第六話 輝く月の石

 カランコエ国王生誕祭で、城内はいつもより慌ただしかった。一人、自室の窓から見える賑やかな城下町を椅子に座って静かに眺める少女がいた。濃く長い青髪が風に吹かれて揺れる。純白のドレスには薄紫色の花模様が刺繍され、細かな宝石も散りばめられている。華やかな装いとは対照的に暗い面持ちの少女の横顔は、同年代の子供達よりもやや大人びて見えた。それは悲しそうに外を見る表情が、祭りを楽しむ子供達とあまりに違うからだろうか。


 ドレスに刺繍された花の色とよく似た、透き通る薄紫の瞳をしていた。



 部屋の扉が開く音に、少女がゆっくりと振り向く。

「シオン様」

「爺や」

 立ち上がろうとするのを制し、爺やと呼ばれた男が歩み寄る。

「お似合いですぞ」

「そうかしら」

 シオンは少し照れくさそうに俯いた。

「どう?爺や。行けそう?」

「ええ、ええ、行けますとも。他のものに城の事はおまかせしました」

「そう。それじゃ、あれをお願いね」

 爺やは深く頷くと、ゆっくりとシオンの机の引き出しに向かっていった。

 引き出しを開けるとそこには、イヤリングやネックレス、指輪などのアクセサリーがたくさん入っていた。どれもどこか形が歪だ。

「ふむ。たくさん作りましたな」

 爺やはそれらを袋に丁寧にしまい、またゆっくりとシオンの元に戻る。

「本当に売ってしまってよろしいので?」

「そのために作ってるのよ。ひとつひとつ魔法もかけてあるわ。まだ少ししか魔力がないから、ほんの少し幸せな気持ちになれる魔法とか、眠気がすっきりする魔法とかしかないけどね…本当は体力が増える魔法とか、速く走れる様になる魔法とか使えるようになりたいんだけど」

「うーむ。魔力が込められた装飾品ですか。それはとても素晴らしいのですが…姫様がお作りになられたと言うことにして売ればもっと…」

「爺や。それでは意味がないと言ったでしょう。私が作ったものを、本当に良いと思ってくれた人に買ってもらいたいのよ。この国の力を使ってまでして買ってもらいたいんじゃないの」

「はあ…」

「…わかってるわよ…それだと全然売れないからでしょ。ちょっとその…デザインがいまいちなのよね」

「いえいえ、そういうわけでは」

 お世辞にも上手いとはいえない出来栄えの物も多数あるが、シオンはそれでも自分の唯一の趣味であるアクセサリー作りをやめたくはなかった。

 爺やには、シオンがなぜそこまでアクセサリー作り、そしてその販売にこだわるのかもよくわかっていた。

 これは彼女の存在理由なのだ。この国の王と王妃に愛されていないことを知ってしまった彼女の、生きる希望なのだ。自分が作った物を誰かが良いと思って買ってくれる。それが今の彼女の幸福なのだ。

「姉さんはもっと上手だったから…私もがんばらなきゃ」

 シオンの顔が暗く、歪む。慌てて爺やは袋からシオンの作った物を適当に取り出した。

「これの名はなんというのですかな」

「それ?それは…星の雫」

 星の雫と名付けられた小さな指輪には、やや歪んだ形の星がくっつけられていた。

「これは、おいくらで売ればよろしいので?」

「値段は…よくわからないわ。あなたがつけて。うんと安くしてくれていいから」

「シオン様。それではいけませんぞ。値段もちゃんと考え、利益を出してから立派な商売と言えるのですから」

「厳しいのね…勉強しておくわ。今回はあなたに任せる」

「ふむ。ではこれはなんという名で?」

「それは…」


 皮の紐でできたネックレスには、透明な石が付いている。窓の光が反射して煌めいていた。


「地下の宝物庫で見つけた石なんだけど」

「姫様…なりませんぞ。素材もちゃんと自分で見つけなければ」

「そ、それは宝物庫の隅に転がっていたのよ。誇りをかぶって寂しそうにしてたわ。最初はただの石だと思ってたんだけど、しっかり磨いたらとても綺麗な石になったの。クリスタルみたいよね。少し削ってみたんだけど、ちょっと形が変に…ううん、個性的な形になってしまったの。それにも魔法をちゃんとかけてるわ。持ち主を守ってくれる魔法。どう守ってくれるかは…ちょっとよくわからないんだけど…前にお姉ちゃんに習った魔法なの」

「ふむ。何という名前にしますかな」

「そうね…輝く月の石…というのはどうかしら」

「月の石はもっと白を基調とした色をしておりますが」

「もう、いいじゃない。夢のある名前の方がきっと買ってくれるわ」

「なるほど」


 しばらく二人で話をした後、爺やは祭りへと出かけることにした。


「ではそろそろ」

「ええ。あ、爺や。ずっとお店のことばかりしなくてもいいからね。ちょっとはお祭りも楽しんできたらどうかしら」

「…そうですな」

 シオンはにこりと微笑むと、また窓から見える景色を眺め始めた。

 少しの間、爺やはその姿を見ていた。

 作った物を売りに行かせること、それはおそらく祭りを楽しんでもらいたいという彼女の思いも含まれているのだろう。

 そっと部屋から出る。


 城の長い廊下を歩いていると、前から国王が何人かの側近と共に歩いてきた。

 爺やは立ち止まり、深々と頭を下げる。

「スターチス。召使い達への指示はできているか」

「はい。宴の準備は万全です」

「うむ。ご苦労」

「王、先ほどシオン様にお会いしましたが、大変お美しいお召し物でした。あれは王が贈られたのでしょうか」

「…民からの貢物だ。いらぬ話をするな」

「大変申し訳ございません」


 王は黙って行ってしまった。


 爺やは手に持ったシオンのアクセサリーを、強く握りしめた。


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