第十一話 王国会議

 華やかな祭りから一変、タンジー村はモンスターに襲われ、酷い有様だった。カランコエ兵とマントの男の活躍もあり、死者が出なかったことだけは幸いだったが。

 だが怪我人は多く、崩壊した家も多数あった。またいつモンスターが来るかわからない恐怖とも戦わなければいけない。

 家を失った人々は、カランコエ兵が守る広場に建てられたテントで、それぞれが不安な夜を過ごしていた。


 ルドは、怪我人の集まるテントでフレン先生の手伝いをしていた。

「ルド、飲水をみんなに配ってちょうだい」

「はい先生」

 あちこちから痛みに呻く声が聞こえる。

 ルドはみんなに水を渡していった。

「はいどうぞ」

「ありがとう」

「どうぞ」

「わるいな」

「どうぞ…おばあさん大丈夫?」

「ああ…すまないね…」

 ロベリアのベッドまで来た。頭に怪我を負ったロベリアは、すっかり衰弱しきった顔をしていた。

「ロベリア、大丈夫?」

「…おう」

 ルドが水を渡すと、「ありがとう」と言ってゆっくりと水を飲んだ。

「なあルド」

「なに?」

「おまえ、あの白いやつ見たか?」

「…うん」

「でかかったよな」

「うん」

「父さんがあいつはモンスターだって言ってた」

 ルドは黙ったままだ。

「でもさ、俺あいつのことそんな怖くなかったんだ」

「なぜ?」

 ルドは驚いた顔をしてロベリアを見た。いつもの強がりだろうか。

「いや、最初はさ、怖かったよ。突然家をぶっ壊していきやがったし。死ぬかとも思った。でもさ…なんなんだろな…あいつが他のモンスターと戦ってる姿が…ちょっとかっこよかったんだ。俺それに見とれてたから、逃げ遅れたんだよな…」

 ルドはアイリスが突然あの白い生き物になった時の事を思い出していた。あのおぞましい雄叫びと、すべてを切り裂く血のついた爪。ルドはすぐに頭を振り、ロベリアの元を離れようとした。

「あいつ、いったいなんだったんだろうな…突然消えちまったらしいし…」

 ルドは俯いたまましばらく動けずにいた。

「…ルド、おまえの親父さん達はどうした?」

「お城に行ってるみたい」

「そうか」

 ロベリアはまた横になると、痛そうに頭を擦りながら目を閉じた。ルドは毛布をかけてやる。


「僕は…怖かったよ」

 震える声はロベリアの耳にはとどかなかった。







 その晩夜遅くまで、カランコエ王国内の会議室では国王、大臣、上級兵士、町、村の代表者達が集まり、様々な議論がなされていた。


「…現在のタンジー村の状況報告は、以上です」

「うむ。皆の者、まずはご苦労であった。怪我人は出たものの、死者を出さなかったのはお前達の正しい判断力、迅速な行動力があったからこそと言えるだろう」

「は、ありがたきお言葉」

「そして…旅のお方。なんとお礼を申し上げれば良いものか。貴殿がいなければ、被害はもっと深刻なものになっていただろう。心から礼を言おう。感謝する」

「…どういたしまして」

 男の態度に王の隣で大臣がややむっとした顔をしたが、軽く咳払いをして話し始めた。

「今回のこと、この王国始まって以来の事であり、大変恐ろしく痛ましい。早急に対策を練ればならん。これが…魔人の策略であるとすれば、我々だけでは対処のしようもない。世界的に解決すべき問題である。すでにゼラニウム帝国には遣いの者をやっている。なんらかの返答と支援が得られるであろう」

「もし魔人が動いたとすれば…戦争が…始まるという事でしょうか…」

 兵士長が神妙な面持ちで大臣に尋ねた。

「馬鹿者。そのような考えは浅はかであるぞ。我々人間は長きに渡り魔人との戦争を避けてきたのじゃ。それもこれも民のため。戦争となればどれだけの者の命を失うことか」

「しかしこのまま魔人にやられ続けるというのは…」

 他の兵士が恐る恐る発言する。

「よいか。攻撃に対し攻撃で返す。これはいつの世も悲惨な結果しか招かん。我々人間は…とくにこの国の者は昔から知恵を使って生きてきたのじゃ。何も考えもせず、ただ傷つけあうことでは解決できん。そもそもまだ魔人の仕業と決まったわけではないのだ」

「もうよい、大臣。皆不安なのだ。強く言ってやるな」

「は…」

「魔人の動きも気にはなるが…今回、ドラゴンを見たという者が多数いるそうではないか」

「はい。我々も目にしたのですが…」

 兵士長が戸惑いを見せる。

「どうも…不思議な話でして…」

「はっきり申せ」

 大臣は苛々とした口調だ。

「それが…人間の子供がドラゴンになった、と申し上げればいいのでしょうか。些か我々もまだよくわかっていないというのが現状です…」

「ふむ。聞くところによると、今城の地下牢で眠っている子供がドラゴンだとか」

 大臣は訝しげに兵達を見回した。

「その子供はどこの家の者だ」

「はい、我々の子でございます」

 ジニアと、包帯を巻かれたローズが頭を下げながら立ち上がった。

「ジニアか。その昔は、そなたには世話になった。して…どういうことか説明してもらおうか」


 ジニアとローズはアイリスの生い立ち、そして彼女が竜人である可能性が高いことを説明した。


「なぜ竜人であることを皆に隠していたのだ?」

 ジニアが答える。

「竜人は伝説上の生き物とされています。我々も卵から生まれてきたということでしか判断ができませんでしたし、確証が持てなかったということもありました。人に言っても信じてもらえるかどうか…誰かを疑うわけではありませんが、竜人だということの珍しさに、どこかへさらわれてしまうのではという不安もあったのです」

「…ううむ…わからなくもないが…その子はまだ眠っておるのか」

 王が尋ねる。

「はい」

「そうか…しかし地下牢というのはどうなのだろうか。起きてきた時に問題なければ出してやってもよいのではないか」

 ローズが安堵の表情を浮かべる。




「…王様…それはどうなんでしょうか?」

 ぼそりと呟いたのはハイドランだ。

「おい、国王に向かって失礼だぞ」

 大臣が怒るのを止め、国王が話の続きを促した。

「あの子は危険です!ドラゴンだか竜人だか知らねえが、ありゃあ、俺の目から見たら…モンスターだった!!」

「なんですって!」

 ローズが怒りに立ち上がろうとするが、ジニアに止められた。

「俺の家はあの白いモンスターに壊された!しかも俺の息子…ロベリアもその時に頭を怪我をしたんだ!俺だけじゃねえ。他にもあのモンスターに家を壊されたり怪我させられた奴らはいっぱいいる!だいたい今回の襲撃だって、あのモンスターが仲間を呼んだだけなんじゃないか?」

 会議室がざわざわと騒がしくなる。

「また次もモンスターになったらどうするんだ?俺たちで止められるのか?…今のうちに処刑しちまった方がいい…そうだ!処刑だ!」

「ちょっと待ちなさいよ!」

 ジニアの手を振りほどき、ローズが立ち上がる。肩の刺し傷は深く、鈍い痛みが走るがそんなことはどうでもよかった。

「あの子は私を助けたんだ。村のモンスターもあの子がほとんどやっつけたじゃないか!」

「あんたを助けたのは偶然だろ。俺たちも食われてたかもしれねえ」

「あんたねえ!」

「やめんか!王の前であるぞ!」

 騒然とする会議室でただ一人、赤いマントの男が冷静に腕を組み、その様子を眺めていた。ひとつ小さく溜息を吐くと、ゆっくりと手を挙げた。

「皆の者。少し落ち着きなさい」

 王の一言に皆ようやく静かになっていった。

「どうしたのかね」

 王がマントの男に尋ねる。

「ありがとうございます王様。ちょっと俺の意見を聞いてほしいんだけどさ…」

 全員がマントの男を見た。

「俺はあの髭のおじさんの言うことがちょっと正しいと思うよ」

 ローズが物凄い剣幕で男を睨んだ。

「いやいや、処刑云々は別として。またもしドラゴンになっちまったら、正直こんな村も城もすぐにぶっ壊されるぜ」

「な…」

 大臣が立ち上がる。

「さっきもさ、もしあのまま人間に戻らなかったら俺だって殺されてたよ。竜人は手がつけられねえのさ。しかもドラゴンの中でも最も硬いとされてるホワイトドラゴンはな。物理攻撃が効かねえんだよ。あんなふわふわした体だけど、毛の一本一本が強い魔力で覆われてんだ。剣なんて効きゃしねえ。魔法で攻撃しなきゃやっつけらんないってわけ」

 皆黙って男を見ていた。

「そりゃあ竜人全部が全部ああなっちまうわけじゃねえんだけどさ。あいつは特別なんだ…俺はずっとあいつを探してたんだ」

「そなたは一体…」

 王が呆気に取られた様子で聞く。

「ああ俺?俺も竜人さ」

 男は頭をかきながら軽い自己紹介のように言った。そしてぱっと赤く光ったかと思うと、男の体はみるみるうちに大きくなり、天井の高い会議室でもギリギリなくらいの真っ赤なレッドドラゴンになった。真紅の鱗はランプの灯で艶々と煌めいている。体のあちこちからは火の粉のようなものが噴き出しており、部屋の中の気温は一気に高くなる。

「う、うわああああー!?」

 ハイドランが椅子から転げ落ちる。

「あんたいいリアクションだねえ」

 ドラゴンの声がはっきりと聞こえてくる。アイリスの時とは違い、見た目の仰々しさとは対照的にその声は先程まで喋っていた男の飄々とした話し方そのものだった。兵達がすぐに王の周りに集まる。

 しかしドラゴンはすぐに小さくなっていき、先程の男の姿に戻った。


「これ結構しんどいんだよね…。ところでさ、俺からの提案なんだけど…あの子を竜人の国に連れて帰ろうと思う。あの子の居場所はどうやらここにはないみたいだし、俺はあの子を探してた。お互い利害の一致ということで、一件落着でしょ」

「待って!そんなこと急に言われても」

「なあ、あんた」

 男は真面目な顔でローズに向き直る。

「俺はあんた達にはとても感謝してる。あんた達のおかげであの子は今日まで元気に暮らせてたんだから。けどこうなった以上、もうこれまでと同じようにあの子はここで暮らせないぜ。あの子にとって何が一番幸せか、ちょっと考えてみてくれねえかな。自分と違う種族の中でたった一人生きていくか、同じ竜人の仲間がたくさんいる場所で生きていくか…」

 男が会議室を出ようとする。数人の兵士が行く手を阻んだ。

「待て!まだ話は終わっていない」

「俺はもう終わったぜ」

「竜人が我々の国に何の用だ!」

「だから…あの子を探しに来ただけだってば」

「信用ならん」

「ったく…」


 男はゆっくりと振り返る。

「そうそう。言い忘れたことがあったんだけどさ。今回の襲撃はもちろんあの竜人の子が呼んだとかそういうことじゃねえぜ。これは間違いなく魔人の仕業さ。しかも狙いは王様、あんたの娘さんだろうなあ」

 王がハッとして男を見る。

「普通人間は極々僅かな人しか魔法は使えないが、この国の人は魔法が普通に使えるんだろう。とくに王族の女性は代々強い魔力を受け継いでいる。魔人はその力を狙ってるのさ。だから狙われたんだ。たしかあの村にはあんたの娘さんが来てたよな。あんたはここの兵士が命懸けで娘を守ったことにも、娘が助かったことにも何にも思わなかったみたいだがな。…自分の娘ひとりもろくに愛せない王が、何が民を守るだ…」

「貴様!!!!」

「あと、あんた」

 怒り狂う大臣にまっすぐ指を差す。

「民のために戦争を避けたい気持ちは立派だが、あんたの言う知恵とやらを早いとこ使わねえと、帝国に頼りっぱなしじゃいつかこの国は落ちるぜ。甘ったるいことばっかり言ってんじゃねえよ。平和ボケも大概にしろ」

 去ろうとする男の腕を兵士が掴む。

「ま、待て…」

「おい貴様…この俺と命をかけて戦う覚悟ができてるんだろうな」

 ジロ、と睨みつけるその眼に「おまえを絶対に殺す」と言われた気がして、兵士は思わず手を離した。



「ななな、何なんじゃあの竜人は!」

 大臣は顔を真っ赤にして机を叩いた。他の者も再びざわつき始める。王とジニア、そしてローズだけがただ黙って椅子に座っていた。

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