第八話 古代の武器
ナスタとの出会いから数ヶ月後、ブルーとアイリスはソレルに連れられ、アルストロメリア城下町にやって来た。
一度ライラックの背中から見たことはあったが、実際に降り立って見る町は、二人が圧倒される程に広く、美しい家々が建ち並んだ立派な所だった。二人の想像をはるかに超える町の様子に、驚きと感動の波が次々と押し寄せてくる。
町には木や花などの植物も多く、どれもきちんと手入れされているようで、皆生き生きとしていた。この国が数年前に崩壊寸前にまでなっていた事が信じられないほどだ。
町には老若男女問わず沢山の竜人達が暮らしていた。楽しそうに笑う子供達、武器屋で値段の交渉に必死な男、井戸端会議をするおばさん達、日向ぼっこをするお爺さんと猫…皆平和な国でそれぞれが思い思いに暮らしていた。
城の兵士として、また学校の先生としても有名なソレルは、町行く人々に声をかけられていた。
「ソレル様、こんにちは」
「こんにちは」
「先生!僕この間ドラゴンの姿であの山まで飛べたんだよ!」
「それはすごい。頑張り屋さんですね」
「ソレル様!今度またうちに遊びに来てくださいな。ソレル様が作るアップルパイが子供達みんな大好きなんです。また作り方を教えてくださいまし」
「ええ。ぜひまた行かせてください」
「ソレル様」
「ミントさん、もうお身体は大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですじゃ。ソレル様が煎じてくださった薬草のおかげで、もうすっかりよくなりました」
「それは良かった。今度また一緒にお茶でもしましょうね」
「それは楽しみじゃ」
皆ソレルの事を慕っているのがよくわかる。ブルーもアイリスも、ソレルがこれだけの人に慕われる理由は、たった数年彼と接しただけでもよくわかっていた。彼は優しい。相手へ思いやりと尊敬の意をもって接する事のできる人物なのだ。彼を嫌いになる事の方が難しいだろう。
「先生、その人達だれ?」
少年が尋ねる。
「この子達はね…お父さん、お母さんとはぐれてしまった子達なんです」
「そっか!僕と一緒だね!」
ソレルは少年の頭を優しく撫でた。
「大丈夫だよお兄ちゃん、お姉ちゃん。ソレル先生がいるから寂しくないよ!」
ブルーは中腰で少年の頭をぽんぽんと叩いた。
「ありがとな」
「うん!」
少年は嬉しそうに微笑むと、他の子供達といっしょに走っていった。
「すいません。ブルー。アイリス」
ソレルが申し訳なさそうに謝る。
「いえ、大丈夫です。ここでは俺らはそういうことになってるんですよね」
城下町に来る前に、ソレルから話は聞いていた。王国ではアイリスは王族、ブルーは人間であることはまだ隠しておくことになっている。二人ともソレルが浮遊大陸で保護した孤児ということにしてあるのだ。
ザックが生きているうちは、彼の魔力でアイリスが王族である事がばれてしまう危険性が高かったため、ここへ来ることはできなかったが、ザック程の強い魔力の持ち主がいない今であれば大丈夫だろうと、ソレルとナスタとで二人を連れて来ることにしたのだそうだ。
だがザック亡き後も、未だ彼を支持していた者は少なからず王国内に残っている。町の住人の中にも、例の王の暴走で家族を失った者もいるため、今のところはまだ娘のアイリスの事は伏せておく事になったのだ。
ブルーにしても、竜人と人間との交流が国家間で本格的に決まっていない状態なので、念のためアイリスと同じく竜人の孤児ということになっていた。
「さあ、ここがあなた達の第二の家です」
木や色とりどりの花に囲まれた、青い屋根の二階建ての家がそこにあった。
「わあ素敵!!」
アイリスが早速家の中に入っていく。ブルーは建物の外側からここはこうなってるのか、この素材をここに使っているのか、などと独り言を言いながら家を見ていた。
「ブルー!ちょっと早く来て!」
家の中からアイリスに呼ばれ、ブルーは仕方なく入っていった。
「わ、こりゃあすごい…」
家の壁はそのほとんどが本棚になっており、ブルーの大好きな本が所狭しと並べられていた。
他にも二人分の広々としたベッド、高価な食器が揃った食器棚、綺麗な花が瓶に生けられたものが置かれた、これまた高価そうなテーブルが置かれている。窓からは心地よい陽の光と風が入って来ていた。
「ここは元々プリム様が使っていた家でした。プリム様が王妃となり城へ行った後は、彼女の書庫として使われていました」
「お母さんの?」
「ええ。そうです。ベッドなどの家具はナスタ様が揃えてくださいました。今日からここは君達の別宅として利用してください。大陸の家もここも、自由に使ってもらってけっこうです」
「向こうに帰る時は先生に言えばいいんですか?」
「いいえ、君達で自由に行ってもらって大丈夫ですよ」
「え、でもどうやって…」
「アイリス。あなた竜人でしょう。ドラゴンになってブルーを乗せて行くことくらいできるでしょう」
「えー!いやよ…ブルー重いから飛びにくいんだもん」
「俺のせいにするなよ。アイリスが飛ぶの下手くそだからだろ」
「ちがうもん!」
「はいはい。アイリス。あなたはもっと飛行訓練をすること。ブルーはアイリスにあまりきつい言い方をしない」
「「…はーい」」
「さて、それではブルー。あなたはここで本を読んでもよし、町を探索するもよし。自由に過ごしていてください。アイリス。あなたにはこれから私と一緒に来てもらいます」
「どこ行くんですか?」
「私が所属している警備部隊の見学です」
◆
ソレルに連れられてやって来たのは、城から近い場所にある大きな建物だった。小さな城程もあるその建物は、アルストロメリア城の屋根と同じ群青色の屋根で、立派な門がどっしりと構えていた。門の両端には風に揺らめく群青色の旗があり、そこには長い尾を持った鳥が描かれていた。
「ここがアリストロメリア王国第一警備部隊、ケツァールの訓練場です」
ソレルに続いて門をくぐって行く。天井が遥か上空にあるように感じる。どこか聖堂のような厳粛な雰囲気を漂わせており、床、天井には美しい装飾が描かれていた。
「誰もいないのですか?」
「今は皆中庭で稽古中です」
木でできた大きく頑丈そうな扉をソレルが開けると、外からの光が一気に入り込んできた。眩しさの中アイリスはそこにたくさんの人がいるのを確認できた。
ソレルと同じ軍服を着た者達全員が細身の剣を持ち、二人一組になって戦っている。剣と剣のぶつかり合う音が空気中に響いていた。皆の顔は真剣そのものだ。
ある者は呪文を唱えると、噴き出した炎を剣に纏い、斬りかかる。しかし相手も同じく魔法を唱えると、今度は凍てついた氷が剣を覆い、相手の火剣を弾いた。
またある者は両手にそれぞれ剣を持ち、滑らかな動きで相手を翻弄している。しかし相手もやられてばかりではない。何か呪文を素早く唱えたかと思うと、手から突風が巻き起こり、双剣使いを弾いた。
剣だけではない。体術を駆使して剣を持った相手に互角で戦う者もいた。群青色のマントを華麗に翻し、皆どこか美しさを感じさせる身のこなしをしていた。
「すごい…」
アイリスは口を開けたまま稽古に夢中になっていた。
訓練をしていたうちの一人がソレルに気付き、手を高々と上げた。
「みんな!手を止めて!」
それを合図に稽古が中断される。それぞれが武器をしまい、ソレルの元に駆け寄って来た。
「ソレル隊長!」
「申し訳ない、ネリネ。中断させてしまって」
「いえ」
この隊のリーダーだろうか?薄いシルキーピンクの長い髪を横に束ねたネリネという女性は、額の汗で張り付いた前髪を素早く整え、跪いた。他の者達もそれに続く。
「おかえりなさいませ、ソレル様」
「うん。ただいま」
ソレルが微笑みかける。皆つられるように笑った。
「留守中何かありましたか?」
「いいえ。問題ありません」
「そうですか。わかりました。皆さん楽にしてください」
ソレルの言葉に皆立ち上がる。
「ソレル様、その子が先日おっしゃっていた子ですね」
「はい。さ、皆さんにご挨拶なさい」
「あ、えと、アイリスです」
「今日からこの子が見習いとして、ケツァール隊に入部します」
「はい…え、…えええ!?」
「よろしくアイリス」
ネリネが手を差し出す。出された手を放っておくわけにもいかず、アイリスもおずおずとその手を取った。温かいぬくもりが伝わる。他の隊員もよろしく、と挨拶してくる。
何がどうなっているのかよく分からずアイリスはソレルを見た。にこにこと嬉しそうだ。
「さあみなさん!今日も一日美しく!」
「今日も一日美しく!」
皆がソレルに続く。
「華麗に舞い!」
「華麗に舞い!」
「この国を守るために!」
「この国を守るために!」
「光り輝き続けることを誓う!」
「光り輝き続けることを誓う!」
歓声があがる。アイリスは勢いに負けて思わず後ずさりした。これは夢だろうか?それとも現実?アイリスは只々ひたすらに家に帰りたくなった…。
◆
いつの間にか外は夕陽に包まれていた。ずっと本を読みふけっていたからだろうか。ブルーは肩や腰、目に疲れを感じ、背伸びをした。
それにしてもこの家の本はどれも本当に素晴らしい。様々なジャンルの本が揃えられている。例えばあらゆる種族について事細かく書かれたもの、世界中の国についてや、まだ見ぬモンスター、戦闘における知識がたくさんつまったもの、薬草の新たな使い道に世界食べ歩き本なんていうものもあった。
中でもブルーが最も興味を持ったのは、キカイについてだ。種族としてのキカイではなく、太古の昔に人間が使っていた道具としてのキカイ。日常生活に欠かせないものや、空を飛ぶために用いられていたキカイもあったらしい。だがどの本にも、何故それらがなくなってしまったのか、明確に書かれているものはなかった。キカイと人間との戦争時に全て破壊されてしまったのだろうか。だとしたら途方もなく勿体ない話だとブルーは思った。
もし今道具としてのキカイがこの世界に存在していたら。魔人に対しても有効なのではないだろうか。
ブルーはそんな事を考えながら、散歩に出かけた。
あちこちから晩御飯のいい香りがしている。外にはもうあまり人はいなかった。ブルーも王国も、濃い橙色に染まっていった。
それにしても広いな。
アイリスなら絶対に迷子になりそうだ。
とんでもない方向音痴だからな…。
城下町をしばらく当て所なく歩く。色々と考え事をしながら歩いていると、いつの間にか家もない、開けた場所に出てきた。すぐそこは大陸の端。ここが空に浮かんだ大陸だということを一瞬にして思い出させてくれる光景が、目の前に広がる。
一面の雲。まるで海のように遥か遠くまで広がっていた。ここから落ちればひとたまりもないだろう。だが不思議とこの空に恐怖心はなかった。
歩き疲れたのだろうか。ブルーはその場に胡座をかいて座った。
今、地上はどうなっているのだろう。家族はどうしているだろう。忙しい毎日に隠れてしまってはいたが、ふと思い出すことがある。
自分の成すべきことを見つけるため、自由になるためにアイリスについて来て早三年。あっという間だった。日々の暮らしや修行の中で、やはり心にいつも存在しているのはアイリスの事だ。辛い修行も、アイリスを守るために強くなると考えれば苦にもならなかった。
しかし…
ナスタと戦った時の事が、最近ずっと心のどこかに引っかかっていた。この三年で強くなったと思っていた自分が、全くと言っていい程彼に歯が立たなかった。悔しさや恥ずかしさもないわけではないが、それ以上に情けなかった。思い上がり。油断。そして単純な弱さ。圧倒的な強さを前に、自信を失いかけているのかもしれない。これから本当に自分はアイリスを守れるのだろうか。アイリスを守れない自分が、彼女のそばにいる意味はあるのだろうか。
「おーい」
ナスタは自分と同じ歳なのだとソレルが教えてくれた。彼は一国の王として自分よりも随分前に進んでいる。生まれてきた環境の違いもあるだろうが、自分とナスタとの間に大きな差がある現実を知った。自分よりもナスタの方がアイリスを守ることができるかもしれない。
「なあ少年」
どうすれば強くなれる。どうすればアイリスを守れる。
…そんな事を考えても仕方ないのかもしれない。気にしたって己が強くなるわけじゃない。とにかくひたすらに修行あるのみだ…。
「少年!」
「おわっ」
耳元で叫ばれブルーは数センチ飛び上がった。慌てて振り返る。すぐそばに背の低い小柄なお爺さんが立っていた。薄汚れた茶色の作業服に身を包んだお爺さんの、ぼさぼさのヒゲも茶色く汚れている。分厚い眼鏡のせいで瞳が胡麻ほどしかない様に見える。
「ちょっとすまんがのう」
「はい…」
「あいつを取って欲しいのじゃが」
お爺さんが指差す方向を見る。大木の遥か上の方にクマのぬいぐるみが引っかかっている。
「孫に買ったんじゃが、歩いている時に鳥が餌と間違えて咥えていってしもうてな。突然の事で…びっくりしたのう」
ホッホッホ、とお爺さんが恥ずかしそうに笑う。
「そうですか」
ブルーは木まで行く。近付くと、思っていたよりもその木が大きかったことを知る。ブルーはお爺さんより背は高いが、背伸びで取れるような場所ではない。木を登ろうにも手や足をかける枝も無かった。
お爺さんが残念そうにしている。
ブルーはポケットからパチンコを取り出すと、その辺りに転がるなるべく尖りのない丸い石を手に取った。
ぬいぐるみ目掛けて石を放つ。
見事一発で命中したぬいぐるみがすとんと地面に落ちた。
「わお」
お爺さんが喜びの声を上げる。ブルーはぬいぐるみを拾うと、土をはらってお爺さんに渡した。
受け取ったお爺さんの手は黒く汚れていた。
「少年、ありがとうよ…本当にありがとう…」
「いえいえ、それじゃあ…」
「少年、いい腕を持っておるのう」
お爺さんはブルーの持っていたパチンコをちょいちょいと指差した。
「ああ…これですか。小さい頃から使ってたんで」
「ふむ。ちょっと見せてくれんかのう」
ブルーはお爺さんにパチンコを渡した。
「ふむ…ふむ…むむむ…もしやこれ、おまえさんが?」
「あ、はい。作りました」
「なんと…ふーむ…これは…」
お爺さんはしばらく唸りながらパチンコを繁々と見つめていたが、やがて嬉しそうにブルーにパチンコを返すと、眼を輝かせて言った。
「明日またここへ来られるかのう」
「え?ここにですか」
「お前さんに礼がしたい」
「いや、いりませんよ。大丈夫ですから」
「たのむ、お願いじゃ」
お爺さんの顔はとても真剣だ。ブルーはお爺さんの気迫に負け、結局明日の昼にここで待ち合わせることになってしまった。
「わしはモンステラという名じゃ。少年は?」
「…ブルーです」
「良い名じゃ。ではまたの」
お爺さんは皺々の顔をさらに皺くちゃにして笑った。
「…やれやれ」
ブルーは頭をかきながら、面倒くさいことになってしまった、と大きな溜息を吐いた。
◆
「聞いてよブルー!」
帰ってきて早々、一足先に家に戻っていたアイリスがブルーの肩を掴んで大きく揺らした。
「な、なに」
「先生ったらひどいのよ!いきなり軍隊に入れられたの!」
「軍隊ではありませんよアイリス。アルストロメリア王国第一警備部隊、ケツァールです」
「いっしょだもん!」
「一緒ではありません。我々の部隊は美しさをモットーとした輝かしい部隊で…」
「もういやー!」
夕ご飯はソレルお手製のビーフシチューに、王国で一番美味しいと言われているパン屋のクニャペを少し焼いたものだった。アイリスは怒りながらも誰よりも食べていた。
「えっと、つまり…アイリスは先生が所属してるケツァール隊の見習いになった…で、先生が何も言わずにいきなり決めたことに腹を立てていると」
「そう!ひどいでしょ」
「ひどくありません。私はサプライズとしてあなたを連れていったのです。我がケツァール隊は入りたくても中々入れない、みんなの憧れの隊なのですから」
「どこがサプライズですか!全然嬉しくないんですけど!なんか…美しくとか華麗に舞うとか…何なんですかあれ」
「アイリス。美しく戦うということはとても大事なんですよ」
ソレルは大真面目だ。
「そういや先生はいつも髪型とか服装とか綺麗にしてますもんね」
ブルーがクニャペを頬張りながら言う。
「そう!身なりの清らかさは心の清らかさにを反映します。身も心も汚れた状態で戦うのは、始めから負けているも同然です」
「じゃあ…一週間体を洗わないライラックは…」
「以ての外です」
ぴしゃりと言い放つ。
「そういえばライラックはここには来ないんですか?」
アイリスが尋ねる。
「彼は王国には来ないでしょう」
ソレルは立ち上がると、水差しに水を入れに台所へ向かった。
「あなた達の家畜や畑の世話をしておくから俺は行かないと言っていました」
「そっか…」
アイリスは少し寂しそうだ。ソレルはそれ以上何も語らなかった。
「…そういえば今日、なんかちょっと妙なお爺さんに会いました」
「ほう。どんな?」
「んー…茶色い服着た髭面のお爺さん。モンステラって名乗ってました」
「モンステラ…」
「はい。なんか困ってたんで助けたら、明日また会うことになって」
「彼は町の電気整備士ですね」
「でんき?」
アイリスが口にシチューをつけたまま尋ねる。
「気付いてましたか?この町の灯りは火ではないんですよ」
「電気って…昔使われていたキカイの…」
「そう。この国にはまだ残っているのです。キカイを使った技術がね」
ブルーは天井を見上げた。なぜ気がつかなかったんだろうか。突然立ち上がり椅子の上に登る。
「どうしたのブルー」
「すごい…電気だ…」
淡く灯る電灯。ブルーはそれに触れた。熱い。火とは違う熱さがある。
「私もあまり詳しくないのですが、風や水の流れの力を利用して電気を産み出し、それを地下にある配電線というものを通して色んなところに流しているそうです。モンステラは電気整備士のリーダーをかれこれ何十年も続けていますから…色々と知っていると思いますよ」
「すごい、すごいやこの国!」
ブルーは珍しく興奮している。アイリスはあまり見ることのないブルーの様子に呆気にとられていた。
「昔、まだ竜人が地上にいた頃に人間から技術を学び、それを我々は今も使い続けているのです。ちなみにモンステラは整備士だけでなく武器の…あ、そうそう!大切な事を忘れていました」
ソレルは手を叩くとすぐに立ち上がり、部屋の隅から慌ただしく麻の袋を持ってきた。
「今日本当はナスタ様もここにお見えになる予定だったのですが、別件で来れなくなったんです。で、代わりにこれをブルーに渡してほしいと頼まれていました」
ソレルは麻の袋から漆黒の皮で作られたグローブを取り出すと、ブルーに渡した。
「特注だそうです。それには魔力も込められていて、硬い敵にも有効だそうです。この間の手合わせのお礼だと言っていました」
まだ一度も使われていない、新品のグローブ。ブルーはしばらくそれをじっと見つめていたが、やがて徐に両手に装着すると、二人に見せた。
「どう?」
「いいなー!かっこいい!」
アイリスは羨ましそうにしている。ソレルは静かに微笑んだ。
「お礼か…」
「どうしたのブルー?」
アイリスが不思議そうにブルーを見つめる。
「なんでもないよ」
「さて、二人とも食べ終わりましたね。アイリス、明日は5時から部隊での初練習があります。早めに寝なさい」
「ごっ…ごじぃ??」
アイリスは悲壮な声をあげ机に突っ伏した。
◆
少し早めに待ち合わせ場所まで来てしまった。ブルーはそわそわとその辺りをうろついた。一見すれば不審者ともとられかねない。
キカイを扱える人がこんなにも近くにいたとは。早く会って色んな事を聞きたかった。
「ブルー、待たせたのう」
とぼとぼとモンステラが歩いてくる。手にはパンとミルクを持っている。
「ほれ、うまいパンとミルクじゃ。昼メシまだじゃろ」
「ありがとうございます」
「今から昼休憩なんじゃ。ちょっとわしについてきてくれ」
ブルーは、はやる気持ちを抑えながらモンステラについて歩いた。
「こっちじゃ、こっち!」
モンステラは広場の隅の地面にある、丸い銅の蓋をえいや、と開けた。地下へと続く梯子がある。先に降りるよう促され、ブルーはパンと牛乳を片手に地下への梯子を降りていった。ブルーが地面に降り立つと、モンステラは銅の蓋を閉め、ブルーに続いて降りて来た。
突然、モンステラの手元がパッと明るくなり、地下を照らした。
「それって、懐中電灯?」
「そうじゃが…なんだおまえさん、これを知らんのか?」
しまった。竜人にとって電気はありふれたものなんだ。
「ううん。知ってるよ。ちょっと形がかっこよかったから」
「そうかのう」
モンステラは不思議そうに頭をかくと、懐中電灯で照らしながら奥へと進んでいった。
「こんなところまで来てもらって悪いのう」
「いいえ。むしろありがたいです」
「?」
「モンステラさん」
「呼び捨てでいいぞ。ついでにかしこまった話し方もせんでええ」
「…わかった。モンステラは電気整備士なんだよね」
「そうじゃよ。ホッホッホ、わしも有名になったのう」
「せんせ…ソレル様から聞いたんです」
「おまえさんは最近ソレル様が連れて来たという孤児じゃな」
「はい」
「王様の暴走で…かい?」
「…それは」
「もうええ…わしが悪かった。辛い事を思い出させたのう。…わしの息子夫婦も王の暴走でやられたんじゃ」
ブルーは黙ってモンステラの背中についていった。どことなくその背中は寂しそうに見えた。
「あれは大変なことじゃった」
「みんな王様を…恨んでる?」
「恨む…か。どうじゃろうなぁ。少なくともわしは恨んではおらんよ」
「どうして?」
「どうしてって…そりゃ、わしらも王様に悪いことをしたからのう…王様も辛かったろうに…」
モンステラはそれ以上何も言わなかった。言いたくなかったのかもしれない。ブルーも何も聞かなかった。
しばらく地下を進んでいくと、無数の配電線が目に飛び込んできた。ブルーは立ち止まり、それらに釘付けになる。配電線は地下のあらゆる場所へと続いており、所々に電気の管理をするキカイだろうか?箱の様な形のものがあり、小さな石の様な、形の均一なものがくっついている。
「なんじゃ、おまえさんキカイに興味あるのかえ?」
「はい」
「ほお。後で色々見せてやろうかの?」
「やった」
ブルーは嬉しそうに拳を握りしめた。
地下通路の途中に、鉄の扉があった。モンステラは鍵を使って扉を開け、中に入って行く。ブルーも慌てて中に入った。
「ここは…」
「わしの秘密工房じゃ」
そういうと、モンステラはいたずらっぽくウインクしてみせた。
部屋のいたる所にありとあらゆる武器が並んでいる。剣はもちろん、ナイフ、槍、斧、弓にボウガン、杖にロッド…中にはブルーがよく知らない変わった形をした武器もあった。武器だけでなく、盾や鎧もある。工房というだけあって、作業台や塗装のための道具、ハンマーなどの工具も揃っている。
「散らかっておるがの、とりあえずそこの椅子にでも座ってておくれ」
ブルーは武器に釘付けになりながら椅子に腰掛けた。
「モンステラ…あんた何者なの?」
「わしか?わしは電気整備士兼、武器職人じゃ」
◆
始めは趣味だったという。若い頃から物を作るのが好きで、その中でも剣や盾などの武具を作るのが最も好きだったそうだ。だがそれだけでは食べていけず、電気整備士の仕事を手伝い出した。何人もいた整備士も今はモンステラだけになってしまったらしい。
忙しい合間に地下の工房でひっそりと武器作りも並行していた。どこから情報が漏れたのか、それを知った城の者達がモンステラを危険人物として捕まえてしまった事もあったらしい。しかし当時王だったアイリスの父、ドラセナがモンステラの武器を見て感動し、彼を城のお抱え武器職人としたのだそうだ。なんと、今では城の兵士が使うほとんどの武器がモンステラの作ったものだという。新しく産み出すだけでなく、壊れた武器の修理もしており、非常に忙しい毎日を送っていた。
「王には城に来るようにもお誘いいただいたが…わしにはこの町の電気を守る役目もあったからのう。丁重にお断りしたんじゃ」
「誰か雇わないの?」
ブルーがむしゃむしゃとパンを食べながら尋ねる。
「誰もやりたがらんのじゃ…キカイの扱いは非常にややこしくての。しっかりと勉強して学ばねば触ることもできん」
「ふうん…」
とはいえ、モンステラも随分と歳に見える。このままだと町の灯りはついに消えてしまうかもしれないのではないだろうか。
「そうじゃ。おまえさんに見せたいものがあるんじゃった」
「え、ここのことじゃないの?」
「ホッホッホ、違う違う」
モンステラは奥の方からなにやらがさごそと探し始めた。
「あったあった」
モンステラが木の箱を持って戻ってきた。
「おまえさん、竜騎士をしっているかのう」
竜騎士。数々の本を読んできたブルーにも、聞いたことのない言葉だった。
「星の戦いで活躍したとされる職業じゃ。竜人がドラゴンになり、そこに人間が跨り空を飛びながら戦うのじゃよ」
アイリスの危険な飛び方を思い出し、ブルーはぞくりと震えた。
「その頃に使われておった古代の武器じゃ」
モンステラが木の箱を開ける。
中には見たことのない物が入っていた。変わった形をした物。ここを握れと言わんばかりの丸く湾曲した部分は木製だが、そこから伸びる筒状の部分は…鋼?だろうか。とにかくどう扱うのかもわからない妙な形のものがそこにはあった。
「これは銃という武器じゃよ。古代の人間がキカイを駆使して作ったとされる、えらく殺傷能力の高い武器じゃ」
「キカイを使って?」
「そうじゃ。これを見てみい」
モンステラは古びた一冊の本を広げた。
そこには、この箱に入った銃と似た形の別の銃を持った男が、大きなドラゴンに跨り、勇ましく戦っている様子が描かれていた。
「この本によると、星の戦いで侵略者から世界を救ったのは竜騎士がいたからだとされておる。竜騎士は素早く空を飛び回り、この銃で敵を一瞬にして殲滅したそうじゃ」
「どんな攻撃の仕方なんだろう?なんかこう…パチンコみたいに狙いを定めてる感じの絵だね」
「うむ。ちなみにこれはわしが本の見様見真似で作ったただの玩具にすぎんからのう。実際に使うことはできんのじゃが…本によると、小さな何らかの塊を中に入れて、火薬といわれるものを使い、その鉛を物凄い速さで飛ばして相手に当てるそうなんじゃ。高い命中率を持った者しか扱えん代物だったらしいのう」
「…なんだかふわっとした表現だな」
「仕方ないじゃろう…わしもよくわからんのじゃ。しかしナスタ様が今後の魔人との戦いでこれがあれば非常に有利になると…」
モンステラは慌てて口を手で押さえた。どうやら銃を作る依頼はナスタ王直々に受けたものらしい。もちろん機密事項だったのだろうが…。
「モンステラ、この武器まず俺に見せてる時点でアウトじゃない?」
「それはそうなんじゃが…おまえさんのパチンコを見て…その技術に驚いたんじゃよ。わしの他にこんなに精巧な武器を作れるものがいたのかと…つい…その…嬉しくなってのう…」
ブルーは小さくなっていくモンステラを見て、少し不憫に思った。こんな地下の小さな部屋で、町の電気を管理しながら一人で懸命に武器を作り続けてきたのだ。
「あのさ、モンステラ」
「ん、なんじゃ…」
「もし、邪魔じゃなかったらなんだけどさ。俺にも手伝わせてくれないかな。電気の整備と…武器作り」
「なんじゃと…?」
「俺、キカイの事もっと知りたいんだ。もちろん銃の事は口外しないよ。…俺も何かの役に立ちたいんだ」
モンステラは胡麻の様な目をこれでもかと大きく開けた。そしてぶるぶると震えたと思うと、急に後ろを向いてしまった。ぐすぐすと鼻を啜る音が聞こえる。
しばらくして振り返ると、ブルーの手を両手でがっしりと掴んだ。
「ありがとう…ありがとう…」
「大袈裟だよ…」
その日からブルーはモンステラの元で電気整備士兼、武器職人として働き始めた。
◆
アイリスはケツァール隊の見習いとして始めこそ嫌々だったが、隊の人々の優しさと、戦うことの楽しさに触れていくうちに、どんどん活き活きとし始めてきた。(美しく戦う、という部分は未だにあまりよく理解できていなかったが)
いつしか以前住んでいた大陸にもほとんど戻ることなく、二人はそれぞれの毎日を忙しくこなしていった。
◇
「ったく…あいつら全然戻って来やしねえ」
ぶつぶつと文句を言いながら、ライラックが畑仕事に精を出している。
「いてて、腰にくるな」
籠いっぱいにニンジンを詰め、いざ家に戻ろうとしたその時、目の前にソレルが立っていた。
「どわっ…と…びっくりさせんなよ…ったく、まじでびびっちまったじゃねえか…」
「…ライラック。そろそろ戻って来ませんか?」
「あ?もう俺にゃああそこに家はねえだろ…」
「そんなものいくらだって用意できますから」
「王様に用意してもらうってか。冗談じゃねえ」
「…あなただってわかってるはずだ」
ソレルの声が微かに震えていた。
「ナスタはザックじゃない」
風が二人の間を通り過ぎていく。
「あの子は必死で父親の罪を償おうとしている…あの子自身は何も悪くないのに…それでも、自分の父親の罪を全部一人で背負おうとしているんです。なぜそれをわかろうとしない?ドラセナやプリムを愛していたのは我々もナスタも同じだ。いつまでも子供じみた真似はよしなさい!辛いのは君だけじゃない!」
ライラックは黙ったままニンジンを運ぶために静かに家の扉を開けた。
「ライラック…!」
ソレルの瞳から涙が零れ落ちた。
「…おまえの言う通りだ。俺は全然駄目なんだよ…ナスタが悪いわけじゃねえ事も知ってる…けどよ…」
ライラックの背中が微かに震えている。
「あそこに行くと…思い出しちまうんだ。ドラセナのことも、プリムの泣き顔も…フリージアの…あの…姿も」
ライラックは籠を持つ手に力を入れた。
「ナスタを見ると、ザックを思い出すんだ…」
「ライラック。それは僕も同じです。だけど…僕は逃げない。それが生き残った者の定めだ。あなたも逃げてはいけない。逃げれば逃げるほど苦しくなる。それに…ブルーとアイリスがあなたを待っていますよ。アイリスは今私の部隊にいますが、いつも文句を言っています。きっとあなたに似てしまったんでしょう。美しく戦う意味も全然わかってくれないんですよ…ブルーは電気整備士の仕事をしてるんです。キカイという難しい分野に果敢に挑戦している。あの子なりに自分のできることを見つけて強くなろうとしているのでしょう。人間って素晴らしい種族です。ドラセナの言ってた通りだ…種族の違いなんてあってないようなものなんですよね…」
「…ソレル」
「はい…」
「いつもすまん…」
「本当ですよ…まったく…」
ライラックは静かに扉を閉めた。
ソレルはしばらくその場にいたが、やがて家を背に去っていった。
満点の星空だけが、二人のやりとりを見ていた。
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