第三話 小さな王女

 辺りはすっかり暗くなっていた。

 ソレルは小屋の棚から古めかしいランプを取り出し、そこにふっと息を吹きかけた。すると、小さな炎がぽっと灯り、小屋の中をあたたかく照らした。


「私とライラック、そしてアイリスのお母様のプリムは同じ孤児院で育ちました。アイリスのお父様、ドラセナは王子の頃から度々城を抜け出しては、私達と一緒に遊んでいました。私達は子供の頃から親しかったのです。しかし…私とライラックは二人を助けることができなかった。二人の大切な娘が殺された時も、ドラセナが暴走した時も、プリムが処刑の対象になった時も…何もできなかった。アイリス、私達はあなたをこの国の王女にするためにずっと探し続けていました。必ずどこかで生きていると信じて。今こうしてドラセナとプリムの子に会えたことは奇跡です」


「私が王女…」


 アイリスは今までブルーが見たこともない様な、複雑な表情をしていた。


「でも今はそのザックって奴がいるから城に入ることも無理なんですよね?どうするんですか?」

 ブルーが尋ねる。


「奴はもうすぐ死ぬ」


 ブルーの問いに、いつの間にか小屋の入口に立っていたライラックが答えた。その目は何かを決意した様にも見えた。


「ザックは不治の病にかかっている。もってあと数年だ。因果応報。当然の報いだ」


 ライラックはゆっくりと歩き、アイリスの元に来た。


「おまえは必ず王女になる。おまえでなければいけないんだ」


 怯えた様子のアイリスに代わり、ブルーが続けて問う。


「ザックって人が死んで、それですぐアイリスが王女になれるの?王族はみんな殺されたって、この国の人達はそう思ってるんだよね?」


「ああそうだ。だがそれがなんだ。この国の奴らも生き残った王族のアイリスを見ればわかる。アイリスこそが王女に相応しいってな」


「ライラック、そう急いてはいけません。アイリスが怖がっています」


「アイリス、ソレルの話を聞いたろ?おまえの父親は封印され、母親と姉貴は殺されたんだ。殺した奴は今もおまえ達王族がいるべき場所で生きてる。悔しくないか?奴らを何とかしようと思わねえか?おまえが望むなら、今からだって俺があいつをぶっ殺しにいってやる」


「ライラック。軽はずみな言動はやめてください。あなたがザックを殺したところで物事が上手くいくわけではないと、いつも言っているでしょう。それにアイリスにはまだ話さなければいけないことがあります」


 ライラックは舌打ちをすると、部屋の隅でブルー達に背を向けて胡座をかいた。


「アイリスがこの国の王女になってもらわなければいけないことにも理由があるのです。この世界ではあと数年もすれば、魔人が他の種族相手に本格的に攻撃を仕掛けてくると噂されています。その噂の信憑性は極めて高い。あなた達の村がモンスターに襲われたと聞いていますが…あの様な事がもっと頻繁に起こってくるでしょう。そうなれば魔人とその他の種族との世界戦争が起こります。一番の標的は弱者とされる人間でしょうが、いずれはここ、アルストロメリア王国も必ず狙われるでしょう。魔人の魔力は竜人も敵わない程です。一気に攻め込まれたら、今のままではすぐにやられてしまいます。その時に必要とされるのがの力です。彼らの力をもってすればどんな者にも勝てるという伝説があります。しかし、七竜を従えられるのは王族の者のみ。七竜はアルストロメリア王国の王である竜人にしか力を貸しません。もしも魔人に攻め込まれた時に、七竜を従えて国を守れるのは王族だけなのです。この国だけではありません。七竜は世界をも救える力があるのです」


 ここまで話し、ソレルは静かに息を吐いた。

 そしてじっとアイリスを見つめる。


「もちろん、封印されたドラセナと亡くなったプリムの無念を思えば、すぐにでもアイリスを王女にしてやりたいとは思います。しかしまだ事を起こす時ではありません。ザックが亡くなり、次の代表者となるザックの息子を説得し…まずは竜人と人間、獣人、キカイとの国交を再開させること。対魔人戦に備え他の種族が一丸となる事。その間アイリスとブルーは今よりもっと強くならなければいけないでしょう。今のままでは王女になり七竜を従えて魔人と戦うなど絶対に不可能です。弱小モンスターにさえ殺されてしまうでしょう。時がくるまで、あなた達は強くならなければいけないのです」


 ブルーは真剣な表情でソレルを見た。


「強くなるにはどうすればいいんですか?」


 ソレルがにこりと微笑む。


「修行です。まずあなた達にはここで二人で生活してもらいます。食べるものはこの浮遊大陸にある物で賄ってください。もちろん私とライラックも定期的にここへ来ます。しかし生活に関してはほぼ関与しないと思ってください。これは将来アイリスが伝説の七竜を探しに旅をするための訓練だと思ってください。長旅では生活力が試されます。自分達で食べる物を見つけ、長い旅をしなければいけないのです。そして戦いの修行、魔法の修行、薬学、飛行訓練…あなた達に必要なありとあらゆる事をこれから学んでもらいます」


 ブルーがおそるおそる尋ねる。


「あの…学校は?」

「申し訳ないですが、学校には通えません。王国に近づくのは少々危険なので」

「やった…!」

「ですが私が一般的な事はお教えしますので、安心して下さい」

 ブルーががっくりと肩を落とす。


「長い事お話に付き合ってくれてありがとうございます。さあ、お腹が空いたでしょう。今日だけは特別、私が持ってきた物をご馳走しましょう」




 ◆





 その晩、遅くまでブルー達はソレルの手作り料理に舌鼓をうち、たくさん話をした。


 ライラックとソレルが帰ったあと、二人はソレルが用意してくれた毛布にくるまって横になった。



「ベッドまでは魔法で出してくれなかったな…床が痛い」

「自分で作れってことなのかな」

「うーん…森にはたくさん木が生えてるけど…何で切ったらいいんだ?…明日この大陸をもうちょっと散策してみるか。どこに何があるか把握しておきたいし」

「うん…」




 浮かない顔のアイリスの頭をぽんぽんと優しく叩く。

「大丈夫か」

「…なんだか…怖いよ、ブルー。思ってたのと全然違うし…」

「もう家帰りたい?」

「…お母さんに会いたい」

「俺がいるだろー」

 ブルーが拗ねて見せる。アイリスがほんの少し笑った。



「ソレルさん優しい人だったね」

「うん。俺ライラックより好きだな」

「私も。ライラック、今日なんか怖かった」

「うん」

「私の本当のお父さん…たくさん竜の人を殺しちゃったんだね」

「…うん」

「ひとりぼっちで洞窟にいるの、寂しくないのかな」

「きっと大丈夫さ」

「本当のお母さんってどんな人だったのかな」

「アイリスに似て食いしん坊だったんじゃない」

「アイリス、食いしん坊じゃないよ」

「…」

「ねえ、私本当にドラゴンなのかな」

「そうだよ」

「…村でドラゴンになったの、覚えてないから…よくわからないの」

「そっか」

「…ザックっていう人、すごくひどい人ね」

「うん」

「お姉ちゃん、怖かっただろうな…」

「…」


 アイリスは今日聞いた事を思い返し、自分の中で整理するかの様に呟いていた。


「ブルー」

「大丈夫かな?私王女様なんかになれるのかな?」


 不安と恐怖に苛まれているのだろうか。アイリスはぽろぽろと涙を流し始める。


「アイリス。おいで」

 アイリスがブルーに抱きつく。ブルーは優しく頭を撫でてやった。昔ローズにしてもらった様に。


「あんまり気にするな」

「うん」

「かっこいいじゃん。竜の王女様とか」

「うん」

「アイリスが王女様なら…俺は何になろうかな」

「…」

「王女様を守る戦士かな。策を練る軍師でもいいな」

「…」








「…おやすみアイリス」


 泣きながらすやすやと寝息をたてるアイリスにしっかりと毛布をかけてやると、ブルーもゆっくり瞼を閉じた。


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