12話 オルトロスvs土岐貢

「なあ、『ケルベロス』って勝てんのか?」


貢は作戦を考えれば考えるほど勝てる気がしてこない。


常に10倍の速度で動き続ける事ができるのであれば見る事さえ怪しい。


その上触れられれば10分の1の速度にさせられる。この世において力を構成するのは速度と質量である。


事実上通常の100倍の速度で動く事ができるのであればそれは100倍の力を出す事ができると言う事。


避けられない速度で繰り出される一撃でも食らったらアウトの拳。


勝てるのか?


「勝てるかどうかは分からない。でも『ケルベロス』はDoGの幹部の中で一番弱い、奴に勝てなかったらDoGはこう思ってしまう。NeCOよりDoGが強いと。そうなったら、もう戦争だよね。」


この女何言ってんだ?


『ケルベロス』が一番弱いだと?


こんな化け物の上にあと7人もいるのか?


「それは嘘じゃないんだよな…」


「『ケルベロス』ぼ出現によって子供の生産速度は飛躍的に上がった。『ケルベロス』より強い奴がいるなんてのはごく自然な事だとは思わないか?」


真希の言っていることは理解できるし納得もできる。だが、信じたく無かった。


「確かにな…」


それから少しの間沈黙が続いた。


そしてその沈黙を壊したのは凪沙だった。


「『ケルベロス』には、弱点はないんですか?」


「あるよ。」


「あるんですか?それは一体…」


最強にも思える男に弱点があるなんて想像がつかなかった。


「あいつは100倍の速度になるわけだ。そいつを倒すには100倍以上の速度で動けばいい。そうすれば勝てる。」


「そんなの無理じゃないですか。訳の分からない研究をしてやっとできた能力に今の人間が匹敵できるわけないじゃないですか。」


DoGの研究を許すことはできない。ただ、今から何年も後に生まれるような能力に今の私たちで勝てるわけがないと凪沙は思った。


「いや、無理と決めつけるには少し早い。」


「そんな事もねぇんだなこれが。」


貢と真希の声はほとんど同時だった。


「ありゃ、貢くん気づいたかい?」


「ずっと疑問に思ってたんだ、何故DoGがわざわざNeCOの前に現れたのかを。」


「それは、『苺』を捕まえる為でしょ。」


「ああ、その通りだ。でもよー。それなら俺たちが交通整備をしてる時でもいいだろ?でもあいつはそうはしなかった。何故なら、自分の力だけでは捕まえられないからだ。雷みたいな速い奴をたかが100倍では捕まえられなかったから、俺たちが止めてから現れたんだよ。」


「その通り。さすがだね貢くん5区にこない?」


「あんな汚ねぇとこに行くわけねぇだろ。」


「凄い悪口だね。まあいい。つまり、『ケルベロス』の弱点は『苺』なんだよ。」


しかし、今『苺』はいない。


「ダメじゃないですか。それじゃあ、やっぱりあいつには…」


「勝てるよ。私は絶対に『一護』を助けてあいつを殺す。」


その時の双眸はこの人はやはりリーダーなのだと思わせるような、頼れる時の王者のような眼をしていた。



『次の角を右に曲がって、人は今誰もいないから急いで。』


貢はことの指示に従い『苺』の救出に向かっていた。


あの会議の次の日に作戦を決行することとなった。


本当はもっと時間をかけて作戦を練りたかったのだが早くしなければ『苺』の暴走期が終わってしまい『ケルベロス』への対抗手段がなくなってしまう。


自分でも『苺』が弱点だと言ったがそれは今の状況を見ての最善手だと思っての発言だったが本来であれば暴走期を利用するのは本意ではない。


色々なことを考えていたがすぐにそんな事は掻き消される。


『前方に見える扉の中に『苺』と誰かがいます。ただ、『ケルベロス』ではありません。』


当然、相手の能力を知らないのに入るというのは愚鈍な行為である。


しかし貢はすぐさま部屋に入った。


それは頭に血が登っていたわけでも、琴の声が聞こえなかったわけでもない。


体が勝手に入っていったのだ。入っていったというより、吸い込まれたという表現の方が正しいのかもしれない。


理由は中にいる男だとすぐに判断した貢は右手をすぐに鬼のものへと変貌させた。


今の状況から推測するに物や人を引き寄せる力だと思って間違いないだろう。


故に今貢は敵の元へと向かっていると考え『点火』を速攻で打ち込むと決めた。


吸い込まれながらでは体勢を整えるのが難しかったが、そこは日々の鍛錬が身を結んだ。


中には右手を貢に向けている男が1人とカプセルのようなものに入れられている


このまま男の所までいったら殴るつもりだったのだが、部屋に入ってすぐに吸い込まれるような感覚はなくなり貢は止まった。


「なんだよ?そのまま吸い込み続けてくれればよかったのによぉ。」


「そうだったのか。それは悪いことをした。ひさびさに客が来たので怖がらせてはいけないと思いやめたのだがそれが裏目にでるとは。最近の子はああいうのが好きなのか。」


「何言ってんだてめぇは?俺は客じゃねぇ、そこの犬っころをもらいに来ただけだ。」


「この犬を?なるほど…ではやはりあなたは私の客だ。」


「なんだと?まさか金を払えばくれるとかいうのか?そいつはいいや。まあ、今、金持ってねぇけど。」


「残念だが、この犬はやれないのだ。それに…私が提供しているのは、殺しだけでね。」


そう言って、左手で銃を取り出し貢に向かってなんの躊躇もなく撃つ。


貢は左手が常にポケットに入ってた事とポケットの膨らみから銃があるのは予想していた。


しかし、想像より男の拳銃を抜き撃つまでの速度が早すぎた。


故に心臓には当たらなかったが左肩を撃たれてしまう。


「ほほう、今のを避けますか。素晴らしい。私はいつも初めにこれをやるんです。これで死ぬような人には名乗りたくもないし自分の手を使いたくもない。あなたは少しは出来るようですね。私は『ケルベロス』様の部下の中でも特に強いと言われる三銃士の1人『オルトロス』です。あなたは私の手で殺してあげましょう。」


そう言って『オルトロス』と名乗った男は拳銃を自分の左肩に向けた。


「いつもしているとは言えあなたは初めてでしょうしこれがハンデとなりくだらない戦いになるのも嫌ですからね。」


パンッ。


乾いた音がその部屋に鳴り響く。


「ああーーーーーーーー。素晴らしい。自分の血を見るたびに、体が傷つくたびに、生きていると実感する。この痛みが、この血が私が今生きていると証明している。ああぁ、気持ちがいい。」


『オルトロス』は左肩を撃った後に、自分の左手に4発撃ち込んだ。


「あああーーーーああーーーーーーーーー。」


先程より大きな叫び声をあげた。


「気持ちがいい。死にそうになる程、死ぬ程気持ちがいい。これで、弾は全て使いました。どうせなら銃なんて戦いで使いたくないですからね。あははははははははははははははは、はぁ。お互い同じ痛みを持ったまま戦う。これって素晴らしいと思うんですよ。ねぇ?あなたもそう思うでしょ?」


貢は目の前にいるこの狂気を放ち続ける男に対して恐怖を感じて足が震えていた。


だが。


同時に、体全体が武者震いを起こしていた。


「いいねぇ。俺はお前みたいなイカレ野郎を殺すのが大好きなんだよ!」


『点火』


そう言って貢は自分の左肩に今できる最小の火力で殴る。


「何をしている?まさか…止血か?ふざけるなぁ!これでは平等ではないではないか!」


「知った事か。俺はお前らを殺せればどんな汚い手でも問題ねぇんだよ。」


「ふざけるなふざけるな、ふざけるなーーーーーーー!」


「イカれ野郎が、六文銭くらい準備できてんだろうな?」


貢は『オルトロス』に向かって走ろうとした。


走ろうとしたのだ、『オルトロス』に向かって。2歩といった所だろう。


スピードに乗る前に貢の体は右側の壁に打ち付けられた。


「痛ってぇ。何が起きた?」


今何が起きたんだ?


あいつの右腕は今、右を向いている。そして俺は右側の壁に打ち付けられた。


100%あいつの能力だと思って間違いねぇだろう。


だが、能力がわからねぇ。


俺はあいつに触れられてはいねぇから、『触れる系』の能力ではねぇと思うのだが、かといって何か飛んできた覚えもねぇ。


ここで考えられるのは3つ。


触れる事なく俺を操ることができる能力。


俺の行動を一時的に操ることのできる何かを放出しそれを当てた。


協力者がいる。


この3つなのだが、この3つともおそらく違う。


一つ目は、ほぼありえねぇ。


ミュータントやエンチャントなど様々な能力者がいるが、『触れる』と『放出する』この二つの分類以外の能力は未だ存在しねぇ。


あいつの能力もその最低限のルールくらいは守っているはずだ。


二つ目だが、一番可能性は高い。だが、最初の時扉には少しくらい隙間はあったかもしれねぇが閉まっていた。


その状態で俺を操るのは難しいだろう。もちろん、まだこの可能性を0にしたわけではないがこれも違うだろう。


三つ目は琴を信用するしかねぇ。


琴が裏切ってたら可能性はあるが、その可能性はこれまた0に近い。


3に関して言えば俺のエゴも入っているが琴は裏切らねぇ。


だとすると2だが、どうも腑に落ちねぇ。


「おいおい、どうした?いきなり壁に激突するなんて、そんなに壁が好きなのかい?」


「あたりめぇだろ、結婚したくてしょうがねぇわ。」


「愛らしいね。ただ、そんなに片方だけ愛してやるな、反対側が嫉妬しているぞ。」


そう言って、右手を左側へ振ると貢の体は左側の壁に激突した。


「ぐあぁー。」


「どうした?そちらの壁はタイプじゃなかったのかな?」


そして今度は右側に激突する。


「運命の再会じゃないか、実に美しい。」


まだ能力はわからない。


だが、少し分かった。


俺は今、糸のようなもので腹を引っ張られている。そしてその糸はあいつの右腕から出ていると思って間違いないだろう。


だったら。


「ほらほら、また嫉妬しているぞ!」


『オルトロス』がまた俺を引っ張る。


分かる。


今ならあいつが俺のどこ引っ張っているのかが!


だったら、するのは一つだよなぁ。


『点火』


「なんだと?まさかお前、自分の腹をえぐって俺の能力に対抗したというのか?」


思った以上だ。


クソ痛てぇ。


こりゃ早くしねぇと死ぬな。


目に見えないほどの糸のような物を操るのには集中力がいる。一度付けてしまえば、それをキープするだけだから簡単だろうが、今外したことによりもう一度つけ直す必要がある。そして、あの出血では集中し続けるのは困難。


いましかねぇ。


「死にやがれ!」


『点火』


俺の拳は男の腹に決まった。


男は吹き飛んだが、まだ生きている。


そして俺は脇腹から大量の出血をした。


「まさか、自分の腹を殴るとは…考えませんでしたよ。貴方イカれてますね。」


「なるほどな。テメェがDoGじゃなかったら、もっと早くに能力に気づけたんだがな。」


やっと分かった。


あいつの、能力が!

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