第三章 カランコエ王国のお姫様

第一話 再会

「何度も同じ事を言わせるな、フローディア。巡礼は必ず行う。取り止めるつもりは無い」


 王の間にカランコエ国王の低い声が、張り詰めた空気を裂くように響いた。隣にいる大臣は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、王に直談判しに来た若き女兵士長を睨み付けていた。


「…でしたら……せめてお供の者は、我々の中から選ばせていただけませんか?何故養成所の子供に行かせるのです?」


 王の前に跪くフローディアは、金色の瞳を真っ直ぐに王へと向けた。短く刈り上げられた金色の髪と、純白の厚手の鎧を見に纏うその姿は、一見すると逞しい男性の様に見える。

 しかし俯くと頬に影を残す長い睫毛や、紅を引かずとも艶やかでふっくらとした唇には、彼女が元より持ち合わせている、隠しきれぬ女性としての美しさがはっきりと見て取れた。

 彼女に心奪われる兵士達も多い。しかし誰に対しても、その毅然とした態度を変えることなく接する度胸と芯の強さ、そして城で一番の剣の使い手であるということから、自信を失くす者も少なくはなかった。


「フローディアよ、案ずるな。巡礼と言ってもたった三箇所。何れも低級のモンスターが稀にしか出現しない、安全地帯。しかも竜人の国から一人、護衛の者が来てくれることになった。魔人が攻めてこなくなったのも彼らのおかげ…。その彼らが人間の為にまた協力してくれると言うのじゃ。そのご行為に、大いに甘えようじゃないか」


 大臣は、竜人に対して嫌味のたっぷり含ませた声色で言った。


「しかし…」


「シオンを思っての事なのだ。甘やかしていては、あの子は偉大な魔法使いにはなれん。理解せよ」


 王が諭すように言う。


 フローディアは眉間に皺を寄せ、悔しそうに歯を食いしばった。


「さあさあ!こんな無意味な話に時間をとっている場合ではなかろう。早く養成所に言って、優秀な未来の兵士でも探して来ぬか」


 大臣が苛立つ気持ちを抑えるように、引きつった笑顔を見せた。

 これ以上何を言っても無駄の様だ。フローディアは立ち上がり一礼すると、その場を後にした。





「…やれやれ。執拗い奴だ。ああいう正義感の塊みたいな奴は、どうも好かん」


「そう言うな、タリス大臣。奴なりにシオンを心配しての事だ」


 大臣は顎髭をゆっくり撫でながら、ちらりと王の顔を盗み見た。そして肩を竦める。


「王様。まさかとは思いますが…姫様を巡礼に行かせる事、後悔しておられるのでは?」


「何だと?」


 王は大臣を鋭く睨みつけた。


「い、いえ…気の所為だった様ですな……」


 王は黙ったまま立ち上がる。


「王妃様のところですか?」


「……そうだ」


「お気の毒です。アザレア様が亡くなってから、王妃様の心の病は酷くなるばかり…。やはり、アザレア様が亡くなる原因である存在が、近くにいる事が良くないのでしょうな」


「大臣」


「は?」


「口を慎め。おまえが我々家族の問題に口を出すな」


「は、はあ…」


 王はそれだけ言うと、解せないという表情をした大臣を残し、去って行った。






 ◆





 フローディアが王の間から出て来ると、いち早く男が一人近付いて来た。フローディアよりもだいぶ歳は上のようだ。右足をやや庇う様に歩いている。しかし日に焼けた肌と引き締まった筋肉は、彼がまだ兵士として身を粉にして働いている事を、しっかりと証明していた。立派な白い口髭を蓄え、心配そうに尋ねる。


「フローディア、どうであった」


「ガマ様…」


 ガマと呼ばれた男は、フローディアの沈んだ表情で全てを悟った。


「……仕方ない。とにかくそなたはすぐ養成所へ行き、優秀な生徒を探してまいれ。私は他の手を考える」


「……はい」


「フローディア兵士長」


 ガマはフローディアの肩をしっかりと掴んだ。


「五年前のモンスター襲撃以来、足を痛めた私の代わりにそなたは立派に兵士長を務めてきた。もっと自信を持ちなさい」


「しかし…危険だと知りながら、私は姫様のお傍にいる事すら出来ません。どうすれば…」


「大丈夫。とにかくそなたは今成すべきことをしなさい。さあ…」


「はい……」


 フローディアは不安の拭えぬ表情のまま、城を後にした。






 ◆





 その日、ルドはいつもの様にカランコエ兵養成所で授業を聞いていた。



 タンジー村がモンスターの襲撃を受けたおよそ三年後、村の復興と共にこの養成所は作られた。

 襲撃時、幸いにも命を落とした者はいなかったが、あれ以降カランコエ地方の町や村は兵の警備が厳重になり、人々も自衛の為に積極的に戦闘訓練を行なっていた。そんな折、十三歳から入ることの出来るこの全寮制の兵養成所が作られたのだった。

 またモンスターが来るかもしれない。今度は魔人自ら攻めてくるかもしれない。王国はすぐにでも優秀な兵士を増やさねばならなかった。そんな状況の中、優れた兵を生み出す機関としての重要な役割が養成所にはあった。

 勿論、養成所は強制的に入らされる場所ではない。希望する子供がいれば、基本的な学習能力を必要とする学科試験と、健康体である事を調べる簡単な実技試験を受け、合格すれば入る事ができる。


 ルドは十三歳になった時、自分からここへ行きたいと申し出た。普段から温厚で物静かな、本ばかり読んでいるような子供だったルドが、養成所に入りたいと言ってきた時はローズもジニアもとても驚いた。なぜ兵士になりたいのかと尋ねても、ルドはただなんとなく、としか答えなかった。我が子の真意はわからずとも、やりたい事をやりたいようにやらせると決めていたローズとジニアは、心配ながらも息子を養成所に送り出すことにした。


 養成所に入って二年。


 15歳になったルドの黒髪は伸び、それを後ろに結んでいた。背も随分伸び、同世代の中でも特に高い方だった。すらりとした体格と整った顔立ち、そして穏やかな性格から、異性からの人気もそれなりにあった。

 ルドは兵士になる為の様々な事を学んだ。今も、モンスターとの戦い方を現役の兵士である教官から教わり、しっかりとノートに内容を書き込んでいた。


「ええ、つまり…火を吐くモンスターを相手にする上で重要なのは、無闇に突っ込んでいかない事。当たり前だが…その火に向かって行っても、丸焼きにされるだけだ。そこでどうすればいいか。これは昨日のおさらいだが…ロベリア、答えてみろ」


「えっ…?」


 突然あてられたロベリアは目を白黒させながら、明らかな動揺を見せた。椅子からゆっくりと立ち上がる。五年前のぽってりとした体格は痩せてすっきりしており、養成所での訓練により筋肉もつき始めていた。短く刈った赤髪が更に男らしさを増長させており、皆の嫌われ者だった面影はどこにもなかった。

 昔はルドをよく虐めていたロベリアも、あのモンスター襲撃事件以来よく一緒にいる様になり、今ではルドの一番の親友だった。



「早く答えろ」


 元々釣り上がっている教官の眉毛が更に釣り上がる。


「あ、えと…俺………じゃなくて私は、昨日腹痛で……その、授業を休んでおりまして……」


「それがどうした。今日の授業迄に内容を他の者から聞いておくのが当然だろう。そもそも普段から教科書を予習しておくのは当たり前の事だ。知らないでは済まされんぞ」


「……あ、はい……」


 ロベリアが腐りかけの果物を食べ、腹痛で休んでいたのは事実だった。しかしまさか教官がそうくるとは思いもよらず、ロベリアの顔はだんだんと青くなっていく。

 隣にいたルドがノートの端に走り書きをする。それをちら、と見たロベリアの顔がぱっと明るくなった。


「わからんのか?」


「あ!いえ、わかります!えっと…待つんです!…火を吐き終わるのを遠くから待って、で、火が尽きたらすかさず攻撃する!」


「………よろしい」


 ロベリアが全身の力が抜けた様に椅子にへたり込んだ。


「火を吐くモンスターも、その火は永遠ではない。吐き終わると一旦火力を貯める時間が必要になる。そこを狙って攻撃するのだ。とここまでは昨日の授業の話だが…頭の良いモンスターは火が尽きていなくても吐くのをやめ、相手が近付いて来た時にまた火を吐く奴がいる。今日はこのパターンの攻略法を学んでもらう。まず武器の選択からだ。この時の武器は近接武器ではなく……」


「ありがとな」


 こっそりとロベリアがルドに囁く。ルドは微かに笑いながら、静かに首を横に振った。


 しばらく鬼教官のモンスター学は続いた。そろそろ終わりの時間が迫っていたその時、教室の扉が開いた。教官は突然の来訪者にムッとして扉の方を見たが、すぐさま姿勢を正し頭を下げた。


「授業中にすまない」


「と、とんでも御座いません兵士長殿……おいお前ら!頭を下げんか!」


 皆慌てて立ち上がると、深々と頭を下げた。


「いいんだ、お前たち。座りなさい。このクラスにルドという奴はおるか」


「は、おります。おいルド!」


「…は、はい」


 フローディアは真っ直ぐにルドを見た。


「話がある。すまないが、ついて来てくれ」


 それだけ言うと、フローディアは足早に去って行ってしまった。


「…おい、何をしているか!早く行け!」


 教官に急かされ、ルドは慌てて教室を出た。





 ◆




 カランコエ王国女兵士長、フローディア。この国で彼女の事を知らぬ者はまずいない。その美しい見た目とは裏腹に、剣の腕は兵の中で右に出る者はおらず、養成所の誰もが憧れる存在だった。ルドも彼女の兵士としての類まれなる才能には、無関心ではいられなかった。


「急に呼び出してすまなかったな」


「いえ…」


 二人は小さな部屋で、同じく小さな机を挟んで向かい合わせに座っていた。


「単刀直入に言おう。ルド。おまえに姫様の巡礼のお供をして欲しい」


「え…」


 ルドも勿論、近々行われる予定だった巡礼の事は知っていた。だがそのお供は、当たり前だが城の上級兵士になると思っていた。


「なぜ私が?私はまだ養成所の生徒ですが…」


「……王の命令だ。シオン様のお供は我々ではなく、養成所の者に行かせろとな。おまえはここで一番の優秀な生徒だと聞いている。学問においても、槍の使い手としても、申し分ない成績だ。頼まれてくれるか」


 断る事は出来ないだろう。ここで兵士長の依頼を断るのは、兵を志す者にあるまじき行為だということは、15歳のルドにも分かることだった。


「………はい……ですが兵士長殿。まだ私はモンスターとの実戦経験がありません。それでも構わないのでしょうか?」


「巡礼場所は何れも低級モンスターしか確認されていない。おまえであれば問題ないだろう」


「では魔人は?」


 フローディアの顔が一瞬曇ったのを、ルドは見逃さなかった。


「ここ最近の奴らは、全くと言っていい程人間に攻撃を仕掛けてこない。おそらく…大丈夫だろう」


 ルドはこのフローディアの言葉に違和感を感じた。随分といい加減な憶測だ。ここ最近のことだけを捉えて、何故大丈夫などと言えるのか。そもそもこれはフローディアの本心なのだろうか?こんな時に、たとえ古くからのしきたりだろうと、大事な姫君を外に出す意味がわからない。ルドは気になりながらも、ただの養成所の生徒である自分に、フローディアが真実を語ってはくれないだろうと、容易に予測できたため、仕方なく彼女の話に耳を傾けた。


「お供するのはおまえだけではない。アルストロメリアから竜人も一人、来る事になった」


 竜人…ルドは咄嗟に幼いアイリスを思い出した。


「…どんな人ですか?」


「まだわからぬ。だが彼らの戦闘能力はかなりのものだ。国交が正式に始まってから、彼らは人間を献身的に支えてくれている。彼らの戦い方は我々も非常に勉強になる。今回も強い戦士が来てくれるに違いないだろう。おまえも彼らの戦い方をよく見ておく事だ」


 なるほど。ルドの頭から幼いアイリスは消え、代わりに屈強な男の姿が頭に浮かんだ。


「巡礼は一週間後だ。全ての遺跡を巡るのに、かなりの日数がかかるだろう。くれぐれも準備を怠るなよ」


 フローディアは立ち上がり、部屋を出ようと扉に手をかけた。が、一向に出て行こうとしない。ルドは不思議そうにフローディアの背中を見た。


「ルド」


「はい」


「…色々と聞きたい事もあるだろう。なぜ何も聞かない?」


「…………聞いたところで、兵士長殿はこの私に教えてくださいますか?」


「……そうだな………まだ子供のおまえに任せる様な任務でないことは充分理解している。だが今はこうするしかないんだ。申し訳ないと思っている」


 フローディアは振り返り、深く頭を下げた。


「姫様を頼む」


 その声にいつもの勇ましさはなく、そこには姫の安否を気付かう一人の女性の姿があった。本当は自分が行きたいのだろう。だが王の命令でそれが叶わない。彼女の表情からその悔しさが滲み出ている。ルドはフローディアが去った後も、しばらく部屋で立ち尽くしていた。




 ◆




 養成所の仲間達はルドの巡礼の話に驚き、そして祝福してくれた。

「姫様と御一緒できるなんてうらやましいな」

「遺跡ってどんなんだろう?俺も行きたかったな」

「おまえなら低級モンスターくらいなんてことないさ」


 皆口々に色んな事を言っていた。ルドは困った様な顔で頭を掻きながら、ただ静かに笑っていた。


 ルドは度々、子供の頃にブルーとよく行った秘密基地で物思いに耽った。体が大きくなり、基地は随分狭くなっている。ブルーがいつも外を眺めていた窓も、今ではとても小さく感じる。

 姫様の巡礼。世間では何故このタイミングで行かせるのかと話題になっている。王としては、魔人の攻撃が落ち着いた今こそが、巡礼に行かせるタイミングだと思ったのかもしれない。

 だが一部では、いよいよシオンが邪魔になったのではという噂もあった。カランコエの王妃は長女のアザレアが亡くなってから精神的な病にかかり、公の場に出てこなくなって既に八年が経とうとしていた。アザレアが亡くなった原因であるシオンを、王妃から遠ざけたいという思惑があるのではと、影で囁かれているのだ。これだけ周りが噂している中、当人であるシオンはどんな気持ちなのだろうか。ルドは家から持ってきたソーダ水をごくりと飲んだ。

 魔人の存在も気にかかる。たしかに今は静かだが、それは本当に竜人のおかげなのだろうか。強大な力を持つとされる魔人が、今更他の種族に恐れ慄くことがあるだろうか。


 ルドは窓から空を見上げた。よく晴れた青空。鳥が一羽、飛び去って行く。


 ブルーとアイリスがいなくなってから五年。二人は元気にしているだろうか。ブルーは18歳。アイリスは11歳。自分もそうだが、二人共成長し、きっと大きくなっている事だろう。

 ルドは時々、アイリスのドラゴンの姿を思い出す。あの時、ルドはとても恐ろしかった。自分のよく知る小さな妹が、体中にモンスターの返り血を浴びながら吠える、とてつもなく巨大なドラゴンになってしまったあの瞬間の事は、今でもよく覚えている。

 アイリスが竜人の国へ行く事になった日、ルドはアイリスを恐れ、いつもの様に振る舞うことができなかった。悲しそうな、今にも泣きそうなアイリスの顔は鮮明に思い出せる。

 後悔していた。子供だったから、という言い訳はできる。だがアイリスを傷付けたのも事実だ。そしてドラゴンを怖いと感じたのも事実。それは果たして今もそうなのだろうか。竜人との国交が始まってから、何度か空を飛ぶドラゴンの姿を見かけた事がある。五年前よりはそれほど怖いと感じなくなっていたが、やはり少し身構えてしまう。あの血塗れのドラゴンを思い出してしまうのだ。




 空に大きな鳥がやって来た。鳥は異様な飛び方をしながら、ふらふらと漂っていた。


 なんだろう?鳥にしては大きすぎる。手足の様な物もある。

 よくよく目を凝らすと、それがドラゴンだと気付いた。この辺りにも、魔人やモンスターに襲われている人間がいないか、竜人が見回りに来てくれているのだろうか。


 それにしても下手くそな飛び方だな…。ルドは何度も落ちそうになるドラゴンを見守った。

 段々と高度が落ちてくる。そしてドラゴンの色や形がよく分かる高さまで来た時、ルドは目を大きく開け、窓から身を乗り出して空を見た。

 ホワイトドラゴンだ。あの日見たものよりも更に大きな、白いふさふさとした毛の生えた体。そしてそのドラゴンには、誰かがしがみついてた。



「……あれは…………………兄ちゃん……?」



「うわあああああああああ…………」




 絶叫が落下していくドラゴンと共に遠ざかっていく。そして直ぐにズドン、という鈍い音と地響きが森中に広がった。ルドはドラゴンが落ちた辺りを呆然と見つめていたが、しばらくして慌てて秘密基地を飛び出した。

 草木を掻き分け、森の中を急ぐ。息を切らしながら、ドラゴンが落ちた辺りにようやく辿り着いた。




 そこには、ルドの何倍も大きなホワイトドラゴンが、地面に仰向けに転がっていた。ドラゴンは気を失っているのか、大きな目を瞑ったまま口をぽっかりと開けている。ルドは恐る恐るドラゴンのひっくり返った顔に近付いた。

 近くで見ると、陽の光に反射して毛の一本一本がきらきらと輝いていた。巨大な顔は他のドラゴンと違い、何処か犬や猫を連想させる丸みを帯びた形をしていた。黒い鼻からぴゅーぴゅーと呼吸音が聞こえる。ルドは震える手でその鼻をつついてみた。少し湿っている…。


 ひゅ、と強い風が鼻の穴から出てきて、ルドの髪を揺らす。


「う……んん……」


 聞き覚えのある声だ。ルドがもう一度鼻を突くと、ドラゴンはぱちりと目を開けた。


「あ……あなたは……」


 ドラゴンはゆっくりと体を起こし、きょとんとした顔でルドを見つめた。驚いたその瞳の色は、あの頃と変わらない燃えるような紅色だった。


「……アイリス…なの?」


 ドラゴンがこくりと頷く。


「随分…大きくなったねえ」


 ルドが困った様に笑う。その笑い方には見覚えがあった。アイリスが口の周りをベトベトにしながらパイを食べていた時に、隣にいたルドの顔だ。いつも笑いながら口を布で拭いてくれていた。


「ルド!」


 アイリスがぱっと顔を輝かせ、ルドを思い切り抱きしめる。ふさふさの毛がルドの顔面を埋める。しかしアイリスはハッとして、すぐさまルドから離れた。


「ごめんなさい…」


「…いや、いいよ」


「……ルド……私の事、怖くない……?」


 ルドが頷く。


「大丈夫だよ。おかえりアイリス」


 アイリスは大きな目に涙をたくさん溜めながら、笑った。言葉を発するともっと泣いてしまう。アイリスは涙を堪えるのに必死だった。ルドがアイリスの鼻先を優しく撫でてやった。いつもブルーや歳上の子供達に仲間はずれにされて泣いていたアイリスは、よくルドに頭を撫でてもらっていた。アイリスの目からぽたぽたと涙が零れ落ちた。


「コホン…」


 後ろから咳き込む音がしてルドが振り返る。ひしゃげた眼鏡を直し、それを再びかけながらブルーが歩いて来た。


「感動の再会中に申し訳ないんだけどさぁ。俺もいる事忘れないでくれよ、ルド」


 五年の歳月が兄を見違えるほど逞しくさせていた。ルドは安心した様に笑う。


「おかえり!兄ちゃん」


 ブルーもにやりと微笑み返した。


「ただいま。ルド」


 小鳥が三人の再会を祝福するかの様に、頭上を囀りながら飛び回る。温かい幸福感に包まれながら、三人は五年の月日を取り戻す様にたくさん話したくさん笑った。この幸せが永遠に続けばいいと、三人は強く思った。




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