17話 紅と絶望

『紅桜』


真希の拳が『フレキ』を殴り飛ばす。


「こんなもので死ぬかーーーー!」


真希の拳を喰らってもなお立ち上がる『フレキ』。


そんな「フレキ」に対して真希は小さく呟く。


「バイバイ。」


その言葉とほぼ同時に『フレキ』の体から真っ赤に染まった桜が現れる。


『フレキ』の体内から美しい桜が咲き誇る。


「これは…?」


「ごめんね、驚かせちゃったかな?私の持ってる技の中で最強の技『紅桜』。」


「べにざくら…」


「相手の体内にこの血を吸って急速に成長する桜の種を入れるの。」


真二は元『フレキ』だった桜の根を見ると血が無くなりミイラのようになった『フレキ』と思われる人だったであろうものがあった。


「この技は好きじゃないの。この技で死ぬ人はみんなあんな苦しそうな顔で死ぬから。もちろん人に殺されて笑顔で死んで行った人なんて見たことはないのだけれど…それでもこの技で死ぬ人は特別苦しそうに見える。殺した張本人が何言ってんだよね。ハハ。」


「真希さんは悪くないですよ…」


「ありがと、でもいいの…もう何人もこの技で殺してきた。これで罪人じゃなかったら自分で自分が何者かわからない。私は罪人でいい。さあ、『ケルベロス』のところへ行こう。」


真二ははいと答えることを忘れてしまった。



「世界は誰のものだと思う?人間かな?違うよね。だって人間はたかだか二万年前に現れたいわばこの地球の侵略者だ。星に存在するエネルギーや資源を片っ端から破壊するガンのような存在だ。地球はそんなウイルスに対してさまざまな薬を災害という形で投与する。にもかかわらず人間は消えやしない。全くもってくだらない存在だ。でも、僕は思うんだ。何億という歴史を数年で破壊する力これが他の動物には無い人間最強の武器だと思うんだ。爪も牙もない人間の最強の武器。それなのに今僕らは鬼の力をも持っている。なんと傲慢な事だろう。そこで思ったんだ。今世界はこの星を破壊しようとしているのではないかと。神はこの星を壊すために僕らをまいたのではないかと思うんだ。君たちはどう思う?」


「くだらない考えね。私はこの力はこの星を守るためにあると思う。神のくれた最後のチャンスだと思っている。あんたみたいな考えには賛同できない!」


『紅』


真希は『ケルベロス』に向かって高速で飛び出す。


「僕は君の意見を聞いただけなんだが…別に賛同して欲しいなんて言ってないだろ。それに僕はどんな意見だって受け止める。それが討論というものだろ?自分の考えが正しいとしか思えない盲目な人間にはなりたくないんだ。そして、意見が違う人間に対して斬りかかるなんて論外だ。」


『壊れた壁掛け時計(こわれたかべかけどけい)』


真希の剣が『ケルベロス』にあたるその瞬間『ケルベロス』は消えた。


いや、目に見えないほどの高速移動をした。


そして、真希の背に右の拳を打ち込む。


『壊れた壁掛け時計』


「あああー。」


真希は殴られた勢いで地面に叩きつけられた。


殴られた力も加わり当然重力よりも速く落ちていた。


しかしそれは真希の体感のみだった。


真二にはゆっくり落ちているように見えた。


「なんだこれ…?」


「驚いてくれたかい?僕もマジックショーは?タネも仕掛けもあるけどね。」


真二は『ケルベロス』が何故自分の後ろにいるのか分からなかった。


それは『ケルベロス』の移動しているのを見ていないからなのだがそれよりも目の前にまだ『ケルベロス』の姿が見えるからである。


「いやあ、何度見てもこの感覚は素晴らしい。不思議だよね。目の前に見える人間の声が後ろから聞こえたら。でもね。目の前の僕は僕じゃない。ただの残像もう見えないだろ?」


真二は恐怖を感じた。


NeCOに入った時から任務で死ぬ事だってあると知っていたし覚悟だってしていた。しかし、何も出来ないという圧倒的な実力の差から真二は右手を鬼に変えることさえ出来ていなかった。


「これが…お前の能力。」


「あれ?もしかして知ってた?じゃあ、体験してみるといい。」


『ケルベロス』は真二の肩に右手を置いた。


『壊れた壁掛け時計』


真二は肩に手を置かれた瞬間に明確な死のイメージが頭をよぎった。


自分の体に何かが起きたが何かが分からない。


そんな鬱にも近い状態を正常にしたのはドンッという音だった。


「え…?」


先ほどまでゆっくり落ちていたはずの真希が地面に落ちていた。


真二は真希の方に走っていった。


それは真希への心配ではなくただ一人でいたくないという孤独を埋めるためのものだった。


「真希さんっ!大丈夫で…グワッ。」


真二は何が起きたか分からなかった。


ただ気づくと何かに蹴り飛ばされた。


蹴られたという感覚だけがあった。


右に大きく吹き飛んだが壁に当たることは無かった。


あたる前にまた見えない何かに蹴られたからだ。


「何が…起きてるんだ…」



「はあ、この感覚は何度体験しても最高だ。身動きの取れない人間をいたぶるというのはなぜこんなにも楽しいのだろうか。」


『ケルベロス』はゆっくり動く真二を壁や地面に当たらないように蹴り上げたりしていた。


『ケルベロス』の能力は『壊れた壁掛け時計』右手で触れたものの時間を10倍もしくは10分の1倍にするというものだ。


現在は真二と真希の時間を10分の1倍にしているため二人はゆっくりに動いている。


真二が能力を喰らった時から真希の速度が元に戻ったのは元に戻ったのではなく真二が遅くなっている世界に入ったためである。


又、『ケルベロス』は自らの時間を10倍にしているため実質100倍の差が真二と『ケルベロスにはあるため、真二は姿を見ることさえ叶わないのだ。


真二と真希は能力を知っていたのにもかかわらずその速さから気付けなかった。


そんな中でもたった一人だけは『ケルベロス』に対して攻撃を行っていた。


いや、一匹は。


『電光石火』


能力暴走期ということもあり、『苺』を10倍速の『ケルベロス』でさえ気づくことができなかった。


「いってぇ。この俺様に攻撃するとか、やるねぇ。でも。動きが直線的だから避けるのはそんなに難しくない。それどころかさ…」


『ケルベロス』は自分に迫ってくる『苺』を左手で殴った。


「殴るくらい余裕だわ。あっ、右で殴ればよかった。」


『電光石火』


『苺』の速度が10倍遅くなったこともあるが、速度以上に『ケルベロス』の戦闘センスが高すぎた。


雷の速さは秒速340m10分の1だと秒速34m時速にして120km人が避けれるはずのない速度にもかかわらず『ケルベロス』は何度も避けたり敢えて左手で殴る。


「あはははははは。犬だけどさ、焦ってるのが伝わるよ。行動が一層直線的になってきている。」


『苺』は自分自身で己を抑えていた。


自分の暴走期によって何人もの人間が犠牲になってしまったことと暴走期が終わりかけであることから自分自身をコントロールしていたが、今この時、明らかに自分の力が足りないことを感じている『苺』は己で己の限界を破壊した。


自分自身で自分自身を捨て己の意思で自身を暴走させた。


「グアああああああああああああああああ。」


「ふーん。自分はもうどうなってもいいってか。嫌いじゃない。でも、相手じゃない。」


暴走状態の『苺』は通常よりも10倍ほど速くなる。


つまり今『苺』は暴走させることによって実質『ケルベロス』の能力を無効状態にしている。


『ケルベロス』に『苺』の攻撃が当たり始めはしたが、暴走状態では『ケルベロス』のみを狙うことは出来ない。壁や地面、さらには真二や真希に対しても攻撃を繰り出す。


「『苺』!俺たちは気にせず『ケルベロス』だけを狙え!」


「うるさい。あと長い。」


『ケルベロス』は真二と真希を『苺』の方へ蹴り飛ばす。


「自爆しろ。」


暴走状態の『苺』は理性を失い目の前にあるものすべてに対して攻撃を行う。


にも関わらず。


避けたのだ。


たまたまかもしれない、しかし現に今真二と真希は傷一つ負っていない。


それはまぎれもない事実なのだ。


「なんだと…まさか、いやそんなこと…暴走状態であるにも関わらず自らを制御したというのか?なんということだ、これは奇跡だ。奇跡以外何者でもねない。そんな素晴らしいものを見せてくれるだなんて、なんとお礼を言えばいいんだ。そうだ、君の一撃を受けてあげよう!」


『ケルベロス』はそう言ってから一切動く事なく秒速340mの突進を受けた。


当然死んだ。


そして、真希と真二は元の時間へと戻る。


『苺』は力を使い果たしたのかその場に倒れた。


「勝ったのか?」


「ええ。勝った。『苺』が『ケルベロス』を貫いた瞬間をこの目で見た。速すぎて一瞬のことではあったけれど、その瞬間だけは見逃さなかった!」


「よっしゃーーーーーー!」


「まだ気を抜いちゃダメよ、それに『一護』の情報を調べなきゃ。」


「そうですね。でも、幹部を一人倒したんですよ。これくらい喜ばせてくださいよ。」


「そうね。」


二人の心からの喜びをただ一人で嘲笑っていた者がいた。


「くだらないな。五区のリーダーもその程度か。」


「え?」


真希が振り向いた視線の先にはさきほど死んだはずの『ケルベロス』がいた。


「なぜ?お前は今死んだのに?死体も目の前にあるのに?」


「なぜか…それは簡単な事だ。そこで寝ているのは私ではない。そういう事だ。」


「まさか…」

「気づいたか。その通りだ。そこで寝転がっているのは、『カペルスウェイト』だ。よく似ているだろう。」


「そんな…」


「わざわざ本物が出るわけがないだろう?」


「じゃあ、お前も…」


「勿論と言いたいが、残念ながら本物なのだよ。」


「そんなの信じられるわけがないでしょう。」


「勝手にしろ。本物だろうが偽物だろうが、私は私だ。そして、まだたくさんいる。」


「こんなの…勝てるのか?」


「さあ、第2ラウンドだ。安心しろこのアジトにいる俺は俺で最後だ。」









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