2-7 スクロール屋

 冒険者ギルドを出てスクロール屋に向かう。

 受付カウンターのワーリャさん推薦の店だ。


 冒険者ギルドを出て五分ほど歩く。

 大通りから一本入った公園のそばにスクロール屋があった。


 白い壁に青い屋根の三階建てのお店だ。

 小さな木製の看板が店先にぶら下がっている。



『スクロール取り扱い・パベルの店』



 木製のドアを開けて店に入る。

 店内は窓が多いのか、日差しが入って明るい。

 あちこちにスクロールが置いてあるが、整理され、店内はきれいだ。

 俺は好印象を持った。


「いらっしゃいませ」


 店の奥にこじんまりとしたカウンターがあり、カウンターの中から店主らしき人物が挨拶をして来た。


 四十代、細身の男性。

 眼鏡をかけ、髪を綺麗に横分けしている。


 糊のきいた白いシャツとグレーのスラックスで清潔感がある。

 商人と言うよりは、小ぎれいな学者って雰囲気だな。


「冒険者ギルドのワーリャさんから紹介をされた者です。ナオトです。よろしくお願いします」


「これは丁寧なご挨拶を、ありがとうございます。店主のパベルです」


 パベルさんはニコリと愛想よく微笑んだ。


「あの……私は冒険者になりたてなのですが、ワーリャさんからこちらで相談に乗って貰えと言われまして」


 パベルさんの顔がキリっとしまった。

 お仕事モードの顔かな。


「なるほど。ジョブは何でしょうか?」


「弓士です」


「ほお! 弓士ですか! それは、お金のかかるジョブを選ばれましたね」


「えっ!? 弓士はお金がかかるのですか?」


 そんな説明は受けていない!

 やっぱノンゴロドの冒険者ギルドはダメだな!


「はい。まず矢が消耗品です。矢を買い足すのにお金がかかります。それからスクロールですね」


 矢が消耗品と言うのはわかる気がする。

 しかしスクロールはわからない。


「スクロール? 弓士のスクロールでしたら、もう使用しましたよ」


「ジョブのスクロールとは別にスキルを得る為にスクロールを使うのです。ご自身のジョブと相性の良いスキルを増やして、ご自身を強化する訳です」


「ふむふむ……」


「例えば、ジョブが剣士だったらスキル『スラッシュ』がおススメです。斬撃を強化するので、戦闘力がアップします。初心者なら『剣士』に『スラッシュ』を付けておけば、まず困る事はありません。スキル『スラッシュ』のスクロールを買えば、十分活動出来る訳です」


「なるほど」


「ところが弓士は関連スキルが多いのですよ。ジョブ『弓士』と初期スキル『弓術』だけでは、すぐ物足りなくなります。しかし、スクロールでスキルを強化しようにも選択肢が多いのです。それでお金がかかるジョブになり敬遠されがちです」


「そういう事ですか……」


 いわゆるバニラじゃダメって事か……。

 俺が考え込んでいるとパベルさんがフォローを入れて来た。


「逆に言えば、弓士はそれだけ伸びしろのあるジョブです。熟練の弓士になると遠距離から魔物の急所を一撃で穿ち倒してしまいます。遠距離からの一撃必倒! これは戦士、剣士には、出来ない芸当ですよ」


「それはカッコイイですね!」


 異世界スナイパーか!

 うん、俺の目指すべき方向が決まった!


「パベルさん。多少の予算はありますので、弓士にオススメのスキルを見繕って貰えますか?」


「かしこまりました! お任せください!」


 パベルさんは、顎に指を当てて考えてはスクロールを取り出し、また考えてはスクロールを取り出した。

 そうか……スクロール屋は、こうやってスキルをコーディネートする職業な訳か。


「お待たせしました! こちらのスクロールはいかがでしょう?」


 カウンターにパベルさんが選んだスクロールが並べられた。

 どれも羊皮紙で出来ていてクルリと丸められている。

 リボンの色はまちまちだ。


「まずこちらの銅リボンのスクロールです。スキル『速射』、『連射』、『パワーショット』です」


 パベルさんは、銅色の輝くリボンが巻いてあるスクロールから説明を始めた。



 速射:矢を打ち出すスピードが速くなるスキル。

 連射:二連続で矢を打ち出す事が可能になるスキル。

 パワーショット:矢を打ち出す力が増すスキル。



「『速射』と『連射』は相性の良いスキルです。弓は矢筒から矢を抜いて、弓を引き絞り、標的を定めてから矢を放ちます。速射はこれを一動作で完結させ得ます。これに連射が加わる事で、通常の倍以上の矢数を敵に浴びせる事が可能です」


「おおお! 矢の雨を降らすのですね!」


「そう言う事です。それから『パワーショット』もナオトさんにはオススメですね。ナオトさんはまだ新人ですし、お若いですからあまり力がないでしょう? 『パワーショット』は、ナオトさんのパワー不足を補ってくれます」


「素晴らしいですね! でも、お高いんでしょう?」


「こちらは銅スクロールですから、それほどでも」


 本当かよ!

 前の街では弓士のスクロールで借金を背負わされたからな。

 要警戒!


「その銅スクロールとか、基本知識がないので教えていただきたいのですが……」


「かしこまりました。スクロールはダンジョンのドロップ品です。冒険者が魔物を倒すと稀にスクロールをドロップします。強い魔物程希少なスキルのスクロールをドロップします」


「じゃあ、銅は?」


「そこそこ強い魔物ですね。金、銀、銅、茶色のリボンが現在確認されています。リボンの色でスクロールをランク分けします。ちなみに茶色は初級職のスクロールで、頻繁にドロップします。冒険者ギルドだけが取り扱っています」


「ふーん」


 パベルさんは相場も教えてくれた。



 金スクロール 五百万ラルク前後

 銀スクロール 百万ラルクから二百万ラルクくらい

 銅スクロール 十万ラルクから五十万ラルクが多い

 茶スクロール 千ラルク



 ちょっと待てよ!

 茶スクロールは、千ラルクだと!?


 セルゲイの野郎!

 俺には50万ラルクも吹っ掛けやがった!

 超ボッタクリじゃねえか!


 俺がセルゲイの事を思い出して、再び考え込むとパベルさんがスクロールの個別価格を話し出した。


「弓士関連のスクロールは、ドロップが少ないですが買い手も少ないので価格が安定しています。『パワーショット』は、10万ラルク。『速射』と『連射』は、それぞれ20万ラルクです。駆け出し冒険者には高額な買い物でしょうが、この三つのスキルは早めにそろえた方が……」


「全部買います」


「えっ!?」


「三つで50万ラルクですよね? 気に入ったので買います!」


「ま、毎度あり……」


 パベルさんは驚いて言葉を失っている。

 俺はリュックから大金貨一枚を取り出してカウンターにおいた。


「だ……大金貨……100万ラルク……」


「予算は確保してあります。お金で命が買えるなら安い物だと考えています。他のオススメもご紹介ください」


「か……かしこまりました!」


 パベルさんがニカッと笑って、銀色のリボンがついたスクロールを手にした。


「こちらはもう1ランク上を目指す弓士の方にオススメのスキルです」


「銀スクロールですか……」


「はい! なかなかドロップしない逸品です」


 パベルさんが紹介してくれた銀スクロールのスキルは下記だ。



 遠見:遠くまで見通せる視力強化スキル。

 夜目:夜間や暗い場所でも見える視力強化スキル。

 集中:集中力が上がり矢の命中率が上がるスキル。

 曲射:目の前に障害物があっても山なりに射撃が出来るスキル。



「なるほどね。視力強化系スキルと意識集中スキルで、狙撃能力を上げる訳か……」


「その通りです。ご理解が早いですね!」


「『曲射』スキルは、イマイチわからないのですが、これは?」


「弓士は後衛職です。戦闘の際には自分の前に前衛がいます。敵の攻撃を防いでくれますが、自分が攻撃するにも邪魔になります。そこで『曲射』です」


「ああ! 前にいる壁役の頭を超えて、山なりの軌道で敵に矢を当てるのか!」


「その通りです。ただし曲射の場合は、矢の威力が三割落ちると言われています。『パワーショット』や『速射』、『連射』と合わせる事も出来ません。ですので、射撃位置や状況に応じて使うスキルです」


「使い所を選ぶけど、あると心強いスキルですね」


「その通りです。今回ご紹介した銀スクロールのスキルの中で、『遠見』、『夜目』、『集中』は、他のジョブでも人気の高いスキルです。人気があって希少な銀スクロールの為、一本200万ラルクです。『曲射』は弓士オンリーのスキルの為、80万ラルクと相場よりお手頃になっています」


「おお! 銀スクロールは、値が張りますね!」


「そうですね。そこは希少な銀スクロールですから! 駆け出し冒険者には手が出ない非常に高額な買い物でしょうが、この四つのスキルは中級冒険者に匹敵する力を与えてくれる事間違いなしです! まあ、今回ご購入は難しいと思いますが、いずれは……」


「全部買います」


「えっ!? ええっ!?」


「四つで680万ラルクですよね? 」


 俺はさらに大銀貨7枚をカウンターの上にのせた。


「ま、毎度ありいぃ……」


 パベルさんの声が裏返っている。


 他にも! とお願いしてみたが、玉切れらしい。

 弓士向きのスキルは他にも『三連射』だとか、『パワーアロー』だとか、レアなのがあるそうだ。


 俺の場合、現時点ではスキルを増やすよりも魔物を倒してレベルを上げる方が先決、かつ効率的とアドバイスをもらった。


 730万ラルクを支払い。

 買ったスクロールを次々と開いて行く。


 スクロールが光り、何かが俺の体内に入っていく感覚が続く。

 これがスキルを身に着ける感覚なんだな。


 金でスクロールを買い、スキルを身に着ける。

 何だがこの異世界は金、金、金な感じだ。

 また、神のルーレットで銀貨を山盛り当てよう。


 スクロールを全部開き終わったところで、パベルさんが鑑定紙を出して来た。


「スキルに間違いないか、鑑定紙でご確認ください」


「鑑定紙か……」


 そう言えば、鑑定系のスキルはないのだろうか?

 あれば敵の情報が得られるから戦闘に有利だ。

 パーティーメンバー選抜にも役立つし、ダンジョンでドロップ品を獲得した時に何のアイテムかわかる。


「パベルさん。鑑定系のスキルはありませんか? 人物やアイテムが何か分かるようなスキルです」


「ございますよ……」


 パベルさんの目がキラリと光った。

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