第五話 国王生誕祭

 窓から差し込む陽の光があまりに眩しく、ブルーはベットの中に深く潜り込んだ。今の季節はやや蒸し暑いので、潜れば潜るほど汗をかいてしまうが、眩しさに目が覚めてしまうよりはマシだった。


「ブルー」


 先程から、一階にいるローズに何度か呼ばれている気がする。ブルーは気の所為だと言い聞かせて、断固としてベットから起きようとしない。


「ブルー!あんたいつまで寝てんの?」


 どうやら気の所為ではないらしい。声のボリュームが徐々に大きくなってきている。しかしどうもおかしい。今日は学校が休みのはずだ。つまりいつもよりずっと長く寝ていられるのだ。こんなにしつこく呼ばれるのは何事だ。いい加減にしてくれ。

 ブルーはようやく静かになったのをいいことに、再び夢の中に戻り始めた。しかし、そうはさせてくれない存在が家にはいた。ダンダンダン、と階段を激しく登ってくる足音がする。


「ブルー!起きて!」

「おえっ」


 突然腹の上に何者かが乗っかってきた。あまりの衝撃に悶絶しながら腹の上のなにかを見た。


「アイリス……」

「おはようブルー!早く行こう、お祭り!」


 人の腹の上で赤い目をきらきらと輝かせ、満面の笑みを浮かべているのは三年前からこの家の子として育てられている竜人の子、アイリスだ。ローズが作った紺色のワンピースに、いつもはあまりつけないような薄い水色の花飾りを頭につけている。何やらおめかしをしている様子のアイリスを腹の上からどかすと、ブルーは眠い目をこすって大きなあくびをした。


「どうしたの、その格好」

「今日はお祭りだよ!ブルーいっしょに行くって約束してくれた!お姫様見るって!」


 祭り……お姫様……


「ああ、今日だったか。王様の生誕祭」

「もー」

 膨れっ面のアイリスの頭をぽんぽんと叩く。

「よし、じゃー行くか」

 ボサボサの髪をかきながらブルーが部屋を出る。慌ててアイリスが後を追う。

「ちゃんと顔洗って!そんな格好で行かないでね!お母さんがクルミのパンケーキ作ってくれてるからそれも早く食べてね!アイリスは三枚食べたよ!」

「食べすぎだよ」


 出かける準備をして一階に降りると、すでに食事を終えたルドが優雅にミルクコーヒーを飲んでいた。

「兄ちゃん、おはよ」

「おー」

「やっと起きてきた。さっさと食べて仕度しなさい」

 ローズお手製、クルミのパンケーキが皿にぽんと置かれる。アイリスがそれにホイップクリームと採れたての野イチゴをのせる。

「はい!食べてね」

「うわ、甘そう」

 さらに蜂蜜をかけようとするので、ブルーは慌ててそれを止めた。

「お姫様のパレードって何時からだっけ」

「たしかお昼過ぎくらいよ」

「じゃあまだ余裕あるな」

「パレードまでお店見てまわるの。私ぬいぐるみがほしい!クマさんの!」

「だってさ、お母さん」

「あんたが買ってやりな。母さん今日は忙しいんだから」

 家の周りは、お店を出す人々の休憩場所として貸し出される事になっており、それらの人に用意するフルーツジュースやら軽食やらの準備でローズは朝からバタバタと忙しくしていた。

「あんたが寝てる間にルドもアイリスもたくさんお手伝いしてくれたのよ」

「ふーん」

「私いっぱい野イチゴ摘んできたわ。ルドは椅子とテーブルをお父さんと運んでた」

「そういえばお父さんは?」

「もう出たわよ。お隣のタプシーさんといっしょに設営の手伝いにね。その後はオリーブさん主催の大食いイベントの手伝いですって。だからアイリス達の面倒は今日はあんたがちゃんと見るのよ」

 そう言ってローズはブルーにお小遣いを渡した。

「はーい」

 心なしか嬉しそうな返事にローズはピクリと眉を動かした。

「わかってると思うけどそれは」

「はいはい。三人のお金だから自分で全部使わない。無駄遣いしない、でしょ」

「よろしい」

 ローズが去った後、ブルーはルドに耳打ちする。

「ニワトリレースで倍に増やそうぜ」

「やめとけば。兄ちゃん弱いんだから」

 ブルーは肩をすくめて、残りのパンケーキを一気に食べた。

「お姫様、きれいなんだろうな…」

 アイリスが眼を輝かせている。

「シオン様は王妃様に似て、本当にお綺麗なんですって…あたしも肖像画でしか見たことないんだけどね。たしかルドと同い年だったかしら。でも…色々あったからね」

「色々って?」

「アザレア様が亡くなったから…シオン様のお姉さんよ。事故だったらしいわ。王様も王妃様も、本当にお辛かったでしょうにね。三年経った今も、王妃様はあまり公の場に姿を見せないし…タンジーに来るのも本当は王妃様だったらしいわ。生誕祭自体も久しぶりだし、楽しみにしている民の為にって、王様がお辛い中やることを決めてくださったのよ」

「へえ」

「なくなった?それって死んじゃったってこと?」

 アイリスは悲しそうにローズを見た。

「ええ、そうよアイリス」

「王様も王妃様も、お姫様もきっと寂しいわ」

「そうね」

「アイリスは寂しくないわ。お母さん、お父さん、ブルーにルドがいるから。アイリスは幸せよ」

 ローズはアイリスを強く抱きしめた。


 アイリスは自分が竜人であることも、本当はこの家の子でないことも、まだ知らなかった。時が来れば、いつかは言わなければいけない時がくるだろう。そのことを思い、ローズは潤んだ瞳でアイリスを見つめた。

「お母さん、泣いてるの?」

「大丈夫よアイリス。母さんも、アイリスがいてとっても幸せよ。今日はブルーの言うことをよく聞いて、いい子にしてるのよ」

「はい!」


 コンコン


「はーい、どうぞ」

 玄関の扉が開いて、お隣のタプシー夫人と何人かの御婦人がたくさんの食材を抱えて入ってきた。

「おまたせローズ。さあ準備にとりかかりましょう」

「タプシーおばさま!」

 アイリスが駆け寄る。

「あらアイリス!どこのお姫様かと思ったわ。ステキな服ね」

 アイリスが照れくさそうに笑う。

「はい、アイリス。お腹が空いたらどうぞ」

 他の婦人から小さなビンに入った色とりどりのフルーツシロップキャンディーをもらって、アイリスは大喜びだ。

「さあさあ、あんた達。そろそろお祭りに行ってらっしゃいな」

「はーい」

 三人が声を揃える。


 ローズ達に見送られ、三人は仲良く手を繋いで家を後にした。




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