第七話 赤いマントの男

 色とりどりのテントがあちこちに建てられている。テントの中では様々なものが販売されていたり、催し物が開かれていた。

 音楽隊の奏でる軽快なメロディーに合わせて鼻歌を唄いながら、ブルー達は村を歩いていた。


 アイリスは色んな物を欲しがった。ラズベリーや野イチゴ、ブルーベリーをたくさんのせたタルト、真っ赤なキノコを模したカップケーキ、様々なフルーツを小さくカットし、それにシロップをかけ凍らせ棒に刺したアイスフルーツ。食いしん坊のアイリスは主に食べ物を欲しがった。他にも雪の王国でしか見られないスノーベアーのぬいぐるみ、宝石を入れる小さな木箱、ひよこがピョコピョコ動く玩具…ブルーが「それはいらないだろう」「そんなもの買ってどうするんだ」といくら諌めても駄々をこねるので、仕方なく買ってやる…この光景が何度も続き、今朝もらったお小遣いは底をつきかけていた。


「ブルー!これ買って!」

 子供用の玩具の指輪がたくさん並んでいる。

「だめ」

「ほしい!」

「もー…」

「お嬢ちゃんお目が高いね!特別にちょっとまけといてやるよ」

 店の店主がブルーにウィンクする。ちょっと安くしてくれたところで今朝の小遣いがほとんど残ってないことに変わりはない。

「兄ちゃん、僕出そうか」

「…いや、いい」

 弟に払ってもらうなんてことはできない。ここはしかたあるまいと、ブルーは自分のポケットからお金を取り出した。

「まいど!」

 買ったばかりの指輪をはめてご機嫌なアイリスは、指輪を眺めてはにこにこと微笑んでいる。作り物の赤い宝石が太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。

「大事にしろよ」

「はーい」




「ここ見たい」

 ルドが初めて自分から見たいと言い出したのは、どこか胡散臭そうな佇まいのアクセサリーショップだった。

「いいけど…もうお小遣いはほとんどないぞ」

 ブルーがげんなりした顔で言うが、「僕自分のおこずかいあるから」と言い残し、ルドはさっさとテントに入ってしまった。

「ルド、アクセサリー好きねー」

「男なのになー」

「男なら好きだといけないの?」

「…いや…まあ…そんなこともないか」


 二人で飴を舐めながら待っていると、少し離れた場所で歓声が聞こえてきた。

「行ってみよう」


 人集りの真ん中で剣と剣がぶつかり合っている。ブルーは見えないと駄々をこねるアイリスを抱き上げ、なんとか人を押し退けて中心まで出てきた。

 柵の中で男が二人、作り物の剣で戦っていた。祭りのイベントのひとつ、決闘大会だ。

 主催者は村のいじめっ子、ロベリアの父親ハイドランで、自ら甲冑に身を包み威勢よく声をあげて戦っている。なかなかの身のこなしで相手の剣を避けると、素早く反撃をくらわせる。相手が尻もちをつくと、わっと歓声があがった。

「強いや父さん!」

 ロベリアが嬉しそうに手を叩く。


「あの人強いね」

「そう?僕らのお父さんの方が強いよ」


 冒険ものの話に登場する勇者が大好きなアイリスは目を輝かせていたが、ブルーはそっけない。なんてったってロベリアの父親だ。村一番の金持ちなのをいいことに、やれどこそこへ旅行にいっただの、カランコエ王国の王様に会って直接話をしただの、自慢話ばかりを大人子供関係なく言い回るため、影では自慢男と囁かれていた。

 自慢男の得意なことは、自慢と、決闘だった。


「さあさあ!この私に挑戦する者はいませんかな?」

 自慢の赤ひげをさすりながら声をあげる。周りの大人達は皆首を横に振り、苦笑いしていた。

「行こうアイリス。そろそろルドが買い物終わってそうだし」

「待ってブルー!ほら見て見て!」

 アイリスに服の袖を引っ張られ仕方なく目をやると、どうやら誰か挑戦者が現れたらしい。

「さあさあ遠慮なさらず!何やら強そうな剣を持っていらっしゃるそこの赤いマントの方!どうぞ前に!」

 ブルー達は、嫌そうな顔をしながら周りの人に半ば無理矢理押され気味の男を見た。

 男はがっしりとした体格で背が高く、切れ長の目をしていた。見ようによれば少し強面と言えなくもないが、苦笑しながら頭をかく動作から、悪い人間ではなさそうな印象だった。歳はブルー達の両親より少し若いくらいだろうか。短めに刈られた髪は暗めの紅色をしていた。確かにやや大きめの立派な剣を携えてはいたが、身につけている鎧などはみすぼらしく汚れている。紅のマントも所々破れていた。

 男は決闘用の剣を渡され、仕方なさそうに構えた。

「では…いきますぞ」

 ハイドランがえいや、と剣を振りおろす。マントの男がそれを軽く受け流した…かのように見えた。群衆の中からワッと声が上がる。ブルー達は一瞬何が起こったのかよくわからなかった。だがハイドランの持っていた剣の先がすっぱりと切れているのを見て、ようやく理解できた。赤いマントの男はハイドランの攻撃を防ぐとともに、剣自体を折ってしまったのだ。折れた剣が群衆の中に飛んで行ったため、皆慌てて避けていたのだった。

 ハイドランは自分の折れた剣先を呆然と見つめていた。赤いマントの男はすたすたと近寄っていく。

「あわわ…」

 ハイドランが逃げようと後退りするが、足がもつれ、尻餅をついてしまった。赤いマントの男がすかさず剣を振り下ろし、ハイドランの鼻先でぴたりと止めた。


「俺の勝ちでいいのかな?」


 その瞬間、群衆の拍手喝采が沸き起こる。アイリスも嬉しそうに飛び跳ねていた。

「すごいすごい!あの人すごい!」

「そうだな…」

 ブルーも男に羨望の眼差しを向ける。が、少し気になることがあった。男は照れくさそうに頭をかきながらも、時折群衆の方をきょろきょろと見回していたからだ。誰かを探している様な素振りだった。


「ブルー」

「うん?」

「そろそろいく?ルドが待ってるかも」

「ああ、そうだな」


 二人はやまない拍手の中から抜け出していった。



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