第二章 竜の住む国
第一話 アルストロメリア王国
長い空の旅が続いた。
ライラックの上から見下ろす景色は、何処も彼処もブルー達には見たことのない光景ばかりだった。
陽の光に反射し眩しく輝く広大な海、巨大な蛇の様に地を這う運河、険しい山が幾つも連なる山脈。
冒険小説の中で出てくる場所をいつも頭の中で想像していたが、今それらが自分達の眼下にどこまでも広がっている。ブルーとアイリスは風を体で感じながら、何度も二人で興奮しながら今のはなんだ、あれはあの物語に出てきたところだ、さっきのはきっとあの話のあの場所だ、等と言いながら長い空の旅を楽しんでいた。
「おめえらうるせえよ!」
ライラックの怒号が空中を舞う。
子供二人に、本当に必要な物が入っているのか怪しい大量の荷物。それらを落とさぬよう注意をはらいながら飛行を続けるのは、なかなかに疲労の溜まることだった。
「ったく…」
「ねえねえ、あとどのくらいで着くの?」
アイリスがローズの持たせてくれたトマトチキンのサンドイッチを食べながら聞く。口のまわりにはトマトソースがべっとりとついていた。
「もうちょいだ」
「わーい!ねえブルー!私、竜の国のお姫様なのよ!」
「え?なにそれ」
「ライラックが言ってたの。どんなお城なのかなぁ…」
「…その話なんだがな…」
ライラックは何度か咳払いをし、何やら話しにくそうにしている。しばらくして痺れを切らしたブルーが「なんなの?」と尋ねると、ようやくライラックが重い口を開いた。
「あのな、今…俺達の国に王はいないんだ」
ブルーとアイリスは顔を見合わせ、二人で首を傾げた。
「それってつまり…どういうこと?」
「今は王制じゃなくなってるんだよ。城には元大臣のザックが代表者として国を動かしてる」
「王様はどこへ行ったの?」
「行ったっつーか…封印されたっつーか…」
「どういうことなの?よくわからないんだけど…」
ブルーが尋ねても、ライラックはもごもごと口篭りはっきりしない。
「とにかく今はアイリス、おまえは城には入れない」
「えー…つまんない…」
アイリスが頬を膨らませる。
「詳しい話は後だ。あの雲を潜って出たところが竜の国だ。ちゃんと捕まってろよ」
そう言うとライラックは一気に雲の中へと突入していった。ブルーはしっかりとアイリスを支え、ライラックの身体にしがみつく。強い風と雨粒の様な無数の細かな水で、思うように目が開けられない。息をするのもやっとだ。しかも風はやけに冷たく、体温が急速に奪われていく。
「ブルー!こわいよー」
アイリスが喚く。大丈夫だ、と励まそうとしたその時、ライラックの体が雲の中からようやく脱出した。それと同時に目の前に現れたのは、あまりに驚きすぎて声も出ない程の光景だった。
空に浮かぶ大小様々な大陸。ある大陸にはうっそうと茂る森、またある大陸にはいつから建てられているのだろうか、古びた神殿がそこで静かに眠るように存在している。
他にも様々な大陸や建物が存在していた。雲に見え隠れする塔はどこまでも高く伸びているし、広大な平地には巨大な虹がかかっている。たくさんの白い大きな鳥が飛んで行く先には、とてつもなく大きな山がその圧倒的な存在感を放ち、壮大な滝は大陸から下界へ流れ続けている。ブルー達は只々これらの光景に圧倒され続けていた。
「あれがアルストロメリア城だ」
一際大きな大陸にその城はあった。
かつてこれ程までに美しく気品のある城は存在していただろうか。純白の壁に屋根は群青色で統一されており、最も高い部分には雲がかかっている。城の周りを囲むように石造りの町が存在しており、アルストロメリア城は穏やかにその町を見守っているように見えた。
アルストロメリア王国の周辺では、ライラック意外にも大空を優雅に飛ぶドラゴン達がちらほらと見受けられた。その種類も様々で、大きなものからライラックの半分にも満たないもの、複数の頭があるものや、やや肥満気味のドラゴンもいた。
ライラックは城の方へは近付くことなく通り過ぎてしまう。ブルー達は城が見えなくなるまでずっと見ていた。
◆
アルストロメリア城からだいぶ離れたひとつの大陸に、ライラックはようやく上陸した。
「ああ疲れた!とっとと降りてくれ」
ライラックに促されブルーは荷物を降ろし、自分から先に降りると次にアイリスを降ろしてやった。長い空の旅のせいか足がふらつく。
地上…と言っていいのかはわからないが、地面に降りて感じる風は空にいる時と少し違い、優しく柔らかい。草木が揺れて穏やかな空気を運んでくる。先程通り過ぎたアルストロメリア王国に比べて、ここは緑が多く自然のままの姿だった。目の前にはこんもりとした森がブルー達を出迎えている。
「ついて来い」
ライラックの後を追って森の中に入って行く。
森の中は変わった植物がたくさん生えていた。花びらが淡く光る太陽によく似た色の花、ブルーの背丈くらいある巨大キノコ、プクプクと水泡を出している苔。どこかで何か生き物の動く様な音がする度に、アイリスはブルーの服の袖をぎゅっと引っ張った。
道中小川があり、ブルー達は水中を覗き込んだ。小さな魚が気持ち良さそうに泳いでいる。
「ほれ、さっさと歩け」
途中、色んなものに興味津々の二人をライラックが急かす。そんな事をくりかえしていると、ぽっかりと木々がひらけた場所に出てきた。頭上には澄んだ空が丸く広がっている。
小さな古い木造の小屋がぽつんと建っている。小屋の側には何かを飼育できそうな小さめの牧場もあった。
「よし。着いたぞ」
ライラックはそう言って小屋の中に入っていってしまった。ブルーとアイリスは顔を見合わせると荷物を持ち直しライラックに続く。
小屋の中は殺風景で、古ぼけた机と椅子が三つと、これまた古く年季の入った空っぽの棚が隅にあるだけだった。
「ここがおまえらの家だ」
ブルーとアイリスはしばらく黙ったままライラックをぼんやり眺めていた。
「ん?どうした。腹でも減ったか」
「いや、そうじゃないんだけど…」
「やだー!アイリスお城がいい!」
「城は無理だっつってんだろ」
「城じゃなくても町…とかじゃ駄目なの?」
「おいブルー。おまえなに甘ったれたこと言ってんだ?おまえは自由に憧れて村を出たんじゃねえのか?」
「まあそうだけど」
「だったら文句言うな」
「ハックション!!」
アイリスが埃にやられてくしゃみをした。
「このお家汚いよー」
「じゃあ掃除だな」
ライラックが小屋の中に掃除道具はないかと探すが、箒もなければ床を拭く雑巾もなかった。
「よし。おまえらの持ってきた服でふくぞ」
「いやよー!」
「いやだよ」
二人が声をそろえる。
「しょうがねえな。俺が掃除道具買ってきてやるよ」
「ちょっと待ってよライラック。さっきの話もだけど、もっとちゃんと説明してよ。どうして城や町に行っちゃ行けないのか、なんでこんなところで隠れるみたいに暮らさなきゃいけないのか…アイリスはここの人達と同じ竜人なんでしょ?」
「…色々あんだよ」
「いろいろってなあに?」
アイリスが首を傾げる。
「話せば長くなるんだよ!…俺は話が下手くそだからよ…」
「それでもいいから聞かせてよ」
「その通りですよライラック」
小屋の入り口から男の声がして三人は振り向く。扉に軽くもたれる様にして、背の高くすらりとした銀髪の男が立っていた。歳はライラックと同じでブルー達の両親より少し若いくらいか。きっちりとした群青色の軍服はよく手入れされており、皺ひとつない。純白のマントが風を受けて微かに棚引いた。
男はアイリスを見て、優しい顔つきで微笑んだ。
「ようこそ、可愛いお姫様」
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