンジョン攻略をドンドン進める。


 前衛のレイアが思慮深い顔で発言する。

 レイアも今日の戦いで、大分成長をしたと思う。


「じゃあ、あの鳥野郎みたいに腹で滑って体当たり。そして、くちばしで突いて来るのか? 俺は今までと同じく待ち構えれば良いか?」


「いや、今度はビッグペンが現れたら思いっきり距離を詰めてくれ。ビッグペンは体がデカイ。滑り込み体当たりを食らうとダメージが心配だ。前へ出て距離をつぶして、滑り込みが出来ないようにしてくれ」


「ああ。わかった! 俺は前に出るのが得意だからな!」


「じゃあ、続けるぞ……」


 俺たちは入念にボス戦へ向けて打ち合わせてからボス部屋に向かった。



 ボス部屋の入り口、木製のアーチをくぐり部屋に踏み込む。

 だだっ広い空間には何もない。


「行くぞ!」


 俺の掛け声と同時に部屋の中央へ向け五人で駆け出す。

 部屋の中央に煙が集まり五階層のフロアボス『ビッグペン』が現れた。


(聞いていたより一回りデカイな……)


 ビッグペンは身長2メートルのペンギン型の魔物と冒険者ギルドで聞いたていた。

 しかし、俺たちの前に現れたのは、2メートル50センチ……。


 長身のレイアより頭二つ分背が高い。

 ズングリした体形で胴回りは太い。


 俺は足を止めて射撃体勢に入る。

 ちびっ子魔法使いエマに指示を出す。


「エマ!」


「バインド!」


 俺が指示を出すとほぼ同時にエマが闇魔法『バインド』を唱えた。

 エマのスキルは『先制』かつ『必中』!


 魔物ビッグペンはエマの闇魔法から逃れる事は出来ない。

 床から伸びた黒い手がガッチリとビッグペンの巨体をつかんだ。


「グエッ!?」


 登場と同時に動きを封じられたビッグペンは、うめき声を上げた。

 俺の右でエマがドヤ顔をする。


「先制は正義なんだよ!」


 おっしゃる通りです。

 そして、射撃のチャンス!


 俺とビッグペンとの距離は20メートル。

 このオープニングショットは絶対外せない!


 最初の一発を当てれば、パーティーの士気が上がる。

 だが、外せば士気が下がる。


「集中! パワーショット!」


 俺は立ったまま矢を放つ。

 スキル『集中』と『パワーショット』で、高精度かつ高威力になった矢がビッグペンの胴体に吸い込まれる。


「グエエエ!」


「良くやった! ナオト! 効いている! もう一丁だ!」


 ビッグペンへ向け全力で走り込むレイアから檄が飛ぶ。


 エマの闇魔法『バインド』の有効時間は五秒だ。


 魔法発動から五秒間敵を抑え込み、その後三十秒『バインド』は使えない。

 ゲームなんかだとリキャストタイムとか、待機時間って言うヤツが三十秒って事だ。


 この数字はこれまでの戦いで検証した結果だ。

 オープニングの五秒間に遠距離攻撃可能な俺がどれだけダメージを叩き込めるかが序盤のポイントになる。


「パワーショット!」


 二発目のパワーショットも命中!

 エマが甲高い声を上げた。


「あと二秒なんだよ!」


「パワーショット!」


 三発目のパワーショットが着弾した所でエマの闇魔法『バインド』の有効時間が過ぎた。

 ビッグペンが動き出す。


 高威力のパワーショットが三発着弾!

 出だしは悪くないぞ!


 俺たちはビッグペンを囲む様に布陣した。

 ビッグペンの正面、一番近い位置に長身のレイアが陣取り、大きく槍を振りかぶる。


「俺がティターン族のレイアだ! 覚えとけ! この野郎! パワースラッシュ!」


 レイアは、スキル『パワースラッシュ』を使って、鉄槍を真上から振り下ろした。

 ビッグペンの額に強烈な一撃が入り、ビッグペンが悲鳴を上げる。


「グエエエ!」


 痛がるビッグペンの背後からネコ獣人のカレンが跳躍した。

 短めの剣を両手持して空中でグルっと前方回転する。


「ニャッ! 食らえ!」


 跳躍と回転の勢いごとビッグペンの後頭部に短剣を突き刺した。

 スキル『短剣術』とネコ獣人の高い身体能力の合わせ技か……。

 もう、あれだけで立派な一つのスキルだろう。


 レイアとの前後のコンビネーションも見事だった。


 レイアが前方から強烈な攻撃を繰り出し、ビッグペンの意識が前に向く。

 その隙に遊撃役のカレンがスピードを生かして一気に回り込み、ビッグペンの背後を突く。


 ここまで戦闘プラン通りだ。


 深々と刺さった短剣を引き抜いて、ビッグペンの頭からレイアが飛び降りる。

 床の上でクルリと回って落下の衝撃を逃がし、走って俺の横に来た。


「ニャニャニャ! 物凄い手応えだったけれど、倒れないね?」


「相手はHPが高いからな。今の感じで攻撃続行してくれ!」


「ニャ! 了解!」


 カレンはスケート選手みたいな滑らかな動きで俺の横から消えた。

 また背後を狙うつもりだ。


(ゲームみたいに敵の残りHPがわからないかな?)


 ペンは一撃でケリがつく相手だったが、ビッグペンはHPが多い。

 あとどれ位攻撃をすれば倒せるのか?

 それが分かれば指示を出しやすい。


 俺はスキル『鑑定』を試してみる事にした。

 確かスクロール屋のパベルさんは、魔物も鑑定できると言っていた気がする。


(『鑑定』!)


 鑑定結果が出た。



 -------------------


 ◆魔物ステータス◆


 名前:キングペン

 属性:水

 ランク:F


 -------------------



 人物鑑定と魔物鑑定は別枠なのか?

 情報量が少ない。


「チッ!」


 情報の少なさに思わず舌打ちする。

 と同時に……。

 鑑定結果に違和感が……。


「名前が……キングペン!? ランクがF!?」


 おかしい!

 冒険者ギルドで調べた時は、赤のダンジョン五階層のフロアボスは『ビッグ』ペンだった。

 だが、鑑定結果は『キング』ペンになっている。


 それにランクも違う。

 魔物にもランクがあり一番弱い魔物がH、一番強い魔物がSだ。


 ペンはHランク。

 ビッグペンはGランクのはずだ。


 だが、鑑定結果によると目の前にいるキングペンはFランク……。

 ビッグペンよりもワンランク上の強敵だ!


 俺は大声で叫んだ。


「気を付けろ! そいつはキングペンだ! 1ランク上の強い魔物だ!」

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