1-4 フレイムトライコーン戦

 三本角の巨大な炎馬、トライコーンとの戦いが始まった。


 俺たち荷物持ちの奴隷は部屋の隅で待機だ。

 隣の奴隷さんは格闘技イベントでも見るように興奮している。


 俺は格闘技経験もないし、殴り合いのケンカもした事がない。

 だから詳しい予想は出来ないが……ヤバそうな気がする。


 トライコーンはとにかくデカイ!


 馬と言ってもシルエットが馬なだけで、サイズは大型トラック並みだ。

 馬高も二階建ての家くらいある。


 あんな巨大な生き物をどうやって倒せというのか?


「ちょっとヤバイんじゃないですか?」


「大丈夫! 大丈夫! みんな強いんだ! がんばれー! がんばれー!」


 ダメだ……隣の奴隷さんは聞いちゃいない。


 正面に目を戻すとエルンスト男爵の三男フォルト様の指示で攻撃が始まった。

 弓を持った奴隷が一斉射し、魔法使いが火の玉を打ち出す。


 だがトライコーンはうるさそうに体を揺すっただけで、矢も火の玉も弾き返した。

 まったく効いてない。


 前列の盾を持った獣人たちが突撃し、力任せに剣で斬りつける。

 トライコーンの後ろ脚にヒットした。

 薄っすらとトライコーンが血を流したのが見える。


「おおっ!」

「やった!」

「その調子! その調子!」


 隣の奴隷さんたちが夢中で声援を送る。

 プロレス観戦のノリだな。


 けれども俺はさっきから気になっているんだ。


(リーダーのフォルト様の表情が……硬いというか……まさか恐怖!?)


 フォルト様だけじゃない。

 前列の獣人たちも勇敢に戦っているけれど、表情が冴えない。


 やはりトライコーンは強いんじゃないか?


 始まってどのくらい時間がたっただろう?

 五分?

 いや、もっと短いかもしれない。


 フォルト様たちは攻め続けているが、トライコーンに大きなダメージを与えていないように見える。

 トライコーンにかすり傷が増えているが……。

 トライコーンをイラつかせているだけじゃないかな……。


 するとそれは突然だった。


 今まで攻撃をうるさそうに受けていたトライコーンが、突如攻撃を始めた。

 一ついななくと前足を持ち上げ前列の獣人たちを押し潰した。


 獣人たちも盾を構えて身を守ろうとしたが、盾はまったく役に立たなかった。

 電柱よりも太いトライコーンの前足が、体重を乗せてのしかかって来たのだ。

 木の盾などひとたまりもない。


 まず前列の獣人二人が盾ごと押し潰された。

 ボス部屋に血の匂いが漂う。


 思わずさっき食べた物をリバースしそうになった。

 グロイ!


「うわっ!」

「ギャー!」


 悲鳴が上がった方を見るとトライコーンが突撃して暴れまくっている。

 前足で踏み潰し、後ろ足で蹴り飛ばし、人が紙くずのように空に放り上げられている。


「こっちに来た!」


 隣の奴隷さんの悲鳴が聞こえた。

 俺はなりふり構わず四つん這いで、壁際から逃がれた。


「ギャア!」

「グオッ!」

「ああ!」


 振り返ると荷物持ち奴隷は俺以外全滅していた。


 ボス部屋の中は血の匂いが充満している。

 あっと言う間だ!

 あれだけ人がいたのに、立っている人は五人もいない。


 これはもう逃げた方が良いんじゃないだろうか?

 そうだ逃げよう!


 そう思った矢先、目の前で倒れている人に気が付いた。


(リーダーのフォルト様だ……やられたのか……)


 足はあさっての方に向いて折れ曲がっているし、頭と腹から血を流している。

 俺はフォルト様に駆け寄った。


(どうする? 見捨てて一人で逃げるか?)


 一瞬そう思った。

 けれどもそこは真面目な日本人気質が許さなかった。


 フォルト様の脇に手を入れて壁際に引きずっていく。

 背負子はまだ無事だ。

 トライコーンに破壊されていない。


 背負子に括り付けてある毛皮を外して、フォルト様を背負子に括り付ける。


「うう……」


(まだ意識がある!)


 フォルト様は、まだ生きている。

 こういう重傷の時は話しかけた方が良いんじゃなかったか?

 映画なんかだと『寝るな! 目を開けろ!』とか言うしな。


 俺は背負子にフォルト様をロープで固定しながら話しかけた。


「フォルト様! これから逃げますよ! 脱出しますよ!」


「う……て……てっ……」


「なんですか?」


「てっ……たい……」


「撤退ですね! わかりました!」


 フォルト様を近くで見るとまだ若い。

 大学生くらいに見える。


 俺はフォルト様が乗った背負子を背負うと必死で出口に向かって駆け出した。

 背負子のベルトが肩に食い込むが、そんな事を気にしている場合じゃない。


 そして大声で後ろの方へ撤退を告げた。


「撤退です! みなさん撤退です! フォルト様から撤退命令が出ました! 撤退ですよ!」


 生き残りは数人しかいないだろう。

 なんとか脱出できれば……。


 だが、俺のそんな思いは打ち砕かれた。

 俺がフォルト様を背負ったままボス部屋から外に出てすぐに、背後で悲鳴が聞こえ、焼け焦げる匂いがした。


(ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ! どこへ逃げる!? どこへ逃げる!?)


 必死に足を動かしながら考える。

 あのトライコーンが追いかけて来たらアウトだ。

 こっちはフォルト様を背負っていて足が遅い。


「そうだ! 安全地帯があった!」


 ボス部屋に入る前、みんなで休憩した安全地帯があった。

 あそこは隠し部屋だ!

 通路と壁で区切られているからトライコーンも入ってこられないだろう。


「安全地帯は……えーと……ここだ! ここ!」


 薄いグレーの壁を手で押すと壁がクルリと回転した。

 すぐに隠し部屋の中に入る。


(とりあえずここなら安全だろう……)


 背負子を下ろしてフォルト様に話しかける。


「フォ……フォルト様……」


 だめだ。

 息が切れている。


「フォルト様! 安全地帯……隠し部屋……に……逃げ込みました……」


 落ち着け!

 落ち着け、オレ!


 深呼吸をする。

 息を思いっきり吐きだす。


 息が上手く出来ない時は、息を吐くのだ!

 息を吐き切れば、肺が空気を要求するので自然と深く息を吸い込む。


 数回深呼吸をして少し落ち着いた。


「ひでえ……」


 改めてフォルト様を見ると酷いあり様だ。

 頭は額が割れてしまって血が止まらない。

 腹も強く打ち付けられたようで、服に血がにじんでいる。


(これで良く生きているよな……交通事故? そんな感じだろうな……)


 この世界の医療技術はどれ位のレベルなのだろう?

 もしも令和日本並みの医療水準なら……ひょっとしたら助かるかもしれない。

 交通事故の重傷患者でも助かる場合がある。


 そうだ!

 早く医者にフォルト様を診せなくては!


「フォルト様! 聞こえますか! 安全地帯まで逃げて来ました! 地上に出るにはどうしたら良いですか?」


「う……ぼ……ぼ……」


「ボ? 何ですか?」


「ボ……ボゲット……き……帰還石……」


 何だろう?

 ポケット、帰還石、かな?


 フォルト様の上着のポケットに手を突っ込むと握りこぶし大の透明な石があった。

 これか?


 フォルト様の耳元で大きな声で質問する。

 聞こえるかな?

 地上に戻るまでもってくれよ!


「この石ですか? この石をどうすれば良いですか?」


「ゆ……ゆかに……たたき……つけろ……」


「床? この石を床に叩きつけるんですね?」


「お……う……」


 石を床に叩きつけてどうなるのかサッパリわからないが、俺はフォルト様の指示に従う事にした。

 他に選択肢もない。


 透明な石を床に叩きつけると澄んだ音と共に、透明な石は砕け散った。

 すると……目の前の風景が一瞬消えた!


 瞬きする間もなく、目の前の景色が切り替わった。

 パルテノン神殿の様な白い建物。そして魔法陣。


 俺とフォルト様は最初の地点、地上に戻っていた。

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