29話 とっくに任せてるわ

「ここか?」


「ああ、ここが君の戦場だ。負けるな。」


頑張れでも、君なら出来るでもない。


負けるな。


さっき会ったばかりにもかかわらず、この男の言葉は貢を勇気付ける。


まるで、王者からの鼓舞のような感覚だ。


「そろそろ、君の傷も戻る。早くした方がいい。」


「ああ、じゃ行くわ。助かった。」


貢が男の方を見ると既にそこにはいなかった。


しかし、右手にある『十戒』が彼の存在を肯定する。


「さて、行くか。」


貢は『十戒』を口に入れる。


すると、体が急激に成長する。


特徴的なのはやはり髪だ。


十年分の成長で髪は貢の膝にまで伸びている。


ひげも伸びるはずだったのだが、貢は数年前に永久脱毛をしていたため生えなかった。


とはいえ、すこしは生えたので『鬼の子』からもらった髭剃りで剃る。


「髪は…これでいいか。」


貢は今鬼椀村のある山の麓にいる。


「どりゃああ。」


強化された体は、麓から一飛びで鬼椀村へと行く。


「こいつは…すげぇ。強すぎる。」



「センスがねぇなぁ!」


「貢…頼んでいいだよな…」


「黙ってみとけ。」


『氷塊 乱舞(ひょうかい らんぶ)』


スライムは貢を脅威と認識したのか、全身に口を作りその一つ一つから攻撃をする。


「貢!この数は!」


『赤蜥蜴 炎乱光々(あかとかげ えんらんこうこう)』


真の心配など聞こえないかのように貢はスライムの放つ攻撃を全て殴り壊した。


全て、同時に。


「「なっ!」」


あの攻撃を全て何事もなかったように凌いだことで清さえも驚いていた。


しかし、真が驚いていたのにはもう一つの理由がある。


貢の攻撃は触れた瞬間に発動する。


しかし、今の攻撃はどう見ても遠距離攻撃であった。


異なる位置にある氷塊を全て同時にその場から右手以外を動かすことなく破壊した。


それに、貢の『赤蜥蜴』はあんな威力ではなかった。


貢はあきらかに成長している。


おそらく、容姿の変化も何かしら関係があるのだろう。


しかし、今の真にとって大事なのは貢なら倒せる。


ということだけだった。


「甘いんだよぉぉ!!」


貢は高くに跳び空中から攻撃をしようとしていた。


空にいる的は当然当てやすい。


避けることができないのだから。


スライムは先程の口を左手に集中させた。


『水水砲 凝縮(すいすいほう ぎょうしゅく)』


「なるほどな、手数では劣ってると判断して威力勝負か…なるほど、ただのスライムじゃねぇ事は分かった。だがな、どんな作戦さえも圧倒する力の前では策なんて意味をなさないんだよぉ!!」


『青蜥蜴 猛進(あおとかげ もうしん)』


貢の拳を覆っていた赤い炎は青い炎へと変わる。


凝縮され威力も上がったであろう水を貢は拳一つで全て気化させた。


その上、青い炎はスライムに達しスライムを焼く。


「凄すぎる。」


真の口からでたのはそれだけだった。


冷気を吸うということから、弱点は炎ではないかと思っていたため貢は相性がいい。


しかし、仮に相性が良くなかったとしても貢なら倒せる。


真は何か確信に近いものを持っていた。


「なんだ、意外とあっけなかったなぁ。」


貢はすこし埃を被り真たちの元へと行く。


「助かった。4区代表として、いや…揖斐川 清として、感謝を伝える。ありがとう。」


「別にいっすよ。俺はそこの雑巾を助けに来ただけなんで。」


「おい、誰が…」


真が言い終わる前に、地面から先ほどより何倍もでかいスライムが現れる。


「ああ?まだいたのか。」


「くっ!」


清はもしかしたらまだいるのではないかと思っていた。


自分の冷気は昨日相当な数あったはずだ、それにもかかわらず先程のスライムはさほど成長していなかった。


まだあるのではないかと思っていたが、この貢という男ならそれも余裕だろうとも思っていた。


「デカすぎだろ。」


自分よりも数倍大きいスライムを見て、貢は何の動揺もなく言った。


その貢の反応にスライムは怒ったのか、全身から攻撃を開始する。


『氷塊雨霰(ひょうかいあめあられ)』


「おい、貢!この数はまずい!さっきのまた出来るか?」


あまりの敵の攻撃の数に体がすくむ真に対して貢は告げる。


「無理。あんな大技何回も出来るか!」


先程の『赤蜥蜴 炎乱光々』や『青蜥蜴 猛進』は強化された貢が頑張って出している技なのである。


体も強化されているとはいえ何度も打てる技ではない。


「じゃあ、どうすんだよ!」


「まあ、見とけ大技だけが技じゃない。」


貢は自分の能力には限界があることを悟っていた。


故に、貢は鬼力のコントロールの練習を常にしていた。


この鬼力コントロールだけであれば、貢は十二星会に肩を並べるほどである。


さらに今、強化された事によりそのコントロールは想像を絶する精度になっていた。


『赤蜥蜴 炎々蛇々(えんえんだだ)』


貢は自分に一番近い氷の塊を殴る。


すると連鎖的に全ての氷の塊が爆発する。


スライムの使っている技は何故か鬼の能力と同じ鬼力を使っている。


その事に気づいた貢は同系統の鬼力に反応する技を使った。


初撃で破壊した氷の塊と同じ鬼力に反応して再度攻撃が行われる技『炎々蛇々』


これは、いわばテクニックである。


鬼力の把握。


すこしの量であれば難しくはない。


しかし今回は百を超える氷の塊を瞬時に判断した。


もちろん強化されているということもあるが、貢本来の力である事に変わりはない。


「なんだよ、すげぇ技まだあるのかよ。ったく…」


「いや、これはあくまで連鎖的に破壊するだけだ。連鎖するたびに威力が落ちる。今みたいな攻撃以外は対処できない。」


清は分かっていた。


自分は今使えない存在であるということを。


そして、貢が大技を出すにはすこし時間が必要出るということを。


「おい、何分だ?」


清の突拍子もないような質問に貢は間髪入れず答える。


「5分いいすか?」


「任せろ。防御は専門だからな。」


『白銀兎 卍月』


「俺だって、5分なら…」


『鎌鼬 乱れ爪(かまいたち みだれづめ)』


清の防御を信用していないわけではない。


しかし、冷気で成長する可能性があるため真は清の防壁に当たる前にスライムの攻撃を切り落とす。


『白銀兎 卍月』は術者を中心に覆うように味方を守る技である。


当然貢もその中にいたのだが、貢のあまりの熱気に既に防壁は溶けていた。


その事にその場にいた3人とスライムは理解していた。


一人は理解してなお右手に集中していた。


そして二人はいつ攻撃が来ても守れるようにしていた。


スライムはいつでも攻撃ができるように触手を伸ばしていた。


『水水砲 凝縮』


貢は持ち前の感知力により後方からの攻撃には当然気づいていた。


しかし、臆する事なく右手に集中したままであった。


それは、後方と同じくらい前方にいる仲間を信頼していたからである。


当然、二人とも動いていた。


清のほうがすこし早く動いていた。


だが、貢の熱気により右手から発せられる冷気はただの水蒸気へとなっていた。


そして、清が動くより遅れる事約1秒。


真が動いていた。


『鎌鼬 ヤマツミの舞』


その時、全くの偶然ではあるが溢れ出る貢の熱気と真の攻撃が合わさった。


合技 『赤鎌鼬 風焔炎舞(あかかまいたち かざほむらえんぶ)』


真の右手の指から放たれる火炎を纏った鎌鼬。


炎で水を蒸発させつつスライムの触手を切り裂く。


「背中は…任せろ。」


「ふんっ………とっくに、任せてるわ。」


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