19話 虎・虎・虎

12区拠点熱風の砦2階


そこには何人かの研究者と未だ目覚めない郡上敦の姿があった。


「先輩。なんでこの人起きないんですかね?」


「知るかよ。なんか問題があるんだろ?」


「でも、体に傷はないし鬼力(きりょく)(鬼の力を数値化したもの)だって異常ないじゃないですか。」


敦はビルでの戦い以降目覚めていない。


琴によると体が暴走状態に近い状態に入ったらしいのだが、鬼力はすでに復活している。


もはや、現段階で研究者ができることは全くと言っていいほどないのだ。


何もすることができない。研究者にとってこれ以上の屈辱はない。


思考を止めさせられた研究者なんて白衣を着ているだけの税金泥棒だ。


研究の成果が挙げられなくて非難されるのはいい。自分の能力不足なだけだから。


何もさせてくれない何も出来ない。


そんな理由で非難されるなんていうのは生粋の研究者である神戸 正義(こうど まさよし)は憤慨をしていた。


どう考えたって何かある。


この郡上敦という男には何かがある。


でなければ今目覚めていないのがおかしい。


神戸が敦の3区での健康診断時のカルテを見ようとした時突然警報がなった。


「なんだ?何が起きた!」


先輩も慌てて部屋に戻ってきた。


「これは…外です!外から強力な鬼力を感じています。高速でこちらに向かってきています!」


「マジで言ってんのか?今NeCOいないぞ。」


「もう着ます!」


ドォオン!


高速できた何かがガラスを突き破り入ってきた。


「イテテ。何がきたんだ?そうだ!郡上敦は?」


まずいもし郡上敦に何かったら俺の研究ができなくなる。それに、怒られる。


神戸は敦の鬼力を確認した。


なんだこれ?


俺は今、何を見てる?


鬼の力は右腕にのみ宿るもの。


その大前提は今まで一回も崩れたことがない。


ミュータントやエンチャントなど特殊な能力が発現したとしてもその大前提は壊れたことがない。


なのにも関わらず、郡上敦は今全身に鬼の力が流れている。


確かに全身にも微力ながら鬼力は流れている。


だが、こんなに流れた人間をみたことがない。


昔、鬼の力を右腕以外にできないか実験をしたことがあるらしい。


その時は鬼の力に耐えられず体が崩壊したらしい。


だが、今目の前の画面に映っているのは紛れも無い完全に鬼とかした人間だ。


「こんなモニターなんてあてになるか!この目で見るしか無い!」


神戸は一目散に走り出した。



『敦ぃ。なぜお前は俺の力を制御する?』


「うるさい。お前の力のせいで俺は…」


『あれは良かったよなぁ。泣き喚く奴らを全員黙らせてやったのはヨォ。』


「黙れ、俺はあの時…殺す気なんて…」


『嘘つけよ、お前は願ったじゃ無いか?』


「殺す気は…」


『でも殺した。いいじゃねぇか、どうせ奴らは犯罪者だ。』


「そんなの…理由にならねぇだろ…」


『だったら、仲間を守るのは殺す理由か?』


「あぁ?」


『最近もあったよなぁ。ビルだったか?』


「あれは…ただ、守りたかっただけで…」


『いい加減認めろよ。オメーは理由を探して殺したいんだろ?あの時も、ビルの時も!』


「やめろ、やめろ、やめろ。そんなわけないだろ。俺は!」


ドォオン!


「なんだ?」


『やっときたか。意外と遅かったな。ずっと呼んでたんだがな。さっき俺の力が上がったからか?』


「何を呼んだんだ?お前の力が上がった?お前は何をした?」


『呼んだのは俺さ。前の戦いの時に思いの外力を使いすぎた。それにお前が意図的に俺の力を消しているからなぁ。力が上がったのは俺とは関係のない外的要因なんだが、俺自身も完全には把握していない。』


「だから、何を呼んだんだ!」


「助っ人だよ。ククク。」



神戸が敦の入っているカプセルのところに来た時に見たのもは、前に見た敦の姿ではなかった。


髪は黒というより漆黒に近かった。肌は黄色と黒の虎のような模様。全身が鬼と化していた。


「はあぁ。体がいてぇ。いやぁ、この犬に感謝せねばな。こいつが俺様に雷をくれなければあと一年くらいは動けんかったな。」


「あの…あんたは何者なんだ?」


「ああ?なんだお前?お前、その右手に雷の鬼を宿してるなぁ。」


「ああ、そうだがなぜ…そんな事より、あんたは?」


「俺様は『雷鬼』鬼人様だ。」


「鬼人?」


雷鬼と名乗った男は神戸の右腕を掴んだ。


「なんだ、あんまり強くねぇじゃねぇか。まあ、いいか。」


神戸は自分で出したわけではないのにも関わらず右腕が鬼のものへと変貌した。


「なっ?」


「いただきます。」


雷鬼のその声を引き金に神戸は自らの能力が自らの腕からいなくなるのを感じた。


「ごっそさん。」


「俺の能力を食べたのか?」


雷鬼はその問いに答える事なく小さく呟いた。


「じゃあ、行くか。『電光石火』。」


気づくとそこに雷鬼の姿は無く、犬と人と瓦礫だけになっていた。



真二は笑っていた。


指一つ動かせない自分が唯一できるのは笑うことだけだった。


自分のすべての力を使い『ケルベロス』の動きを止めた。


それが解けてしまった今、何もすることはできない。


『ケルベロス』がこちらに歩いてきているようだが、首を動かすことさえできない今、それが真実かどうかさせもわからない。


思えば、つまらない人生だった。


親に捨てられ、育った教会でたまたま一緒だった貢に誘われNeCOに入団し、貢のサポートに徹する日々。


自分の強さや強みなんかは分かっていたし、仕事だったから文句を言った事なんてない。


ただ、一度でいいから自分だけで戦いたかった。


今思えばくだらない考えだ。


したかったことのはずなのに、いざやってみたら策とも呼べない自滅覚悟の捨て身の戦い。


はあ。


貢がきてくれたりしないかなぁ。


今なら、貢となら絶対勝てる気がする。


この足音が、貢だったらいいのになぁ。


『壊れた壁掛け時計』


100倍速の拳が真二の胸を貫いた。


速すぎるが故に痛みはおろか音さえなかった。


今一つの命が音も無く消え去った。



「てめぇ、何してんだ?」


「誰…?」


凪沙は目の前に見たこともない全身虎みたいな何かから話しかけられた。


「郡上 敦って言えば通じるか?」


「敦くん…?敦くんはそんな姿でも声でもなかった気がするけど…」


「俺様はあいつであってあいつじゃねぇ。で、何してんだって聞いてんだけど?」


「あんた…強い?」


「質問に答えろ!」


「強いんだったら…『ケルベロス』を倒して…」


凪沙は最後の力を振り絞り、頼んだ。


自分の願いを。


みたこともない姿になった敦の名を語る誰かに。


「ああ、殺してやるさ。犬との約束もあるからな。だが、質問くらい答えろ。」


雷鬼は強い力を感じる方へと向かった。


「ここか?」


雷鬼がつくと目の前には心臓を右腕で貫かれた真二の姿があった。


「テメェーーーーーーーー。何してんだーーーーーーーー。」


『イカヅチ』


全身から雷を放出し、それを纏う。


雷速で『ケルベロス』の元へと行く。


「なっ!」


右腕が『ケルベロス』の顔にあたり『ケルベロス』を吹き飛ばす。


「真二さん!息が…」


『ゴォルァアアーー敦!何勝手に出てきてんだ!』


「いいだろうが、俺の体なんだからよ!それより、雷鬼。あいつ殺すの手伝え。」


『殺すのは嫌だったんじゃないのか?』


「事情が変わった。出来るのか?」


『俺は殺しは大賛成だ。さあ、見せてやろうぜ。鬼と人交わることのないこの二つが奇跡か手違いか交わってしまった時の力をヨォ。』


「゛あああああああああああああああああああああああああああああ。」


爪は鋭く伸び、目は赤く変わり、牙のような葉に変わる。


そして全身からは大量の電気が溢れ出る。


『波長完全調和状態(はちょうかんぜんちょうわじょうたい)』


「鬼と人、交わらない二つの力が今交わる。『鬼人 雷鬼(きじん らいき)』。」



真希は今仮に怪我をしていなくても動くことはできなかった。


目の前に見たこともない何かがいるからだ。


人の言葉を話し、二足歩行ではあるが、人間ではなかった。


あれを人間と呼ぶのなら、自分は人間ではないだろう。


溢れ出る、殺気。


戦うまでもない力量差。


おそらく、『ケルベロス』を倒すことはできるだろう。


しかし、真希は味方だと思えなかった。


真希はあの敵に対する獲物を狙うようなあの笑み。


鬼そのものであった。



「なあ、お前はいつまで寝てんだコルァーー。」


『ケルベロス』は先ほど殴られた時に自分の能力をかけていた。


今、100倍の差が生まれているはずなのだ。


にも関わらず避けることができなかった。


雷速は秒速320m100分の1は秒速3,2m。


50m走だったら16秒。


どう考えたって避けられないわけがない。


しかし、『ケルベロス』は避けることができなかった。


今この男は雷を超えた。


逃げるしかない。


逃げてこいつを『あの方』に伝えなければ


こいつはやばすぎる。


「おいおい、何逃げようとしてんだぁ?」


『雷霆(らいてい)』


『ケルベロス』の頭上に無数の雷が落ちた。


なんだこの男は?


速い。


速すぎる。


この男なら…『あの方』を殺すことも可能かもしれない。


いや、それは無理か…


「てめぇもヨォ男の端くれなら。逃げてんじゃねぇぞ!」


何をされた?


分からない。


ただ、体が浮いている。


「死にやがれ。」


雷鬼は『ケルベロス』を両手で乱打する。


「虎、虎、虎、虎、虎虎虎虎虎虎虎虎羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅、怒羅亜ぁーー。」


『ケルベロス』は砕け散った。


一片のかけらも残らず。


それほどまでに雷鬼は強かった。


「犬っころ、これで文句はねぇよなぁ。さぁて。あっちか。」


『電光石火』


雷鬼は地上から天へと降り注ぐ雷のようにどこかへ行った。




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