第十二話 自分の居場所

 暗い地下牢でたったひとつの灯の下、薄い毛布に包まれアイリスは眠り続けていた。その側でブルーは眠るアイリスを見つめていた。

「よう坊主」

 マントの男が階段を降りてきた。

「そいつ、まだ寝てんのか」

「うん」

「さっきはありがとな。俺ああいうの苦手なんだわ」

 魔道書のことだろうか。ブルーは首を横に振った。

「おまえさ、こいつのこと怖くなかったのか」

「怖い?」

「火とか吹くし…爪もでけえし。うるせえし」

「べつに怖くないよ。だってアイリスだもん」

「そうか…」

「丸焼きにされるのは勘弁して欲しいけど」

「まあな」

「むしろかっこよかった」

「かっこよかねえだろ。俺は死ぬかと思ったぜ」

「そう?僕はそんな風には思わなかったな。…ていうかおじさん誰なの?いいかげん教えてよ」

「ん?ああそうだな…俺はライラックだ。そいつと同じ竜人だ」

「竜人なの?本当に?」

「おう。正真正銘の、レッドドラゴンだ」

「すごいや。伝説上の竜人と二人も出会えるなんて」

 ブルーは眼を輝かせている。

「おまえ変わってるよな」

「よく言われる」


 しばらく二人は黙ってアイリスの寝顔を見ていた。

 徐にライラックが立ち上がる。

「明日、そいつと竜人の国へ帰る」

 ブルーは黙ってライラックを見上げた。

「そいつの居場所はもうここじゃねえんだ」

 ブルーは黙ったままアイリスの髪を撫でた。

「…お前の居場所はどこだ」

 ライラックの問いに、ブルーは何も答えられなかった。











 アイリスが目を覚ますと、そこは自分の部屋のベッドだった。隣にはローズがいる。朝日が登ろうとしていた。


「おはよう、私の可愛いアイリス」

「お母さん!」

 アイリスはローズに抱きついた。ローズもアイリスを優しく抱きとめる。

「私、どうしちゃったんだろう?…あまりよく思い出せないの。お母さんが怪我をして…私、とっても悲しくて…それで…そこから…よく思い出せないわ…でもなんだかとても恐ろしいことが起きた気がするの」

「大丈夫よアイリス。無理に急いで思い出そうとしなくていいの…」

 ローズはじっとアイリスの顔を見た。

 しばらく見つめた後、ゆっくりと話し始めた。


「アイリス。あなたは竜の子なの」

「…?」

「私の…本当の子ではないのよ」

「なにを…いってるの?」

「あなたは卵の時に、ブルーが拾ってきたの。今はまだ理解できないかもしれない。ゆっくりでいいわ。アイリス、あなたは自分の国に帰るのよ」

「お母さん、どうしちゃったの?」

「ちゃんと聞いてアイリス。あなたは私達とは違う種族なの。竜人なのよ。あなたの国にはあなたと同じお友達がたくさんいるわ。だからあなたは…そこへ…行くのよ」

「いやよ!お母さんどうしてそんなこと言うの?ひどいわ!」

「ごめんなさい。アイリス」

「ひどいわお母さん…そんなこと言うお母さんなんて嫌い!」


 ローズの眼から涙が溢れた。

 母の泣く顔を見たくない。自分は母に嫌われてしまったんだろうか?アイリスの頭は混乱し、心は苦しさで息もしづらい。どうすればいいのかわからなくなり、アイリスは部屋を飛び出した。

「アイリス!」








 どれくらい走ったのかわからない。アイリスは泣きながらとぼとぼと森を歩いていた。

 ふと、目の前に男が立っている。



「よお」

「おじさん…決闘に出てた人?」

「決闘?なんだっけか」

「とても強かった人」

「ああ、なんかあったなそういうの」

「おじさんもお母さんとケンカしたの?」

「してねえよ。おまえはしたのか?」

「うん…だってお母さんひどいのよ。アイリスのこと自分の子じゃないって…」

 ぐすぐすと再び俯いて泣き出した。

「そうか…」

「アイリスは…竜人だ、って言ってた」

「そうか。俺もだぞ」

「え?」

 アイリスが驚いて前を見る。そこには、真っ赤なドラゴンが大きな欠伸をしていた。

「俺も竜人だ」

「すごーい!ドラゴンだ!」

 アイリスがライラックの鼻先に触れる。

「かわいい!」

「そうか。おまえもブルーってやつもちょっと変だよな」

「変じゃないもん!」

「うん。そうだな。悪かった」





 小鳥のさえずりが聞こえる。もう朝だ。

 アイリスはレッドドラゴンのお腹にもたれ、溜息を吐いた。

「私…お母さんに嫌われちゃったのかな」

「そんなわけないさ。おまえは世界一お母さんに愛されてる」

「そうかな」

「アイリス」

「なあに」

「おまえは竜人だ。お母さんが言ってたことは間違いじゃないんだよ」

 アイリスが困った顔をした。

「でも…」

「しかもおまえは竜人の中でも特別なんだ」

「特別?」

「おまえは竜の国の姫なんだよ」

「お姫様?」

「ああ。そしていずれは…おまえが王になるんだ」

「王女様??」

「ああそうさ」

「うっそだー!」

「嘘じゃねえよ。すぐじゃないけどよ…おれが絶対に…おまえを王にするんだ。おまえはこの世界を救う切り札なんだよ…おまえがいないと…」

「…どうしたの?」

 アイリスはレッドドラゴンの腹をそっと撫でた。

「泣いてるの?」

「泣いてねえよ」

 彼がどんな思いでここに来て、これからの未来にどんな思いを抱いているのか、アイリスにはまだ見当もつかない。



 陽の光がドラゴンと少女を優しく包んだ。



「私、あなたと一緒に行かなきゃだめ?」

「まあ、そうなるだろうな」

「そっか…」

「いやか?」

「ううん。嫌じゃないよ。どうして行かなきゃ行けないのかまだよくわからないけど。でも…もう私はここにいちゃいけない気がするの」

 アイリスの目から大粒の涙が零れ落ちた。


「おまえの居場所は…ちゃんとあるぜ。雲の上にな」

 レッドドラゴンは天を仰いだ。




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