第4話

「先ほどは無礼を働いて何とお詫びしたらよいのか……」


 カルヴェーラを追い返した後、ロウは村長の住む大きな家へと連れていかれた。

 異邦人であるロウが今まで手を焼いていたカルヴェーラと対等に渡り合い、追い返した。当然、ロウの素性や人外じみた力を持つことに様々な説明を求められることは容易に想像できた。

 受け答えの内容によっては最悪、カルヴェーラと同じ化け物として殺されることも覚悟していた。

 しかし、実際に起きたのは目の前で髭を生やした村長が頭を深々と下げている絵面であった。


「謝って済むと思っているのか。こっちは殺されかけたのに」


「それは……疑心暗鬼になっており……」


「話にならない」


 ロウは村長の態度に納得がいかない。いくら、疑心暗鬼であったからと言っていきなり犯人扱いし、危害を加えてきた。これがロウであったから良かったものの普通の人間ならば命を落としていた可能性も無きにしも有らず。謝罪一つで済む簡単な話ではない。

 ロウは呆れて、何も言えない。


「なぁ、頭を下げるくらいの罪悪感があるなら詫びの品とかないのか。個人的には食料がいい」


「貴様! 村長はわざわざ頭を下げたんだぞ! それ以上の物を要求するなんて失礼にも程があるぞ!」


「謝罪だけで腹が膨れるわけないだろうが」


 すると、一人の村人が立ち上がり、ロウを叱責する。どうやらこの世界では頭を下げるということはこの上ない謝罪の形のようだ。村人達の怒りの表情を見て、ロウは察した。

 馬鹿げた話だ。少しのプライドを捨てるだけで罪を消える世界なんてどんなに生きやすいことか。


「落ち着きなさい。度重なる無礼をすまない。食料は魔女に奪われてしまって……」


 怒る村人を村長は落ち着いて宥める。


「そう……ですか。それなら我儘を言った俺にも非があります」


 これからカルヴェーラを討伐しに行くとなると、道中腹を空かせる場面も少なからずある。しかし、無いと言われればそれまで。

 以前の世界でなら略奪という選択肢があったが、流石に弱者からそんな非道を行うことはロウの正義に反する。

 これ以上の詫びは諦めるしかなかった。


「わかった。それなら、俺はここにいる意味はもうないな」


 何も得る物がないのならば、ここにいても時間の無駄だ。

 ロウはゆっくりと立ち上がるとさっさとこの場から去ろうとする。


「なぁ、あんたはあの魔女に対抗する力があるんだよな」


「だから、何だ?」


「良かったらでいい。何卒、子供達を救うために力を貸してくれないか?」


「よいではないか。彼なら上手くやってくれるかもしれん!」


 一人の村人の不意に出した提案に聞き、足を止める。

 すると他の村人も「そうだ」とこぞって賛成し始める。

 村人達がロウの力を頼りたいという気持ちはロウ自身、理解している。カルヴェーラを退けるほどの力があるのなら、誘拐された子供達を救うこともできるはずだからだ。

 しかし、同時に都合のいい道具のように扱われたことにロウの体の奥底から怒りが込み上がる。


「ふざけるな! 犯人扱いした挙げ句に力を貸せと!? 虫がいいにも程がある!」


 突然の荒々しい怒声に村人達は一斉に黙り、ロウを凝視する。

 確かにロウは人々を仇なす転生者を狩り、人々を救う救世主である。当然、カルヴェーラに誘拐された子供達を助けに行くことは元より決まっていた。

 だからこそ、村人達の提案には怒りしかなかった。


 疑心暗鬼になっていたというあやふやな理由で殺されかけたにも関わらず、誤解が解けても大した詫びはない。それどころか、自分達の都合の為に助けを求めるなど、反吐が出るほど腹正しい。


 ロウは救世主になってもいいと思っている。しかし、優しさしかない空っぽの存在だけにはなりたくないはなかった。

 以前の世界では自らを省みず、他人を尽くした挙げ句に利用されて死んでいった人間をロウは嫌と言うほど見てきた。

 そんな人間にだけはなりたくなかった。自分を殺してまで他人を救うなどという愚かな人間だけはなりたくなかった。例え、救世主になろうがだ。


「お前だって人間だろう! だったら少しの良心は無いのか!」


「人間……ね」


 荒々しく反論するロウと都合の悪い展開に苛立った村人は失言を放ってしまう。

 その発言にはロウは笑うことしかできない。自分勝手も行き過ぎると宴会の一発芸にしか見えないものだ。


「人間だったらさ、こんなに怯えるなよ」


 笑うことを止めた途端、ロウは村人達を睨み付ける。

 すると、村人達の顔は一瞬で強張り、足が細かく震える。

 まるで空腹のライオンを目の前にして、襲われるかけているかのような怯え方だ。

 その怯え方は少なくとも普通の人間に取る態度ではないのは確かだ。


「都合のいい時だけ、人間扱いして、それ以外は化物扱い。酷い話だ」


 村人の勝手な態度を吐き捨てるように話すロウ。

 村人は特に言い返すというより言い返せず、だんまりを決める。これにはロウも呆れ、鼻で笑うしかなかった。


「あんたらと関わっても俺には何も利点はない。帰らせてもらう」


 これ以上の関わりは無駄でしかない。ならば、さっさと自分の使命を果たすことが重要だ。

 息苦しい空気の中、ロウは気にすることなく足早に外に出ていく。


「どこに行くつもりなの」


 村長の家を出てからすぐであった。背後から声が聞こえ、ロウは立ち止まって振り向く。

 そこには真剣な表情を浮かべたエマがいた。

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