2-13 五階層と採用祭りの準備

 マジックバッグを買ってから、三日が過ぎた。

 いや~これは良い。


 矢筒だけ背中にしょって、後の荷物は全てベルトポーチ型のマジックバッグに仕舞っている。

 とにかく動きやすい!


 袋に詰め込んだ銀貨も両替屋に持ち込んで大金貨や金貨に交換して貰った。

 重量軽減の魔法が掛かっているので、全然重くない。


 この買い物は大正解だった!


 神のルーレットは、『黒の22:銀貨』に三枚賭けして、資金獲得に充てている。

 もうしばらく『経験値倍増』は自重だ。


 あの『レベルアップ痛』は、ハンパなく痛いからね。

 正直、動けない。一人の時にレベルアップ痛は危険過ぎる。


 早く仲間を増やそう。

 レベルアップ痛で俺が動けなくなっても、仲間にガードして貰える体制を作らなければ。


 赤のダンジョンは、5階層に突入した。

 ここからは魔物が二匹グループで出て来る。


 冒険者ギルドで買った5階層の地図を見るが、だんだんルートが複雑になって来た。


「中央の通路を進んで左に曲がって……そこから右に曲がり……時計回りに右、右か……」



 中央の通路を真っ直ぐ進む。

 木製の床はギシギシと音を立てる。


(いたな……)


 スキル『遠見』で強化された目が、魔物を捉えた。

 100メートル先の角から、鳥型……と言うか……ペンギン型の魔物が2匹出て来た。


 ペンギン型の魔物『ペン』だ。

 ヨタヨタと二足歩行をしている。


 こちらに曲がった。

 しばらく待てば接敵する。


 俺は膝立ちになり『ペン』が近づくのを待った。

 ペンはヨタヨタ歩きで、なかなか近づいてこない。


 だが……冒険者ギルド図書室の資料によると、ターゲットを認識すると動きが早くなるらしい。


 早い動きで一気に距離をつめて、嘴で攻撃を仕掛けて来る。

 油断大敵の魔物だ。


 あと……50メートル……。


 まだ、ペンの動きは遅い。

 こちらに気が付いていない様だ。


 残り……40メートル……。


 ん? こちらに気が付いたのか?

 一瞬立ち止まった後、歩くスピードが速くなった。


 30メートルに接近……。


(!)


 ペンが床にダイブしたと思ったら、腹ばいの姿勢で急加速した。

 床を腹で滑って接近して来る!


 これかよ!

 図書室の資料には、『床を滑って加速する』なんて書いてなかったぞ!


 距離25メートルを超えた。


(速射! 連射!)


 俺はスキル『速射』と『連射』で、素早い二連射を放つ。


 右のペンにヒット!

 右のペンは消えた。

 だが、左は外した……。


 床を滑って高速移動するペンに、立った状態では照準がつけづらい。

 斜め下に打ち下ろすので、的と矢がすれ一直線にならないのだ。


 まずい!

 ペンの速度が上がってる!

 もう、15メートルを切ってる。


(速射! 集中!)


 スキル『集中』が発動して、照準の『◎』が見えた。

 だが、床を高速で迫るペンに照準を正確に合わせられるか?


 俺はとっさに床に横向きで倒れ込んだ。

 こうすれば射線上にペンを捉えられる。



 高速で接近するペンの顔面にスキル『集中』の照準『◎』を合わす。

 そしてスキル『速射』を発動する。


「速射!」


 弓から放たれた矢は床すれすれの低空を飛び正面からペンを捉えた。

 ペンの眉間に矢が突き刺さる。


 ガクリとペンの頭が下がり、ペンが煙になった。

 ドロップ品は『コーヒー豆』。

 小さな麻の巾着袋に入ったコーヒー豆だ。


 買い取り額は200ラルク。

 なぜペンギン型の魔物から、コーヒー豆がドロップするのか?

 不思議だが考えない事にしよう。


 それよりも……。


「うわっ! 今のはヒヤッとした!」


 ペンの動きが早かった。

 的が小さく床を滑って近づいて来るので、ヒットさせるのが難しい。

 連射では射撃精度が落ちる。


 最後は床に倒れ込んで、正面から矢を打ち込んだが……。


 床に倒れてしまえば、俺は無防備だ。

 起き上がるにも時間がかかる。

 後ろから攻撃される可能性もあるダンジョンでは、非常に危険な体勢と言える。


(ソロで弓士だと、この階層が限界かもな……)


 もしも剣士や戦士なら事情は違うだろう。

 ペンが接近して来たら一体を盾で受け止め、弾き飛ばし、もう一体を剣や斧で仕留める。


 だが、弓士の俺は接近されれば不利だ。

 ステータスは軒並み『H』で基本性能が低い。

 さらに接近戦向きの『スキル』は実装していない。

 俺は遠い間合いで決着をつけなくてはならないのだ。


(パーティーメンバーを増やさないと……特に前衛職が欲しい……)



 俺が遠い間合いで戦うのがマストなら、俺に敵を近づけない仲間がいれば良い。

 俺の前に立って敵を受け止め弾き返す前衛……盾役が必要だ。


 俺は探索を切り上げて冒険者ギルドへ向かった。



 帝都冒険者ギルドは相変わらず人が多い。

 元日本人で東京育ちの俺は、これ位人が多い方が落ち着く。


 冒険者ギルドの緑カウンターで、ワーリャさんと面談する。

 

「パーティーメンバーの応募はありましたか?」


 ワーリャさんは、眉をへの字にして申し訳なさそうにした。


「ごめんね……。応募はないです……」


「うーん。俺って不人気なんですかね……」


 ここ帝都ピョートルブルグの冒険者ギルドは、活動している冒険者が非常に多い。

 首都だから国中から人が集まるし、外国からも人が来る。

 帝都自体も人口が多いので、帝都出身の冒険者も沢山いる。


 パーティーメンバーの募集をかければ、即日埋まる事も珍しくない。

 現に一緒にリーダー研修を受けた人たちは、もうメンバーを見つけている。


 俺みたいに新人冒険者で、まだ13才のガキがリーダーじゃ不安を覚える人も多いのだろう。

 中身はしっかりした『おっさん』なんだがな……。


「それじゃあ、『冒険者祭り』で募集してみない?」


「冒険者祭り?」


 冒険者祭りとは何だろう?

 ワーリャさんの提案を聞いてみた。

 なんでも、あさってから『冒険者祭り』と言うのが開催されるらしい。

 場所はこの冒険者ギルドだ。


 どうやら『冒険者祭り』は、現代日本で言うところの『人材マッチングイベント』だ。

 つまりは『冒険者採用祭り』って事か。


「冒険者祭りに合わせて、この冒険者ギルドにやってくる人も多いですよ。入場は無料。冒険者の募集をするパーティーリーダーの参加費は、5万ラルクです。期間は一日だけなので、ここで募集をかけてみてはいかがですか?」


「冒険者祭りね……」


 悪くない気がする。

 今は掲示板にパーティーメンバー募集の張り紙をしているけれど、応募がない。

 パーティー加入を希望する冒険者に会えない状況だ。


 マッチングイベントなら、何人かと話し位は出来るかもしれない。

 そこから俺のパーティー加入に繋がる可能性も……微レ存?


「参加します! 5万ラルクですね。お支払いします!」


「ありがとうございます。それでは、この用紙に記入をお願いします」


 ワーリャさんは、きれいな紙を取り出して来た。

 いつも冒険者ギルドで買っているダンジョンの地図はボロイ紙なのだが、5万ラルクの有料イベントだと紙の質も上等になるのか。


「まず最初に一番上にリーダーの名前とパーティー名を書いて下さい」


「パーティー名は、つけてないです」


「じゃあ、ナオトさんの名前だけ」


 真っ白な紙の一番上に、羽ペンに青インクで『リーダー ナオト・サナダ』と大きめの字で書く。

 もちろんこの世界の文字でだ。


「その下にアピールポイントを書いて下さい。ここ! 大事ですよ!」


「アピールポイント?」


「当日は相談コーナーを開設します。私たちギルドスタッフが、パーティー加入希望の冒険者から相談を受けます」


「ふんふん」


「その時、私たちが参考にするのが、この用紙です。相談コーナーの裏に置かれていて、相談者の希望を聞いたら裏に戻ってこの用紙の束を見ます」


 なるほどね。

 人力のマッチングデータベース。

 人力求人システムって訳だ。


「それならこの用紙に書く内容は重要ですね!」


「そう! でもですね! 私たちも当日は忙しいから、全文を読む時間はありません」


「まあ、来場者が多ければ……忙しいし仕方ないですよね」


「そこで、アピールポイントをざっと見て、相談者さんに合いそうなパーティーを紹介するのです」


「なるほどね。だからアピールポイントが大事なのか」


 そこまではわかった。

 しかし、俺は前世日本で採用に関わった事はない。


 更にこの世界に転生して日が浅いし、冒険者としては駆け出し……。

 どんなアピールをすれば良いかわからない。


「うーん……。アピールポイントと言っても、何をアピールすれば良いやら……」


 お金あります。


 うん。

 却下。


 そんな事を書いたら、トラブルになる事間違いなしだ。


「それでは私の方で記入します。いくつか質問するのでお答え下さい。女性のメンバーは、どうですか?」


 女性メンバー?

 特に抵抗はない。

 と言うより前世では職場に女性がいるのは当たり前だった。


「問題ないですよ」


「じゃあ、『女性歓迎』っと……」


 ワーリャさんは用紙に大きめの字で『女性歓迎』と記入した。


「それから……獣人とか……人間以外の種族はどうですか?」


 獣人?

 むしろ望む所だ。

 尻尾や耳をモフらして欲しい。


「問題ないですよ」


「じゃあ、『種族不問』っと……」


 何だろうね?

 女性歓迎や種族不問がアピールポイントになるって事は、この世界の冒険者は女性や人間以外の種族を嫌がるのか?


「女性や獣人は敬遠されがちですか?」


「そうですね~。やはり男性の方が力が強いので、戦闘に向いていますからね。冒険者の世界では、男性の方が歓迎されます。獣人は戦闘力が高いのですが……人によっては敬遠されますね」


「ふうん」


 異種族に対しての苦手意識?

 いや、差別とかがあるのか?

 まあ、俺は気にしないけど。


「新人冒険者はどうですか?」


「問題ないですよ。一緒にがんばりたいです」


「『新人歓迎』っと……」


 たぶんワーリャさんは、他のパーティーが敬遠する人材を呼び込もうとしている。

 悪くない作戦だ。

 他のパーティーが敬遠する冒険者でも、良い人材がいるかもしれない。


「あとは……うーん、ナオトさんってご予算をお持ちの方ですかね?」


 うん?

 これは『あなたはお金を持っていますか?』って聞いてるよな。

 注意して回答しよう。


「多少は活動資金に余裕がありますが……」


「それなら『食事支給』とか『経費負担』にすると人が集まりやすいですよ」


「ああ! リーダー研修でやりましたね!」


 冒険者はパーティーというグループを作ってダンジョンに潜る。

 そして魔物を倒しドロップ品を持ち帰り冒険者ギルドで売却する。


 このドロップ品を売却したお金を『どう分配するか?』でもめる事があるらしい。

 そこでリーダー研修では、パーティー内での『分配』について講義がある。


 一番わかりやすくてもめないのが、『山分け』だ。


 例えば一日ダンジョンに潜って、1万ラルク分のドロップ品を獲得したとする。

 メンバーが五人なら、一人2千ラルクづつ等分に『山分け』で分配する。


 この『山分け』分配を採用するパーティーが一番多い。

 俺も『山分け』で掲示板に募集張り紙を出している。


 だが、他の分配方法もある。

 例えば50%をリーダーの取り分にして、残り50%を他のメンバーで等分する。

 その代わりダンジョン探索に関わる経費はリーダー負担にする。


 この方法はリーダーに経営手腕があると上手く行くそうだ。

 リーダーは儲かるし、パーティーメンバーも経費を気にしなくて良いので気が楽らしい。


 ただし、どこからどこまでを経費にするか取り決めが難しい。


 例えば、スクロールを購入する時は、個人で買うのか、経費としてパーティーとして買うのか。

 そう言った細かい取り決めが必要になる。


 その取り決めによってリーダーの取り分は50%が妥当か、それとも60%にしないと赤字なのか……。

 色々と計算が必要になり、ちょっと面倒だ。


「うーん。『食事支給』と『経費負担』……。やりましょうか?」


 現状『山分け』で募集をかけているが、結果が出ていない。

 それなら違う方法を試してみたい。


「良いと思いますよ。若い冒険者は、ありがたがります」


 なら、やろう!

 でも、そうなると問題は……。


「問題は分配の比率ですよね……」


「そうですね……『食事支給』と『経費負担』の両方やるなら60%をリーダーでも……」


「うーん。けど俺が若いから、不人気だから人が集まらない訳でしょう。最初は赤字でも比率は、もうちょっと……」


「それなら……」


 こうして俺とワーリャさんは、冒険者祭りでパーティーメンバーを獲得すべく相談を続けた。

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