18話 捨て身の覚悟
最悪だ。
現状今立っているのは私と真二くん。
でも二人とも『ケルベロス』の姿をした『カペルスウェイト』に手も足も出なかった。
唯一倒した『苺』はまだ倒れている。
もはや打つ手はない。
だが、諦めるわけにはいかない。
「絶対に私が守る。『苺』には指一本も触れさせない。」
「『苺』?ああ、その犬か別にその犬いらないから欲しければやるよ。」
「はあ?お前らが能力保存の為に『苺』を奪ったんだろうが!それを今更いらないだと!」
「誤解しないで欲しいんだけどね、いらなくなったのはついさっきのことなよ。能力のみを他の生命体に継承する方法なんてものがあれば最高だったんだけど…」
「何を言っている?お前らはそのために『一護』を使って『苺』を生み出したのだろうが!『一護』を返せ!」
「そいつは無理だね。なぜなら、能力の継承なんて出来なかったんだ。」
「お前は本当に何を言っている?」
「能力の継承はできない。にも関わらずその犬は能力を有している。それはなぜか?それは。能力の移植をしたからだ。」
「移植?」
「犬の右手を切り取り、その後に人の右手の細胞をくっつければ完成。」
「じゃあ、『一護』は?」
「移植には右腕の細胞に加えて血液も相当量いるからね。死んだよ。」
真希はもはや自分では自分を制御できなかった。
いや、する気もなかった。
『植物園の管理人』
真希は植物の鎧をまとい、『ケルベロス』の方へと向かう。
「君の学ばないねぇ。」
『壊れた壁掛け時計』
『ケルベロス』は10倍の速度になり真希の背後を蹴る。
「死にやがれ!」
真希は壁へと吹き飛んだが、何もせずにやられたわけではない。
「ぐあああ。この女ぁやりがった。」
『ケルベロス』の右足から大量の血が出ている。
それは真希の鎧には鋼鉄ほどの硬さの薔薇の棘があるからである。
真希は『ケルベロス』が好んで相手の背を蹴ることを先ほどの戦いから学んでいた。
真二の目には一瞬のことで何が起きたかは全く理解できなかったが、『ケルベロス』の右足と真希の背中から、大量の血が出ていることだけは分かった。
「あの女、俺の右足を破壊するためだけに自分の体に棘を巻いたのか。イかれてんな。」
『ケルベロス』の右足を破壊することには成功はしたがその代わりに真希は背中から大量の血が出てしまう結果になり『ケルベロス』よりも重傷を負ってしまった。
「はあ、これじゃうまく歩けないな。」
『ケルベロス』は右足を失ったことにより速度が明らかに遅くなりはしたが、10倍という数字はそのハンデをも乗り越えていた。
しかし、依然真二にとっては速すぎる存在だった。
「あはははははははは。君ごとき左足だけで十分だったね。」
分かってるっての。
俺は強くない。
貢と組んでる時も、『フレキ』を倒した時も、いつだって俺は強い奴の手助けしかできない。
そりゃ、ある程度の敵なら倒せるけど、強い奴相手では俺の力なんかでは及ばない事くらい俺が一番理解してる。
だから、サシでの戦いは嫌いだ。
だからといって逃げるわけにもいかない。
はあ、少し頑張りますか。
自分の力で『ケルベロス』の攻撃を避けることは不可能。
だったら、『ケルベロス』の攻撃よりも速い速度になるしかない。
『大地』
真二は自分の下の地面を繰り抜くように自分ごと持ち上げた。
自分の出せる速度には限界がある。
それを超えるにはそれより速いもので自分を押せばいい。
当然『ケルベロス』は上に逃げた真二を追うように上へ跳躍する。
真二はそれに対して壁を操り横へと避けた。
この回避は『ケルベロス』の攻撃を避けるためだけならば最高の避け方かもしれないが、そもそも高速の土の塊が体に当たるというのは相当のダメージである。
しかし、真二はそうまでしてもいま立っている位置に来たかった。
「ここに来たかった。絶対にミスれない。」
『ダイダラボッチの大合掌(だいだらぼっちのだいがっしょう)』
逃げた真二を追っていた『ケルベロス』に対して真二はいま持っている力の全てを使い、『ケルベロス』の速度よりも速い巨大な両腕で『ケルベロス』を閉じ込めた。
「なんでかは知らないけどここの壁だけが少し他の土と比べると密度が高い。お前の能力を使ったとしてもここを出るのは簡単じゃない。」
真二にはもはや動く力は残っていなかった。
時間稼ぎ。
それがいまの真二にできる限界だった。
琴が気づいてくれる。
そんな薄い望みに真二はかけた。
〜
「真二くん、『苺』の回収はできた?」
『ああ、貢が敵を倒してくれたおかげで回収出来た。』
「そう。凪沙と真希さんも今二人の敵と交戦中だから速く行ってあげて。」
『了解。』
「じゃあ、一旦能力を解除するわね。疲れたし。」
琴の能力『管弦楽団』は自動的に音が聞こえて来るわけではない。
任意で自分の聞きたい音を聞き、自分の音を任意の場所に届けるというものだ。
便利な能力ではあるが、完全な能力ではない。
しかし、任意の場所なのであればそこの音を聞き間違えることはまず無い。
自分の能力に対して疑う事はない。
自分自身で自分自身を疑ってしまったらもう何も信じることができない。
だからこそ琴は今まで何を聞いてもありのままを受け入れ伝えてきた。
それが琴なりのプライドだったし誇りだった。
だが
今回初めて伝えなかった。
いや、伝えられなかった。
真二が部屋を出た後に貢の音が消えた事を。
「なんで、なんでいなくなった?あのバカは…私はお前が…なんでっ!なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでだよ。なんで、死んだんだよ…」
琴は今まで隠していた気持ちが爆発した。
私を置いて行くなよ。
「君が七宗 琴だね?」
「え?」
知らない人間だった。
普段ならすぐに攻撃をしているのだが、今はそんな気になれなかった。
メガネをかけたその男は琴に問う。
「どうした?NeCOはみんな気性が荒いと思っていたがそんなこともないのかな?」
「別に…今日はなんとなく気が乗らないだけ。だから、今帰るなら許すけど?」
「それはありがたい提案だが、受けることはできないな。」
「そうか、なら死ね。」
『管弦楽団』
「ドンドンドンドン。」
琴のドンという声に合わせて音による不可避の衝撃波がメガネの男を襲う。
「これでどうだ。」
「素晴らしい攻撃だ。見えない音による攻撃。避ける事は誰もできないだろう。」
メガネをかけた男は琴の後ろにいた。
怪我どころか服に埃一つつける事なく琴の後ろにいた。
「いつの間に?」
「君がいると少し困ったことが起きてしまう。だから、少し眠ってもらう。」
メガネの男が琴の肩を右手で触ると琴は急に体の力が抜け眠りに入ってしまった。
この時はちょうど、『フレキ』が『ゲリ』の左腕を取り込んだのとほぼ同じタイミングだった。
〜
琴なら気づいてくれるはずだ。
この異常事態に。
今真希さんは動けない、当然俺も動けない。
頼れるのは、琴だけだ。
「はああああああああああ。」
真二の『ダイダラボッチの大合掌』は完全な技ではない。
それは真二自身が弱まっているためで、『ケルベロス』を完全に封印することはできない。
『ケルベロス』は今も封印を破壊しようとしている。
力が残っていれば、『ケルベロス』を再度封じ込めることも可能だが、真二には今そんな力は残っていない。
この状況で一番最悪なのは全滅することだ。
全滅してしまえば『ケルベロス』の情報を伝えることができなくなる。
そうなるとNeCO陣営は5区のリーダーをタダで失ったという最悪の事態に陥る。
そうれだけは絶対に阻止しなければならない。
つまり、この中にいる誰か一人でも逃げる必要があるわけだ。
そしてそれが可能なのは『苺』だけだ。
真希はおそらくうごけないだろうし、真二は指を動かすことさえしんどい。
暴走期で鬼の力が多く回復の速い『苺』しかこれをすることはできない。
確かNeCOには動物の声を聞けるみたいな奴がいたはずだから、情報はちゃんと伝わるだろう。
なぜかは知らないが琴からの干渉が一切無い。
何もなければいいのだが、何もないのならそれはそれでNeCOとしてどうかと思うから説教をしなければ。
とにかく今は、『苺』を逃さなければならない。
「『苺』!逃げろ!いまのうちに早く!」
『苺』は真二の声によって目覚めはしたが、能力はまだ暴走状態にあったのか身体中から大量の雷を発生させた。
暴走した『苺』は部屋中を壁にあたりながら回っていた。当然真二や『ケルベロス』を封印している岩にも当たった。
そして、真希の元へと一直線に飛びかかったその時、『苺』は真希の目の前で止まり、どこかへ飛んで行ってしまった。
暴走しているはずにも関わらず何か意思を持って飛んで行っているようだった。
『苺』頼んだぞ…
『苺』がどこかへ行ってから約5分後に『ケルベロス』は封印を破壊した。
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