第八話 パレード

 ルドがテントの中に入ると、薄汚い深緑のローブを羽織った老人がいた。老人の前には、小さな木の台にたくさんのアクセサリーが置かれている。

「いらっしゃい」

 しわがれた声がテント内に響く。ルドはぺこりと頭を下げると、黙って品物を見だした。しばらく見て、老人に触ってもいいかと尋ねる。老人はもちろん、と答えた。ルドは長い時間をかけて選んでいた。ふとその腕に見覚えのある腕輪を見た老人が、今度は逆にルドに尋ねた。

「坊や。その腕輪は…」

「これ…?あの…以前もこのお店で買いました。とても綺麗だったから…」

「おお…そうだったか…ちょっと見せておくれ」

 ルドは黙って腕を見せた。

 銀の素材で作られた腕輪には、丁寧に蔦の模様が彫られており、星の形をしたサファイアが等間隔に埋め込まれていた。

 老人があまりにも凝視してくるので、ルドは少し怖くなってそっと腕を下げた。

 老人は目頭を押さえ、少し鼻声で「ありがとう」と言った。


 しばらく悩んだ後、ルドが老人に恐る恐る尋ねる。

「少し…変わってしまいましたね。その…なんか…形とか」

「そうなんじゃ…作り手が変わってな」

「前の人はどうしたんです?」

「ちょっとな…遠いところへ旅に出かけてしまったんじゃよ」

「その人は戻ってくる?」

「…難しいかもしれん。なにせ…とても遠い所じゃから。無理に買わんでもええぞ」

「なぜです?」

 ルドが首を傾げる。

「そりゃ…今の作り手はあまり…前の者よりまだ上手くはないからのう…」

「でも僕は好きです。似てるところもあるし…うまく言えないけど、なんだか…いい感じだと思います」

 ルドは歪んだ腕輪を手に取り、少し微笑んだ。老人はまた目頭を押さえ、悲しそうに笑った。


 しばらくして、ルドはひとつのネックレスを手に取った。

「これにします」

 輝く月の石、というプレートがかけられているそれは、ルドの手の中で淡く煌めいていた。

「本当にそれでいいんじゃな?」

「うん」

「本当の本当に?」

 ルドが可笑しそうに笑った。

「おじさん、店の人なのに…変なの」

「わしは良い商売人じゃて。買い手のこともきちんと考えてやらないかん」

「僕これ気に入りました」

「ふーむ…」

「どうして輝く月の石なんだろう。月の石ってもうちょっと白いと思うけど」

「まったくもってその通りじゃ」

 ルドはにこにこと微笑みながら老人に金を渡した。

「ああたしかそれには魔法がかけられとるんじゃった」

「どんな魔法?」

「ええと…守りの魔法じゃったかな」

「わあ、すごい。大事にします」





「アザレア様。あの様な良い子が今もあなたの作った腕輪を大事にしてくれておりますじゃ。爺やは嬉しいですぞ…」

 眩しい陽の光に照らされて去って行くルドの後ろ姿を、老人はいつまでも見送っていた。







「おまたせ」

「おー」

「ルド、どんなの買ったの?」

 ルドがネックレスを見せる。

「わー!きれい!」

「あげないよ」

「いいもん!アイリスもブルーに買ってもらった指輪があるもん」

「僕のは魔法がかけられてるんだよ」

「えー!なにそれすごい!いいなあ…」

「おいそろそろパレード始まるみたいだぞ」

 周りの人々が騒がしく、皆駆け足で何処かへ向かう様を見て、ブルーが二人に声をかける。どこからともなく吹奏楽団の奏でる音楽が風にのって聞こえてくる。

 三人は慌てて人の流れについていった。




 パレードが行われる場所にはすでにたくさんの人が集まっており、三人は必死に人の群れを掻き分けどうにかこうにかパレードが見える場所まで出ることができた。

 パレードの先頭には、カランコエ王国の国旗を持った兵が颯爽と歩いている。その後ろを軽快に歩きながらたくさんの吹奏楽団員が続く。

 そしてそのさらに後ろからは、カランコエ王国の兵士たちが真っ白な兵服に身を包み、規則正しく行進してきていた。

「ねえ、お姫様は?」

「もうすぐだよ」

 どこからともなくシャボン玉や花吹雪がパレード上を舞っていく。

 頭の上に降り積もる花びらをはらいながら、ブルーがパレードの後方を爪先立ちで確認する。

「あっ。お姫様だ!」

「どこどこ?」

 アイリスを抱えてやる。白い大きな馬が四頭、立派な馬車をゆっくりと引いている。その馬車に乗っていたのが、カランコエ王国のシオン姫だ。姫はにこやかに人々に手を振っている。まだあどけない少女ではあるが、その美しさと上品さに皆心奪われていた。

「お姫様ー!」

 アイリスがブルーに抱えられたままじたばたと手を振るものだから、ブルーにはシオン姫の様子がいまいちよくわからなかった。ルドは周りの人の熱気に圧倒され、おろおろとしている。








 人々がシオンを「お姫様」と呼びかけ、手を振ってくれる。シオンは懸命に笑顔を見せて、手を振った。自分は祭りに参加できなかろうが、まったく幸せな気持ちでなかろうが、そんなことは全て心の中に押し込めて、笑顔であり続けるのだ。それがお姫様の仕事なのだから。母親の代わりを立派に勤め上げれば、もしかしたら褒めてもらえるかもしれない。シオンは一生懸命手を振り続けた。


 ふと、自分と同じ歳の子供達の中に、きらりと光る物を身につけた少年に目をやった。

「あれは…」

 間近で確認することはできなかったが、おそらく自分が作ったネックレスだ。あの不恰好な形の石。間違いない。だ。

 少年はシオンに見られていることに全く気付いていない様子だったが、シオンは小さくありがとう、と呟いてまた別の方に視線を向けて手を振った。さっきよりも、自然と笑うことができる気がした。







「なあ聞いたか」

「なにが」

「今回のパレード、本当は王妃様が来ることになってたんだぜ」

「ああ、その話か。それなら城中のやつらが知ってるよ」

 カランコエ兵が行進しながら、コソコソと話をしている。

「かわいそうだよな、シオン様」

「まあな。アザレア様がお亡くなりになられてから王妃様はほとんど部屋にこもりっぱなしだし、陛下もシオン様にどうも冷たい」

「わからなくもないが…な」

「例の事故か」

「ああ。海で溺れそうなシオン様を助けたアザレア様が代わりに溺れちまったっていう…」

「学業も魔法も優秀なアザレア様は可愛がられてたからなあ」

「生き残ったのはそのどれも姉に劣る妹のシオン様…」

「でもよ、それでも可愛い娘だろ?」

「もともと海には危ないから行くなと言われていたんだよ。それを聞かずに海に行ったのはシオン様なんだ」

「子供だからさ」

「自分の娘が一人死んだんだ。仕方ないじゃ済まされんのだろう」

「おまえな、姫様のこと悪いと思ってんのか?」

「いや。でも、陛下のことも、王妃様のことも、俺には責められん」

「俺はどうかと思うね。第一こんな田舎に一人で来させられて…モンスターとかに襲われたらどうするんだ」

「だから俺たちがいるんだろう。もしもモンスターに襲われるようなことがあったらそん時は…命がけで姫様を守るさ」

「俺だって!」


「おいお前ら!黙らんか!」

 上級兵にお叱りを受け、慌てて二人は口を噤んだ。







 シオン姫を乗せた馬車が通り過ぎていく。

「お姫様きれいだったね…」

 アイリスは火照った頰に手をあて、うっとりしていた。

「あのさー…アイリスが邪魔で見えなかったんだけど!」

「ねえ兄ちゃん」

「なに」

「あれ…」

「ん?」


 ルドが空を見上げ指差す方向を見る。

「鳥かな」

「鳥にしちゃでかいな」


 鳥の形をした何かが、上空をゆっくりと旋回していた。他の人も、何人かはその存在に気付き、上を見て何か言っている。

 しばらくそれを眺めていると、その鳥らしきものがだんだんと近付いてくるのがわかった。

「ねえ兄ちゃん…あれって…」


 まさか。この村に生まれて一度もモンスターが村に来たことはなかった。村の外で見たことはあっても、せいぜいスライムや少し大きな虫型のモンスターしか出会ったことはない。でもあれは。本でしか見たことがないモンスター。


 ガーゴイル。


 でも。だって。こんな平和な村に、しかも祭りの最中に、そんなことってあり得ない。

 どこかでぼんやりとそんなことを考えながらも、ブルーはアイリスの手を強く握った。

「兄ちゃん!」

 急速に近付いてくるガーゴイルの姿に、恐怖で堪らずルドが声を上げる。その瞬間。


「うわあああ!!!!」

 誰かの叫び声が響いた。


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