1-5 フォルト様の死と奴隷解放

 俺とフォルト様はダンジョンから地上に出た。

 背負子に括り付けたフォルト様を背負って、パルテノン神殿の様な建物から外に出る。


(医者は……どこだ?)


 焦る。

 物凄く焦る。


 スマホがないから119番も出来ない。

 救急車を呼べない。

 いや、そもそもこの世界に119番とか救急車とかがあるのだろうか。


 そうだ!

 冒険者ギルドだ!


 冒険者ギルドは場所がわかるし、すぐそこだ。

 どんな所なのか知らないが、とりあえず助けを求めよう。


 俺はフォルト様を背負って冒険者ギルドに駆け込んだ。


「医者を! 大怪我をしています! フォルト様です! 男爵の息子さんです! すぐに医者を!」


 俺が入り口で大声を出すと冒険者ギルドの中は大騒ぎになった。

 冒険者ギルドの中は、ちょっと広めの銀行って感じだ。


 銀行との違いは、カウンターや椅子が全て木製な事。

 そして、お客も中で働いている人もガラが悪い。


 俺が入り口で大声を出すとカウンターの中からチョビ髭の太った中年男性が出て来た。


「ギルド長のシメオンだ! これは……フォルト様! 神官だ! すぐに上位神官を連れて来い!」


 ギルド長シメオンは、背負子からフォルト様を下ろすとテーブルの上に寝かせた。


「回復魔法を使える奴はいるか! 金は払うから回復魔法をかけてくれ!」


 俺はギルド長シメオンのする事を、ぼおっと眺めていた。

 ダンジョンから脱出してホッとしたのもある。


 白い服を着た女性が、フォルト様に何かまじないを唱える。

 やさしい虹色の光がフォルト様を包み込むが、白い服の女性は首を振った。


「ダメか……」


 ギルド長シメオンが、沈痛な面持おももちでがっくりと頭を下げた。

 フォルト様が大きく息を吸い吐き出すと、一緒に大量の血を吐き出した。

 同時に体が痙攣しフォルト様は動かなくなった。





 カチリ!




 俺の首輪が外れた。



 *



「そうか……そんな事があったのか……」


 結局フォルト様は、助からなかった。

 俺はギルド長シメオンさんの事情聴取を受けている。


「しかし20階層のボスは、そんな魔物だったかな……」


「違う魔物ですか?」


「うーんと……ああ、そうだ! 20階層のボスは、ビッグ・ポイズン・スパイダーだ! 君が話した三本角のユニコーンじゃないね」


「ビッグ・ポイズン・スパイダー……クモですか? 馬の魔物とクモの魔物じゃ随分違いますね」


「うん。そうだな。ああ……変異種かもしれないな……」


 変異種?

 突然変異みたいなモノかな?


 それよりも気になっている事がある。


「あの……この首輪が……フォルト様がお亡くなりになった時に、外れたのですが……」


「ああ。君は奴隷から解放された。おめでとう」


「えっ!? 本当ですか!?」


「本当だ。まあ普通は……。奴隷は主人が死ぬと近親者に相続される。そのように『隷属の首輪』に設定をしておくのが一般的だ」


「設定? どうやってですか?」


「そりゃ魔法に決まってるだろう」


 ギルド長シメオンさんに呆れられてしまった。

 すかさず言い訳をする。


「すいません。記憶を失くしてしなったので、みんなが知っている事もわからないんですよ」


「ああ! そうか! すまん、すまん。それで……えーと、君はフォルト様の奴隷だった訳だが、フォルト様は死後の奴隷相続設定をしていなかったのだろう。よって、現在の君は奴隷から解放され自由だ!」


「マジか……」


 良かった!

 自由だ!


 亡くなったフォルト様には申し訳ないけれど……喜んでも良いよね!


「今日はどうするんだ? 男爵様のお屋敷に戻るのか?」


 あの奴隷小屋に?

 冷たい土間で横になる?


「出来れば……どこか違う所の方が……」


「まあ、そうだよな。なら今夜はここに泊まって身の振り方を考えろ。二階に部屋があるから、後で案内をさせよう。これはメシ代だ」


 ギルド長シメオンさんは、銀貨を五枚くれた。


「ありがとうございます! 助かります!」


「なーに。良いってことよ。まあ男爵様のご子息をここまで連れ帰ってくれたんだ。これ位はさせてくれ」



 見た目は冴えない中年オヤジだが、ギルド長シメオンさんは親切な『ナイスガイ!』だった。


 泊まる場所だけでなく。ギルドの方で着替えも一式提供してくれた。

 興奮していて気が付かなかったけれど、着ていた服はフォルト様の血で汚れていた。


 提供された服は中古だ。

 亡くなった冒険者が着ていた服らしい。


 気持ち的にちょっと何だが……。

 背に腹は代えられないので、ありがたく頂戴することにした。




 ――その晩。


 また夢の中に神様が出て来た。

 神様がそこにいることはわかるのだけれど、姿は見えない。

 声だけが聞こえる。


 それも途切れ途切れに。


『生まれ変わりし者よ……世界を救え……魔王を倒せ……』


 またこれか!

 だから無理だって!


 俺は夢の中で神様に反論をしてみた。


『神様それは無理ですよ。俺は戦闘経験もないし、格闘技経験もないし、ケンカをした事すらないです。魔王なんて倒せませんよ!

 それにお金もないから、これからどうやって生活していくか困っている所です。自分の事で精一杯ですよ! 世界なんか救えません!』


『……』


 しばらく沈黙が続いた。


 神様に反論したのは、まずかったかな? とも思ったが、人に何かやらせたいなら現状を正確に把握してもらわないと。


 ホントに奴隷から解放されたのは良かったけれど、これからどうやって生活していこう。

 魔王なんかより、そっちの方が重要かつ緊急を要する課題だよ。


 まったく!

 魔物だとか、魔法だとか!

 ゲームみたいな世界に転生させて、何のサポートもない!


 これじゃあ、野垂れ死にまで秒読み開始だ。


『生まれ変わりし者よ……それでは汝に……力を与えよう……』


 そう言って神様はいなくなってしまった。



 目を覚ますと枕元にクルクルっと巻かれた紙が置いてあった。

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