第3話

 生と死の間の世界でカウラスによって、異世界に転生したロウが目覚めるとそこは薄暗い森の中だった。


「ここが異世界か」


 寝ぼけ眼で周りを見回す。

 意識が覚醒していくと、次第にぼやけていた景色が段々と鮮明になっていく。

 そして、目の前に広がる世界にロウは感嘆する。


「なんて素晴らしい世界なんだ」


 生前の世界にはない美しい世界が目に映り、ロウは子供のように喜びを爆発させる。

 砂漠に覆われてはなく緑に溢れ、生命の息吹を感じる。

 砂埃を含んだ不味い空気ではなく、流れる澄んだ美味い空気。

 夜空には綺麗な星が輝いている。

 幼い頃、当たり前だった絶景の中心にいることを実感すると、ロウは涙を流す。


「泣いてる場合じゃない」


しかし、喜びに浸っている時間はロウに与えられていない。今も転生者達がこの世界で暮らす人々の幸せを奪っているはず。

 ロウはこの世界で幸せに暮らす為に転生したのではない。幸せに暮らす人々の平和を守るために転生したのだ。

 喜びの涙を拭き、ロウは大地の感触を確かめながら、歩を進める。


「あれは……村か?」


 周りの景色を確かめながら歩いていると、遠くに松明の炎が見えた。段々と松明に近づいていくと複数の木製の家が目に入る。どうやら、小さな村の集落のようだ。

 ロウはこの世界のことは何も知らない。どんな文化があって、どんな思想があることもだ。

 この世界で生きていく上での最低限の常識と転生者達の情報を聞くために立ち寄ろうとする。

 しかし、立ち入る前に村から立ち込める不穏な空気に気づく。


「この村……どんよりしている」


 生物が一旦、活動を中断する夜ではあるが、人間__大人の場合は睡眠時間を削ってまで酒盛りをして騒いでも別に可笑しくはない。

 別に酒を嗜む文化、あるいは酒そのものが無いだけかもしれない。

 しかし、それを抜きにしてもこの村は可笑しかった。


「あぁ、またか!」


 すると、森から一人の男性が苛立ちを露わにしながら出てきた。

 ロウは気づかれないように咄嗟に家の陰に隠れ、様子を伺う。


「今度は西の子供たちが攫われた!」


「畜生! これで十一人目だ!」


 続々と男性数人が集まって同じように狼狽える村民たち。


「子供を誘拐か」


 ロウの世界でも戦後初期は貴重な労働力、食料として子供が重宝されていた。それに目をつけた人拐い達が無作為に子供達を誘拐していた事件が頻繁に起きていたことを思い出す。

 例え、住む世界が別だろうと、人間がやる悪事は変わらない。


「そこで何をしているの!」


 村民達と推理に気を取られてしまい、背後から忍び寄る人に気づくことがロウは出来なかった。

 ロウは後ろ一瞥する。背後には二十代前半の女性が鬼の形相でロウに槍の矛先を向けていた。


「あなたは何者?」


「ただの旅人さ」


「旅人が盗み聞きなんて悪い趣味をお持ちね」


「初対面の相手に矛先を向けるあんたもどうかと思うが」


「何を! それに私にはエマという名前がある!」


 ロウの人を食った態度が勘に触ったようでエマは矛先をロウの背中に付ける。

 少しでも怪しい行動を見せれば、一突で殺されるのは明白だった。

 仕方なく、ロウは手を上げ、抵抗する気はないという姿勢を見せる。


「殺すのか」


「あなたが犯人ならね」


「犯人を相手にしているなら拷問するなりして子供の居場所を吐かせた後の方がいいと思う」


「なら、吐いて!」


「悪いけど、犯人じゃないから答えられない」


「ふざけないで!」


 エマにとって、ロウは往生際の悪い悪党にしか見えないのだろう。

 どうにかして、面倒なこの状況を切り抜けたいとロウは思っている。

 しかし、残念なことにロウには誤解を解かせられる巧みな話術などは持ち合わせていない。

 言論よりも暴力が物を言う世界に生きていたのだ。仕方ないのないことであった。


「騒がしいぞ! 何事だ!」


 エマの騒がしい声を聞き付けた村の男達が同じく槍を持って、ロウの傍らまで集まってくる。


「怪しい奴がいたの!」


 エマはロウに視線を向け、指を指す。

 すると、村人達はまるで先祖の仇を見つけたかのように激しい怒りを露にし、矛先をロウに向ける。


「俺を殺すのか」


「あぁ。このまま子供たちを解放しなければな」


「だから、知らないと言っているだろうが!」


 執拗な追及にロウは苛立ちを見せると、反抗を危惧した村人の一人がロウの右肩に槍を突き刺す。

 鋭い痛みがゆっくりと伝わってくる。


「これ以上、可笑しな真似をしてみろ! 今度は心臓に突き刺す!」


 ロウを刺した細い男の声は恐怖で震えていた。まるで、生まれたての子犬のように。

 人を傷つけたことがないのだろう。根はとても優しい人間であるとロウは感じた。

 しかし、それでもその細い男から明確な殺意が見えた。それほど、誘拐犯は村の人間達に憎まれているのだ。

 周囲の人間も細い男の行動に感化され、同じように殺意と矛先を向ける。


「そうか。あんた達がそんなに犯人を憎んでいるのか」


 村の人間の憎しみは痛いくらい理解できた。だからと言って、勘違いで殺されたくはない。

 それにやられっぱなしはロウの性分に合わない。


「殺すなら殺される覚悟があると考えていいか」


 ロウはまるで鷹のような鋭い眼光で村の人間を睨む。

 只者ではないと察したのか。はたまた、本能が警鐘を鳴らしたのか。村の人間達はその眼光に畏怖し、後退る。

 村人を目にしたロウはショックを受けた。まるで自身をゴーゴンのような怪物なのかと錯覚してしまう。。


「何だ、やけに盛り上がっているじゃないか」


 村人達との一触即発の状況に陥ったその時、ロウの頭上から、黒いローブを纏った妖艶な女性、否、人の姿をした醜悪な化け物が突然、現れる。


「お前は……魔女みたいだな」


「そうね。あなたの言う通り、私は魔女よ。名前はカルヴェーラ。お見知りおきを」


 カルヴェーラと名乗る女は妖艶な笑みを浮かべる。

 ここだけ見れば、ただの痛いコスプレイヤーとの馴れ初めにしか見えないだろう。だが、違う。ロウの勘が訴える。こいつは危険な人物だと。


「貴様! ここに何の用だ!」


 無精髭の男性は魔女に槍の矛先を向ける。


「そうそう。あなた達に返す物があるの。はい、これ」


 無精髭の男に声をかけられたおかげでカルヴェーラはこの村に来た目的を思い出す。

 カルヴェーラはマンホール程度の大きさを宙に作り出す。魔法陣に手を入れると大きめの麻袋を出す。そして、中から丸いある物を村人に放り投げる。

 一体、何を投げたのかと村人が疑問に思うなか、一人の男がその丸い物を両腕を抱えるようにキャッチする。

 そして、腕の中に収まるそれを見た瞬間、男の顔が恐怖で歪み、悲鳴を上げる。


「うわぁぁぁ!」


 男はあまりの恐怖に受け取ったそれを投げ捨ててしまう。それはボールのように転がり、大衆の前に晒される。他の村人達もそれを目の当たりにし言葉を発せない程の恐怖と怒りを抱く。

 なんと残酷なことをするのかとロウもカルヴェーラの正気を疑う。

 カルヴェーラから渡された物さ子供の小さな頭部であった。目を抉られ、数々の傷が付けられ、恐怖で引きつった表情のまま、硬直した恐ろしいモノであった。

 一目見ればわかる。この子供は最期の瞬間まで耐え難い恐怖を味わいながら息を引き取ったと。その頭部は今この場にいる人間全員に味わった恐怖が訴えかけている気がしてならない。


「とても、大事な物のようだから返してあげるわ。ありがたく思いなさい」


 村人達はマグマのような怒りをカルヴェーラに向ける。

 子供達を拐った挙げ句に残忍なやり方が殺したカルヴェーラは絶対に殺せばならない。例え刺し違えても村人達は躍起になる。

 一方でカルヴェーラは罪の意識も悪びれる様子もなく、寧ろ、感謝を要求し、村人達を煽る。


「貴様!」


 いよいよ堪忍袋の尾が切れた無精髭の男はカルヴェーラに槍を投げる。彼の投げた槍は一直線にカルヴェーラの心臓目掛けて、空を貫く。

 しかし、カルヴェーラは無駄と嘲笑いながら指を鳴らす。すると槍は一瞬で炎に包まれ、ものの数秒で消し炭にされてしまう。


「そんなんじゃ、圧倒的な力を持つ私は殺せないわよ」


「そ、そんな……」


 凡人では埋まることのない圧倒的な力の差を見せつけられ、村人達は狼狽える。

 カルヴェーラにとって村人達は蟻だ。どんなに束になっても、所詮、踏みつけられ、まとめて殺されるだけの弱者だ。 

 そんな虫けら達が自分という存在に恐れる姿を見ていると、神になったような愉悦を得られて、何よりも幸福であった。


「おい、魔女。どうして、子供を拐う」


 だが、カルヴェーラの愉悦を邪魔する者が一人だけいた。

 ゆっくりと視線をその者に移す。

 ロウは臆することなく、カルヴェーラを睨みつけていた。


「子供の血は美容にいいのよ」


 子供の若々しい生命エネルギーは肉体の若返りに効果覿面なのだ。

 女性というのは美しさに気を使うものだ。美しさを追及するために運動を行ったり、ミドリムシを摂取したりする。

 しかし、力を得た愚かな者の場合は自身の美しさ為に他人を切り捨てるのだ。


「そんな理由で! お前は悪魔か!」


「悪魔ではなく、魔女よ」


「何でもいい。お前が外道なのは代わりない」


 カルヴェーラと村人がくだらないことで言い争っている間に、ロウは村人の一人から槍を取り上げ、カルヴェーラに投げる。


「無駄なこと……いや!」


 カルヴェーラは溜め息を吐いて、適当に槍を無力化しようとする。

 しかし、ロウの投げた槍は凄まじかった。槍はまるで弾丸のようなスピードと威力でカルヴェーラに迫っているのだ。

 先ほどのように炎で消し炭にすることはできない。発生させている間に貫ぬかれている可能性が高い。

 カルヴェーラは防御魔術を使い、自身の前方に魔方陣型のバリアを作る。


「何よ、これ!」


 しかし、槍は魔方陣をパリンと甲高い音共に簡単に貫く。魔法陣はまるでガラスのように粉々に砕き、やがて粒子となる。

 貫いた槍は勢いが死ぬことなく、あ然とするカルヴェーラの腹を貫く。


「や、やった!?」


「何者だ!? あいつは!」


 初めて、傷ついたカルヴェーラを見て、喜びを爆発させる村人。

 やっと化け物を倒せる者が現れたのだ。彼ならば子供達を救えるのでは嫌でも希望を抱くのは仕方ないことだ。

 しかし、同時に無敵の魔女を傷つけたロウに拭えない恐怖を抱く。

 少なくとも同じ人間とは思えなかった。もしかしたら、魔女と戦っているのも所謂、縄張り争いのようなことではないのかと考える者も少なからずいた。

 もし、そうならば村人にとってはどちらが勝っても関係ない。寧ろ、状況が悪化する可能性がある。それを考慮すると、素直にロウの肩を持つことができなかった。


「お前! この私にこんな傷をつけたな!」


 風穴が空いた腹を抑え、カルヴェーラは正に化物のような恐ろしい形相でロウに怒りを露にする。

 自慢の美しい肉体と見下して人間に勝っていたというプライドに傷つけられたのだ。無理もない。


「覚えていろ! お前は絶対に殺してやる! 痛めつけて殺してやる! 泣いて喚いても許してやらないからな!」


 耳が割れるような甲高い声で喚くとカルヴェーラは傷を癒すため、ロウ達の前から夜の闇に紛れ、そのまま消えた。


「あなたは……本当に何者なの?」


 先ほどまで、ロウに強気な態度を取っていたエマも人間離れした力を目の当たりにした途端に怖じけづき、瞳で恐怖を訴える。

 その態度がロウの心に傷をつける。

 ロウは人なのだ。人として扱われ、人として人々を守りたい。しかし、村の人間にとってロウはカルヴェーラと同等の力を持つ化物のしか見えないのだ。

 保谷ロウは最早、人間などではない。圧倒的な力を持つ化物なのだ。

 誰にも覆せない現実をロウは歯を食いしばって受け入れるしかなかった。


「そうさ……俺は保谷ロウ。通りすがりの……化物さ」


吐き捨てるように自らを名乗るその声は酷く、悲しげな色であった。

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