第四話 ブルーの選択

 鳥の囀りと窓から差し込む陽の光で、ブルーは目を覚ます。隣で眠るアイリスを起こさないようにそっと毛布から出た。固い床で寝ていたからだろうか。背中が少し痛む。


 机の上に置いていた眼鏡をかけると、静かに扉を開け小屋の外に出た。


 朝日が眩しい。風はひんやりとしていて、まだ少し残る眠気を徐々に冷ましてくれる。アイリスはまだ起きてくる気配はない。ブルーは顔を洗うために森の中の川まで歩くことにした。


 森は木々に囲まれまだ薄暗い。木々の間から漏れる日光と、聞こえてくる川のせせらぎを頼りに奥へと進む。落ち葉や小枝を踏む自分の足音が静かな森に響いた。


 ブルーは歩きながらソレルの話を思い出していた。アイリスの境遇は思っていたより複雑で厳しい状態だと思う。父親は大勢の竜人を殺した後に封印され、それが自分の姉が殺されたことが原因で、母親も自分を助けて亡くなっている…そんな中、戦争が起きたら七竜の力が必要だから王女になれと言われる…。なんだか冒険物の小説に出てくる勇者みたいだ。自分もまだ子供だが、アイリスはもっと小さい。いきなりこれからの人生どうなるのか、終わりまで全て決められた様な気分ではないだろうか。そもそも昨日の話にアイリスが拒否する権利はあったのだろうか?もしアイリスが王女になどなりたくないと言えば、彼らはそれを認めてくれただろうか。どちらにせよここは地上からはるか上空にある浮遊大陸。二人だけで逃げることは不可能だ。


 結局は大人の都合で振り回されているだけなのかもしれない。進むべき道を照らしてくれたというよりは、決められた道しか照らしてくれていないという気もしてくる。


 いつの間にか小川の側まで来ていた。眼鏡を外しブルーは冷たい水をすくうと、一気に顔をこすった。自分の服で濡れた顔を拭き、眼鏡をかけ直す。


 自分はなぜアイリスについてきた?彼女を守るため?怪我をさせたら承知しないと言っていたローズの顔を思い出す。自分もアイリスが傷付くのは嫌だ。

 なんにせよ気にしていても始まらない。毎日同じことの繰り返しだった以前とは違い、今度はソレルの言っていた様に、ここで自分達だけで暮らすという毎日が待っているのだ。それ以外の修行も気になる。父親のジニアが言っていた。今自分に起こる全てのことに意味があると。今はまだ本当の自由ではないかもしれないが、知らない事を知り、色んな経験が出来そうな気はする。そしていずれ訪れるかもしれない世界戦争という、自由云々とはかけ離れた現実にも目を向けなければいけない。


「…強くならなきゃ」


 ブルーが言い聞かせる様に呟く。

 がさりと音がした。


「おや、早いですねブルー」

 朝から爽やかな笑顔のソレルだった。


「おはようございます」

「おはよう。アイリスはまだおやすみ中ですか」

「はい」


 ソレルはとんでもない大きさの布に包まれた荷物を担いでいた。よっこらせ、と荷物を地面に下ろす。

「なんですか、それ」

「これですか。これはあなた達に必要な日用品等が入っています。今はまだ町まで買い物に来てもらう事が難しいので、代わりに用意してきました」

 ソレルの荷物からは、料理用のお玉やらフライパン、分厚い本に植木鉢などが布からはみ出していた。



「昨日大事な事を言い忘れていました」

「なんですか」

「卵だったアイリスを見つけてくれて、ありがとうございます」

 ソレルは深々と頭を下げる。

「ただ卵を拾っただけです」

「もしあなたではなくモンスターや悪い心の持ち主に見つけられていたと思うと…ぞっとします」

 ソレルは目を閉じて、眉間に皺を寄せた。

「そして今はまだお会いできませんが、あなたのご家族にもいつかお礼を申し上げたい。あの子を育て、守ってくださった」

 ソレルはにこりと微笑むと、荷物を再び背負った。

 二人は小屋へ向かって歩きはじめる。


「君は大丈夫ですか」

「なにがです」

「君は子供ながらにとても物分かりのいい子ですが、本当は少し迷っているのではありませんか」


 どうやら見透かされているらしい。ブルーが立ち止まる。

 ソレルは優しい笑顔のまま振り返ってブルーを見た。


「ライラックが君を連れて来たのはおそらくアイリスのためでしょう。寂しがってここへ来たがらないかもしれないあの子のために、君も一緒に連れてきた。…アイリスはこの先幾多の困難に立ち向かっていかなければいけません。想像を絶する苦難が待っているかもしれない。我々大人が、彼女の運命を歪ませてしまったせいもあるでしょう。その罪は決して消えない。今我々が出来るのは彼女のそばで、この命をかけても彼女を守ることです。しかしブルー。あなたは違う。あなたは竜人ではない。人間です。この国の事も、彼女の運命も、あなたが背負う必要はありません。あなたは自由なのです」


 ソレルの顔がいつの間にか真剣な表情になっている。髪の色と同じ銀色の目が真っ直ぐにブルーを見つめた。


「あなたが望むのなら、今からでも村に連れて帰りましょう。もっと世界を旅したいと言うなら、冒険をするのにうってつけの場所も地上にはありますので、そこへ連れていってあげる事も可能です。卵を見つけただけ、ただ数年一緒にいただけのあなたが無理をする必要はないのです」


 ソレルの言葉になぜか、ブルーは胸が苦しくなった。ライラックやソレルは、自分とは決定的に違うところがある。アイリスのために命をかけているかどうかだ。見ればなんとなくわかる。彼らは強い。そして自分は弱い。覚悟も強さも自分には何もないのだ。血の繋がりも、ましてや種族も違う相手に果たして命をかけられるのだろうか。そんな事を思う度に、胸は苦しくなった。なぜだろう。悔しいのだろうか。それとも悲しいのだろうか。


 自分が何をしたいのか、今はっきりとわからなくてもいいのかもしれない。アイリスのそばにいたい。自由になりたい。その気持ちを抱きながら、今やるべき事をするしかない。そうして大人になった時、その時の自分が何をしているのかが全ての答えなんだろう。


 ブルーは握った拳にぐっと力を入れた。


「ここに残らせてください。今はまだアイリスを命をかけて守るとか、この国の事とか戦争のこととか、正直あまり考えていません。でもあの子のそばにいたいです。色んな所へ自由に冒険するのも憧れるけど、隣にアイリスがいないとつまらないです」


「ふふ、君は正直な子だね」

 ソレルがくすりと笑った。


「わかりました。でも、これから先アイリスだけではなくあなたも守ってあげる事は難しいかもしれない。あなたは、自分の身は自分で守れるくらい強く、賢くなりなさい。その手助けぐらいならしましょう」


 ブルーが頷くのを見届けると、ソレルは再び歩き始める。ブルーもその後をついて歩き始めた。




 ◆




「ブルー!」

 探していたのだろうか?眠気眼のアイリスがブルーに駆け寄り、しがみついてきた。

「どこ行ってたの?」

「顔を洗いに行ってたんだよ」


 アイリスはソレルに気付くと、自分の子供っぽさを気にしたのか、すぐにブルーから離れると、恥ずかしそうに「おはようございます」と言った。

「うん。おはようアイリス」

 ソレルは大きな荷物を持ったまま「失礼しますね」と小屋に入っていった。


「昨日の夜に引き続き、今日は僕が朝ごはんも用意してあげましょう」

 そう言いながら小屋の中をきょろきょろと見回す。

「と言っても…台所がありませんので、外でやりますか…」

 ソレルはごそごそと荷物からフライパンやら食材なんかを取り出し、小屋の外に出ていく。アイリスはお腹を鳴らしながらソレルの後を着いて回っていた。

「おや、アイリス。あなた、昨日たくさん食べたのにもうお腹が空いていますね」

「はい!」

 顔を赤くしながらアイリスが元気に返事をする。

「よろしい。子供はたくさん食べて成長していくものです。では一緒に、美味しい朝ごはんを作りましょう」

「はーい!」

「ブルー、君は森から食後のデザート用にグリーンアップルを拾って来てください」

「えっ、僕が?」

「当たり前です。。これはとても大切なことです」

「…森のどこにあるんですか?」

「探してみなさい。すぐに見つかります。ああ、あと…グリーンアップルは見た目がそっくりな形をした食虫植物型モンスターもいますので気を付けてくださいね。今日持ってきた荷物の中にモンスター図鑑と食べられる野草図鑑等が入っていますので、持って行ってください。大丈夫、この大陸には向こうから襲ってくる凶暴なモンスターはいませんので安心してください」


 楽しそうに朝食の支度をする二人を後目に、ブルーは図鑑を片手に再び森へ入っていった。




 ◆





「これか…」

 森に入ってわりとすぐ近くで緑色の実をつけた木を発見した。木登りが得意なブルーはするすると木を登っていく。

「どれが採っていいやつかわからないな」

 一見、どれも同じグリーンアップルに見える。試しに一番近くにあったグリーンアップルを木の枝でつついてみた。


「キシャー!!」

「うわっ」


 突然グリーンアップルかと思われた実の表面に、凶悪そうな目と口が開き、威嚇してきた。ブルーは驚いてずり落ちそうになるのを必死に堪えた。

 恐ろしい形相で威嚇し続けていた実は、しばらくして落ち着いたのか、また目と口を閉じる。こうなると完全にただのグリーンアップルだ。


「なんだこりゃ…」


 ブルーは持って来た図鑑の食虫植物型モンスター一覧から、このモンスターと思われるページを見つけた。

「…虫食いアップル…グリーンアップルにとてもよく似たモンスター。近付いてくる虫を食べて生きている。普段は大人しいが、外敵が近付くと激しく威嚇してくる。噛む力はなかなかに強い。見分けるには、水をかけるといい…水か…」


 ブルーは試しに先程の威嚇してきた虫食いアップルに、ぶっと唾を吹きかけた。虫食いアップルは酷く汚いものをかけられたかの様に、顔をしかめ、ぶるぶると振るえている。


「なるほど」


 ブルーは一旦小屋に戻り、水が入れられそうなバケツを手に取ると、再び森へ入っていった。その様子をソレルは微笑ましそうに見ていた。



 ばしゃばしゃと実に川の水をかけてみる。すると、だいたい実の二、三割が虫食いアップルであることがわかった。顔の出てこない普通のグリーンアップルを数個もぎ取り、空のバケツに入れた。木から降りると、遠くから人が歩いて来た。


「よお」

「ライラック!おはよう」

「おはようさん。何やってんだ?」

「ソレルにグリーンアップルを採って来いって言われたから採りに来たんだ」

「へえ」

「ライラックこそどうしたの?」

「俺か?俺はまあ、散歩だよ」

「…ライラックってどこに住んでるの?」

「この大陸に…一応な…」

「なんだ。同じ大陸だったんだ。大陸のどのへんなの?」

「…あっちの方」

「あっちってどっち?」

「うるせえな。俺がどこ住んでたっていいだろ」

 どうも家のことを聞かれるのがあまり好きではないらしい。ブルーはそれ以上は深く聞かないことにした。


「今から朝ごはんなんだけど、ライラックも一緒に食べる?」

「おう」


 二人は並んで森を歩いた。途中、ブルーは食べられる野草図鑑を見ながら、道中に生えている野草をああでもないこうでもないと独り言を言いながら、いくつか採集して歩いた。ライラックもこれは腹痛の時に食えばいい、これは火傷に擦り込むと治りが早い等、色々な助言をしてくれていた。

 小屋まで来ると、パンの焼ける良い香りが辺り一面に広がっていた。


「ブルーおかえり。グリーンアップルとれた?」

 アイリスが眼を輝かせてバケツの中身を確認してくる。

「噛み付くぜ」

「えっ」

 ブルーの一言に、アイリスがグリーンアップルをこっそり取ろうとしていた手をさっと引いた。


「おやライラック。君も一緒でしたか」

「おう」

「家の方は大丈夫でしたか?」

「…お、おう」

「それはよかったですね。てっきり追い出されたかと思ってましたよ。城下町にあるマルメロさんの借家」

「ライラック、この大陸に住んでるって言ってたよ」

「あ、てめえ…」


 ブルーの発言にソレルがきょとんとした顔でライラックを見る。


「え?ここに?」

「こ、こいつらだけじゃあぶねえからな…引っ越したんだ」

「…さては。やはり追い出されましたね。あなたずっと家賃を滞納してたでしょう」

「しょうがねえだろ、俺はずっとアイリスの事探してたんだから。だいたい、こっちに残ってたおまえが家賃肩代わりしてくれてたっていいじゃねえか」

「何を言ってるんです。私にだってそんな余裕はありません。そもそもあなたが前々からちゃんと仕事をして、家賃をまとめて納めておく事だってできたでしょう。勝手にハヤブサ隊を辞めるからこんな事になるのです」

「あんなもん辞めたっていいんだよ!」

「よくありません!もうこっちに戻って来たんですから、ハヤブサ隊が嫌なら他の仕事を見つけて、きちんと仕事してくださいね。そもそもこの大陸に住んでるという事ですが、家自体はどうしてるんですか?まさかテントじゃないでしょうね」

「うっせーな。なんだっていいだろ」


 図星らしかった。


「ねえねえ!アイリスお腹減ったよー」


 しばらく言い合いをしていた二人だったが、アイリスの催促がようやく小競り合いに終止符を打ってくれた。




 小屋の中で四人、騒がしく朝ごはんを食べた。ブルーはグリーンアップルの妙な顔の事をアイリスに話しては怖がらせていたし、ライラックはソレルのパンの焼き方がどうのと文句を言ってはソレルに怒られていた。アイリスは一人でパンをいくつも食べてライラックに太るぞと注意され、ソレルはコーヒーの淹れ方について得意そうに話してはみんなにつまらなさそうな顔をされていた。





 朝食後のゆったりしたムードの中、ソレルは小さな黒板を持ってきて、机の上に置いた。


「さて、お二人ともこちらをご覧ください」

 ブルーとアイリスが黒板に注目する。修行内容、と書かれた下に二人の名前と、いくつかの項目があった。


「昨日も話しましたが、あなた方にはこの数年の間、修行に励んでもらいます。ここに書かれているのがそれぞれにやってもらう修行内容です。まずアイリス。あなたは剣と魔法の修行、そしてドラゴンの姿で行う飛行訓練の修行です」


「…なんだか大変そう…それにどうして剣なの?魔法を使うなら杖とかロッドとかの方がいいな…」


「なるほど。たしかに魔法使いはみんな杖などを使いますね。ですが王族であるあなたが使える魔法は特殊で、自らの剣に様々な効果をもたらす魔法なのです。なので必然的にあなたの武器は剣になるわけですね。大丈夫。私とライラックがきちんと教えてあげます。ちなみに剣の修行はライラック。それ以外は私が教えます」


「えー!ライラックー?」

「てめえ、露骨に嫌がるんじゃねえよ」


 その後もしばらくアイリスが不服そうな様子のため、ソレルが心配そうに尋ねる。

「そんなにライラックが嫌ですか?」

「あのな…」

 目の下をひくつかせるライラックをソレルがなだめる。


「ちがうの…私…ドラゴンになりたくない…だってドラゴンになったら、いっぱい物を壊したりするんでしょ?…いっぱい人を傷付けたりしちゃうんでしょ?」


「それなら心配ありません。普通、竜人はドラゴンの姿になっても自分の意思でちゃんと動けます。むしろ、竜人にとってドラゴンの姿になれることこそが、戦いにおいて最大の利点なのです。あなたは最初こそ暴走した状態でしたが、本来はちゃんとあなたの意思で動くことができるんです」


 アイリスは不安そうにブルーを見た。



「いいじゃん。空、飛べるんだろ。ちゃんと飛べたら俺を乗せてよ。そしたら二人で何処へだって行けるぜ」


「アイリスと一緒にいてくれるの?」


 ブルーが静かに頷くと、アイリスの顔がぱっと明るくなった。


「じゃあアイリスがんばる!」


 よしよし、とブルーがアイリスの頭を撫でてやる。


「あんまり太りすぎると飛びにくくなるから気をつけろよ」

「大丈夫だもん!」

 ライラックの言葉にアイリスが頰を膨らませる。



「では次にブルー。君にはまず薬学を学んでもらいます。実は、癒しの魔法が使えない者にとって薬学の知識は非常に大事です。知識があるかないかが自分の生き死にに直接的に関わってきます。どうです、少しは興味がおありですか?」

「はい」

「よろしい。この大陸には世界中のありとあらゆる植物が豊富に生息しています。薬学に関しては私からもあなたに色々と教えますので、それを参考にしてどんどん知識を身につけてください。そして…あなたが使う武器の修行についてなのですが…」


 ソレルは武器図鑑を取り出してブルーの目の前に置いた。


「あなた自身で決めてください。ご自分が扱いたい武器を選んで、また私かライラックが来た時にでも聞かせてください」

「何でもいいんですか?」

「ええ。我々はある程度名の知れた武器なら一通り扱う事ができます。まあ得意不得意もありますけどね」

「何を基準に決めたらいいんですか」

「そうですね…いつ如何なる時も扱う事ができる、場所を選ばない物…あとは…直感ですかね。人は無意識に自分には向いていない物は選びませんし、逆も然り。自分に合った武器を自ずと選ぶとも言われています」

「アイリスも選びたい」

「おまえは剣だ」

 ライラックがじろりと睨む。

「うー…」


 ブルーは武器図鑑を手に取り、じっと見つめた。


「ゆっくり考えてもらってかまいません。焦らずにね。あなたが選んだ武器が、今後あなたや周りの大切な人を守るのですから」

「はい」

「よろしい。後は…二人とも日常生活の中でも今後に役立つ事がいくつもある事をお忘れなく。例えば料理。もしも長い旅の途中、限られた食材しかなくなった時、どれだけ工夫して美味しく栄養のある物を作れるか…食事は生きるためにとても大事なことです。食材の確保もまた非常に大切です。狩りや採集も知識や体力なしでは行えません」


「あの…」

「なんでしょうブルー」

「この小屋、改築してもいいですか?色々足りない物もあるからそれも作りたいし」

「ほう…あなたは物を作る事が好きなのですか?」

「けっこう好きです」

「なるほど。もちろんかまいませんよ。あなたたちが住みやすい場所にしてください。ついでにライラックの家もお願いします。ライラック、ちゃんと手伝うんですよ」

「余計なお世話だっつーの!」




「よし。それでは今日のところはこれで解散です。我々は戻りますので、後は君達で好きなように時間を使ってください」

「はい!」

 ブルーとアイリスは声を揃えて返事をする。


「すっかり飼いならされてやんの」

 ライラックがにやにやとしている。


「ライラック、さっさと行きますよ」

「わかってるよ」

「ライラック犬みたい」

「…なんか言ったかブルー」

「いや、べつに」








 ◆







「おい、どうしたよ」

 小屋の方を見つめながら歩こうとしないソレルにライラックが声をかける。穏やかな風が二人のマントを揺らした。


「あの子達、大丈夫でしょうか」

「なんだ、まだ心配してんのか。ここにはおまえの結界の魔法もかかってるし、俺だっているんだ。ま、それは想定外だったけどな」

「あの子達はまだ子供です。やはり我々が常に側にいてあげた方が…」


 ライラックが大袈裟な溜息を吐く。


「あのなソレル。もう決めた事だろ。あいつらを匿って、しかも強くさせるにはこのやり方が一番だって。俺達だって…とくにおまえはさ、城にも行かなきゃ行けねえし、先生様としてガキ共にお勉強も教えに学校まで行かなきゃいけねえ。そんなやつが急にこんな大陸に住みますとか言いだしたらそっちのが怪しまれんだろ」


「ええ…ですがそれならやはり城下町で一緒に暮らして…」


「んな事してザックの糞野郎に見つかったらどうすんだよ。あんな死にかけジジイでもその辺の勘はまだ鈍ってねえぜ。大丈夫だって。おまえは気にしすぎなんだよ」


「…怖いんです。もし、あの子まで失う事になったらと…」


「馬鹿野郎。おまえがそんなんでどうすんだ」


「…そうですね…すいませんでした」


「それにあの小生意気な眼鏡のガキも一緒だしよ。あいつ、たぶんなかなか骨のある奴だと思うぜ」


「ええ。たしかに…あの子にはどこか不思議な力を感じます。同じくらいの子供達とはちょっと違う…何かを」



 二人は森を抜け、大陸の先端まで辿り着いた。


「では、私はこれで」

「おお」

「なにかあればすぐに連絡してください」

「はいよ」


 ソレルは目を閉じ、静かに深呼吸をする。身体から淡い光が漏れ出したかと思うと、一瞬にしてその姿は銀色の鱗を身に纏う、シルバードラゴンへと変化する。太陽の光を浴びた鱗はまるでダイヤの様に神秘的な輝きを放っていた。広く大きな翼を優雅に羽ばたかせ、ソレルは空中に浮かび上がり、風を切る刃のごとく俊敏に飛び去っていった。


 その姿が遥か彼方に見えなくなるまで、ライラックはずっと見送り続けていた。




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