第九話 襲撃

 ブルーが声のした方を見る。パレードの兵士が一人蹲っている。側にはガーゴイルが三体、鋭い爪で他の兵士に斬りかかっていた。すぐ上からはさらにたくさんのガーゴイルが次々と飛来してきていた。辺りは騒然となり、人々が助けを求めて逃げ惑う。

 ブルーは突然のことに今にも泣き出しそうなアイリスをすぐに抱きかかえた。

「ルド!逃げるぞ!」

 放心状態のルドの肩を激しく揺さぶる。とにかくまずはここから逃げなくてはならない。今も続々と空からガーゴイルが降りてきている。ブルー達の目の前にも一体のガーゴイルがやってきた。

 牙を見せつけながらニタニタと笑うその姿に、ルドはブルーにしがみ付き、震えていた。後ろに逃げようにも、大量のガーゴイルと兵士が交戦中だ。もっと危ない目に合うのは明白だった。

 今にも襲いかかってきそうなその時、ひとりの兵士が槍でひと突き、そのまま思い切りガーゴイルを放り投げた。

「いっしょに来なさい!」

 ブルーは頷くと、カランコエ兵と共に広場へ向かった。







 シオンは馬車の中で、ただ怖くて震えることしかできなかった。馬車を引いていた馬達はガーゴイル達に手綱を切られ、パニックになって逃げ出してしまっていた。

 目の前には血塗れの兵士が痛みに呻いていた。シオンは手を差し伸べることもできずに、恐怖で泣くことすら出来ずにいた。

「姫様!お怪我は?」

 周りの兵士が何度も自分を心配して声をかけてくれる。声も出せなかったシオンは、頷くだけで精一杯だった。

 上空ではガーゴイル達が逃げ惑う人々を嘲笑うかのように旋回している。


「こんな奴ら我々の敵ではない!一掃しろ!」

 兵士長の声に皆が声を出して答えた。


「姫様」

 声をかけてきたのは女性の兵士だ。純白の甲冑に身を包んだ短髪の女兵士はそっとシオンの肩に手をおいた。

「ご安心ください。今魔法兵達が広場で結界の魔法を唱えました。結界があれば、奴ら下級のモンスターは入ってはこれません。村の者も皆結界に誘導させます。姫様も、さあ」

 シオンは震える手で兵の手を掴んだ。

「移動するぞ!姫様には指一本触れさせるな!」

 馬車から出たところを一体のガーゴイルが襲いかかってきたが、女兵の剣で一振り、あっさりと切り落とされた。

 怪我を負った兵士も他の兵士に抱えられ、ガーゴイルと応戦しながら広場へ向かった。







 薄い緑の光が広場全体を包み込んでいる。逃げてきた人々が、皆不安そうに空を見上げている。結界の魔法の効果で、ガーゴイル達は入ってこれないのか、憎たらしい表情で広場の上を旋回している。

「ブルー…」

 アイリスもまた、不安な表情でブルーにしがみ付いていた。

 先ほど助けてくれた兵士は、逃げ遅れた人を助けにいくと言ってまた結界の外へ出て行ってしまった。

 怪我をして痛みに震える人を見て、ルドはブルーの服の袖をぎゅっと握った。

「お母さんとお父さんは大丈夫なのかな」

 アイリスの呟きにブルーもルドも何も言えなかった。


「きゃああああ!」

 誰かが叫んだ。その声を皮切りに、次々に人々の叫び声がする。

「なに…?」

 震えるルドの手を繋ぎ、アイリスを強く抱きしめいつでも逃げられる様にブルーは体制を整える。

「ゴーレムだ!」

 近くにいた兵士だろうか?誰かがそう叫んだ。




 なにか、とてつもない大きさの岩の塊の様なものがそこにはあった。

 この広場と同じくらいの大きさはあるのではないだろうか。その岩の塊には手や足の様なものが付いている。よく見ると、頭の部分に怪しく光る二つの目の様なものも見えた。

「嘘だろ…」

 力の抜けた様な大人の声がする。

 ゴーレムは大きく腕を上げ、広場めがけて勢いよく振り落とした。



 強烈な金属音が広場に響く。思わず目を閉じたブルーがゆっくりと目を開けるとそこには、ゴーレムの腕を一本の剣で受け止める男がいた。決闘イベントにいた赤いマントの男だ。



「ふう…馬鹿力だねえ」


 ぐっと力をこめて男は剣をそのまま押し上げた。

 男が思いっきり剣を振り上げると、ゴーレムはほんの少し体制を崩した。素早く男が今度はそのゴーレムの腕に飛び移る。そしてその腕の上を走って駆け上るとゴーレムの頭上高く飛び上がった。

 ゴーレムがそれに気付き、また腕を振り上げようとする。が、

「遅いんだよ」

 男の剣が勢いよく振り下ろされた。

 まるで稲妻が走っていく様な光の閃光がゴーレムの体を切り裂く。

 男が地面に着地すると同時に、ゴーレムの体は真っ二つに分かれ、崩れ落ちて行った。

「すげえ!」

「やったぞ!」

 あちこちから喜ぶ人の声がする。しかしすぐに絶望の声があがる。

「また来たぞ!!!!」

 今度はゴーレムが四体、ゆっくりと歩いてきている。


「しゃーねーな。おいあんたら!」

 赤いマントの男がカランコエの兵士に声をかける。

「ここの結界はもうダメだ!村の連中をなるべく敵の少ないところへ誘導させる奴と、俺の援護をする奴に分かれてくんねえかな!」

 カランコエ兵士長がそれに応える。

「わ、わかった!すぐに指示を出す!」


 カランコエ兵の誘導を受けて人々が動き出す。ブルー達もそれに付いていく。


「ブルー!ルド!アイリス!」

「お父さん!」

 ジニアが走ってきた。ジニアとブルー達は固く抱き合う。ジニアはあちこち怪我をしてはいたものの、無事に広場まで逃げてきていたのだ。

「お父さん!お母さんは?」

「わからん。まだ家の様子を見にいけてないんだ。ここの人達を守るのが精一杯で…」

「どうしよう!お母さんがモンスターに襲われてたら…」

 アイリスが涙目になる。

「さっきいやな話を聞いたんだ。家の方角にガーゴイル達が飛んで行ったらしい…ローズも元は冒険者だ。戦闘経験がないわけじゃないが…」

「ジニアさん!早く来てくれ!子供達が…」

「わかってる!…すまんブルー」

「大丈夫、俺が行ってくる」




 ブルーはアイリスをおろすと、ルドとしっかり手を繋がせた。

「すぐ戻ってくるから。ルド、アイリス一緒に兵士の誘導にちゃんとついていくんだぞ」

「いやよ!アイリスもいく!」

「だめだ!!!!こんな時にわがままいうな!」

 すっかり泣き出してしまったアイリスの肩をルドが優しく撫でてやる。

 ブルーはルド達が歩き出したのを見届けて、母の元へ急いだ。

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